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中野信子氏 上智大学講義(全4記事)

「生まれ」と「育ち」が人に及ぼす影響は? 中野信子氏が研究データからひもとく、日本人の性質

例年、中野信子氏が上智大学の学生向けに行っている講義を、今年はログミーのYouTubeチャンネルにて公開。本パートでは「人間の性質は『生まれと育ち』のどちらで決まるか」について語ります。

「生まれ」と「育ち」はどちらが大切か

中野信子氏:今回は「日本人の脳」というお話をしたいと思います。別に日本人だから特殊な脳を持っているというわけではなくて「日本にはこういう人が多い」という話です。例えば「日本には血液型A型の人が多い」というような話と、同じようなものだと思ってもらえればいいと思うんです。あるタイプの脳の持ち主が、ほかの国に比べて多いということです。

いわゆる「蛙の子は蛙」という慣用句がありますけれども、これ海外でも同じような言い回しのことわざってたくさんあって。子どもというのは外見だけではなくて、言動とか好みとか、そういうものも親に似るよ、ということがいろんな国でわかっているわけですよね。こういうフレーズがどうして複数の国で出てきてるのかなということを考えると、どこでも同じような現象があるんだということになると思います。

子どもというのは、両親の遺伝子を半分ずつ受け継いで成立しますよね。どっちから受け継いだものがどうなるかという研究もあって、これもなかなか興味深いんです。例えば大脳新皮質の知能の部分はお母さんから受け継ぎますよ、とかわかっていたりします。形質によって差があるものの「親にはやっぱり似る」ということがわかっています。

ここで大きな問題、疑義が呈されると思うんです。「生まれか育ちか問題」ってありますね。「nature or nurture」と言うんですが。英語も言葉遊びみたいですよね。natureなのかnurtureなのかという、ちょっと掛けてある言葉なんですね。

生まれが大事なのか、育ちが大事なのか。知能の問題なんかでけっこう言われることがありますね。お母さん・お父さんのIQが高ければ、子どものIQも高いのかというような問題。身長なんかはわりと遺伝の要素が大きくて、7割ぐらい。遺伝率という数字があるんですけれども、身長だと遺伝率が70パーセントと言われてますよね。お父さん・お母さんの身長が高いと、子どもも身長が高くなる傾向がありますよ、ということになると思いますが。

知能に関してはじゃあどうかというと、だいたい50パーセントぐらいと言われてます。これがでも性格の部分、パーソナリティの部分となると、なかなか測りにくい尺度ではあるんです。とっても興味深いパーソナリティとして「サイコパス」というのがありますよね。

平均的にとか統計的にとか出されているわけではないんですけれども、アメリカの囚人でジェフリー・ランドリガンという犯罪者がいるんですね。この人が生まれてすぐに養子に出されて、裕福な環境で育ったんだけれども、感情の抑制ができなくてすぐ癇癪を起こしたりして、10歳でもうアルコールに浸ってしまう生活になっちゃって。10歳ってなかなかすごいと思いますけど(笑)。

そのあとは強盗事件を起こしたり薬物事件を起こしたり、更には殺人まで犯してしまって、逮捕・収監されてしまうんです。で、その収監されていたアリゾナで、同じく収監されているほかの囚人から「お前によく似た詐欺師に会った」って言われるんです。

その詐欺師の人は、また別の所で収監されていたんですけれども、その人物がなんと自分の実の父親だった……というのが、この人のお話です。育った環境はすごく裕福で、恵まれていたにも関わらず、やっぱりお父さんと同じようなことをしちゃったという話です。

「いい人」の方が社会経済的地位が低くなりやすい

犯罪心理学者のエイドリアン・レインという人がいまして。この人が双子研究から、ちょっとパーソナリティの問題でなかなか言いにくくはあるんだけれども「反社会的な行動のうち、40パーセントから50パーセントは遺伝によって説明できる」というふうに、彼の主張としては言っています。なかなか取り扱いの難しい問題だとは思います。環境要因というのはだいたい4パーセントぐらいだと言っているんですね。

なかなかイヤなデータかなと思います。ただ、この反社会的傾向はそのまま犯罪に結びつくかっていうと、そういうこともなくて。反社会的傾向が、社会において成功するために必要だという部分もあるんですね。

というのは、これも言いにくいことではあるんですけれども……いわゆる「いい人」のほうが、社会経済的地位が低くなりやすいというデータがあります。なんでかというと、いいように使われてしまうからですね。都合のいい人になってしまうので。みんなにとっていい顔・いい人であるということは、必ずしも自分のためにはならないということもあります。

一方で社会的に非常に成功している人にも、いい人が多いんですね。これどういう違いがあるのかというと、非常に成功しているいい人たちというのは、自分がいいように使われない術をちゃんと知ってる。「ここから先は入ってくれるな」というところで、ちゃんと適切にキレることができたりとか、自分に都合が悪いなという時は「それは僕はやりません」ということをちゃんと主張できるんですね。

それをしない、搾取されるだけのいい人というのは、今言ったような反社会的行動をとる人たちによって、搾取される対象になってしまうので。ちょっと生きにくい世の中になってしまうかもしれませんね。自分のいいところを、やっぱり自分で守れる力を身につけていってほしいなと思います。

