2024.10.10
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第155回直木三十五賞受賞記者会見(全1記事)
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司会者:萩原さん、受賞された今のお気持ちをお願いいたします。
萩原浩氏(以下、萩原):えーと、あの、ほっとしてます。なんか肩の荷が下りたような。
どんな賞の時もそうなんですけども、いつも心の平和を保つために、落ちる時の、ダメな時のシミュレーションしか頭のなかでしていなくて、逆のパターンが来たのでどうしようかなとちょっと戸惑っています。
以上です。
司会者:ではご質問のある方は挙手をお願いいたします。
記者1:毎日新聞のナイトウです。おめでとうございます。候補5回目、しかもついこの間還暦になってしまわれたんですけど、その年に、しかもデビュー20年と、わりと数字がいろいろある年に受賞されたという感慨はいかがでしょうか。
萩原:先月の末に60で還暦になりまして、でもこれは僕のせいではなくて、向こうからやってくるものなので、みなさんも29歳から30歳、39歳から40歳になられた時にご経験かとは思うのですが、なにも変わるところがないと。
だから、自分自身ではとくに感慨というものはなく、今回頂いたものも年齢もよそから来たものであって、20年というのもたまたまであるかなと。
まあでもせっかくそういうふうに思ってもらえる年でもあるので、暦が変わった今年からちょっと気持ちを新たにがんばってみようかなというそんなことも考えてます。
なんかちょっといろんな新しいことにチャレンジしてもいいかなと思ってます。
司会者:続いてどなたか。
記者2:テレビ埼玉です。よろしくお願いいたします。先生の出身は埼玉県ということで、今までも埼玉県を舞台にした作品は書かれていたと思うんですけれども、今回のは家族がテーマとなっている6つの作品の短編集ということですが、先生が埼玉での家族との思い出とかそういったものをお聞かせいただければと思いまして。
萩原:本当に普通の家庭だったので、とくに激烈な辛い体験もありません。その代わりに、なんかものすごく印象的な、ものすごくとんでもない親や兄弟とのおもしろいエピソードがあるわけでもありません。
ただ、あの今回短編集でして、そのなかに親父の形見の時計を持って時計屋に行くという話があるんですけど、あれは実は出だしのところは実話です。
うちの父親が2年前に亡くなりまして、ほんとに父親の形見の時計を持って時計屋さんに行って、古い時計だったので修理代にものすごい額をとられたと。
結局その時計は1週間くらいでまた動かなくなったんですけども、その時になんとかして元を取りたいと。とりあえず親父の敵を討ってみようかなというのが動機の1つで、「時のない時計」という短編なんですけど、短編集の中の1作になりました。
記者2:大変恐縮なんですけれども、受賞してということで、先生の出身地である埼玉の県民に対してのメッセージといいますか、そういったものを頂きたいんですけれども。
萩原:埼玉よりも今東京在住でして、そちらのほうが長くなったんですけれども、いまだに区役所を市役所と言い間違います。
甲子園に出る高校はやっぱり東京の学校ではなく埼玉を応援します。だからやっぱり自分の生まれ故郷というのは一生離れられないんだなと自分では思っています。
記者2:ありがとうございます。
記者3:どうも、読売新聞です。おめでとうございます。
今度の表題作の今おっしゃった時計の話も、大変魅力的な職人さんが登場します。
とくに理髪店の髪の毛チョキチョキ、ああいう床屋で髪の毛を切られたら非常に気持ちいいんじゃないかと思ったんですけれども、小説を書くという仕事と、あのように時計屋さんとか理髪店のように手仕事をやってく仕事っていうのものに対する慈しみを感じたんですけれども、どこか共通性があるんでしょうか。それともああいう手仕事的な仕事がかなりお好きなのか……。
萩原:いや、好きというか……もちろんその、理髪店の話を書くために、一応書籍なんかで勉強もしたんですけれども、やっぱり1回行かないといかんと。
実はこんな髪の毛でもふだんは美容室で切ってまして、床屋さんに久々に行かなきゃと思って、僕の近所では評判の理髪店に行ってきて、髪の毛を切ってきて、なんか妙な七三になって帰ってきました。
でもすごくその時は体を研ぎ澄まして、一挙手一投足を見たり、毛が伸びて切られる瞬間とか、美容室でヒゲ絶対剃ってくれませんから、ヒゲ剃られる時の感触、タオルの熱さ、ジョリっていう音とかそういうのを全部全部記憶して。でもそれ1回きりでしたね。
