2024.10.01
自社の社内情報を未来の“ゴミ”にしないための備え 「情報量が多すぎる」時代がもたらす課題とは?
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安野モヨコ氏:(スライドを見ながら)これもオペラ座の中です。
佐渡島庸平氏(以下、佐渡島):彫刻とか、本当、すごいですね。
安野:描くとなると大変です。これをそのままトレースして描くと、グニャグニャになって真っ黒になってしまいます。アウトラインだけ取れてしまう。
佐渡島:そういう話になったから、おうかがいしますが。今までの安野さんの作品は、これまでアシスタントが4、5人いたのですが。今回はほとんど安野さんが1人で、背景も描いていますが、どういう気持ちの変化だったのか。あと、背景も全部自分で描くようになって、どうだったかを教えてもらっていいですか。
安野:スタッフには心から感謝します。これまで気軽に「シャンデリア3つお願いします」とか言っていたのですが、自分で描くとなると「ん~……柱で隠そう!」と(笑)。大変だったから。でも、「描いてみたら描けるな」という感じでした。
佐渡島:『鼻下長』の場合は、背景にあるバラとか家具の形まで、安野さんがこだわって描いていますね。
安野:そうなのですが、私はすごい忘れん坊で、1回設定した家具とか部屋の配置を、全部忘れてしまったのです。前はアシスタントさんが見取り図とかを作って、「こっち側から見るとこれがある」とかやってくれていたのですが。
今は自分でやっているから、「この建物は一体どういうふうになっているのか」がわからなくなってしまう(笑)。「今回は知らない階段が出ているぞ」、みたいな。
それはそれで、異次元の話だと思って楽しんでいただければいいと思います。
佐渡島:『鼻下長紳士回顧録』という作品を、そもそも初めようと思ったきっかけは何ですか? どうして変態にしようと思ったのですか?
安野:なんだったかな……。
佐渡島:ほかに候補はありましたか?
安野:その前にシェヘラザードの『千夜一夜物語』を描こうとしていたんです。「よくわからない話をひたすら書き続ける」みたいな。でも、あれはすごく有名な物語なのに、コミカライズしている人がだれもいないのは、めんどくさいからです。とても大変なので、「もう少し体力がついてからやろう」と思ったのです。
ただ、「自分がすごく久しぶりにストーリー漫画を描くのだったら、描いていて楽しくないとできないだろうな」と思いました。いつもは「読む方に楽しんでもらえるものを」と思って描いているのですが、これに関してだけは「自分が描けるものを」ということで。描いていたら、こういう感じになりました。
佐渡島:『千夜一夜物語』も、『鼻下長』の舞台をパリにしたのも、出てくるものが全部美しい。「その世界の中に、自分の好きなものしか存在しないコマでやっていきたい」ということがありましたか?
安野:そうですね。建物とか、室内の調度品とか、みんなのファッションとか、「どれを描いていても楽しいな、と思わないとできないだろうな」と思っていました。
佐渡島:『さくらん』も、そういう思いでやりましたか?
安野:でも、あれは超大変でした。
佐渡島:あのときはアシスタントの方もいっぱいいましたけど、『さくらん』と『シュガシュガルーン』ではどっちが大変でしたか?
安野:(最前列に聞きに来ていた当時のアシスタントさん2人に向かって)どっちだった?
元アシスタント:『さくらん』です(笑)。
佐渡島:ちょっと話がずれるのですが、今日配信しているメルマガのアンケートで、安野さんが全作品の中で一番好きなのは『ツンドラブルーアイス』だと答えているのですけど。『さくらん』も『鼻下長』も好きな画面で構成していると思うのですが、『ツンドラ』はどういう意味で好きなのですか?
安野:まず、本の装丁がすごくかわいくて好きです。それに、まとまりもいいし。「自分が描いたものと思えない」というか、「どうやって描いたのかな」と思います。
佐渡島:あれはどういうペースで、いつぐらいに描いたのですか? いくつも並行してやっているときですか?
