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ジブリの教科書「ナウシカは日本を変えたのか?」鈴木敏夫×朝井リョウ×川上量生(全6記事)

「思い出のマーニー」も? 最近のジブリ作品が"なにか物足りない"理由 - 鈴木敏夫×川上量生×朝井リョウ

このほどジブリ最新作『思い出のマーニー』が公開されましたが、コアなアニメファンからは『風の谷のナウシカ』『天空の城ラピュタ』以降のジブリ作品にどこか物足りなさを覚える、との声も。この理由をジブリの鈴木敏夫プロデューサーとドワンゴ会長・川上量生氏、作家の朝井リョウ氏が分析。そこから見えてきたのは、宮﨑駿監督の持つ「理想を失わない現実主義」というポリシーだった。(ニコ論壇より/part3)

原作は売れていなかった『ナウシカ』

鈴木敏夫氏(以下、鈴木):だから、(原作をヒットさせて映画化へもっていくために)ページを薄くして……。

川上量生氏(以下、川上):大きくして。

鈴木:それで値段を安くすればね、いっぱい買ってくれるんじゃないかって。

川上:その時、普通の単行本って360円だったんですよね。ナウシカは330円で、しかもデカかったんですよ。

鈴木:最初のは280円なんですよ。

川上:そうなんですか!?

鈴木:幻の第1巻というのがあるんです。

川上:280円のやつは見たことないです。

鈴木:安くして売るために、カバーもついてないんですよ、こういうの。

川上:カバーもついてないんですか?

朝井リョウ氏(以下、朝井):数を売ることを考えて。牛丼みたいに……。

鈴木:とにかく数だけ。でも全然売れなかった(笑)。

川上:でも、あれって売れてませんでした?

鈴木:いえいえ、7万部刷って5万部しか売れなくてね。売れないもんだなぁと思って。

川上:280円のやつが。

鈴木:いろいろな経緯があって映画化が決まって、博報堂さんとの話し合いでトントン拍子で上手くいったんだけど、ある会議で「鈴木さん、大事なこと忘れてた。原作ってどのくらい売れてるんですか?」って(笑)。

朝井:やばい、バレる(笑)。

鈴木:僕、あんまり嘘はつかない人なんですよ。5万部しか売れてないってわかってるんだけど、その時だけ嘘ついちゃって、「5……、10万部」って言っちゃったの。そしたらみんな「そんなに売れてるんですか?」って。

川上:映画を作るために原作作って、いいものを作ったんだけど、売れなかったのにそのまま映画を作っちゃったんですね。

朝井:初めの条件を全部破ってますよね(笑)。

鈴木:僕はね、便利な言葉を見つけたんですよ。いわゆる映画は、売れている漫画に目をつける。しかしナウシカは逆だ。売れてなかった原作が、映画の力によって売れるようになった(笑)。

朝井:新しいモデルが。

川上:メディアミックス。

朝井:その先駆けだったんですね。この本には映画になるまでのお話が結構詳しく載っていて、そこがまためちゃくちゃおもしろいんですよね、『ジブリの教科書』。なんて大変なんだろう、このチームはどんだけトラブルに見舞われるんだろう? と思って。

鈴木:大変でしたよ、もう。

ナウシカ公開直後の日本には、まだ道徳が残っていた

川上:今日のタイトルは「ナウシカは日本を変えたのか?」ってことなんですけど、実際どのぐらい変えたんでしょう? 例えば立花隆さんはこの本の中で、「宮﨑駿が国民作家になったのは風の谷のナウシカを出してからだ」って言うんですけど、実際どのぐらいそうなんですか?

鈴木:ナウシカの時に具体的にそういうことが起きたわけじゃなく、そのあとトトロっていうのを作るんですよ。これが揃った時に突然変わったんですよね、たぶん。

川上:ナウシカが公開された段階では、やっぱり狭かったと?

鈴木:狭いですよねぇ。例えばナウシカの映画館での上映って、実はお客さんの数は92万人なんですよ。原作は売れるって言ってもまあ、数十万部。だから、そこまでの影響力はなかったけれど、その後の作品群によって変わっていったっていうのが僕の実感です。

川上:そうですね。

鈴木:で、爆発したのはやっぱり『もののけ姫』。でも"国民作家"っていう言い方は、僕も正しいなって言う気はしてる。

川上:僕の母親なんかも、「『風の谷のナウシカ』良かった」って言ってるんですよ。でもいつ観たかって言うと、たぶん最初の時じゃないんですよね。

鈴木:テレビなんですかね?

