監修業務の効率化

佐藤優子氏(以下、佐藤):そして、どんどん描き始めることになりまして、ここから何も知らないまま過ごしていた杉山先生が現れますね。原稿がある程度できあがったところです。

楢木佑佳氏(以下、楢木):ある程度できあがって、今度はそれを校正しなきゃいけないんですけど、まだ残っている原稿もあるし、とても校正に時間を割けない。もうこれは、杉山先生に最初から見てもらったほうが早いんじゃないかという(笑)。頼るというのもいいんじゃないかなということで。

佐藤:頼るって大きいですね。

楢木:“ひらめき5”ですが、杉山先生に頼ろうと決まりました。

佐藤:2019年1月に本が出てますから、もうあんまり校正の時間ないですよね。

楢木:そうですね。2018年の夏に、ゲラの状態で杉山先生に半分ずつ送りつけるというようなかたちになってしまいました。

佐藤:先生、嫌な顔してる。嫌な顔してましたよ、今何かを思い出して。

杉山滋郎氏(以下、杉山):ゲラが送られてくる2ヶ月ほど前に、社長の中村さんとばったり出会って、「あの本どうなってるんですか?」って聞いてみたんですよ。とんと音沙汰がないので、企画が潰れたのかなと思って。

そうしたら、突然ゲラが送られてきて。みなさんはお盆で休みの頃に。

佐藤:まさに去年の今頃の時期ですね。

杉山:ええ。2018年の2月に出版予定でしたからから、もう過ぎてますよね。「2019年のはじめに絶対に出しますから、ゲラは1ヶ月以内に返送してください」っていう注文がついていました。

佐藤:厳しい!(笑)。

杉山:ですから、あんまり本格的にやって、土台からひっくり返すようなこともできないですよね。要するに、すでにできあがっているものを、ちょこちょこっといじることしかできない。そういうかたちでうまく枠をはめられた上での監修ということになって(笑)。まぁ、それも一種の効率化ですね。

佐藤:ああ。

杉山: むしろ、それでこそこうした形の本ができたのかもしれませんね。

佐藤:なるほど。そこで杉山先生の本気監修があったら、また大きく変わったかもしれないですね。

杉山:悪くなったかもしれません。

佐藤:いやいや(笑)。そんな杉山ダッシュで一気にガガガッと進みましたね。

刊行直前まで、科学史の新情報を盛り込めたのは杉山氏のおかげ

楢木:とはいえ、かなり丁寧に見ていただきまして。原稿が真っ赤になって返ってきたという感じだったんですけれども。やっぱり杉山先生という科学史の専門家にお話を聞けたというのは大きかったです。

私たちは科学史に関しては素人で、付け焼き刃的に集めた情報だけでは成し得ない、科学史としての矜持が保てました。

佐藤:この赤字は何でしょうか? あの赤く囲っているところ。

楢木:これは杉山先生にお願いして本当に良かったなと思うエピソードの1つとしてご紹介するんですけれども。

「ハッブルの法則」という、宇宙が膨張していることを表す法則がありまして、ハッブルというのは人の名前です。一方で、ハッブルだけではなく、ジョルジュ=アンリ・ルメートルという人も同様の内容に気づいて論文を出していたということが最近クローズアップされていまして、「ハッブルの法則ではなくて、ハッブル・ルメートルの法則にしよう」という動きが世界的な天文の学会で起こっていました。

杉山先生がいち早くこのニュースを教えてくださって、出版の直前の時期だったんですけれども、その最新の情報を盛り込んだ上で本を出すことができました。たまたまハッブルを人物として取り上げていたものですから、盛り込めたというのは、本当に杉山先生のお力のおかげだなと思ってます。

佐藤:杉山先生も最後まで、事実に即した情報で補完できたと。

杉山:例えばガリレオ・ガリレイのようにとても有名な人だと、よく調べられており定着した事実があります。けれども、それほど調べが進んでいない人についてはどんどん新しい知見が出てきていますので、それをできるだけ拾おうと努力しました。

佐藤:さぁ、それを反映をさせて、校了して、印刷をして、製本をして。

楢木:ついに今年1月に本を書店さんに並べることができました。

“ひらめき”がビジネス上の課題を解決する

佐藤:ナツメ社さんから16日に出ていますから、26日には重版の電話が来ていたんですか?

楢木:そうですね、メールで連絡をいただきまして。大変売れ行きが好調だということで、すぐ第2版をということでした。

佐藤:出版社は出した本が売れてほしいので、本屋さんに本を仕入れてもらうため、リリースを出すんですよね。書店員も「これはきっとうちなら売れる」とか「見せ方によってはこれはきっと化けるんじゃないか」というものは、かなり多めに仕入れます。

そこは書店員の腕の見せどころでもあるのですが、きっと発売から10日で重版というのは、そこで一気に売り切ったというわけではなく、おそらく初日から1週間ぐらいの動きを見て、日本各地の書店員さんが「これはまだまだ伸びる」って感じたからなんですよね。

それでどんどん注文がかかり、ナツメ社さんも「これはすぐに刷ってもいいんじゃないか」ということで、短期間での重版決定になったと推測します。

では、トークをいったんまとめようと思いますが、こちらは?

