2024.10.01
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茂木健一郎氏(以下、茂木):だから、ニューヨークでも(クジラを)食べる人いるんじゃない?
佐々木芽生氏(以下、佐々木):ニューヨークはね、海洋哺乳類、クジラとか食べちゃダメなので。
茂木:でもその「ニューヨークでは」っていう言い方は、本当なんですかね?
佐々木:いや、アメリカでは食べられないんです、違法なので。
茂木:違法。でもネイティブ(アメリカン)の方は獲ったりしますよね?
佐々木:ネイティブの方はまた「先住民生存捕鯨」っていう、ぜんぜん別枠があって。
茂木:だから、アメリカの人も日本に来たら食べる人もいると思うんですけどね。
佐々木:いると思います。たくさんいます。でも、例えば有名人なんかがノルウェーに行って、誰だっけな、キャサリン王妃の妹(注:ピッパ・ミドルトン)さんがノルウェーに行って「クジラを食べました」って言うと、ものすごいバッシングされたりとかするんですよね。
茂木:それ、バッシングする人はすべてではないですよね、きっと。統計を取ってるわけじゃないんですけど。
佐々木:そういう人たちは一部だと思います。
茂木:なんでこの話にちょっとこだわってるかというと、「日本 vs 欧米」っていう構図自体が気持ち悪いんですよ。
佐々木:なるほど。
茂木:それは本当のこととは違うんじゃないかなっていう感じが。
佐々木:私がこの映画を取材しながら思ったのは、私もまず最初はいろんな話を聞く中で、そこがスタート地点だったんです。でも取材していくうちに、これはどっちが正しいとか、どっちが間違ってる、茂木さんがおっしゃるような「日本 vs 欧米」みたいな構図じゃなくて、どっちかと言うと「グローバル vs ローカル」なんじゃないかなと。
要するに、グローバリズムの価値観っていうのは本当に世界中いろんなところに(あって)、特に最近ですよね、隅々まで行き渡っている。強引にグローバル・スタンダードみたいなのが入ってくるなかで、やっぱり今のグローバル・スタンダードとぜんぜん相容れないローカルの価値観を持っている太地町みたいな町っていうのは、すごく被害に遭っている。いじめられちゃっている。
たまたま太地町の人たちっていうのは、何百年も、ご先祖様、お父さん、おじいちゃん、ひいおじいちゃんがやってたことを受け継いでやってきたんだけど、それが今のグローバル・スタンダードにはもうぜんぜんフィットしないっていう。
茂木:なるほど。僕ね、『ザ・コーヴ』を観てて、あれ出てたのってシーシェパードの人たちだっけ?
佐々木:いえ、シーシェパードは出てないですね。リック・オバリーっていう。
茂木:個人でやってる人たちか。僕はすごく、ちょっと「あぁ」と思ったのは、正義を押しつけてくる感じは個人的にはどうかなと思ったんですけど、一方で、僕は太地町の漁師さんの方とかはすごくいい人だっていうかね。だから僕が確か文章で書いたのは、「一緒に酒でも飲んで話せばいい」なんて書いた記憶があるんですけど。対話をしないっていうのがちょっと問題だと。
でも一方で、「伝統だから続けていいんだ」というのも、僕はちょっと違和感があるんです。メタ認知というか、自分たちがやっていることを振り返っていろいろ反省するっていうことは、すごく人間らしい営みだと思うので。
だから今の話だと、「ずっと続けているローカルな文化 vs グローバルな普遍主義」みたいな対立に聞こえたんですけど、お互いに自己反省をもっとしたほうがいい。
だから、ローカルな文化側は、自分たちが伝統としてやってきたんだけど、本当に今の自分の感覚に照らしてそれはどうなのかということを振り返ればいいと思うし、それから(グローバルな)普遍的な価値観側も、自分たちがあたかも正義のホワイトナイトみたいな感じで来てるのはどうなんだっていうことを、本当はセルフリフレクトするべきだと思うのです、お互いに。
だから僕は『ザ・コーヴ』を観てて唯一全面的にかわいそうだなと思ったのは、イルカちゃんなんですよ。「こいつらが議論してる間にも俺たちは殺されていて、俺たちを殺すのが正しいとか正しくないとか言ってるんだけど、俺たちとりあえず殺されてますから」みたいな。イルカさんは。
(会場笑)
茂木:だから、太地町の漁師さんにもアクティビストにも、どちらにもそんなに全面的には感情移入してなくて、どちらかと言うと、その間にクジラが殺されてるよみたいなのが、僕の『ザ・コーヴ』の印象です。
佐々木:その「伝統論」ということも、私もシーシェパードの人たちとよく話してて、伝統に対する考え方がやっぱり日本人と……。
茂木:なんかおっしゃってましたよね。
佐々木:欧米人とは違う。
茂木:だからそこ、「日本人と」って言われると、またちょっと……。
佐々木:ごめんなさい、じゃあ、「一般的」という言葉もあれかもしれないんですけど、私たちはたぶんおおかた、伝統っていうのは、長く続いてきたものをできるだけ長く将来に引き継いでいきたいと望んでいる人って多いわけですよね。
茂木:まぁでも、お歯黒はやめちゃいましたよね。
佐々木:それも同じだと思うんですよ。やっぱりそれも現代の……。
茂木:お歯黒はやるべきだったんですか?
