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東京大学 先端科学技術研究センター 特任研究員”宮﨑 敦子”先生新刊『聴くだけで作業効率が自然に上がる!「すごい音楽脳」』発売記念【無料オンラインイベント】(全3記事)

認知症でも「ドラム演奏」は十分できる 脳科学者のDJが検証した、認知症のリハビリにもなる音楽の力

本イベントは、世界的に数少ない「脳のリズム」についての研究をしている異色の脳科学者でありDJでもある宮﨑敦子氏の『聴くだけで作業効率が自然に上がる!「すごい音楽脳」』の出版を記念して開催されました。本記事では、宮崎氏が実施した音楽プログラムから、認知症における音楽の効果を解説します。

前回の記事はこちら

音楽と作業効率の関係性を検証

宮﨑敦子氏:そして、さっきの脳の磁図、脳の磁場を計測する方法であるMEGの話になります。頭の磁場を計測するんですが、(スライドの図の)真ん中のMEGと書いてあるところですね。こちらは脳の活動を計測することで、MEGのデータを取ることができます。

しかし、MEGのデータを取っただけでは知りたいことがわからない。MEGのいいところは脳のどこの場所で活動が起きてるかわかるところです。したがって、MRIでその被験者の脳の形を撮ります。その脳の形にMEGのデータを貼り付けます。それで、その人の脳で、MEGの活動しているヘッドモデルが作成されます。

そしてEEG(脳波のデータ)。これは脳波としてよく知られているものです。今回ノイズを取るのにEEGを使いました。目が動いたり筋肉が動くと、ちょっとノイズが出るんですね。そのノイズを除去するために脳波の計測器を使っています。

ここ(スライドの図)にノイズ除去と書きましたけど、データからEEG、つまりノイズを取ります。そうすることによって、MEGのデータが正しく取れる。

そのMEGのデータに、この課題のどこで何が起きたか、時間のイベントを切り出して、正答の脳活動を引き出します。それでMEGのデータを出して計算する。脳のどの場所で、惹起と想起のガンマ帯域が発生しているか、画像解析で脳の磁図を取ることのメリットを、きれいに書き出そうとしました。

その結果、MEGのデータを統計解析するとおもしろいことがわかったんですね。300~400ミリセック(300から400ミリ秒)の時のガンマ帯域の活動が、速いテンポと遅いテンポで有意に違った。左のこめかみのところ(下前頭回)では、遅いテンポのほうが脳活動が高く、速いテンポのほうは脳活動をしていませんでした。

音楽を聴くだけで作業効率が上がる理由

つまり、先ほどのガンマ帯域での情報処理の話に戻りますが、脳の活動を起こしているタイミングが300から400ミリセックの時点で、速いテンポと遅いテンポの時にぜんぜん違うことになったわけです。

グラフで見てみるとわかりやすいと思うんですけど、速いテンポは100から200ミリセックのところでピークになっています。下前頭回(左のこめかみ)の図では、この時に赤いところが一番多いですね。300~400ミリセックの時には、もう活動していないんですよ。

ところが、遅いテンポの時は、300~400ミリセックがピークになっている。速いテンポを聞いた時と、遅いテンポを聞いた時で、脳の活動のピークが違うことがわかりました。

このグラフは本にも載せましたけれども、メロディーがある場合、メロディーがない場合、速いテンポの場合、遅いテンポの場合で、4つのグラフにして見てみました。そうすると先ほどのピーク時がどのように違うかがわかりやすいと思います。速いテンポだとピークが速くて、遅いテンポだとピークが遅いことがわかりました。

まだ本にも論文にも書いてない話ですけれども、おもしろいことに、メロディーがあるとあんまり脳活動をあげないで作業しているんですね。(早いテンポの音楽だと)0から1までいかないですよね。遅いテンポの音楽でも脳活動は低く、ピークが2ぐらいです。メロディーなしだと、ピークの値が大きいため、ちょっと負荷が高いかもしれないですね。

なので仮説ですけど、音楽があると長い間同じタスクができるとか、長い間いろんなことができることがありますが、このように脳の活動を下げながら作業できるメリットがあるかもしれません。そんな感じで、この図から音楽のメリット、テンポの速さのメリットがわかるかと思います。

ということで、私が考えました仮説です。IFG(下前頭回)という左のこめかみの部分は、短期記憶課題に非常に重要な場所です。

速いテンポの音楽の時は、このIFGで脳の大きな活動を要求されます。これを組み合わせることによって、聞くだけで作業効率が上がるのではないかということを証明してみました。これは、この本の2章にまとめてありますので、ぜひ、ご覧ください。

認知症患者を対象とした音楽プログラムでの課題

次に私のお気に入りの研究である、本の5章で書いたドラムの話をしたいと思います。ドラムの話は講義・講演などでしているので、聞いたことがある方もいらっしゃると思います。「Music with You」、リズムがあるとできることです。

