2024.10.10
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奥田太郎氏(以下、奥田):(書籍『失われたドーナツの穴を求めて』の)最後、第7穴の言語学、そして第8穴の哲学です。
私たちが「ドーナツの穴」と言う時とか、「ドーナツに穴があいている」と言うときに、それはいったいどういうことなのか、というようなことを、言葉を研究する観点から書いているのが第7穴です。第8穴は、「ドーナツに穴がある」というときに、その穴っていうのがどういう存在なのか? これはちょっと後ほど、お話をすることになりますけれども。
どういう存在なのかということを考えてるのが、この第8穴ということで。ドーナツの穴がいつあいたのかっていう歴史からはじまって、ずーっときて。最後は、「穴っていったいどんな存在なんだ?」っていう哲学で終わるという構成になっております。以上が、この本の内容でございます。ご関心のある方はぜひぜひ、お読みいただきたいと思います。
そこで今日は、今紹介したところですけれども、最初の1の歴史、2の実証というところを、比較的詳しくお話して、最後に、言語学、哲学のところを、ちょっとだけ味わっていただこうかなと思っております。それでは……いきますか?
芝垣亮介氏(以下、芝垣):そうですね。ハグジードーナツってここ(iPadを指して)に出てるんですけど、ハグジーさんはもうすぐ登場でございます。その前に、歴史の話が少しだけあります。そもそも私たちが、この研究をなんですることになったのかっていうところからなんですけれども。
私が一番最初に、2年ぐらい前ですかね。ちょうど2年ぐらい前に、ミスドに行ったんですよ。正式名称がミスタードーナツね、ちっちゃい「ッ」がないんですよ。ドーナツなんですけども、お店に入って私が牛乳だけ買って座ろうとしたら、店員さんが「ご一緒にドーナッツはいかがですか?」って言って、ちっちゃい「ッ」を入れられたんですね。
それがすっごいイラっとして。なに言うてんねんこの人! ドーナツ屋さんなのかドーナッツ屋さんなのか、言語学者なんでそういうのがすごく気になっちゃって。どっちなんだろうと思ってて、牛乳しか買わなかったんですけど(笑)。
(会場笑)
芝垣:牛乳を飲みながら、スマホで「ドーナツとドーナッツの違いってなに?」って検索したんですよ。そしたら、誰もそんなこと気にしてなくて、出てきたのがドーナツの穴のことばっかりで。ドーナツに穴があるのか穴がないのかとか、よくわかんない話がいっぱい出てきて。「これは何なんだろう?」って思って、気になっちゃったんですね。ちなみに、ちっちゃい「ッ」のことは今もわかんないまんまです(笑)。
で……ホッチキスはみなさん、なんて言いますか? ホチキスですか? これ、ホチキスってちっちゃい「ッ」なしで言う人、手を挙げていただけませんか? ホチキス。
(会場挙手)
半分ぐらい、10人……じゃあ残りの人はホッチキスですかね? これ実は、境目が静岡県あたりって言われてるんですけど。そこよりも東側、北側の人はホチキス、関西の方の人とか西の方の人はホッチキスと言うって言われてるんです。まあ、ドーナツとドーナッツもそんな違いだろうと思ってたんですけど、結局違いはわからず(笑)。
(会場笑)
というか、もっと関心が「穴、なんやねん!」っていうことにすごく惹かれてしまって。それから調べはじめるわけなんですね。
穴ってそもそも最初からあったのかな、とか思って。今インターネットはすごいんで、こんなんも調べるとすぐ出てくるんですよ。1843年、なんかアメリカ人の名前まで出てきて、「ハンソン・グレゴリーが、こういう理由で開けた!」とか書いてあって。
まあ名前も出てくるし、「そうかそうか」と思って納得したんですけども、大学っていうのは幸いそういうことに恵まれてる場所で、いろんな学問の人がいるので。
私の同じところ(大学)に、歴史学者で手下みたいなやつがいるんです。大澤ってやつなんですけど(『失われたドーナツの穴を求めて』著者の1人の大澤広晃氏)、「大澤さん、ちょっと来て」って言って。「インターネットにこんなこと書いてあんねんけどどう思う?」って聞いたら、「嘘だと思います」って即答されて。瞬殺だったんですよ。
「え、なんで?」って言ったら、「こうこう、こういう理由でね」って言われて、へえーってなって。そしたら「大澤、調べにいくぞ!」って言って大澤さんを引っ張って、イギリスの大英図書館まで行ってしまったんですよ。
芝垣:なんでかっていうと、大英図書館っていうのはものすごくたくさん本がありまして。一応、歴史上英語で出版されたすべてのものが所蔵されてるという設定の図書館でございます。そこに行って、本を借りて。そこ、おもしろいんですよ。図書館なんですけど、本が多すぎて、自分で本を取って借りられないんですよ。
奥田:迷子になっちゃうからね。
