2024.10.10
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宇野(以下、宇):今回の座談会に関して、大きな問題意識は二つあります。一つは、鉄道依存の街としての東京の解体です。度々指摘していますが、僕はこの東京という街はとても「変な街」だと思う。たとえば僕は高田馬場に住んでいるのだけど、護国寺や目白台といった距離的には数キロと離れていない地区のことを体感的にはとても遠くに感じている。
感覚的には九段下や渋谷よりも遠くにあるくらいです。これはどういうことかというと、単純に鉄道のアクセスの問題ですね。電車の乗り換えの関係で、本来近い場所が遠い場所として機能しているし、その逆のケースも多い。これはおそらく、この街が極度の鉄道依存の街であるために起こっている現象です。
アニメ作家の押井守が、以前この現象を「距離と時間が置き換わっている」と表現していましたけど、この東京という街は単純に規模的に大きすぎるのと、所有コストと道路事情の問題で都心の自動車生活が不便なせいで住む場所によっては極度の鉄道依存のライフスタイルを余儀なくされている。これからの東京という街を考えるとき、この鉄道依存体質をどう捉え、利用するなり脱却するなりしていくのか、というのは実は避けては通れない問題だと思います。
そして僕はこれは単なる移動手段の問題に留まらないと考えています。たとえば僕は1970年代から1990年代にかけて、東京の西側のターミナル駅―渋谷、新宿、池袋といった東京の西側のターミナル駅―に百貨店など大きな商業施設があり、その沿線のベッドタウンにホワイトカラー層が住むことによって東京の文化、ひいては日本の都市文化がつくられていったと思うんですね。つまり東京が「西」へ伸びていくことと戦後の消費文化の発展、そして戦後的大企業文化とその担い手となるホワイトカラー層の形成は強く結びついていたはずなんです。
中川(以下、中):そうだね。僕なんかは東側の墨田区向島、つまり家内制工業などブルーカラー層の家庭が多数を占める下町で生まれ育って、高校になって東西線の高田馬場を経由して西武新宿線の上石神井まで通学するようになった身です。
そこで山の手側というか、「西」の郊外沿線に住む大企業サラリーマン家庭の典型性に初めて本格的に触れて、軽くカルチャーギャップを覚えたものでした。これまでの東京開発が持っていた、そうした西側への歴史的な志向性を、僕の近著『東京スカイツリー論』では「Respecting West」と呼んで論じています。
宇:しかし、この10年で出現した若い都市部のホワイトカラー層のメンタリティは東京の西側に住む彼ら戦後的ホワイトカラー層のそれとはかなり異なるんじゃないか。渋谷や新宿をターミナルにする私鉄の沿線の「いい街」に家を買って、そこから都心に1時間かけて通う、というライフスタイルは単純に専業主婦の奥さんが家を守っている人のもので、共働きが前提の今の20代、30代にとってそれほどリアリティがあるとは思えない。
たとえば僕の家庭も共働きの子どもがいない夫婦ですけど、単純にどちらも忙しいので山手線の内側のお互いの仕事にとって便利な場所に住む、という判断になる。あるいは僕のあるIT系の会社につとめる同世代の友人は、やはりIT系の会社につとめる奥さんと湾岸部のマンションに住んで移動にはおもにカーシェアリングを活用している。これが今の若いホワイトカラー世帯のリアリティじゃないかと思うわけです。
中:湾岸埋め立て地の臨海副都心は、都区部内では最も歴史を持たない地域ということもあって基本的に車依存地帯になってるので。そして2012年というタイミングには、そんな"辺境"お台場の「ダイバーシティ東京」を皮切りに、"西"のターミナルでは東急グループによる「渋谷ヒカリエ」が、"東"では東武グループによる「東京スカイツリー」が、さらに"中央"にあたるJR東京駅舎の歴史的外観の復旧を目玉とする「東京ステーションシティ」がリニューアルしたりと、ショッピングモールを核とした新たな大規模消費スポットが相次いで開業しました。
つまり西側の郊外へのスプロール化に行き詰まった鉄道資本が、相対的に旧都心側にあたる東側への撤退戦を強いられ、まさにスカイツリーで「Rising East」なんて開発コンセプトを叫ぶに至ったのだとも言える。