安野:あまり覚えていないですね。
佐渡島:自分のイメージするところと違う筋肉を使って描いた、とか。
安野:そうですね。ただ、『オチビサン』のベースになっている部分もあるし、今日最初に皆さんに見ていただいた絵本の感じとか。自分は、最初は描けると思っていなかったのですが。あれを描いたことで、その道が、細くだけどちょっと見えた感じがした、ということはあります。
佐渡島:安野さんのやさしい部分が濃縮されて描かれていて。『鼻下長』なんかは現実を厳しく見るというか、作品ごとに安野さんのいいところの違う部分が出ていて。『ツンドラ』と『オチビサン』はやさしくおだやかなところが出ていて、そこが魅力かなと思います。
安野:ありがとうございます。
佐渡島:次の質問です。「なぜ変態を作品のテーマにしたのですか?」。
安野:これを描くに当たって、いろいろな友だちに、「自分の知っている人の中で一番『この人、変態だな』と思う人って、どんな変態か」を聞いたのですが、意外と普通なのです。
TwitterとかSNS上ではけっこう「エロいの大好きです」みたいなことを言っているけど、実際のプレイとしては、わりとみんな普通なのが多くて・・・。
架空の世界ではそうなのだけど。同人誌などでも、きれいな女の子とか男の子同志とかはいっぱいあるし、おっさんが出てきても美しいおっさん(笑)。
もしくは本物のホモの方々向けのガチムチ系とか……。枯れてる普通のおっさんの変態漫画を描いてみたいなと思ったんです。なんかおもしろいかなと思った。
佐渡島:それで変態に関して、初め延々と話をしていて。初めはけっこうギャグ系統というか……。
安野:そう。毎回いろいろなプレイをするおじさんが出てきて、「今日も変態だった、あいつ」みたいな(笑)。
佐渡島:安野さんが、26とか32ページ、完全に全部ペン入れをした原稿が存在して、もう載せればいいじゃんというタイミングで「なんか違う」と言って引き下げたことがあります。そのときは、その変態がほぼ見開きでイク、みたいな感じだったのですが。
安野:それはあまりにもギャグっぽくて、単なる変なおじさんの性癖の話みたいになってたから……(笑)。
佐渡島:ふだんのネームをやっているときもそうだと思うのですが、「これで行くぞ」とか、「いや、これではだめだ。直すぞ」とか、そのセンサーみたいなものは、直感的だから答えられないかもしれないけど。なにが安野さんにとって「これで行くぞ」という、いい漫画だったりするのですか?
安野:それは、本当によくわからない。描いているときに、「これはいい」「これはだめ」というのがはっきりしていて。それに反しているところを描きたくないし、描けるほうを選択している感じです。
佐渡島:ペン入れを速くできるときと、自分の中で手応えの差とか、どういうのが「いい感じの漫画」とかありますか?
安野:それはまちまちで。ネームがさぁーっとできて、自分で「すごい」と思っても、3日後に読んだら「なんだこりゃ」、というのはしょっちゅうだし。何を描いているのか自分でもわからないくらい混乱したようなネームが、ちょっとずつ直していったら、すごくいい感じになったりするので、それは本当にわからないですね。
佐渡島:『鼻下長』も、ネームの出来かた、時間とか、全部違いますよね。ネームにしっくり来ているほうが速かったりとか、そういうのがありますか?
安野:それはあるかもしれないですね。ストーリーが納得いっているときは速くなるけど。だからといって、いい絵が入るかはまた別なんですよね。
佐渡島:いい絵は、自分の体調に関係します?
