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ジブリの教科書「ナウシカは日本を変えたのか?」鈴木敏夫×朝井リョウ×川上量生(全6記事)

「ジブリ作品の結末は、つくった本人さえ知らない」 鈴木敏夫氏が語る、宮﨑駿の”異才”

『となりのトトロ』『風の谷のナウシカ』など奥深い世界観を持つジブリ作品を、大人は浅いところまでしか捉えきれていない。こう語るジブリの鈴木敏夫プロデューサーが、作品本来の狙いをドワンゴ会長・川上量生氏と作家の朝井リョウ氏に明かしました。(この動画は2013年に放送されたものです/part2)

『ナウシカ』と『ハイジ』の共通テーマは「自然保護」

鈴木:今の「怖い」っていう話から、連想ゲームで思い出しました。とにかく宮﨑駿っていう人は、勧善懲悪ものが好き。今72歳で(当時)昭和16年生まれなんですけどね、その世代の大きな特徴として、子どもの頃からいわゆる勧善懲悪ものっていうのを見たり、聞いたり、読んだり、をやってたタイプでしょ? そうすると、やっぱりいい人が悪いやつをやっつけるというのは……。

朝井:気持ちいいですね。

鈴木:じゃあ何を基準に良くて、何が悪いのかっていうのをね。わかりやすくしちゃうと彼に怒られそうだけど、僕が思ってたのは、自然を守る人がいい人で、自然を破壊するのが悪いやつ。

朝井:そういう線引きなんですね?

鈴木:って僕は理解したんですよ。もう1つ、宮﨑駿っていう人は、いわゆるヒーローものが大好き。なんだけれど、高畑勲から「ヒーローなんて夢物語であって、何のリアリティもないじゃないか」って、ずーっと言われてたんですよ。

だからヒーローものに対する自分の憧れっていうのを押さえつけてきた。その押さえつけてる時に、「ナウシカだったらそれをやってもいいのかな」って。つまり、「目的が正しければヒーローものをやってもいいんだ!」って。

朝井:自然を守るっていう土台があれば、いくらヒーローものをやっても大丈夫っていう。

鈴木:その苦渋は見ていておもしろかったですけどね。だけどナウシカでそれをやるにあたって、なぜそういうミステリーものっていうか、主人公の見た目でしか情報が手に入らない手法でやるのかなって疑問に思ったのを突然思い出しましたね。その手法が結果として、世界の恐怖を伝えることに役に立ってたんだなぁって思ったんですよね。

川上:ナウシカは、そういう「自然環境を守ろう」みたいなメッセージを持った映画として世の中に受け止められたんですか?

鈴木:受け止められましたね。やっぱりあの映画をきっかけに、世の中でそういう運動が増えたじゃないですか。それで実際、みなさん声を大にしていろんなことをおっしゃってきたわけだけど、なかなかそれがうまくいかない。その時にこの1本の映画っていうのは、映画の効用としてはすごくあったのかなと、それは思いますね。

川上:アニメでそういうテーマを伝えるって、ナウシカ以前ではそんなになかったのかなって気がするんですけど、どうですかね?

鈴木『ハイジ』が実はそうなんですよ。

朝井:あ~、なるほど。

鈴木:ハイジの原作ってすごく短いんですね。それをなんて言ったって1年間で50本でしょ? 高畑さんっていう人は非常におもしろい人で、何を柱にしたかって言ったら、やっぱりその話(自然環境を守ろう)だったんだよね。

朝井:そこから土台はもうできあがってたんですね。

鈴木:そういうことを、宮さんは高畑さんのスタッフの1人として学んでたのかな? それをいわゆる勧善懲悪っていうのか、活劇でやるとしたらこうなんじゃないかって。多分こういうことなんだと思うんですよね、うん。けっこう今日、僕、冴えてますね(笑)。

朝井:そういう話を聞きたくて来てます(笑)。

人間と自然、どちらが大事か

川上:でも、やっぱりナウシカをすごいなって思ったのは、単純に自然を礼賛するような話になってないところですよね。自然・虫が人間に対しては毒で、人間はそれに怯えながら暮らしているんだけど、実はそれが守るべき自然であり、地球を浄化しているという、そういう構造ですよ。

本当の汚れは人間じゃないのか、少なくとも昔の戦争を起こしたのは人間じゃないのかっていうメッセージですよね。

鈴木:原作のほうでしょ?

