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羽生善治氏×藤田晋氏対談(全1記事)

「知識と経験を捨てろ」羽生善治が語る30代・40代の“強み”の活かし方

棋界の頂点に長年君臨する天才・羽生善治氏と、サイバーエージェント社長の藤田晋氏が対談。藤田氏は年齢を重ねた今のほうが羽生氏は強くなっている、と感想を述べるも、当の本人は「年代に応じた強みがある。ただ若いほうが有利」と語りました(この対談は2006年に行われたものです)。

羽生善治氏の全盛期はいつなのか?

藤田晋氏(以下、藤田):僕は結構若手のまだ未経験だけど情熱と勢いがある、みたいなのを起用して、仕事任せるというのが好きだし、そこで当ててることが結構あるんです。ここ(『決断力』)にもあるんですけど、7冠を達成されたのはお幾つのとき?

羽生善治氏(以下、羽生):25歳ですね。

藤田:当時(25歳・1996年)と今(35歳・2006年)とではどっちが強いかって、今のほうが強い気がするんですけど、特に今年、調子いいですか?

羽生:総合的なものとか10年前と比べて、どっちが良く理解してるかとか、今のほうがすごく選択肢はたくさんあるのは間違いないんですけど、勝負はまた別で(笑)。それはまたわからない。そこがまたおもしろいところなんですよね。

ある一定のところ以上まで来ちゃうと、そこから進歩してるかどうかわかんなくなるところがあって。たとえば、ひとつすごい難しい場面のときに「こういう抜けだす方法もある」という方法は今のほうが間違いなくたくさん浮かぶんですけど、じゃあ10年前のときのような自然に大きな流れをつくったり、波を作るものに出会ったときに対処できるかどうか、っていうのはまた別の話なんで、そこがまた不思議なところというか。

20代のときは20代のときの強みがあるし、30代になれば30代の強みがあるし、40代になれば40代になった能力として、一番発揮できる部分ってあるものなんで、そこを見つけて伸ばしていくってことしかないんじゃないかなあとは思います。

藤田:おもしろいです。20代と30代じゃ周りの見る目がまた違いますよね。先ほどおっしゃられた、周りが応援してる、信頼してるっていう状況がまた力を生みだすっていうのは、そういう中でも、見方がやっぱり違うみたいなのは……。

羽生:ええ。逆に言うと、30代ってそういう総合的なバランスみたいなものが取れてる時期、っていうことはあるんじゃないですかね。勢い良く進んでく元気もあるし、ある程度経験も積んで、あまりむちゃくちゃなというか、暴走するようなこともない。

昔は当たり前に覚えてたことを結構忘れていくとか、そういうところも感じたりはしますね。それは衰えて行ってる部分もあるから、違う何かを見つけなくてはいけないって感覚も同時に感じる時期でもあると思うんですけど。

藤田:棋士の方と経営者の方の仕事の中での「旬」の時期がわりと近いような気がするんです。人それぞれだと思うんですけど、感覚的に僕は経営者の旬って40代かなと思ってるんですけど、どのへんですかね、棋士の方の一番(の旬)。

羽生:かなり個人差がありますね。それこそ、昔いた大山名人(大山康晴十五世名人)って方は70歳でもトップクラスでいたんで例外中の例外ですけど。技術的なものってなかなか実は衰えないんですけど、年齢が上がってくるとケアレスミスが多くなってくるんですよ、勝負の世界では。

藤田:集中力ですからね。

羽生:集中力もあるんですけど、ときどきふっと、空白の時間ができてしまう。

藤田:集中力も技術力もあるんだけど……。

羽生:あるんだけど、フラッとつい指してしまってそれがミスになってしまう。総合的な力・判断力みたいなものは年齢とともに上がってくんですけど。

藤田:平均すると、しつこいようですけどやっぱり真ん中へんですかね。

羽生:でも勝率とかで見ると、やっぱり20代のときが一番良くて、(次に)30代・40代って感じですね。やっぱり年齢が若いほうが有利だと思います。スポーツの世界ほど極端に衰えるってことはないですけど、勝率みたいな感じで見たときには、やっぱり20代のときが一番いい時期っていう人が多いんじゃないですかね。

経験を「捨てる」大切さ

藤田:カーナビが使える道はいいんだけど、使えない山道になると、とたんに自分のいい手がわからなくなってしまったりとか、わりと学歴社会を勝ち抜いてきた人にありがちなんです。参考書とかの答えがある世界ではちゃんとできるんですけど、自分の頭で判断しようってなってくると、なかなかできないんですよね。とくに若い人だとできない。

羽生:とくに羅針盤・カーナビが効かないような状況で本当の真価が問われるんだ、って一面もありますし、あと、今ものすごい情報化の時代でデータとか簡単にどんどん入って来るんで、莫大な量を使いこなすことによって力をつけてるって感じもあるんですね。

