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是枝裕和監督と考える映画術 「Road to the World」(全4記事)

「今とは違う映画の作り方を模索したい」是枝監督が目指す映画の新たな地平

2016年10月に、アジア最大級の国際短編映画祭「ショートショート フィルムフェスティバル & アジア」が開催されました。プログラム「Road to the World」では、世界でも高い評価を受ける映画監督・是枝裕和氏が、若き日本人クリエイターが海外で活躍するための映画術を語りました。

いい役者とは、「余計なことをしない人」

別所哲也氏(以下、別所):だんだん時間が迫ってきてしまったんですが、僕も俳優なので是枝監督からみた「いい役者」っていうのはどういう役者なのか、(会場の監督たち)彼らが映像作家として役者とどう接していくのがいいのか、今までの経験値から振り返ってみて。

是枝裕和氏(以下、是枝):いい役者ですか? いい役者、なんだろうないい役者って。好きな役者は、余計なことしない人。

別所:なるほど、カメラ前でいろんなことしない人?

是枝:余計なことしない人。うん、余計なことしないでほしいなって。

別所:それはなんかこう提案ということではなくて台本にないことをするってことですか?

是枝:そうですね、台本にないことをしてもいいんだけど、なんだろうね、何もしなくてもちゃんとそこにいられる人。芝居をしようと思って来てるんじゃなくて、そこにいることができる人がいい。

別所:そういう意味では最初の頃、いわゆる有名な俳優とか、無名な俳優とかそういうことにこだわらないで作品を作っているじゃないですか。それはもちろんいろんな諸事情もあったと思うんですけれども、そこらへんはありますか? 例えば監督の中でも、俳優が先にありきではなくて、本当に表現したい人をオーディションする、無名な人を全部使う、そういう監督も多いじゃないですか?

是枝:それはやっぱり出会いたい、自分の想像しないものを撮ってみたい、っていう気持ちが、デビュー作から2本目、3本目と4本目『誰も知らない』もそうですかね。そういう気持ちがあったので、あんまり経験値のない人たちで、という意識はありました。

別所:そういうとき演出をする上で一番気にかけていることは? いろんなパターンがありますよね、例えば台本を渡さないという人もいるし、是枝監督のようにセリフを覚えてこないでくださいという人もいるかもしれないし。

是枝:子供には台本を渡さないので、セリフを覚えて現場に来て記憶したセリフを言うっていうようなことはさせてないですし。それもまっさらな状態で現場に来て、相手のセリフをまず聞いてくれっていう。それは広瀬すずもそうですから、それができる人を使いたい。

別所:それは現場でいろいろなシチュエーションを与えてそこで演じてもらうっていうか、生きてもらうっていうか。

是枝:生きてもらう。その空間に自分がどういるべきかということが、ちゃんとわかっている人がいいなあ。

樹木希林さんなんかは、非常に上手い役者さんと思われてるかもしれないけど、例えば今回の『海よりもまだ深く』だと、どうしたらあの団地の部屋に40年暮らしているおばちゃんに見えるかっていうのを。

さっきも話したけど、今撮っている瞬間の前とここから先を、回想(シーン)を使わずにこの短い時間の中にどう折りたたんで表現するかということを、僕は脚本でも考えるし現場の演出でも考えて、どこにタオルを下げるかとか、鍋のどこに焦げを付けてぶら下げるかとか、やるんですけど。

樹木希林さんは、台本を呼んでいるときからずっとそれを考えているの。だからセリフをうまく言おうとかじゃなくて、「団地のあの部屋に40年暮らしているおばちゃんに見えるか?」「“樹木希林”がいるように見えないか?」っていうことを一生懸命やるのね。それは凄まじい基準を自分に設けて。

控室で本を読んできるときは、もう声がかけづらいくらい一生懸命まず本を読んでから現場に入るんですよ。入った後はもうミリ単位で椅子を動かすの。テーブルのコップに見ないで触れられるか、コップがどこにあるかを体が覚えるまで。微妙にこうやるんですよ。その体を空間になじませていくっていう作業を希林さんは訓練でやってる。いい役者って身体能力が高いっていうのがあると思います。セリフ回しがどうのではなくて。