楢木:ひらめき図鑑は、ここまでお話ししたようにすぐ簡単に書けたものではなくて、スペースタイムのスタッフの中でも、いろいろなひらめきを積み重ねることでできた本でした。

まず、ひらめきの瞬間にフォーカスを当てたこと、制作過程でシステム化したこと、ひらめきで構成するという大胆な思いつきやイラストの描き方、あと杉山先生に頼ろうというところまで含めて、やっぱり課題に対してどう対処していくかというのを乗り切ったのは、いろんなひらめきがあったからだなと思います。

これが本書の章立てとけっこう合ってるなと思って、ぜひ参考にしていただきたいなと思いました。

佐藤:大変駆け足で進めてしまいましたが、お話ししたような5つの大きなひらめきを経て、70人の科学者たちを紹介する『科学史ひらめき図鑑』が誕生しました。

このあとは、今までのお話を聞いて「このあたりはどうだったんだろう?」「もうちょっと聞きたいな」ということがありましたら、質問カードに記入してお近くのスタッフさんに渡していただければと思います。

ひらめき力を蓄えるために学生時代にしておくべきこと

佐藤:それではトップバッターの質問を。とてもいい質問です。「ひらめき力を蓄えるために、学生時代にしておくといいことはありますか?」。この本では5つのひらめき力を紹介していますが、確かにひらめきって天の啓示みたいに現れるものではないですね。蓄えるために、学生時代に何をしておけばいいでしょうか。

杉山:もう学生時代ははるか昔のことになってしまいましたけど、やっぱり本をたくさん読んでおくことが大事かなと思いますね。ただ、「この本を読んだら絶対ひらめく」といったものではないので、自分の専門分野に限らず、できるだけ幅広くいろんな本を読んでおくのがいいと思います。月並みな回答ですが。

佐藤:ありがとうございます。楢木さんはどうでしょうか?

楢木:そうですね。杉山先生と同じなんですけれども、どこにヒントがあるかわからないので、アンテナを広く張って、いろんな経験をして、すぐ答えを人に聞かないようにすることかなと。

佐藤:答えをすぐに聞かない? ちょっと自分で考える?

楢木:はい。私もすぐ検索しちゃいますけれども……うん、そうかなと思います。

佐藤:少し自分の中で煮詰める時間みたいなものが必要ですよね。ありがとうございます。

続いて、これもいい質問です。「人物の選定について、きっとジャンルとかいろいろあると思いますが、どういう基準で人物を選定していったのでしょうか?」。

楢木:人物の選定は4人ぐらいのスタッフでやっているのですけれども、それぞれ自分の得意分野が違ったので、自分がよく知っている分野から推薦するということと、あとはひらめきがおもしろい人、というかたちにしていました。

ちょっと心残りなのは、女性をあんまり入れられなかったことです。あとは、先ほどもちらっと話したんですけれども、あんまり分野とか年代とかに縛られないで紹介したい人を入れようということですね。

たぶん特徴の1つになっていると思うのが、コンピュータの歴史について、その技術史みたいな要素を盛り込んでいるところが、ほかの科学史の本とはちょっと違うんじゃないかなと思います。スタッフに情報系の専門家がいたというのもあるんですけれども、今当たり前の技術がどんなふうにできているかを紹介しています。

佐藤:アラン・チューリングも選ばれてましたね。

楢木:そうですね、はい。

単純化が誤解を生んでしまう可能性

佐藤:次の質問は、楢木さんに。「イラストを単純化し、ノイズを減らしていくことで内容はよりわかりやすくなったと思いますが、その単純化における苦労みたいのはありましたか?」。

楢木:書くべきポイントが絞れたというところは良かったんですけれども、本が出たあとで杉山先生にご指摘いただいたのが、単純化の怖さでした。

絵で簡単に描いちゃっていますが、実際の距離感だとか時間の感覚とかを、ある意味イメージだけで伝えてしまっているんですね。それが、初めてその内容に触れた人にとってのスタンダードになっちゃうと、誤解を広めることになりかねないんじゃないかなと。どうバランスを取るのか難しいなと今は思っています。

杉山:今の話をちょっと補足しますと、ミリカンという電気の最小単位を実験で測定した人がいるのですが。これがそのロバート・アンドリューズ・ミリカンという人を取り上げたページなんですけど、右上のところに図があります。この図なんですけど、人によっては気になる点があるんじゃないでしょうか。

佐藤:何を描いている絵なんですか?

杉山:シンプル化しているとは言いながらも、水滴に光が当たって反射している様子を描いたりして、けっこう細かいんですね。

これは水滴ですから、どこからやって来たのか書かなきゃいけない。それでスポイトを描いて、そこから水滴を落としている。金属の板に穴を開けて、そこから水滴を落としているんですね。でもこれ、こんなところに穴を開けちゃったら実験はうまくいかないんです。電場のEが乱れてしまうので。

そもそもスポイトで落ちる水滴ってけっこう大きいですよね。そんな大きいのが浮かぶはずないじゃないですか。実際はこれ、霧吹きのようなものでシュッと水を吹きかけるのです。すると、ほとんどの水滴は落っこちていくんだけど、たまたまものすごく小さくて浮かぶやつがあるので、それに注目して実験するんです。ものすごく小さい水滴なので、望遠鏡で覗いて実験するんです。

しかも、この金属板の板と板の間は、実は5ミリしかないんです。けれども、わかりやすくするためにこうやって描いてしまうと、まさかこの板と板の間が5ミリしかないとは思わないでしょう。それやこれやで、ちょっと首をかしげる人がいるかもしれないと思うんです。