認知症とは、症状のことを認知症と言います。実際にはアルツハイマー型認知症とか、レビー小体型認知症とか、脳血管性認知症とか、前頭側頭型の認知症とか、病気の名前はまた別にあります。

したがって、脳の病気の原因になってる場所も異なるんですね。ただ、症状が非常に類似しているのでまとめて認知症と言っています。じゃあ、認知症とは何でしょう。簡単にお話ししていきます。

私たちは、加齢によって確かに認知機能は落ちてくる面もあります。しかし、正常な加齢による認知機能低下は日常生活に支障はないと言われています。ただし、認知症は、認知機能ががくっと下がります。日常生活や社会生活に支障をきたすレベルの低下で、これが認知症の問題点です。

認知症の症状は、みなさんも中核症状とか周辺症状とか、聞いたことがあると思います。特に中核症状での記憶障害とか物忘れについて非常によく知られていると思います。

ただ私は、記憶障害よりも困ったなぁと思う症状が1つあります。何か新しいプログラムを認知症の人にやってほしいんだけど、それがなかなか伝わらないことです。新しい音楽プログラムをやってほしい時。指を使って数を数えてみるような、簡単でシンプルな課題をやってもらうと、こんな感じになります。

(施設の方に指を曲げながら数を数えてもらう課題をしている動画)

前はできていたと思うんだけど「あれ、難しいな」と言うんですね。その原因は、模倣、つまり私がやっていることが、うまくできないのか。それとも私が言っていることが理解できないのか。それとも運動がうまくできないのか。

理由は何にせよ、前にできたことができなくなっている。中核症状では失行と言います。この失行があると、いろんなプログラムができなくて、私は非常に困るわけですね。

さっきの動画も認知症のテストではないんです。ブルンストロームテストと言って、脳卒中とか麻痺があるかどうかを計測するためにやっていただいているんですけど。手は動いているので明らかに麻痺はないんですが、うまく運動ができないので、この失行に、私は非常に困っています。

重い認知症は、楽器の音や音程がわからなくなる

ちょっと古い論文ですけど、1994年に、(エリザベス・)ヨークという方が、認知症が進んだ重度認知症の患者さんに音楽の能力が残っているかどうかのテストを行い、その結果をまとめた論文があります。

その中で、認知症が重症化していると、何の楽器か、聞いてもわからない。メロディーの記憶も確かではない。あと、ピッチの弁別。正確な音程等も、なかなか難しくなっている。

音楽的言語、例えばスコア(合奏や重奏での、全ての楽器パートがまとめられている楽譜)を読むのも難しい。ただし、その認知症がすごく重度化していても、「この曲、知ってる」とかね(音楽的記憶)。あと重要なのは、このリズム機能です。

リズムに合わせて何かするような、リズム反応運動は、重度認知症の患者さんでも維持している能力があるという論文でした。じゃあ認知症が重くてもドラムが叩けるんじゃない? ビートがあると、あら、不思議。さっき指でのカウントがうまくできなかった人も映っているのでご覧ください。

(認知症の人たちがばちでドラムをたたいている動画)

こういう感じで、5のカウントも軽々と出来ていたのがわかると思います。もうひとつ紹介したいのが、こちらは認知症ではなくパーキンソンの方のドラムの演奏もご覧ください。

(パーキンソン病の人たちが、片手でドラムを叩いている動画)

2ヶ月後です。

(パーキンソン病の患者が、両手を大きく動かしてばちでドラムを叩いている動画)

パーキンソンも、筋肉が硬くなってしまって顔の表情も出にくくなってしまうんですけど、ドラムをやったら非常に笑顔も出てきました。これがドラムの力です。こういった加齢認知症とか、パーキンソンは神経疾患ですけど、ドラムを叩けるんですね。

これはシンプルに、拍手と同じ原理です。みなさんもコンサートホールとかで拍手する時に、自分だけちょっとずらして拍手をするのは難しいですよね。そのように引き込みと言われるもので、ドラムの音に合わせて叩くのは、みなさん上手にできます。

なぜドラム演奏は認知症や筋力低下の影響を受けにくいのか

(スライドに出ているのは)先ほどの、私の研究のインスピレーションとなった、ビートを知覚する脳の領域の図です。ドラムはまさしくビートですよね。そのビートを知覚している時に、運動前野(Premotor cortex)と言って、運動を準備する脳の場所があります。ビートを聞いているだけでここに脳活動が起きていますよね。

つまり、聞くだけで私たちは運動の準備ができるわけです。だから、スティックを持ってドラムを叩くのも、運動の準備がもう簡単にできているから叩ける、と考えます。

また、加齢と筋肉の出力は、すごく影響があります。今回、腕を使ってドラムを叩いていますけれども、腕を上げる運動は、筋肉を使います。若いと考えられないと思うんですけど、私たちの体の腕とか、足とかを持ち上げるには、まあまあ筋力が必要です。非常に重いんですね。

だけど、例えば、腕を上げるための、力こぶになるような(上腕)二頭筋は、加齢によって脆弱になります。しかし、伸ばすほうの筋肉である(上腕)三頭筋はあまり加齢による影響がないという報告があります。

