2024.10.01
自社の社内情報を未来の“ゴミ”にしないための備え 「情報量が多すぎる」時代がもたらす課題とは?
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司会者:お待たせいたしました。お時間になりましたので、死生懇話会トークライブを始めさせていただきます。私は滋賀県企画調整課の山田と申します。本日はどうぞよろしくお願いいたします。
誰もが避けられない「死」と向き合い、そこからより豊かに生きるヒントを得よう。またこういった根源的なテーマについて多くの方が考え、語る機会を作ろうと、令和2年度より死生懇話会を立ち上げました。さまざまなお立場の方にご参画いただきながら、これまで4回に渡り公開で議論してまいりました。
今回の企画は、死生懇話会の関連企画として行うもので、死生懇話会と同様に「死」「生」という根源的なテーマについて、議論を深めていきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。
本日の出演者のみなさまをご紹介します。ゲストスピーカーとして文筆家の土門蘭さんにお越しいただいております。このあと土門さんより、「『死にたい私』と向き合う」をご講演いただき、その後の意見交換にもご参加いただきます。
次に、死生懇話会のファシテーターを務めていただいております、滋賀県立大学地域共生センター講師の上田洋平さんです。最後に滋賀県知事三日月大造でございます。開会にあたって、滋賀県知事三日月大造よりご挨拶申し上げます。
三日月大造氏(以下、三日月):ご参加いただきまして、ありがとうございます。また土門さんにおかれましては、大変お忙しいところお越しいただきありがとうございます。今日ここに来る前に、草津にお住まいの山本栄策さんという103歳の方のお家に行ってきたんです。
戦争を体験され生き延びられ、そして子どもたちに戦争体験をお話しいただいている方なんです。その方がお書きになった『百二歳の旅人(前編)青春の志と躍動』というものをいただいて、「一言書いてください」とお願いをしたら、こう書いていただきました。
「人は人に生かされ、人は人を生かす」と、大変重い言葉だなと思って持ってきたんですが、土門さんのお言葉を借りれば、私たちは「死ぬまで生きる」ことになります。
三日月:この死生懇話会は死を直視して、生きることを大事にしたいなという思いで始めさせていただきました。(始めたのは)ちょうどコロナが蔓延し始めた頃でしたので、「知事、そんなことをやっていいんか」と言われましたが、だからこそ大切に続けてこられたのかなという思いもあります。
「死ぬまで生きる」ということなんですが、生きるうえではさまざまな生きづらさを抱えることになるんだと思います。
時として「死にたい」と思うこともあるでしょう。「死にたい」と思ってもいいんだ、「死にたい」を抱えて生きていくんだということも、土門さんのお書きになったものから私たちは学ばせていただきました。
最大の生きづらさは戦争なのかもしれません。今、ウクライナやパレスチナで、生きたいのに途中で生きられなくなる事象もあります。災害などもそうなのかもしれませんし、感染症下、コロナ禍もそういうことだったのかもしれません。
また長く生きるということは、さまざまな困難がもたらされるものなのかもしれません。老い、病いと生きることも、さまざまな事ごとを私たちに突きつけてくれております。
今日は限られた時間ですが、「『死にたい私』と向き合う」「死ぬまで生きる」ということについて、一緒に考えていけたらいいなと思いますので、どうぞひと時、気楽な気持ちで一緒に過ごしていきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。
(会場拍手)
司会者:ありがとうございました。本日の様子は、Web、SNS等にて紹介させていただくことがあります。みなさまのSNSで公開いただくことも大歓迎ですので、ぜひよろしくお願いします。
本日は会場・オンラインで、たくさんの方にご聴講いただいております。せっかくの機会ですので、ご聴講のみなさまからもご意見やご質問、ご感想などをいただければと思います。
土門さんのご講演についてはもちろんのこと、ふだんの生活の中で「生」や「死」、あるいは幸せや生きづらさなどについてお感じのことや、出演者の質問などでもけっこうです。
司会者:それではご講演に移りたいと思います。「『死にたい私』と向き合う」をテーマに、ゲストスピーカーの土門さんより、約40分間のご講演を賜りたいと存じます。どうぞよろしくお願いいたします。
土門蘭氏(以下、土門):よろしくお願いいたします。ただいまご紹介に預かりました土門と申します。本日はたくさんの方にお集まりいただき、現地でもオンラインでもお時間をいただきまして、本当にありがとうございます。
滋賀県庁のみなさんも、こんな私を呼んでくださって本当にありがとうございます。40分間、まずは私からお話をさせていただけたらと思います。
まずは自己紹介をさせてください。土門蘭と申します。1985年広島生まれで、京都に住んでおり、文筆業を営んでおります。私の仕事は文章を書くことなんですが、その内容は大きく分けると2つあります。