このような、全国的な都心回帰や人口減少時代を見据えたコンパクトシティ化の動きとも重なる現在の首都再開発の風向きの変化を、どう捉えるかって話でもありますね。
宇:もう一つ、東京を考える上で、正確にはこれからの都市論を考える上で避けて通れないのが、情報化のもたらした「地理と文化」の関係の逆転現象です。たとえば、この東京という街は若者の盛り場とともに、サブカルチャーのホットスポットが移動してきたと思うんですね。
戦前から続く盛り場としての浅草・銀座があり、それが1970年代に新宿になり、1980年代の渋谷に至るわけですが、それ以降は拡散してしまっている。どう考えても代官山や下北沢はかつての渋谷のような求心力はないし、その残り火を温めているだけで新しい文化は何も生んでいない。
強いて言うなら秋葉原なんでしょうが、オタク系、ネット系の文化はそもそもあまり地理と結びついていないところが特徴だったりする。『電車男』以降の秋葉原ブームは全部そうで、あれは1970年代から続く漫画・アニメ・ゲームの同人二次創作文化―これはほとんど特定の都市と結びついていないのですが―や、この10年インターネットで培われた文化―「ニコニコ動画」や「初音ミク」など―が、マスメディアの影響で秋葉原を占領したに過ぎないわけです。
普段はニコニコ動画や「pixiv」でコミュニティを形成しているオタクたちが、休日のイベントとして秋葉原に足を延ばしているに過ぎない。コミュニティ本体は主にネット上にしかなくて、秋葉原はときどき発生する祝祭の場でしかない。たとえば「AKB48」も、あれはたまたまドン・キホーテの上に劇場を借りただけで、秋葉原土着のコミュニティとはまったく関係がない。要するに、ここでは地理が文化を決定しているのではなく、文化が地理を決定している。
ポップカルチャーが隆盛するときは、とくに日本の場合、半分消費者で半分創作者のようなファンたちのつくるコミュニティがあって、そこからインディーズの文化が生成してくるわけなのですが、そのコミュニティが特定の地名と結びついていたのは1990年代の裏原ブームあたりが最後だと思う。
以降は、『電車男』を「2ちゃんねる」が生み、ボーカロイドとMAD動画をニコニコ動画が生み、ケータイ小説を「魔法のiらんど」が生む、といったように今はインターネットを中心に地理とは関係なくコミュニティが発生し、そこから生み出された文化が地理を決定している。
これまでの都市論においては、空間設計こそがコミュニティを形成し、文化を育むという考え方しかしてこなかった。実際、1970年代のアングラ文化は新宿という地理と切り離せない状況にありましたが、この前提が明らかにインターネットの登場で壊れているわけです。
僕は東京に出てきて6年目で、東京がどういう街か少しはわかってきた。そこでまずはこの二つの問題を最初に設定させてもらおうと思います。
藤村(以下、藤):東京に出て6年ということは、最初におっしゃった、戦後的な郊外鉄道文化に対する実感はないわけですね。
宇:そうですね。
藤:私は1980年代に西武鉄道沿線の所沢で育ったこともあって、池袋駅の西武百貨店にあったセゾン美術館で安藤忠雄展を観て建築を志すという、ある意味では西側の郊外鉄道文化の申し子であるわけです。その頃を起点として考えると、地方都市においては、第一の論点である鉄道中心から車中心へという変化は見られると思いますが、東京に関しては、鉄道依存の解体というより、私鉄ターミナル駅文化がJRターミナル文化に変化しつつあってむしろ強化されつつある、というのが実際のところなんじゃないですか。
というのは、2000年以降の規制緩和によってJRの駅上利用が始まりつつあって、既に京都駅、名古屋駅、札幌駅、大阪駅などでは数10万平方メートル級の床面積が生み出され、既存の商業構造が解体され、JR駅が都市経済圏の核になってきています。東京駅は先日リニューアルされましたが、これから新宿駅や横浜駅の建て替えがあり、品川と田町では再開発が始まるわけです。そうすると、東京でも見え方が変わってくると思います。
