2024.10.10
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中野京子氏(以下、中野):ペローがやっぱり詩人として非常に優れているなと思ったのは、単なるシンデレラのお話の中にいろんな要素を入れて、サスペンスを入れたりしていることです。身分制も入れています。
例えば、ペローの場合は、まずシンデレラのお父さんのところから始めて、「ある貴族の娘」と言っています。貴族でなければダメなんですね。つまりある下層階級の娘が王妃になったということはありえない時代ですから、「すでにして父親は貴族だった」というふうに言ってるわけです。そういうところが随所に見られます。
もう1つは、シンデレラにファッションを手伝わせるお義姉さん方が、「シンデレラはファッションセンスがあるので」というふうに書いているんです。それは、シンデレラのおそらく亡くなったお母さんのほうがシンデレラの父親よりも身分が高かったのであろう、つまり宮廷と結びついていたのであろうことを想像させます。だから宮廷で流行っている服のアドバイスができたわけです。
次の絵をお願いします。これはクルックシャンクという人が描いた1854年の絵本です。
やっぱりかぼちゃの馬車なので、とても素朴なかぼちゃになっていますね。
それからおもしろいのは、御者のヒゲを見てください。侍従たちのヒゲとくらべて、彼だけがこんなありえないヒゲになっています。名探偵ポアロよりもすごいヒゲですね。ペローの『シンデレラ』には、「ネズミはこれまで誰も見たことのないほど立派な口ひげの太った御者になりました」と書いてありますから、それを描いているんですね。
また、シンデレラのにウエストがものすごく細いですが、それはこの時代の、1850年代のファッションになっているからです。さらには魔法使いの三角の帽子を見てください。これも魔女というものの一般的なイメージになっていることがわかります。
ペローの場合あるいはディズニーのアニメのシンデレラは、あまり自己主張をしません。突然出てきた仙女、あるいは魔女によってすべて助けてもらうという設定になっています。
助けてもらって、服も用意してもらって、靴も用意してもらって、馬車も用意してもらって、お城へ行って、パーティをやって、王子様のところで靴を落として、そして王妃になるという段取りになっています。
最後はやっぱりルイ14世時代の宮廷婦人のあるべき姿をシンデレラに重ねているんですね。だから今の日本人が読むと、かえって意地悪なんじゃないのかなと思うところがちょっとあると思います。
たとえば、シンデレラは、ディズニーではワンチャンスをものにしますけれども、ペロー版では2回パーティに行っています。最初に行って帰ってきた時に、お義姉さん方がすごく興奮して「今日はすごくきれいな、どこかの国の王女様のような人が来ていたのよ」という話をします。
その時にシンデレラが答えるのは、「あら、そうなんですの? 私も見たかったです」「私も行きたいからお義姉さんの服を貸していただけます?」とかなんとか言って、断られたからかえってホッとしたりしています。
そういうのを読んで、シンデレラが内心ほくそ笑むとかなったときに、なんかちょっと意地悪いかなと思いますよね。しかしそれは、何度も言うように、その当時のフランス人のフランス宮廷における女性のあるべき姿なんですね。だから、それでよしとしてるわけです。
ペロー版では最後も復讐はしません。復讐はしないで「お義姉さん方にも宮廷に暮らさせるようにしました」といってハッピーエンドになっています。このあたりは、日本人にはいったいどういうことなのか、よくわからないと思います。
王を頂点とした王族たちとその重臣たち、それに直接仕える人たちがいるものを「宮廷」と言うのですが、ルイ14世よりも前の宮廷というのは移動宮廷でした。
つまり、1年間に何回か、宮廷人たちが群れをなして家来のお城に泊まりに行った。移動していたんです。17世紀スペインの画家ベラスケスの時代も同じで、みんなで移動するシーンが描かれたりしています。移動してどうするかというと、まだ安定していない時代ですから、移動して睨みを利かさなければならないんですね。
日本の参勤交代は、お金を貯めないように、お金を使わせて反乱が起こせないようにしましたから、それの逆ですね。ものすごい数の宮廷人たちが、わりと力のある重臣たちのお城に泊まって、そこで散財させる、そのために王と宮廷人が移動していたのです。
ルイ14世の時代はようやくそれが安定して、まさに本当に絶対王政になって、よほどのことがないかぎりは別の者に覆されることはないとなった時代です。
そうするとどうしたかというと、逆にみんなを来させたんです。参勤交代と同じですね。みんながヴェルサイユ宮殿に伺候するように、伺いを立てて来るようにした。なおかつ、そのヴェルサイユ宮殿は、下々の一定のところは別として、どんな人でも来てよいようにしたのです
そして部屋も割り当てました。もちろん王が一番広いところにいて、次は王妃だろうと思ったら大間違いで、2番目に広いのは寵姫の部屋です。王妃は愛されている度合いによって3番目になったり4番目になったりしたのですが、そのようにお部屋を割り当てました。
そうなってくるにつれて、みんな宮廷に住みたくなる。今まで各地に領地を持っていた臣下たちは、みんなヴェルサイユに住みたくなったんです。ヴェルサイユに住んで、自分の領土は一番の重臣に任せて。だから例えば、この領土で1年間に1億、利益をあげてそれを自分のところに、ヴェルサイユに送るようにと言うだけで、自分はほとんど帰らなくなりました。
そうするとどうなるかというと、それを頼まれた人は自分の殿様に1億渡せばいいとなるから、1億2,000万を出させるように民のものをすごく締め付けて、掠め取ったりする。だから貧富の差がどんどん大きくなっていく。そういう時代です。14世の孫に15世がいて、さらにその孫の16世の時代までそうだったんですね。
また、すごく大事だったのがエチケットです。マリー・アントワネットも嫌がったそのエチケットというのは、宮廷作法です。「こういうふうにしなくちゃいけない」「必ずこうしなくちゃいけない」「この順番でやる」とか、そうしたエチケットをものすごく細かくやりました。