佐々木:いえ、それは今の時代に合わないっていうことでやめましたよね。
茂木:ということは、捕鯨も、理論的にはですよ、イルカの追い込み漁も、今の時代に合わない可能性は理論的にはあるわけですよね?
佐々木:と、向こうの反対する人たちは言っているわけです。
茂木:向こうの反対する人っていうよりも、誰が言ってるかというより、僕は思想って、誰が言ってるかということとは別個に……。それって属人的じゃないですか、「反対してる人たちが言ってる」って言い方をすると。
でも今言った、伝統でも時代の風潮に合わせて変わっていく場合があるという思想自体は、所有権があるわけじゃないから、誰がそういうふうに考えてもいいじゃないですか。
なんとなくね、僕、捕鯨をめぐる、追い込み漁をめぐる日本国内の議論が気持ちが悪いのは、思想が属人的なものとして捉えられているところが気持ち悪いんですよ。自分で考えりゃいいじゃないかと思うんですよ。お歯黒を今やってる方いらっしゃいますか? この中で。やんないじゃないですか。今はやんなくなったわけじゃないですか。自分たちで考えて、別に。
だから自分たちで考えれば。だから属人的になんか思想を考えるっていうところ自体が、僕はすごく気持ち悪いですけどね。すいません、いちいち反対するみたいで。
佐々木:いえいえ、大丈夫です。私も映画の中でも対話集会があって、シーシェパードの人たちが「奴隷制度も伝統だったんだ」と。「でもこれは今の時代に合わなくなったから、奴隷制度は廃止した」と。例えば最近の例で言うと、(スペイン)カタルーニャ地方の闘牛とか、イギリスのキツネ狩りっていうのは、動物愛護とか福祉の面から見て、これは今の時代に合わないということで……。
茂木:キツネ狩り、まだやってる人いませんでしたっけ?
佐々木:どこまでやってるかわからないんですけど、1回廃止されてまた復活されてたりもするんですね。なので、常にこれは今の時代に合ってるのか、合ってないのかっていうことが議論されているようなんですけれども、まぁ日本……と言ったらあれですけど、日本ってそういう議論はないですよね? ありますか? 今の時代に合ってて、これはいいのだろうかっていう。
茂木:ある場合もあるだろうし、どうなんでしょうね。なんかね、今日佐々木さんとお話ししようとしてたのって、やっぱり脳の仕組みから言うと、人間って感情にすごく支配されて、感情から理屈が出てくるところがあるんですよ。だから根底感情が違っていて、例えば捕鯨で言うと、僕は1962年生まれで、確か……。
佐々木:同い年です。
茂木:同い年ですよね。
佐々木:バレちゃいました(笑)。
茂木:ごめんなしゃ~い(笑)。
(会場笑)
茂木:僕より5年ぐらい先に生まれてる人たちって、僕よく言われたんですけど、「茂木君、だって僕たちの時は、肉っていうとクジラだったんだよ」って。クジラの消費量ってこうなってるんですよね。だからクジラって贅沢品というよりも、本当に肉が、牛とかがなくて、それで食いつないできた時代の人もいると。
その人たちの見るクジラというのは、そうじゃない人が見るクジラと違うじゃないですか。理屈ではわかるけど、感情の部分は絶対に共有できない。
今日も“打ち上げ花火”が向こうのほうから飛んでいきましたけれども、朝鮮戦争の歴史を見ると、なんかあれなんですよね。最初、北朝鮮側がほとんど南の方まで来て、それをアメリカ軍側が押し返していったんですけど、その過程で北朝鮮側の国土はほとんど焦土と化したわけですよ。
それって我々もある程度は持ってる感情なんですよね。東京大空襲とかで。ただ、それよりもちょっと最近。だから、北朝鮮のあの方々の政治体制とかがいいとは決して言ってないんですけど、北朝鮮の人たちがアメリカを見る時の根本感情って、おそらく理解できないんだと思うんですよ。
だからといって“花火”を元気に撃ってもいいっていうわけじゃなくって、おそらく北朝鮮の、特にシニアの方々がアメリカというものを見るときの感情は、おそらくアメリカの今の開明的なエリートたちには理解できない。
だからそういうふうに、意外となんかお互いに理解するのが難しい感情が向き合ってる感じがするんですよ。『ザ・コーヴ』を観たときもそういう感じがしたんですね。だからそれはよほど歩み寄らないと、お互いに理解できない気がして。
佐々木:でも、歩み寄れないわけですよね? この問題って。
茂木:いや、歩み寄れるんじゃないですか?
