2024.10.01
自社の社内情報を未来の“ゴミ”にしないための備え 「情報量が多すぎる」時代がもたらす課題とは?
羽生善治氏×藤田晋氏対談(全1記事)
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おそらく、今までは「そういう能力はあるんだけど環境がなかった」ていうケースってたくさんあると思うんですよ。ただこれは多分、環境がなくて伸びなかったっていうのは、これから先どんどん少なくなって行くんじゃないかと。それはネットの普及とか大きいと思うんですけど、そういう人たちを救いあげるものやシステムが、今の社会とか世界でできつつあるのかなということは、結構感じてます。
藤田晋氏(以下、藤田):インターネットの普及、大きいですか?
羽生:大きいですね。やっぱり加速度的な世界なんで。
藤田:インターネットは見られる?
羽生:見ますね、そんなに私は詳しくないですけど。ただやっぱり将棋の世界もいろいろ影響受けているので。
藤田:たまにネット対戦とかで見知らぬ人と将棋は? 強いですよね(笑)。僕が言ってもしょうがないでしょうけど。
羽生:でも、プロの人でもやってる人すごくたくさんいますから。あれこそハスラーの世界ですよね。わかりますよね、「これは素人じゃない」とか(笑)。
藤田:異常に強いとか(笑)。
羽生:「読み」と「大局観」ってあるんですけど、読みって基本的に論理的な積み重ねの地道な作業で、大局観っていうのは勘・感性みたいなものなんですけど、だんだん大局観の部分は年齢とともに精度は上がって来て、これはある意味楽なんですよ。勘で、一目その場面を見て「これはこうやるべきだ」とか「これは明らかにダメだ」とすぐわかるようになると楽なんで。
でも地道な読みとか、きめ細かい作業みたいなものも疎かになってしまうと、最後の決断のところの精度が鈍くなってしまうっていうことはあるので。若いときは経験も何もないので、ただただひたすら読んでロジックに考えてどうなるか、っていうことだけを考えて、どうするかっていうことだけなんですけど。
藤田:経験が増えれば判断材料が増えるぶん、そこが邪魔になることもある。
羽生:よくありますね。
藤田:難しいですよね。
羽生:これって両方いっぺんに伸ばすことがなかなかできないっていうとこがあって、片方が伸びると片方が縮む、そんなような感覚があるんですよね。結局それは、どれくらいの比重を置いてやってるかっていう、その時その時のスタンスだと思うんですけど。
藤田:私は常々「仕事は経験が一番重要」って話をしてたんですけど、この本読んで、そうとも限らないなあと。なんで経験が一番重要って、判断材料が増えてより正しくスピーディーに判断ができて、そこが強みになってくってことなんですけど、確かに経験が増えたからといって正しい決断ができるわけではないというか。
羽生:これまたおもしろい、多分日常やビジネスの世界でもあると思うんですけど、その決断が間違ってるけど、結果としてはすごいいいことっていうのがあるんですよ。将棋でも、たとえば悪手を指しましたと。でもそれが実は、相手のミスを呼び込んで(笑)。
藤田:予想もしてないことに(笑)。
羽生:そう、予想外のことが起こって。じゃあ悪手を指したのが本当に良かったかどうなのかって問題でもあるんですけど(笑)。
ひとつそれで思い出すのは、さっき話した大山名人って人は、対局してて今不利とか有利っていうのをほとんど意識してない人だったんです。今いい・悪いは関係なくて、相手は必ずミスをするんだから、いかにしてそういうミスをする状況を作り出すか。だから自分がいい手を指すんじゃなくて、相手がミスを起こしやすい手を指してたんですよ。
それはちょっと考えてみればわかるんですけど、これは明らかに悪い手だとか、ダメっていう選択を平気でやれるって普通の感覚ではなかなかできないことなんで。これ私は絶対真似できないなあと(笑)。
藤田:ひとつの戦い方ではありますけど。
羽生:どこを見て、何を求めて、どこを目指してっていうところに結局最後は行きついてしまうのかなと、私は感じてることがあるんですよね。もちろん勝負だから「勝ちたい」っていう気持ちもあるし、見てる人たちが感心・感動してくれるとか、そういうものも残したい。何を目指すかっていうのは、何を決めるか、何をするかっていうときに、やっぱりすごく大きいのかなと。
実力、力を上げてくっていうのは、そういうこだわりをいかにたくさん持ってるかってことと、ほとんど比例してる感じなんですよ。「こういうことは絶対しない」「こういう手は絶対指さない」「こういう形は何があっても自分は作らない」とか、そういうものをいかにたくさん持ってるかっていうことが、力を上げてくことに関連していて。
そうするとほんのちょっとした隅っこの小さいところだけで争ってる感じなんですけど、でも、そういうこだわりがあるから、力を上げていくことができるっていうことはあるんですよ。
知らない人から見ると、将棋のプロの人って何でも手が見えて、お見通しで常にやってるって感じなんですけど、全然違うんですよ。本当にその場しのぎっていうか、その場で何とかするっていうケースがほとんどで。五里霧中で、手探りで次どこ行こうかなあっていう感じなんで。
もちろんいい手を指そう、ベストな選択をしようと思ってるんですけど、明らかなわかりやすい答えを求めてやるっていうアプローチじゃ、できないんですよね。だから若干いい加減なところがあったほうがいいのかもしれない(笑)。
藤田:意外ですね(笑)。
藤田:「決断とリスクはワンセット」て書いてありますけど。この中で日本の社会は同質社会で、バランスが悪いっておっしゃってますけど、確かにそうなんですよ。リスクを負わない人が減点少なくて、プラスの人はプラスになったまま評価されない。