そこが実は私が最近興味持ってるとこで。莫大に持ってる情報量が、全然見たこともない場面のときに自然に対応できる質に転換できるかどうかっていうのは、これから先に出て来る若い人たちの大きなテーマ・課題みたいなものなんじゃないかなあっていうふうに思ってます。

ただただ丸暗記してそれを使うっていうのは無理なんですけど、自分なりに栄養にして吸収して、本当に血となり骨となって行くことに変えられるかどうかっていうのは、すごく今問われているんじゃないかなと思っているのと。

あと実は、将棋の世界で一番の最先端の技術・流行の形っていうのは、ほとんど20代の前半でまだプロになってるか、なってないかくらいの人たちが大体作ってます。

藤田:へえー。

羽生:もちろんトップクラスの10人くらいの人はそういうの知ってますけど、本当の最先端っていうのは、もっともっとまだ名前も全然知られてないような人たちから出てきてるっていうのがあって。

あとから出てくる世代の人の強みっていうのは、いいとこ取りできるんですよね。(難しい局面が)いっぱい出てきたとき、本能的に「これはダメだ」とか「これは行けそうだ」っていうのを、何の"ためらい"や先入観もなくできるっていうところがあって、それは見ててすごいなっていうのも感じるときもあるし、ある場面のところになってしまうと力が発揮できないところもある。ギャップ・アンバランスはすごく感じるんですよね。

藤田:あまりにもデータがたくさんあるので、経営書とか、この業界の知識とか、それを抱えるだけ抱えてろくな判断ができなくなってきてる部分もありますよね。

羽生:いかに得るというより「いかに捨てるか」と「忘れる」って大事なことで、たとえば自分がすごく時間をかけて勉強したものを捨てるってなかなかできないんですよ。

でもそれをむしろためらいなくどんどん捨てることをしないと、変化の激しいところは絶対ついて行けないってことは感じていて。私も15年前くらいにすごく研究・勉強してた形とかあるんですけど、今まったく何の役にも立たない(笑)。

藤田:うまく自分の人生を作れない人って、自分が勉強した学問・学力とか、最初の会社で経験した仕事を何とか生かしたいって言って、本質的にもう必要ないのに捨てきれないっていう人もやっぱり多いですからね。

羽生:直接的な知識として役に立つことはなくても、それを習得して行くまでのプロセスが、別なまったく新しいことをやるときに近道になってるっていうのが、理解して行くうえでのステップになってるっていうことはよくあることなんですよね。ただ、それは具体的に目に見えたり、カタチになって見えるものじゃないから。

藤田:おっしゃってることはすごくよくわかります。

羽生:自分が信じられるかどうかっていうのとすごく関係してると思うんですよ。自分のことを信じるって本当に難しいんですね。つまり、自分がしてる「絶対間違いない」って確信持ってることに、周りとか友達から「えー、それって何かちょっとおかしいんじゃない?」って言われたりすると、グラついたりするわけじゃないですか(笑)。

そこで「いや、そんなことはなくて、俺が進んでるこの道は絶対合ってて将来性もあるし、未来もあるんだ」って思い込めるかっていうのは、核の部分としてどういうものがあるかとすごく関連してると思うんですよ。

羽生氏「人間は1日じゅう集中できるように設計されていない」

藤田:「直感の7割は正しい」ってこの本『決断力』でおっしゃってるじゃないですか? そう感じられるのって、僕もまったく同感です。

羽生:直感ってただ漠然と出てるものじゃなくて、自分の今まで積み重ねてきたものの中からパッと自然に浮き上がって来てるようなものなので、その時には邪心がないっていうか、ちょっとしかない時間でやってるんで、本当に純粋な気持ちでこう感じた、っていうことだから、余計なものが入ってないぶん精度は合っているってことはあるんじゃないかなと。

ただ、7割合ってるっていっても「7割しか合ってない」っていうことなんで、それで3割が間違ってたら、基本的に将棋の世界では全然話にならないですから、そこからいかに精度を上げるかっていうことと、いろんな場面で迷う・ためらう・逡巡するとか、たくさんあるんですけど、そうするとどっち進んでいいかもわかんなくなっちゃうってあるんですよ。迷いに迷っちゃうと。

そうするととんでもない方向に行ってしまうんで、とりあえず直感だけ見ていれば、仮に間違ったとしても方向性くらいはちょっとズレるくらいで済むんじゃないかなって。長く考えてわからなくなったときにはもう一回直感に立ち帰る、というのはよくあります。

藤田:そこからちゃんと覚えたうえで考え始める?

