2024.10.10
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バッハと対称性(全1記事)
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中島さち子氏(以下、中島):改めまして、こんにちは。今ご紹介いただきました中島さち子と申します。ロマンティック数学ナイト、実はかなり登壇させていただいていて、1回目と2回目、そして今日が私にとっては3回目になります。
私は、今ご紹介いただいたように、ジャズピアノと即興・作曲が大好きです。
ちょっとだけ宣伝をすると、実は最近『希望の花』というピアノトリオのCDを出しました。ついこの間リリースして、4月9日にはレコ発ライブをしているので、もしよかったらぜひいらしてください。amazon でもCDをご購入いただけます。ありがとうございます。
一方で数学も大好きで、高校時代数学オリンピックに出たりなど、中高時代は本当に明け暮れていました。大学時代から数学と音楽に明け暮れるというような感じになりまして、今は数学と音楽と、そして教育の世界でいろいろ活動しています。
私は「算数・数学の自由研究」の中央審査員もしているのですが、もし高校生の方がいらしたらはぜひ挑戦してみてください。数学って研究が難しいと思うかもしれないですけれど、やっぱり一番おもしろいのは研究の部分です。
けっこう身近なところで、いろんなところに数学は使われているので、いろんなところから数学の種を発見してきて研究してもらうということを、今、促進しています。過去の自由研究作品は大人の方が見てもすごくおもしろいので、Webサイトに作品が載っているのでぜひ見てみてください。
今日はなにをお話しようかと思っていたんですけれども、せっかくなので1回目2回目とまた違う話をしようと。実は、今日3番目にお話しされた佐々田先生と一緒に「数理女子」ワークショップを去年開催させていただきました。ここに、その時の写真が貼ってあります。
数理女子企画ということで、女の子たちとお母さんたちと一緒にワークショップをしました。佐々田先生がお母さんのほう、私のほうが娘さんのほうを担当させていただき、多くのスタッフと一緒に開催しました。
全体テーマは「あなたも数学者」。サブテーマは「数学を発見する」と「数学で作る」。タイトルは「デザインの中に潜む数学」。
より具体的にいうと、対称性というのが1つのキーワードになって、午前中はいろんな対称性を発見してもらいました。午後は対称性のアイディアを用いて作品を作るということをやって、非常に楽しかったですね。
そのあと、改めて考えると、対称性って音楽のなかにもいっぱいあることに気づきました。とくに対称性をよく用いているのがバッハですね。今日は「バッハと対称性」という、すごく恐れ多いプレゼンタイトルをつけてるんですけれども(笑)。
バッハの音楽には、対称性がいっぱいあります。これは本当に一例です。たぶん聴いたことがある曲だと思うんですけれども。
(ピアノで「2声のインベンション BWV 772 」のフレーズを演奏)
こういう。きっと聴いたことありますよね。このあとに左手が同じように。
(左手のパートを演奏)
ここまでが同じフレーズが1オクターブ平行移動して同じ音名で進みます。今度はそれが5度平行移動しまして。
(平行移動したフレーズを演奏)
左手もまた平行移動していって。今度はそれをこの横の線でパタンと裏返しにしたようなかたちが次に続いていきます。
(裏返しにしたフレーズを演奏)
下のほうはどうなっていくかというと、それがちょっと2倍になって、本当に一部ですけれど、ものすごく簡単なところですけれど、ドレミファというところを2倍にしたかたちがスライドして、こう並んでいる。
このように、バッハという音楽家は平行移動とか線対称移動とか、回転は難しいけれど、あとは拡大縮小とか、そういう対称性をたくさん使って作曲している人なのですね。だから「あ、おもしろいな」と。「改めてバッハを見てみると対称性がいっぱいあるな」と。
私自身、やっぱり作曲するときに、なにかモチーフが思いついて、それを発展させていくんですけれど、そこに対称性などを利用することがやっぱりあります。とくに自分が行き詰まってスランプに陥ったときは、あえてそういう数学的なことをいろいろ考えて新しい次の一歩を探すということがありました。
今日はせっかくなので、今ちょうど佐々木さんからお話のあったトポロジーとも関係させて、各々の楽譜がどんな軌道空間というか、どんな形を指し示しているのかって、ちょっと数学と絡めながら見てみようと思います。
これは一番簡単な例です。
回文みたいなものです。ちなみに、この回文は、回文を作らなきゃいけない時があって、家族で一生懸命作って。家族が「うろたえたろう」というのを作ったんですけれど(笑)。そして、これはかえるのうたの最初のフレーズですね。