川上:いや、映画のほうもそうですよね。

朝井:原作だとより強く出てますよね。

川上:原作の方だと、もう本当に「人類死ね」みたいな。

朝井:ここに入ってはいけない、自分は汚れだ、と認識して引き返しますよね。

鈴木:「私たちそのものが汚れかもしれない」と原作の方では描いてあるんですよね。映画では確かそれはなかったと思うんだよなぁ……。

朝井:映画では腐海が浄化していくものだっていう反転はありましたけど、そこで自分たちが汚れだっていう明確なところがあったのかっていうと、確かに…。

鈴木:僕はあのセリフを見た時にね、何しろそばにいるじゃないですか。ものすごいドキッとしたんですよ。僕は勝手に“ケガレ”と読んでいたんですけど、“ヨゴレ”なのかなぁ? って。

僕の勘違いかもしれないけど。何が言いたいかというと、それを突き詰めたらね、もう人間って何なの? って。要するに、自然のほうが大事なの? っていうことになっちゃうでしょ。僕は宮﨑駿っていう人のそこにねぇ、ペシミズムっていうのか、それを強烈に思ったんですよね。

川上:漫画の方の話ですけど、ナウシカの世代は、今の世代の後に作られた汚れた地球で生きるための人類で、地球が綺麗になったら滅びる運命なんだっていう設定ですよね。それで滅びない、汚れた存在のまま生きていくっていうことを選ぶわけじゃないですか。そこは単純に”ケガレ”だから滅びればいい、っていうのとも違いますよね。

朝井:生きていこうと誓っていますよね。

鈴木:いいこと言いますね~! 今回、『風立ちぬ』のキャッチコピーでそれ使って……。

朝井:それ思ったんですよ! キャッチコピーで見た時に、「これナウシカのセリフだ」と思って。

鈴木:さすが!(笑)。

朝井:ナウシカのセリフがここにきてると思って。こういうところつながるんだな、って思ったんですけど。

川上:そうですね。汚れかもしれないけど生きていこうっていうことですよね。

『ナウシカ』漫画版は、映画への裏切りか

鈴木:さっきの「自分たちが汚れそのものかもしれない」とか、そういうことを言った後の原作のほうの展開として、「あの腐海も人工的に作られたものだ」と。これ実は僕、ものすごくびっくりしたんですよ。

朝井:あんな終盤でそんなこと言われちゃった、って。

鈴木:ということなんですよ。正確に言うと、「え、今そういうこと言うの?」って。やっぱりあるでしょ?

朝井:もう全部ひっくり返されたよっていう衝撃ですね。

鈴木:僕は両方とも関わってたから、「映画を観た人の立場どうするんだ!」って。

朝井:確かに映画ではああやって終わったけど、あれが作り物だったって原作で描いてしまって。鈴木:そうなんだよなぁ~。

川上:確かに、映画ではあれこそ自然そのものでしたよね。なのに、実はあれが自然じゃなくて人工だったって……。

朝井:もう絶望ですよ。映画で終わってひと安心した身としては。

鈴木:あの漫画が完成した直後、宮﨑駿に「これは映画を観た人への裏切りじゃないですか」って言ったら、「いいんだよ鈴木さん、世の中そういうものなんだ」って。

川上:僕は漫画を見て、映画は漫画への裏切りだって思いましたね。「なんであそこで終わるんだ?」っていう。漫画の奥深さを、映画は30%も伝えていない。

朝井:僕の感覚も川上さんに近いかもしれないです。映画のほうが原作を裏切っているっていうか、もったいない。

鈴木:これはね、『ナウシカ』の映画の公開って1984年で、朝井さんはまだ姿形がないわけだから(笑)。映画を作った時の状況で言うと、そこまで原作がまだできてないんですよ。つまりあの映画のちょっと先ぐらいまでの話しか、原作がなかったんです。

川上:あのエンディングは最初から考えてたんじゃなくて、描いていく過程でああなったんですか? 例えば腐海も人工物だったっていうのは……。

鈴木:僕が直接本人に聞いたわけじゃないけど、そう確信していますね。どうしてこういう風にしていく人なんだろう、この人は……、って。

結末を考えずに書き進めるから、宮崎アニメのスリルが生まれる

朝井:原作で「蒼き衣と金色の原っぱ」って、もう1回出てくるじゃないですか、違う形で。映画の後の話も最後まで決めてあったうえで、原作は進んでいるのかなぁと思ってたんですけど、それも描いていくうちに決まったんですか?