安野:そうかもしれない。あとね、ストーリーがイマイチだなと思っていると、「せめて絵だけは」と思って、すごく絵のクオリティーが上がるときもあります。
佐渡島:安野さんの話でおもしろいと思ったのは、「エロい絵はこっちが元気じゃないと描けない」と。
安野:そうそう(笑)。それはある。
佐渡島:絵のエロティックさというのは、安野さんの体調に左右されるものなんだ。
安野:だって、漫画というのはリビドーで描くものだから。自分に元気がなかったら、そもそも絵を描けない。だから、入院している絵描きの友だちとかが「絵は描けている」というと安心します。「絵が描けるなら大丈夫だな」と思う。本当によくないときは、絵を描けないから。
佐渡島:今回は単行本だけではなく、ポストカードとグリーティングカードも別に。特装版も、5枚あるポストカードのうちの3枚組がついていて。今日は蔦屋さんが支援してくださって売っていますけど。
これはデザイナーの方から提案してもらって。デザイナーの方は「作品の中から絵を抜いて作ったらどうですか?」という感じだったのですけど、安野さんが「これは絶対、描き下ろす」と言って。
安野:だって、これは描き下ろしたい。最初、中のコミックにある絵、もともと描いた漫画と原稿を当てはめて作ってくださって。それはすごくカッコよくて「いいな」と思ったのですが、でも、もともとのあり絵だから。バシッと埋まっていると、なんか合成している感じになっていたので。「ぜひ(新たに)描かせていただきたい」と思いました。
佐渡島:漫画の中のコマの絵と、ポストカードとかグリーティングカードにするのと、ちょっと絵の描き方が違ったのかなと思うのですが。どういうところを意識して描くのですか?
安野:漫画の絵というのは、ストーリーの流れの絵なので。表情にも全部意味があるし。何か話をしたくて黙っているのか、ただ放心して黙っているのか。でも、これ(描き下ろしの絵)だと「普通にきれい」という感じで、写真を撮っているみたいなプロセスポージングをしているだけです。あと、表情の中にある現実が違うということですね。
佐渡島:こっちは、だから、みんなエロい感じがありますね。
安野:だいぶ元気になったね(笑)。だけれど、コミックスにするときに描き直したのです。「パリに上京してきてレオンと同じように寝るシーン」とかは、私は連載中は元気がなさすぎて、昔の少女漫画でよくあった「ベッドシーンをシーツを被せて終わらせる」という必殺の手を使っちゃったのですが、コミックスのときはちゃんと描き直しました。
佐渡島:次の質問に行きます。「各キャラクターはどういうふうにして生まれるのか。名前の由来があるのであれば、教えてください」。コレット以外のキャラクターが、どういうふうにして生まれているのか。
安野:私はミニョが一番気に入っているのですが、体がでかいから。コマがすぐ埋まって(笑)。彼女は本当に素晴らしいなと思います。この時代の写真集を見ると、本当にみんなふくよかです。
日本もそうですが、足もすごく太いし、「大丈夫か」というくらい太っているのですが、なんか魅力的ですね。コレットも最初、それにしようかと思ったのですが、そうすると全体的にぼってりとした漫画になるのでやめました。
コレットはその時代で考えるとガリガリです。アイビーと、ほぼガリガリすぎるくらいですが、本当はミニョくらいが普通なんです。
佐渡島:それくらいが、当時としては魅力的ということですね。
安野:あと、娼館というところは、女性が脱走するのを防ぐために、ご馳走を毎日食べさせるのです。だから彼女たちは、ブロイラーの鳥のように毎日ご馳走を与えられて、お酒も飲んでいました。普通の女の人たちは、そんなご馳走を食べられませんからね。
とにかく、ちゃんとしたコックさんを置いて、おいしい料理を作ることが、一番重要です。女性をつなぎ留めておくために。
それで不満が出ないようにしていたので、みんな動かないでずうっとお部屋にいて、夜、男の人たちが来たらお酒を飲んでギャーギャーさわいで、夜のお仕事をして、翌朝は起き抜けにいきなりご馳走を食べると。そういう生活なので、太るのですね。
佐渡島:次の質問です。「お気に入りのセリフ」。