いずれにしろ、こちらの二頭筋、腕を曲げる筋肉は弱くなっていることはわかりますね。なので、さっきのドラムを叩いていただいた方は、この上腕二頭筋がうまく出力できない可能性があります。

腕を下ろすのは三頭筋を使うので簡単にできますけど、腕を上げる運動は難しい。しかしドラムは叩くとバウンドしますから、この運動を手伝ってくれるんですね。つまり、弱くなっている二頭筋をあまり使わずに、腕を繰り返し上げ続けてドラムを叩くことができます。

したがってドラムは、認知機能、認知症、神経疾患による失行で、できなくなっている問題がある人。あるいはサルコペニア(高齢になるに伴い筋力・筋量が減少していく老化現象)とかで筋肉の出力がうまくできない人が、影響されずにできる演奏になります。

ドラムで認知症のリハビリができるか検証

このドラムを叩く演奏している腕の動きを使って、私は認知症の早期・重症化を発見するアセスメント(評価すること)する方法を考えました。また、続けてドラムを演奏することができるので、継続することで認知機能や身体機能を改善できるプログラムになるのではないか。評価とリハビリができる、リハビリテーション・プログラムとして機能するのではないか、と検証をしました。

では、まず重症化を発見する評価に使ってみますよ。ドラムを叩く腕の動きを計測してみました。腕に加速度センサー(ジャイロセンサー)を装着すると、私たちの手の動きを計測することができます。例えばみなさん、Apple Watchをご存知だと思います。

太鼓を叩いているところをセンサーで計測すると、例えばこんな感じで(3D空間上の動くグラフ)、取ったデータを再現しても、その人の腕の振りがわかりますよね。このドラムを叩いた時の腕の振りが、認知機能と関係しているのではないかと考えました。

今、認知機能は、MMSE(Mini-Mental State Examination)指標、国際的に標準化されている認知症スクリーニング検査の1つで評価しています。「今日は何月何日ですか?」「何曜日ですか?」「施設は何ですか?」という質問から、文字や図を書いてもらう課題まであります。

MMSEは、認知症の重症度がわかります。30点満点で、23点でカットオフ値(正常とみなす範囲の境目)となり、認知症と健常の境目になります。今回検証に参加してくださった方は、MMSEの得点が(平均)14.56点です。したがって、明らかに認知症の中に入っていらっしゃる方だと思います。この方たちにドラムを叩いてもらった時のデータと、認知機能のスコアの関係性を見ました。

(スライドのグラフの)縦軸が認知機能のスコアの得点です。上にいけばいくほど得点が高い。つまり、認知症ではないということになります。MMSEのスコアが下がれば、認知症が重症化していることになります。

横軸は、ドラムを叩いてる時の速さです。ドラムを叩いてる時の速さと認知機能は関係ありませんでした。認知症が重症化していても、認知症がなくても、速さは関係ない。つまり、認知症の人でも十分ドラムは叩けています。

認知症の程度は「ドラムを叩く腕の高さ」に表れる

しかし、ドラムを叩く時の(腕の)高さ。正確に言うと、1秒ごとに角度を何度上げているかを計測しています。

縦軸がMMSEのスコアです。横軸がその高さです。グラフの右のほうにいけばいくほど、高く腕を上げています。つまり、認知機能が高い人は、ドラムのスティックを高く上げてドラムを叩いてました。認知症が重症化してる方は、あまりドラムのスティックを高く上げないでドラムを演奏していました。

これは、予測式にもしっかり反映することができます。特に握力とドラムのスティックの高さを入れると、予測式の説明が一番高くなるという結果が出ました。

握力は、確かに認知機能とか認知症とすごく関係しています。しかし、このMMSEが16点台のこの方たちの握力を計測しようとしてもできないんです。「ぎゅっと握って」と言うんですけど、それが通じないんです。

したがって、認知症が重症化していると、みなさん握力が0になってしまう。もちろん握力で予測式の説明ができますけれども、それと合わせて、ドラムを叩いている時の腕の高さが、認知機能の指標になることを1つ証明しました。

あともう1つは、このドラムのプログラムは、認知症が重くてもできます。したがって、リハビリテーションのプログラムになるのではないか。やり続けることで良いことがあるのではないかと考えました。

縦軸が身体機能です。私たちには、身体機能が落ちた時に、たくさんリハビリテーションのプログラムや機能訓練があります。しかし、横軸の認知機能が落ちてきた時や認知症になった時、認知症の人にやってもらうプログラムがなかなかないんです。

しかし、ドラムは認知症であっても叩けた。ただし、ドラムをやってもらうには、座ってやってもらう必要がありました。なので、座って食事を摂ることができれば、このドラムのプログラムに参加できるとしました。30分座ることができればドラムができるんですね。そのように考えると、非常に広範囲の人に楽しんでもらえるのが、このドラムプログラムだと思います。

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