川上:たぶんテレビですよね。

鈴木:間違ってるかもしれないけれど、確か最初のテレビの視聴率が16.7%。当時としてはそんなに高い数字じゃないんですよね。

朝井:その頃は、ドラマだと30%とかがバンバン出てたんですかね。

鈴木:しかもアニメーションだっていうことで、放送時間帯が夜7時からなんですよね。9時からできないんですよ。夜9時から始めたのはラピュタ。それで、『となりのトトロ』を夜9時からテレビで放映したら、それが大問題になっちゃってね……。

朝井:そうなんですか?

鈴木:「なぜ子どもが見るものをそんな夜遅く放映するんだ!」と、日本テレビは抗議の電話だらけですよ。そういう時代があったの。

朝井:不思議……。「内容が子どもに則してない」とかいう電話だったらわかりますけど、そういうことじゃないですよね。「時間帯がおかしい」と。

鈴木:夜にアニメをやるなんて、日本テレビっていう会社はなに考えてるんだ! っていう。要するに世の中にまだ道徳があったんだよ。

朝井:「まだ」って(笑)。

川上:あの当時、だって『11PM』ですもんね。11時になったらいやらしい番組が……そういう時代ですよね。

朝井:そんな時代だったんですね。知らなかった。

『ナウシカ』から生まれたアニメ界の新たな流れ

鈴木:「日本を変えたのか?」って言われるとあれだけど、やっぱり「自然を大事にしよう」っていうことをみんなが平気で大衆的に言うきっかけにはなったんじゃないですかね。

川上:映画の公開の時にそういう流れはあったんですか?

鈴木:まだそこまではね。

川上:やっぱりそこはズレてるんですね。

鈴木:若干ズレてるんだけど、やっぱり中にはそういう先を行く人たちがいたんですよね。ナウシカも、トトロも特にそうだったんですけど、「自然を大事にしなきゃ」っていう手紙が増えましたよね。「人間と自然の問題を考える」なんてことを、一般用語としてみんなが言うようになったんですよ。

僕は、お腹の中のことを言うと、「みんな何かに踊らされているんじゃないかなぁ……」って、ちょっとそういう気もしてたんです。

朝井:ものすごい冷静な目ですよね。

鈴木:例えば『となりのトトロ』で言えば、みんながなぜトトロを好きになったかと言ったら、お腹を押したらへこみそう、それからメイちゃんがピョンピョン。そういうものが本来好きなはずで、「人間と自然が……」なんて、そこまで思うのかなぁって(笑)。

朝井:そこは「やったー!」じゃないんですね。自分のプロデュース作品でそういうことがあっても、嬉しいという気持ちではない。ものすごい意地悪な目線ですね(笑)。

川上:でも鈴木さんがそういう風な宣伝をしたんじゃないんですか?

鈴木:まあ、そうですかね(笑)。でもその頃はまだあんまり宣伝に目覚めてないんで。

川上:そうですよね。この本の中でも、宣伝に目覚めたのは『魔女の宅急便』からっていうことになってるますよね。

鈴木:もう、止むに止まれずですよ。作るのに精一杯で。

朝井:でも「日本を変えたのか?」っていうタイトルに絡めて考えると、幼気(いたいけ)な……というか、女の子にそれだけの責任を負わせて冒険させるっていうのは、作品として結構新しかったんじゃないですか? 女性のヒーロー。

鈴木:僕の"もう1つの目"ではね、傷ついた地球を1人の女の子が救う話でしょ? むちゃくちゃだなって思ってた(笑)。

朝井:そういう意味では、日本の中ではすごい新しい作品ですよね。

鈴木:やっぱり女性に目をつけたところが宮﨑駿のすごいところですよね。

朝井:すごい印象に残ってますね、「女の子なんだ」って。

川上:ジブリ作品って言うと、今の深夜アニメとかアニメの主流とは一線を画しているわけじゃないですか。画しているんだけど、深夜アニメの女の子が活躍する話の源流って、やっぱりナウシカですよね。そこから分岐したんですよね。そのことに対して、一部のコアなアニメファンっていうのが、今のジブリ作品に対して文句を言っているという現状が(笑)。