羽生:そうですね。ただ不思議なもので、たとえば2時間くらい考えても実際は、最後の5分間だけで考えた手を指すっていうのはよくあるんですよ。迷いに迷って、一番最後何か見つけた、あまり考えないけどこれでいいかと思っちゃうところあるんで。それは本当最後、決断するときっていうのは、いろんなケースがありますね。

藤田:直感に自信が持てないときは邪念が入っている。要は、他のこと考えてる。100%集中してると直感ですよね。

羽生:私対局してて思うんですけど、あんまりそういうふうに人間は設計されてないっていう感じはしますね。たとえば一日じゅう集中して、直感を使って考えるようには設計されてない(笑)。だから感じたところ、大事な場面で使うっていうのと、そういう場面でなんとか持ってくる。

でも逆に言うと、それがいつなのか、どの場面なのかっていうのを感じるかどうかが直感じゃないですかね。それを感じ取れるかが大事なんじゃないかと。

藤田:勝負勘ですよね、僕もそこ大事にしてるところで。経営してて、本当に真面目ですごくコツコツやる人もいれば、全然ダメだっていう人もいるんですよ。やっぱり勝負勘じゃないと、自分のここだっていうところを信じ切れるかどうか。

羽生:そうですね。100%ってないじゃないですか? 絶対これっていうのはないんで。あと、読み筋とか考えてた通りになるっていうことも滅多にないですよね。だから結構その場しのぎっていうか、全然自分が予想しなかった、考えてなかったような状況になったときに、そこでわからないんだけどなんとかする。これをやってみようという力って数値化できないっていうか、表現できないものなんじゃないかな。

多分、経営者の人とかは答えがあとから見てもはっきりわかんない、という場面のところをたくさんたくさん乗り越えてきてるんで、だからこそ総合的な、たとえば長い目で見たときに「間違った方向に進んでない」っていうことはあるんじゃないかなと。

藤田:将棋同様に、仕事に関して流れを読んで、直感で正しいと思ったところを(見る)。受験勉強みたいに真面目にやればいいと思っている人もいるんですけどね、やっぱり勝負勘がすごく大事だと。

羽生:本当に不思議なんですよね。たとえば対局してますよね、一言もしゃべらないんですけど、だんだん相手の人が何を考えてるかわかってくるんですよ。「ああ、こういうこと思ってるんだな」とか「こういうことを考えてるんだろうな」って。多分会社の経営もそうだと思うんですけど、本当の真剣勝負の場面での選択は、必ず選んだ人の気持ちとか、思いが入ってるんで。

たとえば、藤田さんがライバル企業が何かすごい重大な決定をしたら、「この人はきっとこういう気持ちで、こう考えてこれをやったんじゃないかな」とか、わかってきますよね。

藤田:そうなんですよ。集中してればなんですけど。半分遊びのこと考えちゃうともうダメなんですけど、100%仕事に集中してれば、そういうときがあるんですよね。

羽生:そういうのは以心伝心で伝わるっていうところがあるのと、変な話ですけど、それで将棋指してくと人間性が見えてくる。「この人ってこういう性格の人だったんだ」とか。

藤田:最後のリスクの取り方とか、勝負どころで道が見えるとか。

羽生:それはすごく感じることはあります。

差をつけづらい時代だからこそ、感性が求められる

藤田:さっきおっしゃったカーナビが使えるとか、若手の棋士はいるんだけど、その先はやっぱりそういう勝負勘とか、そういうものですかね。

羽生:つまり、今の時代って真面目にやってれば、環境がすごく優れてるんで、あるところまで猛スピードで突っ走れるような感じがあるんですよ。ただ、今まで環境が整ってない時代だったら、辿りつけなかった人も辿りつけてるっていう感じなんで。

じゃあものすごい渋滞してるあるところから、にっちもさっちも前へ進めないような状態になってしまうんじゃないかなと。全体的・総合的なレベルや力が上がってるんで、そこから他の人たちと差を付けてくときにどうするのかってなったときに、今まであるような知識の積み重ねとか環境の良さっていうことだけ考えていたのでは、そこを突き抜けるのは難しいんじゃないかなと。

もっと全然違うことをやらなきゃいけないんじゃないかなと思っていて、多分それは、これをやったら絶対プラスになるマイナスになる、はっきり数値化できるとか、そういうものじゃないことがすごい大事なんじゃないかなと思ってるんです。役に立つかどうかわかんないことをやってるのが大事というか(笑)。

藤田:感性っておっしゃってましたけど、感性が大事。

羽生:そうですね。逆に言うと、何をしててもいいというか(笑)。何をしててもいいんですけど、それがもしかしたら何かのときに役に立ってるかもしれない。ブレイクするのに鍵になってるかもしれないっていうのはあるんじゃないかなと思ってるんです。

藤田:ある一定のレベルまでは皆同じくらいまできて、その先みたいなものは、仕事ができそうとかダメそうとか、言葉にしづらい雰囲気を見つけるみたいな感じですかね。麻雀やってるときもあったんですけど、弱そうな人っているんですよ。すごく勉強していて定石全部覚えてるんですけど、会った瞬間「こいつ弱そう」みたいに思ったり。

※続きはこちら!もう能力不足を「環境のせい」には出来ない--羽生善治氏が予測する、ネット時代に必要な成長力とは?

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