芝垣:そう。だから、中にいてもインターネットで、館内の本をタイトルとキーワードだけ見ながら検索して、「これかな?」って思うやつを押すんですよ。そしたら、「40分後にこのカウンターに届いてるんで取りに来てください」って、40分待つんです。そんな具合なので、1日1人10冊しか借りれないんです。私と大澤さん2人なので、20冊ですよ。もうこれは見当をつけて借りるわけなんですけど、「5冊ぐらいとりあえず借りてみよう」って言って、50分待った。
出てきたのを見ては「なかったね」って言って、「じゃあまた(本を)変えてみよう」って言って5冊頼んで、そういう感じでした。
その合間に、新聞が今全部電子化されてるので、大澤さんと2人で1800年代のイギリスのドーナツ、ドーナツホールとかそういう言葉で検索しまして。それを朝から晩まで食事もとらず、目を真っ赤にして全部確認したっていうのが、この(書籍の)第1穴のお話でございます。
結果として、細かいことは本を見ていただきたいんですけども。この言ってた1843年以降も、アメリカでもどこでも、穴のあいてないドーナツがいっぱい出てきちゃって。
奥田:そうなんですね。ハンソンがあけたと言われてる年以降で、穴があいてないのがいっぱい出てきた。
芝垣:そう、いっぱい出てきた。最初は「ひし形に切れ」とかいっぱい書いてあって。「なんやこれは?」ってなったんですけども。どんなものか、ぜひ読んでいただきたいと思います。
もう1つ、新聞で検索をかけてておもしろかったのが、お菓子としてのドーナツ。いわゆるこのドーナツが最初に新聞に出てきたのが、1834年ぐらいだったと思うんですけど。イギリスのリーズっていう場所の新聞で出てきたんですよ。
「ああ、良かった良かった。これぐらいからお菓子のドーナツの話がされてるわ」と思ったんですけども、検索をかけてると、ドーナツっていう単語が1820年代とか、それ以前も出てきちゃうんですよ。「なんだろう、まだこの辺にもお菓子のドーナツあったんかな」と思って見てたら、人の名字だったんですよ。
奥田:なんと! ミスタードーナツ(笑)。
(会場笑)
芝垣:いや、これギャグじゃなくてミスターがついてたんですよ、本当に。だからドーナツって、人の名前だったんですよね。
で、「あれ?」と思って。お菓子のドーナツよりも前に、人の名前が出てきちゃってるんですよね。「ドーナツって、どんな意味なの?」って。英語で「DOUGH(ドー)」って書いて。そのあとに「NUTS(ナッツ)」でドーナツ。いわゆるクルミとかのナッツと一緒なんですけど。
インターネットで検索かけて、ドーナツの語源を調べると、「ドー」というのが、生地なんですよね。みなさんお料理される方はドーって言うと思うんですけど。「ドーをこねて」とか(笑)。もうほとんど和製英語になってるんですけど。ドーは生地で、ナッツがクルミのナッツで。もともと穴がなかったので、クルミのナッツを揚げた生地の真ん中に置いて、生地とナッツ、ドーとナッツでドーナツだって、今もう世界的に言われてるんです。
でも、お菓子のドーナツよりも前に人の名前が出てきちゃったっていうことは、それも嘘かもしれないですよね。後から思った人がなんか適当にこう、偶然そうなってるからそういうストーリーをつくっただけで。
実はオランダからきてるんですよ、ドーナツは。最初にオランダからイギリスにドーナツを輸入した人とか、はじめてドーナツ屋さんを専門店に売り始めた人の名字が、たまたまドーナツやっただけかもしれないんですよね。
だからドーナツにまつわる世界初の内容がいっぱい出てきてしまって。これはどえらいことになってる(笑)。本当に読みやすくてやわらかい文章なんですけど、内容は本当に……。
奥田:なかなかね。
芝垣:はい。
奥田:だからまあ、回答がばしっと出てるわけじゃないんですけど、深淵なるドーナツの歴史学の扉を開いてしまったという感じ。
芝垣:そうですね。
奥田:もう大澤さんには、「第2弾、第3弾を書け!」と我々は言ってますので、お楽しみに、みたいな(笑)。
芝垣:そうですね。それでこのときに見つかった、1852年のアメリカで、しかも10刷りの、わりと何回も刷られている本にドーナツのレシピがありまして。穴はなかったんですけども。それを持って帰ってきまして、ああよかったよかったと思ってたところで、出会ったのが松川さんなんです。偶然松川さんに出会いまして。経緯は本の中に書いてるんですけど、本当に偶然でした。
奥田:なんかお2人、私としてはけっこう笑える事態だったんです。芝垣さんからケータイで写真が送られてきましてね。「すごい人に会った」とか言って、ぱって見たら(2人を指しながら)この2人ですよ、わかります? 芝垣さんも、けっこうなオーラがあるじゃないですか。
芝垣:この人(松川氏)に、こんなんに絶対勝てないやん(笑)。
奥田:あれは(写真を撮ったのは)喫茶店じゃなくてドーナツ屋さんなんですか?
