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Seahorse Pregnancies Could Help us Treat HIV(全1記事)

オスが妊娠・出産をする、タツノオトシゴの驚くべき能力

魚たちの多くは、主にオスが子育てをしていることをご存じでしょうか。中でもタツノオトシゴの仲間たちは、オスが妊娠・出産をするというイクメンぶりです。さらに、妊娠中に自らを危険にさらしかねないある行動を取ることがわかり、研究者たちを驚かせました。今回のYouTubeのサイエンス系動画チャンネル「SciShow」では、HIVなどの自己免疫疾患の治療法につながる可能性を持つ、タツノオトシゴのパパたちの生態に迫ります。

オスが妊娠・出産する、タツノオトシゴの仲間たち

ステファン・チン氏:多くの魚の種においては、片親のみの場合でなくても、主にオスが子育てを担います。しかし、タツノオトシゴ、シードラゴン、ヨウジウオなどのヨウジウオ科の魚は、イクメンのレベルが段違いです。なんと彼らは、自らが保育器の役割まで果たしてしまうのです。さらにいくつかの種では、オスが妊娠して大きなお腹を経験し、最終的には赤ちゃんを出産します。

このような偉業がなされるには、非常に重要な免疫システムについて、一部分を入れ替えるなどの興味深い手直しが行われてきました。魚のオスの妊娠を研究することは、人間の免疫システムをより深く解明し、ひいてはHIVなどの攻撃を受けて異常をきたした人間の免疫システムの治療にもつながるかもしれません。

人間の妊娠はよく見られることから、妊娠とは月並みな現象だと思う方も多いことでしょう。しかし、実は正常な妊娠を遂げるには、乗り越えるべきハードルが多々あります。最大の難関は間違いなく、両親の免疫システムが、胎児を排除しないようにすることでしょう。身体にとって、胎児は半分が異物だからです。

親の免疫システムが胎児を排除しない仕組み

そもそも免疫システムとは、異物を排除するために存在するものです。ヒトや魚のような脊椎動物の免疫システムには、「適応免疫」があり、特に異物の排除に長けています。これは、特定の病原体に対して防御を行う、免疫システムの軍勢を指します。侵入された経験のある特定の病原体を記憶し、将来に再度遭遇した場合に備えるのです。

免疫システムは「良い」侵入者と「悪い」侵入者を区別できないため、理論的には、胎児に対しても危険な病原体と同じような警戒を喚起するはずです。しかし、通常はそうなりません。その理由は、2012年に至るまでわかっていませんでした。妊娠した哺乳類の身体は、適応免疫を管理する遺伝子の働きを抑え、子宮内の部分的な異物を排除しないようにすることが判明したのです。

さらに、2020年に行われた研究によりますと、妊娠したタツノオトシゴやヨウジウオは、これにちょっとドラマティックな工夫を加えた、類似の戦略を採用しているようです。

外敵を認識して警鐘を鳴らす、重要な遺伝子

さて、この工夫を説明する前に触れておきたいことは、適応免疫システムの最も重要な遺伝子は、ゲノムの中でも「主要組織適合遺伝子複合体(major histocompatibility complex)」、略してMHCという領域にあるということです。MHCは、クラスI分子、II分子、Ⅲ分子という、なんともそのままのネーミングの、3つのクラスの遺伝子から成ります。それぞれが重要なたんぱく質を発現しますが、中でもMHCIIたんぱく質はきわめて重要です。

MHCIIたんぱく質は細胞外に出て、外敵を認識した際に警鐘を鳴らす役割を果たします。他の免疫システム細胞のCD4レセプターという支援を行うたんぱく質と結合し、侵入者についての内部情報を伝達します。このようにして身体は効果的な攻撃を発動し、外敵が再び現れる日に備えてこれを記憶するのです。

さて、哺乳類が妊娠すると、MHC遺伝子は下方制御され、免疫システムが胎児を攻撃しないように警戒レベルを下げます。さらに胎児は、「栄養芽細胞」というMHCIIを持たない特殊な細胞層に覆われ、この細胞層が、両親の免疫細胞から胚を保護する手助けをします。

妊娠中のタツノオトシゴの驚くべき生態

妊娠したタツノオトシゴやヨウジウオも、同様にMHC遺伝子を下方制御します。しかし、話はそれだけでは終わりません。これらの魚は、なんとMHCII遺伝子そのものを、完全に排除してしまっているのです。

MHCII遺伝子を持たずに生きるということは、免疫システムにとって、生存に不可欠な臓器を持たずに生きるようなものです。適応免疫システムにMHCIIが無ければ、現時点でわかっていることからすれば、これらの魚は病原体を記憶できず、病原体から身を守れないはずなのです。これらの魚が、無数のウィルスがひしめく水中で一生を過ごすことを鑑みれば、これは謎でした。

免疫システムの肝心な機能が抜け落ちているこれらの魚が、このような環境下で生きられるという発見は、研究者らにとっては実に衝撃的でした。しかし、適応免疫は、もともと考えられていたよりもはるかに柔軟性が高いことがすぐにわかり、MHCIIがなくとも十分効果を発揮することが判明したのです。

免疫システムの柔軟性についての発見は、人間の免疫システムの理解につながるかもしれません。ひいては、さまざまな疾患の治療法を提供できるようになるかもしれません。特に、HIV感染症治療の助け船となる可能性があります。

HIVなどの自己免疫疾患の治療法のカギ

HIV、つまりヒト免疫不全ウイルスは、CD4レセプターを表面に持つ細胞の内部で増殖します。さらに、CD4レセプターがMHCIIたんぱく質と結合すると、きわめて高いレベルで増殖するのです。つまりヒト免疫不全ウイルスは、人間の免疫システムの最も重要なパーツが、人間に不利に働くようにうまく仕向けるのです。

しかし、タツノオトシゴが、免疫システムそのものを混乱させることなくMHCIIを排斥した仕組みがわかれば、ヒト免疫不全ウイルスの活動に不可欠な物を排除できるかもしれません。これは、ほんの一例にすぎません。

MHCIIが関わる免疫不全の疾患は、他にもあります。タツノオトシゴを研究すれば、これらの疾患に対する、よりよい治療法が見つかるかもしれません。また、MHCIIたんぱく質は、特に自己免疫疾患などの数多くの疾患に大きく関わってきます。つまり、タツノオトシゴのイクメンぶりを研究することにより、糖尿病やセリアック病、狼瘡(ろうそう:結核などの原因により皮膚の状態が破壊された病変)などの病気への対策が充実されるかもしれないのです。

ちっちゃな魚のお父さんを研究することにより、得られるものは無限大ですね。

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