(ピアノで「かえるのうた」のメロディを演奏)
これ、あえて小節線とか省いて書くと回文みたいになっています。
回文構造のフレーズは意外に音楽的になることも多くて。例えば右側、適当に作ったフレーズですけれども。
(適当に作ったフレーズを演奏)
それを逆にすると……。
(逆にして演奏)
これに和音などをつければ、なにかしらちょっと曲らしきものになってきますよね。
回文構造では右左まったく同じものが左右対称に鏡像になっているので、同じ部分をペタッっと貼り合わせてあげると、長方形みたいな形が見えてきます。
もしこの回文フレーズを両手で同時に弾くと。
(両手で同じフレーズを演奏)
すると、さらにこの長方形の上の辺と下の辺を同一視してくっつけることができるので、長方形から輪っかになりますね。「だからどうした?」っていう気もしますが……。
でも、対称性の違いをこのように空間として見える化していくというのは、なかなかおもしろくて。
さらに、さっきは線対称でしたが、今度は180度回転、つまり点対称ですね。点対称にするとどうなるか? もちろんこの譜面、ちょっと音符の線が左についてるので変なんですけれど、そこはちょっとおいておくと、例えば元のフレーズは……。
(元のフレーズを演奏)
これの180度回転させたのを弾くと、ちょっと上になります。
(180度回転、点対称させたフレーズを演奏)
こんな感じになるわけです。これと似た構造を持つものがこの譜面です。モーツァルト作と巷で言われていますが、たぶん本当はモーツァルトではない人が作った曲ですね。
あるフレーズをちょうどくるっと上下逆にすると、シがこの線対称移動に関してちょうど軸になるので。
(ピアノ演奏)
というフレーズが……。
(ピアノ演奏)
に変わるので、この曲は……。
(ピアノ演奏)
こんな感じで始まるんですけれど。この一番右下のところから読んでみると……。
(ピアノ演奏)
という感じで、似たような感じになるので、実は左上と右下の両方から同時に弾いてもなかなかおもしろい曲になる、というような曲が知られています。これちょっと見ると、実はちゃんと点対称にはなってないんですが、でも、アイデアとしては点対称で作ろうとしている曲ですね。
これは数学的にどうなるかというと、出ました。実はけっこう難しくて、射影平面なんです。さっき、これを知ってる人はなかなかって言われたんですけど。
断面図はとても簡単で、メビウスの帯ってみなさんご存じだと思うんですけれど、上が→方向で下が←方向だから、右上と左下が一緒になって、左上と右下が一緒になるようにこう結ぶと、メビウスの帯という向き付けができないような、境界ありの曲面ができます。そこでさらに、こことここを結ぼうと思うとできないんですね。ここはこっち側向き、こっちはこっち向き。
3次元空間ではできないんですけれど、ちょっと考えてみて、なかに円盤を1回くり抜いてからグニュグニュって動かしていって、ちょっと頭をやわらかくして動かしていって、つなげてみると、実はメビウスの帯ができます。
なので、射影平面というのは、メビウスの帯のこの上のところをずるずるってこのアリさんがこの縁を歩いていったときに、その縁に沿って心の目で円盤をくっつけてあげるんです。ぐにゃぐにゃっとすごく曲がる円盤を。しかも3次元では無理なので、ちょっと次元を上げていただいて、くっつけて合わせてあげると見えてくるのが射影平面。
複雑にいうと、この音楽は射影平面の音楽だと言えると思います。
あともう1つ有名なのが、その前にもう1個。さっき出てきましたトーラス。トーラスの音楽もあります。
これは絵なんですけれど、今日はあえてあんまり名前を出していないのですが、エッシャーという画家さんがいて、数学を使ったおもしろい絵をいろいろ描かれています。今日は、エッシャーを真似して、例の数理女子ワークショップの事前準備で作った作品をいくつか持ってきました。
ここには右側方向の平行移動と下側方向の2つの平行移動があります。それを断面図で描くとこういう矢印になっているので、これをクルッてくっつけて、ここもクルッとくっつけるとちょうどグニャグニャっと伸ばしていただくとわかると思うんですけれど、こういう浮き輪みたいな状態になります。これはだからドーナツ型の対称性を持つ音楽。
さっきのバッハの曲でも、最初のところはまさにそうなってる。
(ピアノ演奏)
ここで4つ出てくるんですけれど、この動きというのはちょうどきれいに平行四辺形になるようにできあがっていて、これを貼り合わせてみると、ちょうどドーナツ型になっているよという感じですね。
もう1個。これはかなり有名な『蟹のカノン』と呼ばれるバッハの曲です。
これどうできているかというと、見ていただくとわかるのですが、右手が始まっていって終わるまでを読んで、今度この左手をこっちから読んでみるとまったく同じになってるんですね。まったく同じになっている。