朝井:へぇ~。そこから照らし返して。 

川上:そうですね。僕の世代っていうのは、ナウシカ・ラピュタ以降のジブリ作品に対しては、「おもしろいんだけど……」っていう。少し……。

朝井:なんか言ってやりたい感じ?(笑)

川上:っていうのがあるんですよ(笑)。

鈴木:やっぱり強烈だったんですね、ナウシカが。

朝井:強烈だったと思いますよ。日本を変えたっていう意味では、女性に、しかも若くて幼気な感じの少女にここまで責任を負わせて戦わせるっていう。新しいヒーロー像ができたんじゃないのかなって。それを追随するように作品が実際生まれてる、ってこともあるのかなって思いますね。

川上:カッコよかったですよね。

『ナウシカ』でもっとも人間的なキャラクターは誰?

鈴木:この文春の『ジブリの教科書』、宮﨑駿(監督)がこの本を読んだらしいんですよね。

朝井:どうやって感じ取るんですか?

鈴木:僕には何にも言わないんですよ。でも出版部の女性に対して、いろいろ感想を述べていて。僕について、「鈴木さん、記憶が間違ってるよ」とか(笑)。

朝井:えっ、これ間違ってるんですか?(笑) 嘘だ、大丈夫ですか?

鈴木:お互い人のこと言えないけど、宮さんも記憶力があんまりいいほうじゃないから……(笑)。どっちが正しいかわかりませんけどね。

朝井:いやぁ、いろんな方が寄稿されてますけど、その方々もドキドキですね。本人に読まれたと思うと。いろんな方が書いてるんですけど、その文章がすごくおもしろくて。僕は男子だから男子目線で見るじゃないですか。女性が寄せた文章は、気付かなかったとこに気付かせてくれてすごくおもしろくて。満島ひかりさんとか、川上弘美さんとか……。

鈴木:すごいですよね。ここは説明するのめんどくさいから、僕からはこれを読んでくださいということで(笑)。

朝井:お2人とも原作に関しても言及されていて、すごく印象的だったのが、ナウシカってものすごい正義の味方っていうか、大きなものを背負って世界を救ったっていう感じじゃないですか。川上弘美さんはそれに対して、自分はどうなんだというプレッシャーを感じたと。ナウシカの場合は自分の持ってる能力が善の方向に振れているけど、悪の方向にも振れる可能性があるのが人間で、私はそっちかもしれないって落ち込んだ、って書いてあって。

映画では善の方向にずっと振れてると思うんですけど、原作を読むと結構攻撃的というか、悪の方向にも振れる瞬間があって。「やっぱりナウシカって人間なんだな」っていうのを原作を読むと実感できて、おもしろいですよね。

鈴木:彼の場合必ず、二面性っていうのを出しますよね。

川上:その後の女の子が戦うアニメには絶対にない心象っていうのは、自分の父親が殺された時だと思うんですよね。あそこで我慢するじゃないですか。我慢するキャラクターっていないですよね、今のアニメでは。必ず怒りますよね。「正義の怒り」が全てを破壊するっていう方向に行っちゃいますけど、ナウシカではそう行かないですよね。

朝井:そういう意味ではナウシカは新しいですよね。いろんな方々の指摘がすっごくおもしろかったんですけど、満島さんは原作の中で、クロトワがすごくおもしろいって。僕も原作を読んで、彼がすごい救いなんですよね。彼の一言が結構現実的で。

ナウシカって僕たちの敵になるようなことをじゃんじゃんしていて、こんなヒーローがいたら自分なんて無力だなって思うところで、クロトワが「そんなことしたって意味ねーよ」とか、ものすごい現実的なことをぼそっと投げかけたりして。

鈴木:彼の使う言葉や状況判断を見てると、もうクロトワこそ宮﨑駿ですよ。いちばん人間的でしょ?