鉄道ターミナル文化は、東京よりも先に、大阪のほうで阪急電鉄の小林一三が形成した郊外私鉄沿線文化が存在していたわけですが、昨年JR大阪駅の上に大阪ステーションシティが開業し、1億3千万人の集客を記録したわけです。大阪万博の動員が6400万人、上海万博の動員がかろうじて7000万人ですから、これは戦後都市計画史上の"事件"です。おそらく、同じことが今後東京のJR駅でも起こってくるので、依然として東京という街において鉄道のアーキテクチャは大きい。しかしそのヘゲモニーが私鉄ターミナル駅からJRターミナル駅に変化しつつある。
中:その象徴的な光景が、池袋駅西口の駅ナカ再開発で見られますね。かつて池袋は「東が西武で 西、東武」なんて謳われて、私鉄系デベロッパーがそれぞれ異なるタイプの百貨店出店によって覇を競っていたわけですが、もともと東武百貨店の増床に伴ってできたメトロポリタンプラザが、近年JR系のルミネに移管されて「ルミネ池袋」に鞍替えしています。
その結果、東武百貨店とルミネが連結されている形になっていますが、最新ショッピングモールの文法を踏襲したルミネ側の内装のイマドキ感と、東武側の古めかしい百貨店型内装の違いが歴然と比べられて驚きますよ。池袋は1970年後半~80年代の東京のモードを規定したパルコ文化の起点だったのに、見事なまでに私鉄文化がJRに置き換わりつつある。
藤:池袋の東武百貨店は私が高校生の頃、1992年に大規模に増床して、売り場面積が8万3千平方メートルになり、当時「世界最大級の百貨店」だと言われていたんですね。ところが2000年代に入ると、店舗面積が20万平方メートルを超えるイオンレイクタウンなど郊外型ショッピングモールが続々と登場し、それに驚いていたら、大阪ステーションシティは53万平方メートルです。
だからもう、根本的に実空間の基礎的なサイズが変わってしまった上に、宇野さんがおっしゃったように情報空間が立ち現れたことによって、実空間の役割が変わったわけです。情報空間における検索が自由になったぶん、実空間はブラウジングする場となり、ブラウズするためにはある程度のボリュームが必要になったために、実空間が巨大化しているとも言える。
宇:これは半ば笑い話ですが、ここにAKB48の握手券(全国握手券)が2枚あります。これはシングルを買うと付いてくるのですが、場所は明記されていない。だいたい関東圏だと幕張メッセか東京ビッグサイトでやるんですが、そのとき都合のいい会場を押さえて、少し前に発表される。参加する側としても、そこに並んでいる"メンバーの女の子"というコンテンツの中身だけが問題であって、ハコの場所や周辺の都市空間に関してはまったく気にしていない。
つまり、5万人から10万人を収容できるという建築物のスケールだけが問題になっている―これが現在の地理と文化の関係を象徴している。同じことが、たぶんコミックマーケットの歴史にも言える。あれは1970年代から30年間、規模を拡大しながら都心の会議室から川崎、晴海、有明……とひたすら大きな箱を求めて移転してきた。そしてもちろん、コミケを中心とした同人文化はこういった地名とは結びついていない。
藤:ネットで動員された若者が「東京ビッグサイト」や「幕張メッセ」など、インフラに直結した国際展示場で開催されるイベントに瞬間的に大量動員される、というのが現代の典型的な状況で、かつての原宿や渋谷のようにどこかの街に継続的に集まることはないのではないでしょうか。
地理と文化はもはや無関係で、単に建築と文化の仮設的な関係だけがある。だから文化が人々の居住地を誘導することもないのではないでしょうか。1995年の阪神大震災以降、都市型災害が意識されるようになって、東京では山の手と下町におけるリスクの差がものすごく顕在化したわけです。葛飾区や江戸川区には海抜ゼロメートル地帯があり、直下型地震が起きると全区が水浸しになるとも言われている。
そうしたエリアは地価も安いからクリエイティブ層や新興勢力が多く住んでいるわけですが、昔から東京に住んでいる人からすると「そのリスクを知らないから住んでいるんだな」と思われている。東京の富裕層の動きを見ると、依然として災害に対するリスクの少ない山の手に住もうとする人は多いですよ。つまり、土地の高低という物理的な条件が決定的になっている。(写真©尾鷲陽介)
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