すみませんあの、職人さんに対してどうのこうのっていうのは、職人さんに限らず、あの短編のなかに書いたと思うんですけれども、すべての職業というのは人のことを考えることではないかと。いうようなことを床屋さんの「思うに私は人のことを考えることではないのでしょうか」ということを店主さんに言わせたんですけれども、僕はそれかなと。どんな仕事もそういうことかなと。
他人に対する想像力みたいなものが必要で、それをちゃんとやっていれば、まっとうにいい仕事ができるのではないかなと思います。
記者3:髪の毛を丁寧に揃える時の感覚と、文章を丁寧に揃える時の感覚っていうのはどこか共通点ってあるんでしょうかね。
萩原:……あるんでしょうかね。それはちょっとわからないです。すみません。
記者4:ニコニコのタカハシと申します。受賞おめでとうございます。ニコニコ動画はご存知でしょうか?
萩原:はい。
記者4:ありがとうございます。
萩原:ただ、使っては……やり方がわからないので、存在だけしか知りません。
記者4:ありがとうございます。今生中継をしておりまして、そちらを見ているユーザーから寄せられた質問を代読したいと思います。
東京都、40代の男性からの質問になります。
先ほど、時の止まった時計(実際は「時のない時計」)のエピソードに実話があるというお話が出たかと思いますけれども、萩原さんはそのほかにも家族ものをたくさん書かれているかと思います。
そのなかでモデルがあるような作品があれば、差し支えなければ教えていただきたいのですが、という質問が来ています。
萩原:あの……とくにモデルはないです。でも、常に自分が今まで出会った人、もしくは身近な人、それこそ家族、そういう人たちの日頃のちょっとした言葉とか仕草とかそういうものを少しずつ少しずつ頭のなかとか体に蓄積させて書いているのかなと思っています。ただでもほんとにその誰をモデルにっていうのはないです。
この機会なので、日頃から娘によく言われているんですけど、「ちょっと生意気な若い女の子が出てくるのが多いけど、それは私じゃないっていうのをちゃんと言って」っていつも言われてるんです。そうじゃありません。
記者4:ありがとうございます。すみません、お名前(「時のない時計」)、私が無知で読み間違えてしまいました。申し訳ございませんでした。
萩原:いえいえ、あの、よくあることなので。
記者5:読売新聞のムラタです。おめでとうございます。
萩原:ありがとうございます。
記者5:先ほど選考会の後の選評で、宮部みゆきさんが圧倒的な読み心地のよさだとおっしゃっておりました。
それに大変感心されたというお話だったんですけれども、萩原さんが文章を作っていく上で一番心がけていること、とくに今回短編集ということで、キレのようなものも必要だったんじゃないかと思いますが、どういうことに工夫されているのかと、実際長年コピーライターとしてやられていましたが、その経験というのがこの作品にどのように活きていられるのかを教えていただければと思います。
萩原:選評に関しては初めて今お聞きしたので、ほんとにありがたいなと思います。
文章を書くときに気をつけているのは、まずリズム。全部じゃないですけど音読して、全体のリズムがどうかなと。それから今回の小説はどういうリズムだろうかっていうのを考えながら書いています。
それと、これはどなたもやっていらっしゃることだと思うんですけど、語感を大切にするというか考えて、目で見て心で考えるだけじゃなくて、耳で聞こえる音とか鼻で感じるにおいとかそういうものを常に働かせて書くようにしています。
あとは、自分ではその、工夫しているつもりで意外と気づかれていないので、こうやって自分で言うしかないんですけれども、それぞれの主人公にボキャブラリーを合わせています。
僕自身が勝手にしゃべるんじゃなくて、すべての小説には登場人物がいて主人公があって、その彼が少年だったり少女だったりしたら、その少年や少女が知っている言葉だけでぜんぶ文章を、地の文も作る。彼、彼女たちが見てるわけなので。
逆に年配の人が語り部だったり主人公だったりした時には、その人の逆にその新しい言葉を知らない、死語なんかを使ってそういう人の言葉でしゃべるようにする。
あまり自分を前面に出さないで、常に登場人物、主人公その人の気持ちになるだけじゃなくて、出てくる言葉もその人に合わせて全部それぞれに書きわけているつもりです。
記者5:コピーライターだったご経験はやはり活きていらっしゃいますか?