羽生:リスクとリターンのバランスみたいなものは、かなり見合わないって感じはしますね。
藤田:社会的に(笑)。
羽生:全体的にそれはありますね。
藤田:僕もゼロから会社をスタートしてリスクを負ったというか、自分では負ってるつもりはあまりないんですけど。でも結構成功例は出始めてはいるんですけどね。
羽生:結果を求めてしまうより、プロセスの中に楽しみを見出せるかどうか、やってること自体に充実感を感じるかどうか、そのプロセスのところに意義があるかどうかとか、それのほうがむしろ大事なのかなと。
羽生:それはあるでしょうね。
藤田:さっき(参照:「知識と経験を捨てろ」羽生善治が語る30代・40代の“強み”の活かし方)の、周りから信頼得てる人のほうが有利っていう話。みんな勝てないと思ってた相手に勝っちゃった、とか。
羽生:段で委縮するっていうの今、無いですよね。練習とかで3段の人が8段9段の人に勝っても何の珍しいことでもないんで。段みたいなものは、実力っていうよりも実績の評価だっていう感じに今は完全になってるんで。
ただ昔は違ったんですよ、たとえば4段の人が9段の人に勝つとか、それだけでもう大ニュースだったんで。それはもう随分変わったっていうことはあるのと、あとネットみたいなものが出てきて、なかなか囲い込むことが難しくなったっていうのもありますね。狭い世界で守られてきたものや情報っていうものは、だんだん無くなりあるっていうのは思いますね。それは多分将棋の世界だけじゃなくて、他のもの全体としてもあると思うんですけど。
藤田:よりオープンになって、そういうロールモデルというか意識的変化って大きいですよね。ベンチャー界もそうなんですけど、若い人が出てきていいんだ、みたいになってますから。将棋の場合、勝つのにある程度は予習してこないと、仕事もそうなんですけど準備しないとダメだなていうふうに(思うんですが)。
羽生:考えてもその通りにならないことがほとんどなんですけど、でもそれがまた何かのときに役に立つっていうこともあるし、やっぱり今は本当に情報化の時代なんで、わけのわからない場面のところで力が発揮できると言っても、最初で勝負をつけられてしまうこともよくあるんですよ。
相撲によく私たとえることがあるんですけど、今の情報化のところで出てる技術っていうのは、相撲の立ち合いで一瞬にして両まわしをとってしまうような技術だと思ってるんですよね。だから両まわしを取られてしまったら、どんなに腕力のある人でもどこからどうやっても力の出しようがなく、勝負をつけられてしまうことがあるんで(笑)。
それはやっぱり、事前に自分なりに情報を集めて研究して備えるっていうのが大事っていうことはあると思います。
ただ、そういうのばっかりずっとやってると、だんだん創造的なことができなくなってくるってことはあるんですね。たくさん詰め込んでしまうと先入観というか、頭の中に残っちゃうんで。何か全然今までになかったもの、固定概念を破壊するようなことっていうのが思い浮かばなくなっちゃうんで、どこまでやるかも難しいところではあるんですけど。ただやっぱり基礎知識・基本的なものは、ある程度は伝えておかなきゃいけないだろうなってことは思ってます。
藤田:もともと戦略を持ってないと将棋では取り残されてしまうみたいな?
羽生:早いですからね。どんどん移り変わってくんで。
藤田:その場その場の判断みたいなこととか、波に乗るかとかおっしゃられてますけど、ベースにちゃんと戦略というか、何かないとやっぱりダメですよね。
羽生:刻々と変わってくから、(それに合わせて)変えなきゃいけない、って感じなんですよ。「こんなことしてもいいのかな」ていうのが実は今の将棋の世界で主流なんで。もともとはすごい伝統的な古い世界ですから、たとえば30年前だったら、こんな手を指したら師匠から破門される、すごい怒られるとか、そういう手が全部今の主流なんです。
私なんかは、そういう意味ではカルチャーショックを受けてるようなことが結構多くて、それについていくとなると、短い単位でどんどん考え方を変えて行かなきゃいけないっていうことはあります。それは戦略を短い単位で切り替えて、どうしていくかってことですよね。
藤田:勉強になりました。
羽生:いえいえとんでもないです。
藤田:僕はもう今年(2006年)読んだ本の中でナンバーワンです。勉強になりました。最後に見てる人の多くも会社で働いてる人多いと思うんですけど、将棋と我々の企業社会と、どうしてこんなに共通項が多いんですかね? 縮図のような。これを一冊読むと隅から隅まで、経営してて感じることが共通する部分があるというか。
羽生:それはやっぱり、一生懸命やっていく中で、感じること、ぶつかること、遭遇すること、それを抜け出すことっていうところは、かなり共通してるところがあるんじゃないかなということ。
また、ネットとか出てきて、ジャンルとジャンルの距離がすごく短くなってきている。その中にある、その世界だけにしかない常識みたいなものがだんだん混ざってくると、おかしいってことに気づいて、崩れてる、普通になってきてるってこともあるんじゃなんいかなあと思ってるんですけど。
藤田:そうですね。余談ですけど羽生さん、ブログは書かないですよね?
羽生:ブログはですね、私すごい怠け者なんで、すぐやめるのがわかってるんで(笑)。
藤田:お書きになるときはぜひ、当社のアメーバブログ使って下さい(笑)。今日は本当にありがとうございました。
羽生:ありがとうございました。
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