そのヴェルサイユに住むということがステータスシンボルになると、さっき言った「お義姉さん方をお城に住まわせるようにしました」と言った意味がわかってきますね。それは、お義姉さんにとってはものすごくありがたいことです。まさにおこぼれですね。あんなに意地悪をしたのに普通では住めないところに住まわせてもらえるのですから、非常にありがたいことだとお義姉さん方は思ったはずです。
だけど逆にいうと……すごく意地悪く考えたらですが、だいたいフランス人のエスプリというのは意地悪ですから。イギリス人のユーモアというのは「自分はバカだ」って言って笑う。フランス人のエスプリは「お前はバカだ」と言って笑います。だからなかなか素直には考えられなくもない。
つまり、今まで自分を虐げていた人間を自分の下にして毎日顔を合わせるということが、はたして親切なのかどうかはちょっとわかりません。
しかも、アントワネットの時もそうだったように、自分より下位の者からは話しかけることができません。デュ・バリー夫人は、アントワネットが声をかけるまでは話せませんでしたね。だから意地悪をしようと思えば、そこにいて声をかけないということもできたわけです。そういう宮廷色がとても強いお話がペローの『シンデレラ』です。
ペローはいったい誰に向けてこのお話を書いたのか? 当然ながら字を読める人なんて上澄みの人しかいませんから、彼は上流階級の人向けに書いています。その人たちがわかるように書いているというわけです。
ベースが民話であっても、展開がスピーディーですし、ペローという詩人が書いたファンタジーとして、非常におもしろい作品になっています。
そこからさらに宮廷色をマイナスして、逆にミュージカルというものをプラスして動画にしたのがディズニー作品ということになります。
では次に、本来の口承文学というのはどういうものか。つまり、お話というのはどういうふうに生まれたのかを見ていきます。
繰り返しますけど、ペローの場合は、シンデレラという口承の民話をもとにして、当時でいう現代的な、そしてインテリが楽しめるような作品にしました。
そうではなくて、そもそもの民話というのはどういうふうにしてできてくるか? 文字も読めなければ食べることだけで精一杯だった時代の民、普通の一般の人たちは、それだけだと人生は楽しくないですよね。
どんなに食べるだけで精一杯であっても、木の枝があれば地面に絵を描いただろうし、どんな野の花であろうとお花を摘んで飾ったであろうし、そしてなんらかのまとまりのあるお話をしたでしょう。そこから民話というのは膨れていきました。
だから、このシンデレラという類話は実は世界中に500~700あると言われています。だいたい500ぐらいだと思いますが、日本にもあります。
そのシンデレラの類話の最も古いものは、中国の9世紀の文献です。文献があるものが9世紀ですから、文献がなくても、当然お話というのはその前からあったということがわかります。
そしてシンデレラの発祥が、もし最古の文献が示すように中国であったならば、シンデレラの誰にも履くことができなかった小さな靴というものは、中国で6世紀から伝わっている「纏足」ではないかという想像もつきます。
纏足の靴を見たことがある人はわかると思いますが、本当に小さい。どういうふうにして纏足にするかというと、足の親指だけは曲げないでそれ以外の指を足裏に曲げる。親指は曲げないんです。そしてきつく縛るんですね。成長期にそれをやるんです。
そして、そのままずっと置いたら腐ってしまいますからそうではなく、その縛ってる指自体はそんなに痛くないらしいんですけれども、数日に1回ぐらいはその布を変えなくてはいけないので、そのときに痛いらしいんですね。泣き叫ぶぐらい痛いらしいです。それを何年間か繰り返しているうちに、小さな足になるというわけです。
「靴」とはフェティシズムの対象です。だいたいフェティシズムというのは男性のもので、女性にはありません。男性って本当に変なところがあって、物を集めたり、なにかになんらかの意味を持たせる。靴の場合はたいていは性的なフェティシズムになります。
纏足という中国の文化について読むと、その小さな足に発情するそうですから、なかなかすごいなという感じがあります。
日本は中国から文化を教えられたときに、纏足と、それから宦官は入れませんでしたね。ほかのものは入れたのに。だからそれはよかったですね。もし最初にもってきた人が入れていたら、男性は大事なところは切られちゃうし、女の人はヒーヒー言って痛い目になるところでした。だから無事に大足になってよかったなと思います。
纏足の話が主になってしまったらよろしくないので昔話の話に戻りましょう。「小さな村で、意地悪な継母がやってきて、いじめられたけれども、村長さんと結婚した」というような小さいお話を誰かがつくって、たまたま話した。あるいは本当にあった話をした。それからいろいろ膨らんでいったのが昔話なのかもしれない。
ものすごく小さい共同体のなかでは、そんなちょっとした話でもみんながわかるから、それで「ああ、わかるわかる。その話」という感じになるんですね。それがどういうふうに伝播していくかというと、やっぱり旅人がやってきますよね。たいていは職人さん。職人さんっていろんなところを渡り歩きますね。それからお坊さんも渡り歩きますね。そういうふうな人たちが話していきます。
それが、例えば、「海辺の村でカメが幸福をもたらしました」という話を山のところで話しても、カメなんて知らなかったら困るからヤギになったり。そうやってその国、その場所、その時代によって少しずつ少しずつ膨らんでいったものが民話になるわけです。
だからシンデレラというものがまるで氷山の塊のように海面からちょっとしか見えてなくても、要するに意識してるものは小さい三角でも、海面下にはそれの何百倍という大きなものがあるのが民話になっていくわけです。
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