1つは小説、短歌、エッセイなどの作品を作ること。つまり自分の中から言葉を引き出して、それを文章として書くこと。
もう1つはインタビュー記事を書いたり、キャッチコピーを作ること。他者の言葉をいただいて、それを私がまとめて文章にするという、自分の言葉と他者の言葉の両方を行ったり来たりしながら、文章を書く仕事をし続けています。
これまでに5冊の本を出してきました。歌集、インタビュー集、小説、エッセイなど、さまざまな本を書いてきたんですが、今日はその中でも一番新しい本である『死ぬまで生きる日記』という本を元にお話をしていけたらと思います。『死ぬまで生きる日記』とはどういう本なのか、まずは帯の文章を読ませていただきますね。
「日常生活はほとんど支障なく送れる。『楽しい』や『うれしい』『おもしろい』といった感情もちゃんと味わえる。それなのにほぼ毎日『死にたい』と思うのはなぜだろう。カウンセラーや周囲との対話を通して、ままならない自己を掘り進めた約2年間の記録」という内容です。
土門:私自身、ずっと「死にたいな」という気持ちがありまして、それをどうにかしたかったんですね。どうにかこの「死にたい」という気持ちを消したいなと思って、ある日カウンセリングを受けようと思いました。
実際にカウンセリングを受け始めたら、非常にいろんな気づきや変化があって、「これは非常におもしろいな。文章にして残しておこう」と思って、このエッセイを書き始めました。
カウンセラーさんや周囲の人たちとの対話を繰り広げていた2年間だったんですが、まずは「なぜ自分は死にたいと思っちゃうんだろう」ということから始まりました。
「『生きる』『死ぬ』ってどういうことなんやろう」「人を信じる、自分を愛するってどういうことなんだろう」と模索し続け、言語化し続けてきた、一種のドキュメンタリーみたいに読んでいただけたらうれしいなという本です。
今回はこの本を軸にお話をしていけたらなと思ってます。テーマが「『死にたい私』と向き合う」なんですが、思い返せば私は小学4年生、5年生ぐらいの頃から「死にたい」という気持ちがありました。それがずっと続いてたんですが、私が一番困っていたのは明確な理由がなかったことなんですね。
例えばつらい経験をしたとか、誰かに裏切られたとか、重い病気にかかってしまったとか、そういう理由があればまだ自分でも納得ができる。「つらいんだな」「そういう理由があるから死にたいと思うんだな」とわかるんですが、私の場合は、なんで自分が死にたいと思うのかがよくわからなかったんですね。
土門:本の紹介でもあったとおり、日常生活は支障なく送れるし、友だちもいるし、家族もいる。この世界には良いものがたくさんあって、愛すべき人も物もたくさんあることはわかってるんですが、なぜかずっと「死にたいな」という気持ちが、毎日のように起こっては消えていくのを繰り返していました。
それは自分にとっては発作みたいなものだと捉えていて、急にわっと浮かんでくるんですね。「死にたい。ちょっともう無理かもな」と思うことが毎日のようにあって、その度に不安になったり、つらくなったりしていたんですが、それもいつどこで起きるかがわからない。
そして、理由がわからないので解決ができない。なので、自分自身にとっては非常に苦しかった。今日はそんな私が、どんなふうに「死にたい私」と向き合ってきたかをお話ししたいなと思ってます。
どういうふうにお話しするのがいいのかなって考えたんですが、スライドを使って、自分にとって「死にたい」とか「生きる」をしゃべるのは、作りながらちょっと違うかなと思って。私自身はインタビューをお仕事にしているので、自分が自分にインタビューするやり方はどうかな? と思いました。
今日みなさんにお集まりいただいたんですが、もしかしたら私みたいに「死にたい」と思ったことがあったり、そこまでいかなくても「なんで生きてるんだろう」「何のために生きてるんだろう」と、思ったことがあったり。
あるいは、もしかしたらそういった方が周りにいらっしゃる方が多いのかなと想像しました。言うたら、私と少し似ている方は何を聞きたいだろう? と考えながら、インタビュー形式でお話ができたらなと思ってます。お付き合いいただけたら幸いです。
土門:まず1つ目の質問なんですが、「なんでカウンセリングを受けようと思ったのですか?」。カウンセリングを受けたのは34歳の時です。私は今、38歳なんですが、先ほど話したとおり、10歳の頃から死にたいという気持ちが浮かび上がってきた。発作的なもので、理由がよくわからない。
ただ、我慢してたら通り過ぎるのはわかってたんですね。なので1人で我慢してたわけです。「今、来てるな」と思っても、それを行動に移すのではなくて、ただただそれが通り過ぎるのを待っていました。
ただ、どうして自分が死にたいって思っちゃうんだろうな? というのがわからなかったし、すごく嫌だったんですね。相談できる人もいなかったんです。「何でも話していいよ」と言ってくれる友だちはもちろんいたんだけれども、それを言っても困らせるだけだなとか、迷惑をかけるし、心配をかける。
あるいは「なんでそんなことを言うの?」って思われちゃうんじゃないか。「こんなにそばにいるのに、どうして死にたいなんて言っちゃうの?」と、傷つけちゃうんじゃないかっていう恐れがあったんですね。それで誰にも相談できないまま、なんとかその気持ちを押さえつけながら過ごしていました。
