日本の学校では、子どもの人間力を育むのも先生の役割

藤原和博氏(以下、藤原):ではそろそろ、人間の本来やるべき仕事ってどういう仕事で、どういう仕事だったらロボット、AIに奪われないか(についてお話します)。

種明かしのヒントを与えておきたいと思うのですが、これを見てもらってヒントにしてもらいたい。「生きる力の逆三角形」と呼んでいる図ですね。

この3つの分類については、文部科学省もこの10年ぐらい、僕はこの20年ぐらい前から言っているのですが、こういう感じで生きる力というものを大切にするようになっています。

ただ、文部科学省はわりと円を3つ重ねたような感じで言ってますが、言葉遣いは違う。だいたい基本的にこんなことを言っています。

まずここで、基礎的な人間力というのをベースに持っていますね。俗にキャラとも言われていますが、基礎的人間力。これは、ここに書いてあるように、体力・忍耐力・精神力・集中力・持久力などはだいたい家庭教育で養うので、どんな環境で育ったのか。あるいは、どんなコミュニティで影響を受けたかというところで、この基礎的人間力は育まれますよね。

もちろん学校でも、日本の場合はとくに、学習指導とは別に生活指導や生徒指導というものがありまして、そちらでいろいろな学級活動をやって、その後も掃除をちゃんとやる、あるいは給食を最後まで食べるというような躾の部分も学校が引き受けて、先生方がそういう人間形成というものをやっているわけですよね。

学級活動や学芸会、運動会などのイベントで、誰がリーダーシップを取るかとか誰が助けるとか、裏方に入って一生懸命やるのは誰かというようなことを演じ分けさせる中で、そこを一生懸命やるのは日本の学校の特徴です。これは海外で育ったり、海外に赴任して、自分の子どもをインターナショナルスクールに入れたりすればわかるのですが。

基本的にはヨーロッパやアメリカの先進国においては、だいたい15時半ぐらいまでに学習指導が終わったら、絶対に親が親のタイミングで迎えにきて、帰したら先生方はそこから先はやりません。

それぞれの地元でスポーツや、文化活動、音楽を習ったりしてくださいという感じ。自分には自分の子どももいるし、自分のコミュニティがありますから、というのが普通です。

日本と欧米の教育はどう違うのか

あるいはフィンランドの教育が良いとかいろいろ言ってますが、僕も行きましたけども、陰山英男さんと一緒に行った時に、例えば小学校のクラスでガムを噛んでる子がいたとしますね。日本からお客が来ている授業中でも、ガムを噛んでる子を注意しません。要するに、それがヨーロッパ・アメリカ流です。生徒指導や生活指導は関係ないと。そういうのは教師の仕事ではないと思っています。

どちらが良いかというのは非常に議論があるのですが、今アジアのいろいろな発展途上の国などでは、日本をけっこう真似ています。やっぱり親父なども掃除(しなさい)とか言うじゃないですか。先生たちの負担はかかるんだけど、食べ物は最後まで食べさせるってすごく立派なことじゃない、というようなことで。

日本流が素晴らしいということで再評価されていることもあって、この基礎的人間力というところがまた最強ですよね。中学・高校となると部活があって、今ちょっとやり過ぎているところがいっぱい見つかっていますが、それでも部活を通じて精神力や体力などを鍛えているところがあるから。

学校は基本的にはそんなに助けられないけど、そういう学級活動やイベントだったり、あるいは部活を通じて、この基礎的人間力を補強することはやっていると思いますね。

学校が主に養成しているのは「情報の処理力」ですね。情報の処理力とはなにかというと、正解がある前提の問題に対して、正解を早く正確に当てる力です。

「1+2は?」といったら「3」とすぐ答えられるか。コロンブスは何年にアメリカ大陸を発見しましたかといわれたら「イヨクニが見えた」と覚えておいて、「意欲に燃えたコロンブス」という覚え方もあるようですが、「1492」がすぐ出るかどうか。こういうことですね。

情報処理力を高めてきた人に必要なのは「情報の編集力」

だから学校内で日々、徹底的に正解を覚えさせようとして記憶力に頼って、要するに詰め込み方の教育をやりますよね。さらに反復練習で計算でも漢字でもそうですけど、何度も何度も練習させて正解が導けるようにする。算数、数学もそうです。