別所:その空間を把握する力ってことですか? 求められていることにどうこたえるかって。

是枝:運動神経とはちょっと違うね。あとこれは特殊な能力かもしれないけど、画面の中の自分が、今数センチ動いたらその見え方がどう変わるかってことが見えている役者が時々いるんですよ。

別所:本能的にというか、訓練かもしれないですけど。

是枝:一緒に組んだ中でいうと、ぺ・ドゥナがそうだった。彼女は訓練だって言ってた。韓国の現場での訓練でそれができるようになったって言ってたけど、完全に役に没入していながらも画面の中で自分がどう見えているかってことが見えてるって言ってた。カメラが動いていても。

「あ、今顔が被った」とか、手前の人の影で自分の顔はどのくらい見えているかとか、そういうのが絵として見えてるって。

それは岡田准一くんもそう言ってた。彼の場合はV6の踊りで覚えたって言ってた。彼はあとからメンバーに加わったから、ダンスができなくてすごく迷惑かけたんだって。そこで他の5人がどこでどういうフリをしているかっているのを自分の立ち位置を変えながら見ないでもついていけるように10代の前半に徹底的に訓練したんだって。

だから画面の中の自分の頭が今切れたとか、カメラとの(位置)関係でどこで止まればいいかっていうことがわかるんだって。走っている移動ショットを撮った時も、スタッフは彼に合わせようとするじゃない? すると「逆に僕に合わせなくていいです。僕がカメラに合わせますから好きに動いてください」って。できあがるとその通りにとれているの。すごいなあと思った。そういう人もいるなあっていう。まあそういう人ばかりじゃないけどね。

映画祭は組織戦

別所:そういう出会いが、今日みなさん監督たちが演出ということも含めて俳優とどう付き合っていくのかっていう、まさに映画監督の力量なのかもしれないですけど。

まだ本当はいろいろ聞きたいんだけどな。今日1日中いろんなかたちで是枝監督にはお付き合いいただいたので、最後にここにいる監督たちから。

是枝:質問?

別所:ええ、質問したいことがあったら数人なにかありますか? 個人の作品に関しては先ほどいろいろなかたちでお話しいただいたんですけど……あ、どうぞ。

質問者1:先ほどの映画祭の話で気になるワードがあって。監督が映画祭をUターンというか、例えば1つの作品があってなかなか日本で興行的にうまくはまらないときに、逆凱旋じゃないですけど海外で評価を得て持ってこようとするって、実はあれを思っちゃっていたなと思って。

それと中継地点、確かに違うかもってなにか今すごくこのワードが気になって。具体的にいうと、是枝監督の経験でそういう結論なのか? あとは監督のキャリアとともにそうなっていったのか? というのを。

是枝:両方ですよ。最初はどうしたって撮るので精いっぱいだったもん。最初ベネチアに行ったときも国内のことしか考えていなかった。当時はセールスエージェントもついていないし、パブリシストって宣伝担当も雇っていないし、素で行っちゃったのよ。まっさらの状態で。

その時、トラン・アン・ユンってベトナム系フランス人の監督が『シクロ』って映画でベネチアに来ていて、彼は(デビュー作)『青いパパイヤの香り』でカンヌのカメラ・ドールをとって、2作目でベネチアグランプリというエリートコースを歩んでいたのね。ベネチアに入る前に『シクロ』をパリで試写をしておいて、ベネチアに来た時には各国の配給が決まっていて、プロのパブリシストがついて取材内容をコントロールしているっていう状況だったの。

その辺は僕は根がテレビディレクターだから、パブリシストってなんだろうとか、セールスエージェントってなんだって取材をしようと思って。それでトラン・アン・ユンに話を聞いたり。僕はその(ベネチアの)あとその映画(『幻の光』)をもってバンクーバーとトロントを回るんですけど、そこで初めて配給が決まったり、セールスエージェントが興味をもってくれたりっていう展開になるんだけど、その段階で業界に詳しい人に取材したんだよな。