芝垣:ドーナツ屋さんやと思います。
奥田:なんかその、普通の店舗でわーって写ってて。2人の圧っていうか、存在の圧力みたいなのがすげえなって思ったんです。それで、お互い第一印象はどう思ったかをちょっと聞きたいなと思って。これ、聞いたことなかったんで。
松川さん、どう思われました? 芝垣さんのこと。
松川寛紀氏(以下、松川):はじめ、「ドーナツ研究をしてるものです」みたいなメールがきて。「ドーナツ屋さんと話がしたいです」みたいな。どんな人かなと思ってたら、すごい陽気な感じで。「こういう大学の人もいるんだ」と思ったのが第一印象ですね(笑)。こんなフラットな感じなんで。
奥田:今ちょっとうまく言っていただけましたけど、「こいつ本当に大学教師か?」っていう(笑)。
(会場笑)
わかります(笑)。芝垣さんの方はどういう感じだったんですか? 最初の印象は。
芝垣:いやあ……代官山でね。メールで、松川さんのほうから「代官山のドーナツ屋さんで会いましょう」って言われて。私のほうがちょっと遅めに着いて、先に松川さんがいたんですけど、もう一目ですよね。最初、初めて会うから「誰かな」って探さなくちゃいけないんですけど、まあこの人で間違いないなと思って。ヒゲもなんか……今日はすっきりされてますが。
奥田:そうですよね、写真に写ってるのとはまた違う。
芝垣:ふだん、アフロももっと大きくて。これも夏仕様?
松川:夏仕様です。
奥田:これアフロも大きくてヒゲも大きいと、本当にまわりがなんかこう、黒いドーナツみたいで、顔が穴みたいに見えて。「うわあ、ドーナツが歩いてるやん」って感じで(笑)。私も初めてお会いしたときは相当びっくりしましたね。
こうした衝撃の2人の出会いがございまして。その出会いがなんと、ドーナツのレシピの再現にまで至るという。
芝垣:松川さんとはじめて会って、研究者肌のドーナツ屋さんだとうかがって、いろんなお話をしてたんですよ。私はなんとなくお話してたんですけど、「実はイギリスまで行ってきて、こんなこともあったんです」って今の話をしたら、松川さんからね。
松川:はい。「つくってみよう」という話をしまして。一緒に、別日でつくらせていただきました。
奥田:ハグジーさんのお店のCM、いらないですか?
松川:大丈夫です。
奥田:大丈夫ですか? なんか土日しかやってない……。
松川:そうです。僕のお店は土日祝日のみやってまして、あとはもう自転車で引き売りとかをしてます。本当に「会えたらラッキー」みたいな感じで。
(会場笑)
奥田:そうですよね。世界一、世界二と言われているドーナツ屋が、土日しか営業しないという。世界の幸福度をあげるために、もうちょっと開店頻度を増やしてほしいですけど(笑)。
芝垣:今日はイレギュラーですよね?
松川:そうですね。こんなに夜遅くまで仕事するのは初めてです。
(会場笑)
芝垣:じゃあ、レシピのお話からだと思うんですけど……。そもそもドーナツってどういうものなのか。例えば2タイプあるとか、松川さんから簡単に。
松川:はい。ドーナツって、実は今世の中に大きく2つあります。イレギュラーなのもけっこうあるんですけど、1つはイーストドーナツっていう、イースト、酵母菌でふくらませるドーナツ。パン生地のドーナツですね。
もう1つは、ケーキドーナツと言われている、ベーキングパウダーでふくらませるドーナツ。けっこう日本で主流になってるのは、ケーキドーナツにあたるんですよ。大きな、某ミスタードーナツでは、だいたいがケーキドーナツ。あとスーパーとか、パン屋さんに売られてるのも、基本的には確かケーキドーナツなんですよ。
芝垣:じゃあ、ベーキングパウダーを使ってる?
松川:ベーキングパウダーを使ってるんですよ。ふくらませてるドーナツが多くて。今ちょっとずつ、東京とかに、僕のお店もそうなんですけど、イーストドーナツのお店も出てきていて。この2種類に大きく分類されるんじゃないかなっていうのがあります。
芝垣:ベーキングパウダーのタイプって、ちょっとビスケットっぽいっていうか、サクサクしてる。
松川:そうですね、サクサクしたケーキ生地っていう感じ。
芝垣:それはもう、いわゆるミスドのオールドファッションとか、みなさんがドーナツとして典型的にイメージするやつでしょ?
奥田:オールドファッション、大好きですけど。
芝垣:ああいう感じの、ちょっとサクサクした感じになりますよね。イーストはもっと……。
松川:モチモチとかこう、ふわっとしてて、本当にパンですね。揚げパンに近いんですかね。うちのお店もイーストドーナツなんで、よくレビューが書かれるんですけど、人によって表現の仕方が違って。僕もなんて説明すればいいのか、いまだによくわからないんですけど、ふわふわとかもっちりとか、そんな感じのドーナツですね。
芝垣:これ今日、後で、食べていただける……。
松川:はい、実はみなさん分のドーナツを今日は用意してるので。ぜひ召し上がっていただいて、どういうふうな食感なのか、ぜひ言葉にしていただきたいんですけど。
芝垣:世界一ですから。
(会場笑)
奥田:お楽しみに。
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