朝井:いちばん人間的で、クロトワが出てくるとすごく安心するんですよ。こういうこと言ってくれる人がこの世界にもいてよかった、って思える存在。

鈴木:作家ってそういうものなんですかね? ナウシカとかクシャナとかいろいろいるけれど、クロトワに自分を仮託するっていうか……。

朝井:僕はクロトワがいてすごく安心しました。ナウシカが生きている子ども2人を見つけて救うシーンがあるじゃないですか。「その2人を助けたって、これから先何十万人という死体を見るんだから意味がないんだよ」って、そういうことを言ってくれる人がいないと、現実世界に生きるものとしてはちょっと、ゾワゾワしてしまうというか。

鈴木:宮﨑駿という人は、日常的にそればっかりですよね。

「理想を失わない現実主義」とは?

朝井:本の最後にカレンバックさんとの対談が収録されてたと思うんですけど、そこでもとにかく宮﨑さんは現実的なことをおっしゃっていて。そういえばそれですごいつながりました。こういう話を描いていながらも、現実的にものすごい考える方なんですね。

鈴木:高畑勲も宮﨑駿も2人がよく使ってる言葉なんですけど、「理想を失わない現実主義」。

朝井:難しいなあ……。

鈴木:現実主義者っていうのは、とかくニヒリズムに陥りがち。でも理想を達成するためには、そこに現実主義が必要だろうと。

朝井:ロマンもちゃんとあるし、現実的な考えもちゃんとできてるしっていう。

川上:世の中にある理想主義のものっていうのは、現実を見失っているものが多いですよね。

朝井:「いや、無理だよ」って言いたくなるのが多いですね。

鈴木:だって世の中で一番危険な人って実は理想主義でしょ。怖いですよね。

朝井:それが違う方向に振れると、自分が王になって全人類を従わせようとか、そういう方向にも行きがちですよね。

鈴木:ニヒリストのほうが悪いことしないですよね。

朝井:最後のカレンバックさんとの対談ですごいそれを感じたんですよね。カレンバックさんが理想的なことをおっしゃる中で、宮﨑さんが「それは無理だと思います(笑)」みたいな感じで。

鈴木:あの人、笑いでごまかすんですよ。

朝井:"(笑)"ってつけてる文章が結構笑えないっていう。

鈴木:笑った時はいつも怖いんですよ。

朝井:この対談の中ですごいそれは滲み出てます。「これ喧嘩してない? "(笑)"ってついてるけど……」って。

鈴木:あの笑い方って、宮﨑駿の映像を見ていただくとわかるんだけど、本当に嬉しそうな顔するんですよね。大概それって、人に対して本当は言っちゃいけないまずいことを言った時のフォローなんですけど。でもあの笑顔がすごすぎるから相手も笑わざるを得ない。処世術なんですけど、あれすごいですよねぇ。子どもでもあんなことする人いないでしょ?

朝井:これはちょっとすごい面白かったです。

鈴木:あれでみんな好きになっちゃうんですよね。許せちゃうっていうか。

朝井:クロトワ=宮﨑駿さんっていうのは、個人的にそれがわかっただけでもだいぶ収穫でした。

鈴木:現実的な人なんだよね。例えばナウシカで、僕らは出版社だったから本も作んなきゃいけない。『ジ・アート・オブ・ナウシカ』なんていう本を作ったんですよ。その表紙をどうするかって言うんで、僕は風の谷の風景を表紙にしたんですよ。

そしたら宮﨑駿っていう人はそれを見てね、「鈴木さん、怖い」って言い出したんですよ。「やっぱり本はナウシカを表紙にすべきだろう」って、そんなことを言われたんですよ。

朝井:谷じゃなくて、と。

川上:怖いってどういう意味ですか?

鈴木:やっぱり、そういう高尚な方へ行っちゃダメだよと。俺たちは駄菓子屋商売なんだから、風の谷はいい絵かもしれないけれど、やっぱり表紙は。

朝井:ごまかさない方なんですね。クロトワは常にごまかしてないですからね。

鈴木:クシャナに対してもいろんなこと言ってますから(笑)。あれがいちばん彼の実像に近いですよね。

朝井:へえー! いいこと聞きました。

ジブリの教科書〈1〉風の谷のナウシカ (文春ジブリ文庫)

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