鈴木:宮﨑駿が典型的な日本の作家だと思うのは、結末を考えないで書くところ。

朝井:すごいなぁ……。

鈴木:でもこれは僕ね、受け売りなんだけど、西洋と東洋の違い。西洋の人はどんな大長編でも結末が最後ありき。そこに向かって書いていくでしょ?

でも日本は違う。源氏物語の頃から、心に移りゆくよしなしごとを思うがままに書いていく(笑)。極端な場合、どんな短編でも結末なしに書き始めるのが日本の作家でしょ。だから朝井さんは珍しいんじゃないかなぁ。

朝井:決めないと書けないですね。だから漫画を読んでいて、最後にもう一回「蒼き衣と金色の原っぱ」の場面がはまった時に「ここ考えてたんだろうな」って思っちゃったんですよね。そうじゃなかったってことですよね?

鈴木:まぁ最初は僕だって、いろんなことを考えて、こうやってもって話を運ぶんだなぁって思ってたんですよ。ところが、付き合っていくうちに、そうじゃないってことがわかっちゃったの。

例えばナウシカの時からずっとそうなんだけれど、宮﨑駿はまずシナリオを書くんじゃなくて、いきなり絵コンテから始める。どういう映画の作り方をするかっていうと、20分ぶんぐらい絵コンテを描いたら、もう作画にインなんですよ。

朝井:それはシナリオで誰かに見せて……?

鈴木:なんにも出来てないの、映画の全体が。長さがどうなるかとか、起承転結がどうなるかとか、何にもわかってないんですよ。

朝井:すげぇ……。

鈴木:そうやって描き始めちゃうでしょ? もう引き返せない。で、次を描き始めるんですよ。

朝井:めちゃくちゃ怖いことしますね(笑)。

鈴木:そんなことあり得るのかってよく海外の人に言われるんだけど、本当にあり得るんですよ。

朝井:あり得るっていうか、その方法で実際できてきてるんですもんね。

鈴木:描きながら、どんな絵柄でもそうなんですけど、「まだナウシカは主人公になってない」って言うんですよ。

朝井:描きながらずっと?

鈴木:何言ってるんだと思うんだけど、自分の中での納得の仕方なんだよね。これがある事件に巻き込まれるとかいろいろやると、「少し主人公らしくなってきた」って。じゃあ結末は? っていうと誰もわからない。僕もちろんわからないし、一番わかってないのは本人。

僕が付き合ってきてわかったのは、そのハラハラドキドキが、作品への影響を生んでいる。どこへいくかわからないままやり始めるわけでしょ? 漫画もそうなんだけど映画もそう。しかもそこにいっぱい人が関わってくる。本人のスリルとサスペンスたるや、想像を絶するんですよ。それが独特の宮﨑アニメを作ってるんじゃないかなって。

川上:それはそうですよねえ。本人がわかんない、作者がわかんないって言ったら、読者がいちばんわかんないですよね(笑)。でもそれ、絶対正しいと思いますよ。

鈴木:そういうことをこの中で言えばよかったんですよね。

朝井:今のおもしろい話は書かれてなかったような気がしますね(笑)。

川上:ナウシカだけにかかわらず、宮﨑駿ってことで。いろんなことにも他にもあるような気がしますけどね。

1日1枚書けるかわからない生産性でもクオリティを求めた

朝井:これを読んですごいおもしろいなと思ったのは、「ナウシカを映画にしたい」っていちばん初めに考えられた時にはまだ漫画はなくて、企画を出したら「今はまだ時期が早い」と言われて頓挫してしまって、ナウシカを映画にするために漫画の連載を始めたっていうお話。