佐々木:私はこのおクジラさまの書籍の方で、「感情は世界を支配する」という一章を書いたんですけど、特にこの捕鯨の問題って、やっぱりものすごく感情をうまく操作されてるんですよ。
茂木:わかります。それはシーシェパードの映像とかですよね。
佐々木:シーシェパードもそうだし、たぶん日本側もそうなんですよね。「日本の伝統だ」って言ってる年配の方たち、さっきおっしゃったように、戦後、本当に食糧難の時に「クジラに助けてもらった」と町長さんが言うわけですけれども。その上の年代の方たちっていうのは、クジラに対してすごいノスタルジアがある意味あると。
ただ、日本人がじゃあそんなにクジラをずっと何千年も食べてたかっていうと、決してそうではなくって、戦後の本当に短い時期だけなんですよ。日本人がわりと全般的にクジラを広く食べてたのは。
茂木:日本では仏教の影響も非常に強いので、仏教では殺生も本当は禁じられてるはずなんでねぇ。もうちょっとたぶんいろんなダイアログが日本国内でもあっていいと僕は思うんですけど。
佐々木:そうですね。例えば『ザ・コーヴ』で言うと、どういうかたちであの人たちが取材に来たのかなぁっていうのを太地町の人たちにいろいろ聞くと、どうも「あの熊野の偉大な自然を撮りたい」とか「教育用の番組を作るんです」みたいな感じで。なんかちょっとおかしいと。
だから、最初からイルカ漁について糾弾するっていうことありきだったような感じなんですね、制作チームのいろんな姿勢を聞くと。それはいい・悪いっていうことは、もちろんよくはないんですけれども。
そういうかたちで、私がやっぱり映画の中で一番嫌だなと思ったのは、作り手がすごく自分たちがヒーローだと、英雄化するわけですよ。ハリウッドのものすごい一流のスタッフたちを、ものすごいお金をかけて大量にあそこの小さな町に呼び込んできて、最先端の機械を使って。
でもドキュメンタリーってやっぱりものすごく影響力があるので、それが武器になったりするわけですよね。カメラやマイクとかを向けた先が、日本の小さな漁師町の漁師ですかっていう。私はそこに一番の違和感を感じたんですね。やっぱり彼らは最初から対話をするっていう姿勢もなかったみたいだし、彼らがまず撮りたいものをとりあえず撮らせろと。
「熊野の自然を撮りたいんだ」って言ってるのに、なんか「イルカ漁を撮りに行かせろ」、なんでなんだろうみたいな、そういういろんな矛盾があったっていうことなんですよ。
ただ一番最初、『ザ・コーヴ』に本当に背中を押されて太地町でいろんな取材をしていくうちに、やっぱりどっちが悪い、どっちが正しいということを本当に決められないんだっていうのがだんだんわかってきて。だからボブ・ディランが言っているように、君の側からすれば君が正しいし、私の側からすれば私が正しい。それが本当にわかり合えない、ぜんぜん違う考え方、価値観も含めてですよね。
私たちはみんなそれぞれ違うんですよ。日本人同士も違うし、まして国籍とか宗教とか違う人たちもいっぱいいるし。だけどその中でどうやって折り合いをつけていくのかっていうか。
太地町での本当に対立をずっと見ていくと、「戦争ってたぶんこんなふうにしてはじまるんだろうな」、「この先にあるのって、たぶん戦争なんだろうな」って、なんかそんなことを思いながら撮影をしていました。
やっぱりまず言葉が通じないし、自分だけがお互いに正しいと思っているし、相手の言うことに絶対に耳を傾けない。やっぱりそういう頑なな姿勢の延長線上にあるのが、本当に戦争になっちゃうのかなという気がしたんですよね。
茂木:そうですよね。だからハリウッド的な、ある種文明の力みたいなものが太地町に押しかけてきた時に、何が起こっているかということに対して、本当は製作者側もアカデミー賞の選考側も自覚的であれば、より批評性の高い作品になっただろうし、アカデミー賞のドキュメンタリー賞の権威もより上がったんでしょうけど。
そこらへんの自覚は、もともとアメリカの人は比較的ないかと(笑)。だって、『スター・ウォーズ』の作り方とか見ればわかるじゃないですか。スター・ウォーズとウルトラマンを比べれば、ウルトラマンの方が、やられてる怪獣たちにも一部の義があるみたいなことをちゃんと描いてるじゃないですか。
アメリカの映画は比較的そういうことが……最近ちょっと出てきたかな? ないですよね。それが『ザ・コーヴ』の場合には非常に悪いかたちで出ちゃってるっていうのは本当にそうだと思うんですけどね。ドキュメンタリーなのに、逆に言うと、『ザ・コーヴ』って完全にエンターテインメント的に作ってると僕は思ったんですよ。
佐々木:そうですよね。すごいよくできてると思います。
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