これ、私、実はこの構造とまったく同じ対称性を持つ絵はこれ、エッシャーの『騎乗者』なんですね。いろいろ考えましたが、実は『Crab Canon』に触発されて、エッシャーは『Crab Canon』という蟹の絵を描いてるんですけれど、対称性としてはちょっと違っていて。
この対称性は、人がこっち向いて乗ってる絵を左右対称にしてからずるずるってずらしたような対称性です。これは「すべり鏡映」という対称性なのですが、バッハの蟹のカノンもすべり鏡映になっています。上段を左右対称移動させてから下段にずらしました。 とくに今日、例えばこれ、右手と左手を1オクターブずらすとまさに平行移動していることになるので、こういうかたちになっていて、右手はこうやって読んでいくんですけど、左手でこうやって読んだときとまったく同じ絵になっている。右手がこうやって読んでいったときと、左手がここから、最後から読み直していったときがまったく同じ絵になっている。
これはどんなものかというと、貼り合わせとしては、上下は右手が入れ替わっているように見えるんですけれど、上と下の関係は変わっていない、ト音記号の上は上であるという状況は変わっていないので、これは実はさっきの射影平面とはちょっと違っていて。これは、こことここが逆になっているけれど、こことここが同じということで。
それをやってみると、これもやっぱり3次元でできない図形なんですけれど、クラインの壺ですね。クラインの壺が今日は大人気ですけれど、この譜面の対称性はクラインの壺になると。
これはもちろん片方だけ貼り合わせればメビウスの帯になります。メビウスの帯2個分のものと考えていただいて。これとこれを貼り合わせると、これになります。
というふうに、ちょっと空間を見ながら考えるとけっこうおもしろいなと思いました。ちなみに、この『Crab Canon』、せっかくだからちょっとだけ演奏してみようかなと思います。なかなかきれいな曲なんです。すぐ終わるので、ちょっとだけ弾いてみますね。
(ピアノで『Crab Canon』を演奏)
という曲です。
(会場拍手)
ありがとうございます。覚えていないので、これ見ながらやりましたが。今の例えば最後のところが……。
(ピアノ演奏)
これが最初だと……。
(ピアノ演奏)
すごくきれいにできていて、やっぱりさすがバッハだなと。けっこうバッハらしいフレージングとか、あとちょっと盛り上がっていくところとかが、うまいこと前半後半に右手と左手が違うかたちで出てくる。同じかたちを逆に読んでるだけなんですけれども、前半後半では素材は同じものなのに左右対称、上下が入れ替えになるだけで雰囲気が全然違っているというのがすごいおもしろい作品です。だから、これはクラインの壺なんですね。
というように、最近なんかだんだんマニアックに楽譜を眺めるようになってきました。
ちなみに、ワークショップのときは、ほかにも回転対称性を持つような作品も扱いました。楽譜では、なかなかまだ180度以外の回転対称性を発見することはできていないのですが。
例えば、こんな形だと、ここに実は120度回転対称性があるとか、ここには120度回転対称性。これも120度回転対称性。
同じところ、例えば、頭のこの帽子のところを同じだとみなして貼り合わせるとか、おしりの部分を貼り合わせるとかやってみると、ちょうど正三角形の座布団みたいな空間になるんですね。だから、この対称性を表す軌道空間は正三角形の座布団だというふうに見えてくると。
同じように、こういうスヌーピーみたいな絵なんですけれども、ここに実は180度回転対称性が1個あって、90度回転対称性が2個あって、それをやっぱり同じ点は同じだと見なすという。なにを同じと思うかというのはけっこう数学は本当に自由なので、そういうかたちで結んでいくと、これは直角二等辺三角形の座布団とかできたり。
この蟹はいろいろ考えていくと、1つのものの見方としては、こんなかたちで結べて。ところが、こことここは、この点とこの点が一緒で、この点とこの点が一緒なんですが、くっつけてみると、長方形の座布団なんだけど、1点だけパカっと開いてるような軌道空間が見えてきたりするんですね。
こういう繰り返し模様の作品は対称性、線対称とか点対称とか、さらにはその奥に実は位相空間というものが実は関連していて、この対称性を表している空間ってどんな形なんだろうというのがトポロジーの話とかとつながってきたり。
実は2方向の平行移動対称性を持つような平面上の対称性は、17種類しかないんだよってことが証明されています。空間だと230種類あるんですけれども。