学校の授業を真面目に受けて、それを補強して塾や予備校に通うと情報処理力は高まるんですね。ただ、テストが終わるとぐっと下がるんですね。そういう力になるかと思います。情報の処理能力というのは、正解がある前提の問題に対して、速くその正解を言える力です。

これはもうみなさん気付くと思うのですが、成熟社会というのは、実は日本では1998年から始まっていて、もう20年間成熟社会。失われた20年と言われているのは、その成熟社会が丸ごとそうなのですが、ここからの成熟社会も深まっています。多様で複雑で変化が激しい社会ね。

つまり、その前の時代のように、みんな一緒にぶわっと成長しておこぼれに預かれるような社会ではないということです。そういう成熟社会においては、正解というのはもうほとんどなくなっていくわけですよ。

たぶんみなさんも社会に出ている人は、日々解いている仕事って、正解がはっきりしている仕事ってほとんどなくなっていると思うんですよ。学校の現場でもいじめの処理1つ(とっても)正解なんてないですから。正解はないです。

なので、その状況その状況の中で、やったやつからいじめられた子、その親、それを眺めていた級友を含めて、みんながある程度納得できるファクトですね。納得できる仮説。納得解を出していかないと、とても教師は務まらない。こういう時代になっているわけですね。

その力のことを情報の編集力と言います。もう1回言いますね。正解が1つじゃないとか正解がないようなやつ。要するにそういうもの。そういう課題に対して、いくつも仮説を出さないといけないわけですね。

かつては詰め込み教育で情報処理をしていれば幸せになれた

仮説を出していって、その仮説の中で自分が納得したし、関わる他者も納得できるもの。そのことを納得解というのですが、この納得解を頭を柔らかくしてどれぐらい紡げるか。もちろんそれを実行してみて、試行錯誤の中で、来年、あるいは明日、来週、来月、来年、もっと納得がいくように解を修正していかないとならないわけですね。

こっち(情報処理力)は「答えを1発当てましょう」だけど、こっち(情報編集力)は、「仮説を出していって無限に修正していく」というしつこさがすごく必要なわけですよ。

すべての事業が今求めているのは、この情報編集力の高い人材です。それはGoogleであろうとリクルートであろうと、どこであろうと。というわけで処理力と編集力。何となくわかってくれました? ここまでのところが大切で、処理力とか編集力について、なんとなくわかった。まあ5割ぐらいわかったかなという感覚の人は、ちょっと拍手してくれる?

(会場拍手)

それを75パーセントぐらいまで上げたいのですが、その前に言っちゃえば、まあ上がると思うんです。ここでなくなる仕事というのは、情報処理型の仕事ですよね。こっちの仕事が続々と奪われるわけですよ。

だから、ちょっと前、君たちのお父さんお母さんぐらいの代までは、東大や厚生労働省を目指して、情報処理力を徹底的に鍛えるわけですね。それでだいたい幸せになれたわけです。まあ人並みかそれ以上の幸せが約束されたわけですよ。ところが今はもうそうじゃない。こういうことですよね。

これからの時代の子どもたちは、処理力だけ磨いても、そういう仕事がどんどん片っ端から奪われていく時代に入っていますので、ということはどうすればいいのかというと、解は2つしかないわけですね。

AIやロボットにできること、できないこと

(まず1つは)基礎的人間力を磨くこと。ここについては、わりとAIが苦手かもしれないので。例えば、本当に人間味のあること。ちょっとおもしろいから、みなさんにやってもらおうかな。

(指を動かしながら)目の前でちょっとこういう指の動きをしてみて。ここからいきなりですが、こういう蛙って作れる? 指をこうやって組み合わせて作る蛙ですね。カメラに写らないと思いますが、その展開で小指を立てて耳を出して、親指立ててブルドックというこの変化。小学校の時は、こういう指遊びをしたかなという人は、ちょっと手を挙げてみて。

(会場挙手)

ですよね。日本では非常に指の動きとかにすごくこだわる民族で、こういう影絵もそうですね。インドネシアやタイなどもそういうところがあるんだけど、この指の動きね。今、どれくらいの方が蛙からブルドックの変化ができたか知らないんだけど、この指の今の動きは、最先端のロボット科学者が「まず藤原さん、10年無理だと思う」と。これが1番難しいの。

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