だからそれで(いろんな人に)映画祭に参加するときには、セールスエージェントとパブリシストと字幕が大事ってことをずっと言われたの。日本映画の海外字幕は最低って、ずーっと。

それでたまたまトロントでその後英語字幕をお願いすることになる、リンダ・ホーグランドさんっていう、日本で生まれ育って日本の公立小学校まで出てる日本語ネイティブの人に出会って、「あなたの(海外)字幕よくないよ」と言われて、それから全部(海外字幕)やってもらっているんだけど。

僕もたけしさんもそうだし、宮崎駿さんも最初のころは全部リンダに任せてたんじゃない。深作さん(深作銀二監督)の作品もそうだったな、最後。僕は英語もできないので、各国にそういういい通訳を見つけるというのもすごく大事なんですよ。僕のいいたいことをきちんと届けるために。だからその3つ。セールスエージェント、パブリシスト、通訳。それを整えて。

質問者1:行く前にってことですよね?

是枝:そう。行く前になんだよね。だからデビュー時からは難しいかもしれないけどね。たまたま僕は20年前にそういうかたちでベネチアに参加したけれども、もしそこからビジネスに拡げていくのであれば、映画祭という場は映画の多様性を確認していろんな人たちとつながる豊かな時間であると同時に、とくにカンヌとか大きな映画祭では組織戦を戦わなくちゃいけない。単独で監督が1人で参加しても、それは「いい思い出になったね」で終わっちゃう。僕の1本目と同じ。

だからそこは戦いなんですよね。どう組織を作るか、どうサポートしてくれるスタッフを確保して参加するか。ちょっとずつでいいから自分なりにサポートしてくれる人を増やしていくっていう作業が、必要だと思います。

質問者1:わかりました。ありがとうございます。

カット割りはどうやって学んだ?

別所:このあと上で時間を作らせていただくのでみなさんにはもし質問があったら監督にお付き合いいただける範囲でお話をしていただこうと思うんですけど。

僕が最後に質問したいのは、是枝監督が1作品づつ丁寧にカット割りとかいろんなことをアドバイスしてくれたじゃないですか。監督自身はそれを誰かから聞いて自分の中から編み出したんですか? それともやっぱりアドバイスしてくれたり叱咤激励してくれる人がその長い経験と歴史の中であったってことですか?

これって学校で教えてくれることと、今日ここに来た人はその1分を観てもらうことで、はっと気づくことがいっぱいあったり、図星だと思ったり、いや自分はこう思うということがあったり、いろいろ持ち帰ることができると思うんですけど。監督自身はどう向き合って探してきたのかなと思って。

是枝:そうですね、僕は学校に通ってないから専門的に映画を学んだことがないなというのは1つコンプレックスでもあるんだけど。意外と映像系の大学とかでも、今日話したみたいなカット割りの話とかしない? されないよな? 組み立ての話な。それなんでなんだろうね。一番基本じゃない?

でも、イヤな言い方するけど映像系の大学出ている監督の商業作品観て「下手だなカット割り」って思うことがすごくあるんだよ。「あれ? 基本が違うぞ」って。

別所:カット割りは勉強?

是枝:勉強した。

別所:ドキュメンタリーの中からってことですか? 

是枝:いや僕は劇映画、僕も(カット割りのことは)最初わかんなかったから、わかんないのに撮り始めちゃって、撮り始めてから勉強したって流れなんですけど。例えばそれは時代劇をやろうと思ったり、『歩いても歩いても』って映画で日本家屋をじゃあどう撮ろうかって考えた時に、成瀬巳喜男をまず見直して、空間の中で畳に座っている人間をどう撮って組み立てていくかと。

日本のホームドラマって人が動かないから。椅子に座ってればすぐ立ったり座ったりできるんですけど、日本の場合畳に座っちゃうとなかなか動きにくいんですよね。だけど、そのシーンで不自然がないように人を動かすかってのを、成瀬はそれをすごくうまくやってるの。

別所:ということは先人の映画を研究したり、現場で撮影監督とやり合ったする中で、あるいは俳優さんが動く姿を見て編み出していったっていう感じですかね?