萩原:ほかに文章修行をしてないので、もちろんなっているかもしれません。
ただ、最初デビューしたての頃は長いものを書くのが大変で、1行に拘泥してしまうことが多くて、逆に癖が治らないようなところがあったかもしれません。
1つ言えるのは、広告のコピーっていうのは、どんなに自分がこれが最高と思っても、周りが褒めてくれても、プレゼンテーションで向こう側にいる宣伝部長から「つまんねえよこれ」って言われただけで瓦解するような世界ですので、言葉にぜんぜん正解というのはないし。
どんな言葉を一生懸命つくっても誰かにはなにかを言われるなということは、小説を書き始める前から身をもってわかっているので、わりと自分で言うのもなんですけど、打たれ強い。なにをどう言われても気にしないような、そういう肝っ玉というのは広告時代に身につけていたと思います。
記者5:あと1つなんですが、自宅のお庭と仕事場のプランターで野菜をたくさん作られていますが、今日はなにか手入れをしていらっしゃったんでしょうか。
萩原:きゅうりを1本とりました(笑)。
記者5:1本とったんですか?
萩原:はい。今日ちょっと少なめで……あ、すみません家庭菜園が趣味でして、今日はちょっと収穫が少なめで、きゅうりが1本だけです。
記者5:収穫が少ない時に、「あ、じゃあ今日の収穫は」みたいなことを考えたりしました?
萩原:いやいやいや(笑)。ぜんぜん考えてないです。
記者5:そのきゅうりはなにかにもう使われました?
萩原:いや、結構ね、きゅうりはたくさんとれるんですよ。こんな話でいいんでしょうか(笑)。3株しかないんですけれども、それだけでも近所に配ったりしないと、1日5~6本平気でとれるので、ちょっと今嫌がられてるんですよね。
うちの奥さんに「まだあるのに」って言われて、無理やり押し付けて家を出てきました。
記者5:ありがとうございます。
司会者:そろそろ最後の……。
記者6:朝日新聞です。おめでとうございます。
これからまた自由にいろいろ書いていきたいというようなことを、今後糧にしたいということをおっしゃっていました。
候補になられた時に、作家の寿命がこれで伸びるような思いというようなことをおっしゃってましたけども、受賞されて、今実際どういうふうに思っていらっしゃるのかっていうのが1つと、もう1つちょっと無茶ぶりなんですが、今このご自身の受賞にコピーをつけるとしたら、どんなコピーをつけますか?
萩原:いやいやいや、無茶ぶりですね(笑)。
今の心境っていう意味では、ほんとに頂けてありがたいなと。でも、それで自分がなにか変わるとか、自分でなにか違うぞと思うのはおかしいなと自分では思っています。
すでに出してしまった本なので、今回の結果がどうあれ1文字も変わらないわけで、そういう意味でなにかとったからどうだっていうのは自分のなかでは考えないようにしています。
ただ、寿命という点では、少しまた伸ばさせてもらったかなと、いやらしくそれは考えております。
コピーライターを兼業時代も含めて10何年もやってないので、なにもいい言葉が思い浮かばないんですけれども、え~……まあ、「明日もまた書こう」みたいなことですかね。もう、それしかないと思います。
司会者:ご質問は以上とさせていただきます。では萩原さん最後になにか言い残したことがあればおっしゃってください。
萩原:きゅうりのことなんですけど。
(会場笑)
冗談です。
スイカも育ててるんですが、まったく今年は実がならないです。もし詳しい方がいたらぜひどうしたらいいか教えてください。以上です。すみません。
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