安野:えっー! あ、やはり、ハゲオヤジが振り返って、「そのうち気持ちよくなる!」(笑)。そんなもんでしょ。割と。
佐渡島:印象的な伝わり方でした。
佐渡島:次、行きましょうか。「『鼻下長紳士回顧録』の物語について、どのようなことを描いていきたいですか?」。
安野:なんだろう……。
佐渡島:まじめな答えでなくていいですけど。
安野:じゃあ、「変態紳士への愛」かな。ファッションとして、とかでなく。「自分と違う人」への理解と言いますか……。
佐渡島:「もう少し変態に興味をもって、変態の考え方を知ろうとする」とか。「コレット自体が、安野さんが休んでいたときの感情と、どういうふうに重なるところがあったりするか」、とか。
安野:なんでしょう、その複雑な質問は?(笑)
佐渡島:コレット自体で、例えば安野さんが「自分とここは一緒だけど、ここは違う」とか。
安野:そんなに意識してないですね。よく、作家の人は主人公と同一化されてしまうときがあるのですが。私は、自分が感情移入できるキャラクターとそうでないキャラクターがあって。コレットは、『バッファロー(5人娘)』のキャンディと同じタイプで、「自分のようで、ぜんぜん自分と違う人」というジャンルの人ですね。性格が全く似てないんで。
佐渡島:なるほど。それでは、全作品の中で、安野さんが「自分と似ているな」というのはだれですか?
安野:あまりいないですね。ミニョ?(笑) 食い意地がはっているところは似ていますが。変態紳士の話に戻りたいのですが。取材中に、昔は娼館だった場所に行ったところ、いまは日本の兜町みたいな金融街になっていて、建物には会計士さんの事務所とかが入っているのです。
昔はそういう場所だったと知って見に行ったのですが、そういう形跡がぜんぜんない。ちょっとがっかりしていたら、やはりその界隈は少しだけそういう雰囲気が残っていて。エロ写真屋さんみたいなギャラリーがありました。そこにはゲイ向けの、ギリシャ神話みたいな格好をした美少年の写真が飾ってあって。
「こんな写真屋さんがあるんだ」と思っていたら、すごくおしゃれな80代くらいのお爺さまが、朝の10時くらいなのに、その写真を舐めるように見ているのです。たぶん毎朝の散歩コースなのです。それが、ほんと「素敵だな」と思いました。明るい朝日のもとにさらけ出す性癖!(笑)
私はいいなと思います。それを描きたいなと思います。
佐渡島:『鼻下長』は下巻で終わるつもりですか?
安野:いちおう、プロット上は下巻で終わりです。
佐渡島:そろそろ時間もきているので。今後の活動でもいいし、これからの1、2年、どのようにやっていきたいのか。あと、もう少し長い目で見たとき、どんなふうになっていきたいかを聞かせてもらえますか?
安野:『鼻下長』がこんなに長く、描けるかどうかすらわからなくて始めて。「ストーリー漫画はもう描けないかな」と思っていたから、本当にそんなに長くやるとか、1巻分の展望とかも何もなくて始めたので、今回、「本が出せてよかったな」という気持ちしかないのですけど。
描き途中の漫画が死ぬほどあるのです。それをこのままにはできないので。とりあえず『鼻下長』で走り出すことはできたので、これで下巻までちゃんと走り抜けたら、途中になっているのを全部、続きを描いていきたいと思っています。
佐渡島:楽しみです。
安野:何年もかかると思いますけど。
佐渡島:2016年は『鼻下長』の下巻をしっかり出すということが目標ですか? 今、だいたい2か月とか3か月に1回『FEEL YOUNG』に載っているところを、毎月1回とかに持っていければ……ということですね。あせらずに。
安野:そうですね。
佐渡島:そこは皆さん、気長に楽しんで読んでいただければと思っています。最後に言い残したことはありますか?
安野:何、そのしぶとさは(笑)。
佐渡島:今日は皆さんに「本を持ってきてください」と言ってありますけど。このあと安野さんにサインをしてもらおうと思いますので、そのときにちょっとずつ話ができればと思います。
それでは安野さん、ありがとうございました。
安野:ありがとうございました!
(会場拍手)
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