あと日本人の性質としては、実は反社会的な傾向を持った人は少ないんですね。いわゆる「いい人」が非常に多くいる国のようです。これはなぜかというと、日本というのは来歴をたどりやすいんですね。外国から来た人も非常に家系をたどりやすいというか、流動性が低い国というふうに言うことができるんですけれども。

こういう国ですと、その人が過去になにかやったということになると、記録として残ってしまいやすい。反社会的行動をしにくいんですね。一旦そのコミュニティから排除されることをすると、とても大きなペナルティを背負うことになるので、なかなかコミュニティに対して「ノー」と言うことが難しい。そういう特殊な条件がある国ですので、反社会的傾向を持った人が生きのびにくい国だと言うことができます。

日本人の幸福度は非常に低い

こういう国ですので、もう1つちょっとおもしろい特徴があって。「幸福の感じ方」なんですね。これも日本の幸福度、とても毎年低く出るんですよね。けっこういい国だと私は思うんですけれども、それでもなんかみんな不安傾向が高い。今幸せだと「明日幸せじゃなくなるかもしれない」というふうに不安に思う人が多いと。

みんな神社に行ったりしますかね? 神社に行って「大吉が出ると不安になる」という人の多い(笑)、不思議な国です。大吉が出たら喜んだらいいと思うんですけれども、なかなかそうもいかないんですね。大吉が出ると次は「こんなとこで運を使っちゃった」と思ってブルーになったりとか(笑)。次はもう転げ落ちていくだけだ、と思って不安になったりとかという、なかなか不思議な人たちの集まりである。

この「幸福度」というのはおもしろい性質があって。自分の幸福度って、絶対尺度じゃないんですよね。「前と比べて幸福になった」とか、あとは「周りと比べて幸福だ」とか。そういうふうに誰かと比べなければ、なにかと比べなければ、幸福というのは測ることができない。

おもしろいのが例えば「100から99になった」っていうのと「マイナス100からマイナス99になった」というのの、そのどっちがいいかというと、これは「マイナス100からマイナス99になった」ほうが幸せなんですよね。

どっちも1の差なんだけれども、1減ったほうが。絶対値は99あるんだけれども1減ったほうが、1増えたよりも不幸に感じるっていう特徴が、人間の脳にはあります。なので99持ってても1減った人は、マイナス99であっても1増えた人より、不幸を感じているということになります。

この下がったというネガティブの要素を検出しやすい脳の性質を持ってる人のたくさんいる国というのが、日本の遺伝子プールの特徴です。ただこれも煩雑な話になるので、今私が出している本『空気を読む脳』にも書いたので。もしよかったら参照してみてください。詳しいことを書いてあります。

協調性についての話を続けます。最初にお話をしておくべきだったかもしれないんですが、日本人はすごく「同調圧力を感じやすい」とかって言われますよね。同調圧力に関してはいろんな意見があって「アメリカの人のほうが実は感じやすいよ」とか、そういう意見もあるんです。

ただ少なくともビッグファイブ……特性5因子論という、人間のパーソナリティを世界標準のテストとして検査する人格検査があるんですけれども。その人格検査の尺度によれば、協調性という尺度があって、これは日本人、けっこう高いだろうというふうに言えそうだと。

これが日本の教育によるものなのか、それとも独特の遺伝的な性質によるものなのか、また議論はあるところだとは思いますけれども、ある程度は不安傾向が高いということから、仲間外れにされることへのリスクということを考え合わせて、そういうところから協調性の高さというものがより強く出るかな、ということは言えるのかなと思います。

この不安傾向の高さというのが、セロトニンの状態によって決まるんです。セロトニンというのはやる気を出させるホルモンとかいわれていて、足りないと不安傾向が強くなります。これを「うまく使いにくい」脳を持っている人が、日本に多い、ということはわかっているんですね。

この人たちのもう1つの特徴として、ふだんは我慢して慎重に振る舞っているんだけれども、なにか不条理なことをされると、相手に対して「自分が損をしてでも痛い目を見せてやりたい」という気持ちになりやすい人が、日本にはたくさんいるということになるんですね。

自分には1円の得にもならないんだけれども「みんなのためにこの人をやっつけなきゃいけない」という気持ちになりやすい。悔しい思いをしたり、差別をされたということがあって、ずっと忘れられないとか。そういう気持ちになりやすい人が多いとも言えます。

合理的に考えれば、自分に1円の得にもなりませんので、そういう振る舞いをしないって人もいるんですけれども。そういうごくわずかな人は、かえってこういう集団の中では「ちょっと冷たい人」と思われたり「変わった人」って扱いを受けてしまったりする。

ただこれもどちらが悪い・良いという話ではなくて。日本ではこういう不安傾向が高くて、なにかひとたび自分にとって不利なことをされたら、仕返しをしたいと思ってしまいやすい人が、多く生き延びた国なんだ……ということです。

最後、難しい話になりましたけれども。今回はさきほど紹介した本を参考にして動画を作ったんですけれども、もしもう少し詳しいことが必要でしたら図書館で借りるなりなんなりして、読んでみてください。今日はご清聴ありがとうございました。

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