是枝:編み出して、いや学んだ。1つは成瀬だし、もう1つは鴨下真一さんというTBSのもう80歳を越えられた演出家の方がいて、山田太一脚本の『岸辺のアルバム』とかね、向田邦子の『幸福』とか、『高校教師』とか。鴨下さんのドラマを見ると、2人が向き合って座ってしゃべるってことをほとんどしていないの。必ずずらすの。「セリフを言うために人は座らない」って明快に言っていて、ホームドラマでも、なにかしながら大事なことはついでにいうってことが徹底されているの。

その空間にある小道具をすごくうまく使っていて、今DVDボックスで『岸辺のアルバム』を観ると、鴨下さんの演出した回と、別のディレクターの演出した回とでは明らかに見ればわかるの。

別所:雲泥の差っていうことですか(笑)

是枝:雲泥の差っていうとそうじゃない人に申し訳ないけど。脚本に書かれていないカットが山ほどでてくる。それはすごく勉強になります。

別所:僕もある先輩俳優に聞いたことがあります。鴨下さんの演出だとまずリハーサルに行って、さあ自分の役柄だったら物語で「どこに座るかどこにいるか自分で考えろ」と。そこから始まるので今だとだいたい、「はいここに座ってください」とか「ここからこんなふうに割ります」とかって割り本が配られたりする世界が当たり前になってますけど「昔はそうじゃなかった」という話は先輩から聞いたことがありますね。

すいません。さあ後ろの方にもたくさんあのこの後参加される方も増えてきたんですけど、本当に長い間お話をうかがったんですけど、最後に是枝監督からみなさんに。今日の一連の作品をご覧になって、そしていろいろなお話をうかがいましたけれども。

是枝:おつかれさまでした。なんか参考になったかね。海外で公開まで映画を運ぶというのは、すごく難しくなっているのね、日本映画はとくに。そういう意味でも恵まれた展開をさせていただいている。

ありがたいなと思いながらも、僕自身、海外で撮ったこともないし、『空気人形』という映画で海外のキャスト、スタッフと一度仕事をしたけども、やっていることは非常にドメスティックだなと思っているので、ここから先どういうふうに自分の映画制作の場とか、映画の作り方の今とは違うかたちというのをこの10年少し模索したいなと自分でも思っているのね、この次のステップとして。

なのでみなさんが直面している問題を、僕はクリアして先へ行っているわけではないので、僕も今おそらく気づかないうちに映画とはこういうものだと自分で決めつけてしまっているものを、どうしたらここから10年でまたくずしていけるかってことを日々やっていきたいと思っているので、一緒にがんばりましょう。っていう感じですかね。

別所:わかりました。次の作品のことを聞きたいところですが、それはまだ公開できない感じですか?

是枝:いえ、そんなことないです。なんかホームドラマが続いたからホームドラマの作家だと思われたらしく、どこへ行っても「なぜ家族ばかり描くんですか?」みたいなことを言われて。へそ曲がりなのでじゃあ家族を離れてみようかなと思って、次は法廷ものの社会派サスペンスみたいな。ある殺人事件をめぐる話を今書いているところです。

別所:これからクランクインですか?

是枝:来年ですね。

別所:そちらも楽しみにしたいと思います。

是枝:がんばります。

別所:それではみなさんありがとうございました。

司会者:みなさんありがとうございました。本日はRoad to the Worldということで、是枝監督と考える映画術ということで1日中ずっと是枝監督にも監督のみなさんにもお付き合いいただきました。改めて本日講師をしていただきました是枝裕和監督に拍手をお願いいたします。

(会場拍手)

是枝さんどうもありがとうございました。それからSSFF & ASIA代表の別所さんありがとうございました。

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