土門:ただ、やはり「つらいな」という気持ちはあったので、1回心療内科にかかったことがあるんです。今言ったように「10歳の頃から毎日『死にたいな』と思ったり、不安になったり、涙が出そうになったりするんです」という話をしたら、「うつ病ですね」と言われました。
「脳の病気です。脳には『考える』『思い出す』『決める』という3つの働きがあるんだけど、あなたはそれを自分にさせすぎていて、脳が疲れてるんです。それで自分を責めるような、『死にたい』と思うような感情が起きちゃうんじゃないんですか」と言われて、薬を処方されました。
「3つの働きを休ませる薬で脳を1回お休みさせれば、『死にたい』という気持ちはなくなりますよ」というお話をされました。私はその薬を持って帰ったんですが、どうしてもそれが飲めなかったんです。基本的に処方されたお薬は飲むべきものなので、これは真似したらダメなんですが、私自身はどうしてもそれが飲めなかった。
なぜかというと、10歳の頃から「死にたいな」と思って、誰にも言えなかったけれども、それをずっと文章にして日記に書き続けていたんですね。私にとっては「書く」ことが、自分の本当のことを吐き出せる場所だったんです。
ずっと文章を書き続けて、幸いなことに今は文章を書く仕事に就けているんですが、書くことがよすがになっている私のような人間にとって、「思い出す」「考える」「決める」の3つは、全部書くことに必要だった。だからどうしても飲めなかったんです。
土門:家族にも相談したし、お医者さんのお友だちがいるので、その方にもセカンドオピニオン的に相談をして「納得いかない薬だったら飲まなくてもいいんじゃないか」ということで、1回飲まないという選択を取りました。
ただ、飲まないのであれば違うアプローチをしないと、私は変わることができないなと思ってました。だったら逆に、「死にたい」という自分の気持ちを、とことんまで言語化するのはどうだろうと考えたんですね。
文章を書く仕事をしていて、ずっと自分1人で文章を書いてきた。「自分がどうして死にたいのか」も書いてきたけれども、やはり1人では限界があった。じゃあ、今度はそのプロに頼んでみようと思いました。
心の領域、言葉の領域のプロであるカウンセラーさんにお願いをして、私がずっと持っていた問いみたいなものを一緒に解きほぐしていってくれる人を見つけて、自分の「死にたい」をとことんまで言語化してみようと思ったんですね。それで、カウンセリングを始めました。
当時の自分の言葉なんですが、本の中ではこのように書いてます。「私は考え続け、思い出し続け、決め続けていたかったのだと思う。自分が『死にたい』と思うことについて」。これは、裏返せば「自分の生きる意味を考え続け、思い出し続け、決め続けたかった」ということなんだろうなと思います。
土門:「どうして死にたいって思うんだろう?」というのは、「どうして私は生きてるんだろう?」という質問にもなります。なのでこれはある意味で、生きる意味を探し続けた2年間の記録だったなと、今思い出して思っております。
(質問で)「カウンセリングはどのように行われましたか?」。私はオンラインのカウンセリングサービスを使いました。あるカウンセラーさんとマッチングして、その人と2年間続けたんですが、まずは1週間に1回から始めましょうと。その後は2週間に1回というふうに、定期的にカウンセリングをしていきました。
45分間、Zoomでオンラインでカウンセリングをしていたんです。今でもすごく覚えているんですが、1回目のカウンセリングの時に、相手のことがぜんぜん信用できなかったんですね。
「今から私は、自分が思っている本当のことを全部さらけ出すんだ」と覚悟を決めて、気合いを入れて言っているんですが、相手のことがぜんぜん信用できない。自分が「話したくない」となっちゃっている。
だからオンライン画面でも自分の顔を映さないし、名前もフルネームじゃなくて「R」というイニシャルだけを出していて。そうじゃないとカウンセリングもできないぐらい、自分がすごく不信感を持っていることに最初に気がつきました。
土門:ただ、それでもお金を払っているので、何かをちゃんと言わないといけないと思って。「私、実は死にたいと思っていて。そのことを一緒に考えていってほしいんですが」と言った瞬間に、首がギュって絞まる感覚があったんですよ。
「これはすごくおもしろいな」と思いながらしゃべっていたんですが、自分が本当のことを言おうとすると首が絞まっちゃう。涙が出てくる。「いったい誰が首を絞めているんだろう?」と思ったら、自分自身が自分の首を絞めているんですね。「本当のことを言っちゃダメ」って。
それはなぜかと言うと、自分が「死にたい」と思ってしまうことを恥じていたし、「こんなことを言うと嫌われる」「みっともない」と思っていた。なので、最初は相手のこともぜんぜん信じてなかったし、もっと言えば自分自身のことも信じてなかったんです。
「すごく不信感の固まりだな」ということを、1回目のカウンセリングで体をもって体験できたことは、私の中で非常に大きな気づきでした。それでもカウンセラーさんからいろんな質問を受けながら、少しずつ少しずつ答えていきました。
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