鈴木:本の中では簡単にしゃべっちゃってますけど、正確に言うと、企画を出したけど会社からダメって言われたわけですよ。

グループ会社の中に古い映画会社で大映っていうのがあって、そこの責任者から「君ねぇ、映画なんてそんな簡単なものじゃないんだよ。原作があって、それが売れてるんならともかく……」って言われて。

僕は宮さんに言いに行ったんですよ。「ちょっと力足らずでダメでした。こんなこと言われたんですよ、原作がなきゃダメだって」。そしたら宮さんがね、「じゃあ描いちゃいましょうか」って。

そこで、「描いちゃいましょうか」で終わらない人なんです。実際に描き始めるじゃないですか。ある日、電話がかかってきて「鈴木さん来て」って。そしたら漫画の1ページが3枚並んでて。

右端にはほとんど描き込んでないナウシカがあって、名前を出しちゃって申し訳ないかもしれないけど、「これは松本零士さんタイプ」って言って。その右だと1日24枚描ける。で、いちばん左のは、1日1枚描けるかどうかわからない。そしてもう1つ真ん中があって、「どれがいい?」って聞かれたんで、僕は「左」って言っちゃったんですよね。

朝井:鈴木さんが1日1枚の方を指さしたんですよね?

鈴木:そうです。で、描き始めてるでしょ。そしたら真っ先に言い出したことが「鈴木さん、映画化のために漫画を描くなんてダメだよ」って(笑)。

朝井:「あれあれ?」ってなりますよね(笑)。

鈴木:「え?」って(笑)。漫画に対して失礼だと。「漫画を描くときは漫画を描かなくてはいけない」って。それで、「もう映画にはしない」と。

朝井:そのエピソードを聞いて、本当に先のことを考えずに描く人なんだなと思って。「漫画にするんだったら、映画にならない話を描こう」って途中で決めたっていうふうに書いてある。でもいちばん初めの発端って映画にするためだったんじゃ……? とか思いながら読んでたんですよね。

先のことを考えずに周りを巻き込んでいたからこそ、スリルの中で本当にいいものを作れるんだなって。

川上:ナウシカって明らかに絵が違ってたじゃないですか。鉛筆描きだったので、その頃見たことのない漫画だったと思うんですけど。

鈴木さんってもともと漫画雑誌の編集者もやってたわけじゃないですか。映画のために原作を作るっていうときに、全然違った絵のナウシカを見て、非常に生産性が悪いっていうのをわかった上で、それを選択したのってすごく……。

鈴木:結果としては大きかったんですよね。

川上:魅力があったんですか? その絵が。

鈴木:やっぱり僕、自分が漫画を好きだったんですよ。いわゆる少年漫画誌も全部読んでた。そこでラブコメとかその他いろんな種類の漫画があったんだけれど、ちょっとだけ引いて見てみると、画一的でおもしろくない。そういうのとはまるで違うものをやってみたいという気分があったんですよね。

例えば、週刊誌の漫画って読み切り連載なんですよ。1話ごとにある問題が出て、その回の中で問題は終わらせて、しかし全体の話の流れは続いていくっていう、梶原一騎っていう人が発明した漫画の描き方にうんざりしてたんですよ。宮さんには、そういうことは関係なく描いちゃいましょうと言ったんです。

朝井:またぶっ壊しますねぇ(笑)。

鈴木:所詮、アニメージュなんて漫画誌じゃないわけだし。一種大河小説のような作品を、どこで区切るとかそういうことは関係なく、本当に途中で終わってもいい。これを条件にしたんですよ。それが彼に気を楽にさせたというか。

川上:全部(他の作品と)違ってましたよね。そもそもあの大きさのマンガ単行本なんて、その当時見たこともなかったし。

鈴木:1つはね、いわゆる漫画誌ってB5版なんですけど、アニメージュはA4版だったんですよ。そこに漫画を連載していた。単行本はこれを小さくしたものなんですけど、実はこれ、ページ数が少ないんですよ。これは136ページだけど、第1巻は118ページじゃないかなぁ……。

というのは、やっぱり映画にしたくなって、宮さんを説得して映画にすることにしたんですけどね、その間に原作を売らなきゃと思ったんですよ。

朝井:そうですよね、売れなきゃ映画にできないって最初言われてましたもんね。

ジブリの教科書〈1〉風の谷のナウシカ (文春ジブリ文庫)

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