そのあたり本当におもしろい神秘的な世界なので、私はワークショップを通して、自分自身も勉強しながら、「あ、音楽にするとこれはこういうふうになってるいるな」とか感じるようになりました。自分が音楽を作るときも、対称性のアイディアだけで作ってしまうとやっぱり幅が狭まっちゃうんですけれども、「対称性をヒントにしながら、マンネリ化してきたら新しい対称性のフレーズを作ってみよう」とかいうかたちで作ったりしています。
対称性というのは本当に大事なもので、数学とか音楽だけではなく、生物、化学や建築の世界にも現れています。
ご存じかもしれませんけれども、ダイヤモンドとかっていうのは全部C、炭素原子でできているのですが、つなぎ方、つまり対称性がちょっと違うだけでまったく違うものに切り替わってしまう。このようにダイヤモンド結晶のつなぎ方にするのか、あるいはこういう蜂の巣みたいなものを縦に並べるような形で作るのか、これだけで美しさも違えば強さも全く変わってしまいます。
だから、対称性とかどんなつながり方になってるかというのはとても大事な要素になります。だから、ものが「なにからできているか」だけじゃなくて、「どんな関係・構造からできているか」ということが、ものごとの性質を見る際には極めて大切なものなんですね。
対称性というのはアートやデザインの世界、建築の世界とかにも関係します。
いろいろ話してきましたけれども、私自身は数学と音楽をやっておりまして、私は数学も音楽もすごいクリエイティブな世界だと思っています。
ものの見方を変えることができるのが、数学の自由さでありおもしろいところだと思っていて、音楽のおもしろさも同じだと思うんですよね。
1つのものを、例えば同じドでも、(ピアノを鳴らして)この中のドなのか、この中のドなのかとかがいろいろ違う。数学においても、これは例えば前から見て三角形だったとしても、もしかしたら横から見たらぜんぜん違うかもしれない。上から見るとぜんぜん違うかもしれない。
そんな感じで、数学というのはものの見方をいろんな方向に広げてくれる。論理の力と感性の力がお互いに拮抗するかたちでいろんな新しいものが見えてくる。数学の新しい発見、芸術における新しい創造とか、そういうものというのはすごくリンクしているなと感じています。
もうこれでもうそろそろ時間なんですけれども、せっかくなのでちょっと1個ぐらい演奏をしたいなと思っていまして。大丈夫ですか。ありがとうございます。
演奏といっても、これ1回目に登壇した際にもやらせてもらった内容なんですけれども、みなさんから音をいただいて、その5音を基準にして即興演奏をしたいと思います。
その5音の味付けの仕方にはいろんな方向があります。ちょっとリズムを変えたり、和音を変えたりとか、いろんな変え方によって5音の雰囲気ががらりと変わる。
今日は初めてそれをちょっとリフレクション、線対称移動をさせたもの、逆から読んだものも交えながらやれたらいいなと思っているので、5音をいただきたいと思います。例えば、ミとかファとかラ♭とか、そんな音をください。先着順にします。「ミ」とか言ってください。
参加者1:ソの♯。
中島:ソの♯。ありがとうございます。あと4つ。
参加者2:レ♭。
中島:レ♭。なんかやっぱり数学好きな人たちですね(笑)。これね、難易度が毎回違うんですね。あとはなんでしょう? 3つ。
参加者3:A。
中島:Aですか? ラ。おお、Aと言ってくるあたりがかっこいいですね。あと2つ。
参加者4:ファの♯。
中島:ファの♯。♯が好きですね。みなさん。♯と♭と(笑)。あともう1個お願いします。どなたでも。
参加者5:じゃあ、トで。
中島:ト……そういうのがくるんですねえ。ドって変えちゃいけないですね。ト。ちょっとドがなんか小さく鳴っている感じで。
昔ちっちゃい子がいた時に「かたつむり!」って言われたことがあって、かたつむりを……。
(かたつむりっぽい音を鳴らす)
そういうのでごまかしながらやるという演奏をしたことがあります(笑)。
えーと、今いただいた5つの音が、なんかすごい不思議な音になっていて。
(5つの音を鳴らす)
あ、でも、なんかきれいですね。これトです。ドじゃなくて(笑)。それを逆から単純に読んだだけだと……。
(5つの音を逆から鳴らす)
なんだろう。ちょっと最初は普通というか、すごくこれだけで音楽になっている感じなんですけど。なんかちょっと不思議な感じですね。
ということで、さらになにか上下の線対称もしようかと思ったんですけど、ちょっとあまり無理をせずに左側と右側から読むという2つで、それを散りばめながら、実際はほかの音も使っていきますけれども、ちょっと即興演奏をしてみたいと思います。
(即興でピアノ演奏)
(会場拍手)
中島:ありがとうございます。今日は対称性とバッハというテーマでお話させていただきました、本日またみなさんとこのあともいろいろしゃべれるのを楽しみにしています。よろしくお願いします。
(会場拍手)
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