脳だけで「見る」ことができる理由

ステファン・チン氏:正常な視力を持つ人であれば、視覚を伝える唯一の器官は2つの目かもしれません。

その場合、目以外の身体の別の部位で「見る」ことを想像するのは難しいでしょう。しかし、目以外の器官で「見る」ことができる生物は、実はそう珍しくはありません。一例として、ナメクジが挙げられます。

もちろんナメクジにも目がありますが、なんとナメクジは視力を失っても脳の光受容器を用いて「見る」ことができるのです。この仕組みがわかれば、視覚がどのような進化を遂げてきたかを解明できるかもしれません。

厳密に言えば、人間も物を見る際には脳を使うため、ナメクジが脳で「見る」ことができるのはそう目新しい話ではないかもしれません。人間の脳は、目から送られた視覚情報を映像化します。

人間は、脳だけでは「見る」ことはできませんが、なんとナメクジの脳は「見る」ことができます。

ナメクジの脳に光に反応するニューロンがあることは、以前から知られていました。しかし、その機能や役割についてはよくわかっていませんでした。そこで2019年、研究者たちはこれを詳しく調べることにしました。

目を切除したナメクジが、光に反応を示した

ナメクジは、2本の触角の先端にある高性能な目を使って周囲を知覚します。

さらに乾燥を嫌うため、光を避けて夜間や曇った日に活動し、波長の短い青色の光に敏感に反応します。青い光には、周囲が暗い場合であっても見える性質があります。

科学者たちはナメクジの目を切除し、目が無い場合にはどのように光に反応するかを調べました。するとナメクジは、視覚を奪われた場合でも、短い波長の光を避けることがわかりました。

ところでナメクジは、頭に光が照射された場合のみ反応を示し、尾に照射された場合は反応しませんでした。そのおかげで、反応が起こる部位を絞り込むことができたのです。

生物の目にとって重要な、とある「たんぱく質」

最終的にわかったことは、ナメクジは以前から知られているオプシンというたんぱく質を使って光に反応しているということです。

オプシンは、光を吸収することで活性化されます。そして、オプシンを持つのはナメクジだけではありません。クラゲから人間に至るまで、動物界のほとんどの生き物の目で使われ、視覚において大切な働きを果たしています。

しかし、ナメクジの脳にあるオプシンは、光がどこから射して来るかまでは感知することができません。そのため実験に使われたナメクジは、暗い場所を見つけて移動を開始するまで、しばらくもたもたと動きまわっていました。

このような欠点はありますが、ナメクジが暗い場所に移動するのにオプシンがとても役に立つことは間違いありません。

さて、光に反応する脳を持つのはナメクジだけではありません。ホタル、オタマジャクシ、魚の稚魚など、他にも多くの生物が同様の特性を持っています。

実はこのような光への反応は、遠く離れた系列種の脊椎動物の間に広くみられる形質です。そのため、目よりも古くから存在する、共通の進化的特徴であると考えられています。

視覚を奪われたナメクジを研究することで、視覚の進化の謎に光が射すと言うのですから、なんとも不思議な話ですね。