日本の「わびさび」に世界が注目

茂木健一郎氏(以下、茂木):どちらかっていうと今はターゲットが見えにくい時代です。昨日も新潮社の人と話してたら同じこと言うんですよね。本当にクリエイティブの方向性は見えにくい時代だと思いますね。

僕は昨年、英語で本を書きました。初めて最初から最後まで英語で本を書いたんですけど、日本語の「生きがい」っていう概念について書いたんです。イギリスの出版社から出して、それがアメリカでも出版されて、全30ヶ国28連合で出版されることが決まっています。

だから、日本のエージェントが毎週のように来るんですよ。「インドネシア語の表紙はこれでいいか」って言うから「いいですよ」。「ハンガリー語はこれでいいか」「いいですよ」みたいな。

最初は生きがいについて書く予定はなかったんですけど、向こうの出版社としゃべってたときに、今、日本のそういう概念はものすごく注目されてるわけですよ。生きがいとか、今回のTEDでも、もののあわれってなんか言ってました。どっかのラップミュージシャンが「いやあ俺のラップミュージックはさー、もののあわれなんだよね」って。「ええ!」みたいな(笑)。

あと、日本人以上に「わびさび」というのはもう世界のクリエイティブですごいことになっています。「わびさび」についてちゃんと元を振り返って考えると、「わび」は不完全であることですよね。すべてが整ってなくても、不完全でもそれを「わび」と呼んで、美意識としてそれを認める。

「さび」は年月の経過に伴って劣化していくことですよね。俺のこの白髪なんて「さび」ですよね。実は、多くの人が白髪染めで髪の毛を染めてるって事実に2~3年前まで気付かなくってさ(笑)。

重要なのは、方向性を見定める直感と感性

これが「さび」ですよ。「わびさび」は不完全でもいいし、時間が経過して劣化していってもそれを愛でることができます。これが今、世界のクリエイティブでものすごく注目されてます。それから金継ぎが今きてるんですよ。器が壊れちゃっても、それを金継ぎして使い続ける。

聞くところによりますと、中国などでは完全性を求めるんで、例えば南宋の焼物は完全なものを非常に求めている。日本人はそれはそれでいいんだけど、それがなんらかの理由で割れたとしても、金継ぎしたその模様をむしろ景色として楽しむ。

有名な例としては『東海道五十三次』という有名な茶碗があって。それは呼続といって、もともとバラバラの別の茶碗だったものを53個破片を集めて金継ぎして、1つの茶碗に仕立てたものを『東海道五十三次』という銘にして、それはそれで非常に珍重されています。そういうことも今世界のクリエイティブですごく注目されてるわけなんです。

そうなると、我々Tokyo Daysのクリエイターですよね。みなさんクリエイターで、クリエイティブ(をやられている)。俺も一応クリエイティブの端っこにいて、底辺ユーチューバーも含めいろんなクリエイティブやってるわけですけど、今はトレンドを読むのが極めておもしろいというか、難しい時代になってきてるわけですよね。

じゃあ、人工知能時代のクリエイティブはどうすればいいか。一番大事な資質を一言で申し上げれば「こっちの方向だ」っていう直感と感性なんです。これに尽きるんです。これを見極めるのが一番価値があること。

10年くらい前だったかな。「シックスセンシズ」ってリゾートがあるんですけど、ここの創業者(ソヌ・ダサニ氏)が日本に来たときにしゃべったんです。そうしたら「No Shoes ,No News」だと。つまり、「シックスセンシズ」のリゾートは入口からもう靴を脱いでもらって、Newsも届けないと。

ふだん忙しい生活をしてる人が、「No Shoes ,No News」でゆっくりとした時間を過ごしていただくのがラグジュアリーの方向だっていうことを、10年くらい前に言ってました。彼はインドの出身の方で、見事なクイーンズイングリッシュをしゃべる人だったんですけど、その方向性は正しかったわけですよね。

何を求めるか、それを判断するセンスが必要

ラグジュアリー、たぶんブランディングっていうのも、ある意味では今のその流れに乗ってるじゃないですか。焚火をするとかいうことが非常にラグジュアリーだって言う。その方向を見誤らないことがやっぱり、クリエイティブで一番大事なことになると予想されます。

そのあとのディテールの辻褄合わせは意外と人工知能が(やってくれる)。例えばGoogleのディープラーニングのエンジンを使うと、「こういう感じの写真で著作権的にOKなものを生成してくれる?」って言うとやってくれるみたいな。

今のところコピーライト的なものってどうなるかわからないんですけど、ストックフォトの概念がAIで変わっていく可能性はあるので、アマナさんのビジネスにかなり重大な影響が出てきそうですね。何かしら対応していった方がいいような気はします。

意外ともう、アートディレクター的な立場で「何を求めるか」が問われる時代になることが予想されるわけなんですね。ここのセンスを磨くことがものすごく大事なんですよ。変な例なんですけど、みなさん、『サウンド・オブ・ミュージック』はもちろんご存知ですよね。

最近学生としゃべってたら「いや見たことない」って。「何言ってんだよ。ドレミの歌ってその映画でできたんだぞ」って言ったら「ええー!」とか言ってましたけど。

『サウンド・オブ・ミュージック』って、英語のWikipediaで見るとなんて書いてあるかご存知ですか? 『サウンド・オブ・ミュージック』はどういう性質の映画かって、誰かわかる方。プロパガンダ映画って書いてあるんですよ。クリエイティブのセンスって、そういうところにあるわけです。

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どういう方向性で作品を作るかが一番大事

『サウンド・オブ・ミュージック』が、どういう映画だかご存知ですよね。音楽を愛するトラップ大佐一家がいて、ナチスの方々に迫害されるので、自由を求めて国外に脱出するっていう映画でしょう? 

あれは、本質においてプロパガンダ映画なんですよ。そういう目で見たことないじゃないですか。センスの悪い人が作ったら、そういう映像になっちゃう。でも、あれはプロパガンダ映画なんですよ。

そういう意味においては、映画史上に燦然と輝く『カサブランカ』もそうですよ。ハンフリー・ボガートとイングリッド・バーグマンが出てくる。あれも有名な「You must remember this. A kiss is just a kiss, a sigh is just a sigh」っていう、あのアズ・タイム・ゴーズ・バイっていうシーンが有名ですけども。あれは、プロパガンダ映画を戦争中に作ってるんです。

つまり、クリエイティブってそのセンスなんです。映画でもコマーシャルでも、なんでもそれなりの資本を使って作るわけじゃない。そのときに、クリエイティブとしては「どういう方向で何を作るか」が一番大事なところなわけですよ。そこでいいものを作っておかないと、結局みんなが不幸になるわけでしょう。

人工知能がシンギュラリティを迎える

実は最近になって、全映画のジャンルの中で最も高い評価を得るようになってきている映画があるんですよ。それはかつてはSF映画としか捉えられてなくて、しかもSF映画としてもかなり難解な映画として捉えられていた。

その原作を書いたのはイギリス出身のアーサー・C・クラークですけど、当時スリランカに住んでて、スリランカからニューヨークに飛んで、監督のスタンリー・キューブリックとずっと話し合って、映画の小説を書いた。キューブリックはその映画を描きつつ、作り上げたのが『2001年宇宙の旅』。

この映画は今、SF映画の中で特出した作品として評価されてるだけじゃなくて、全ジャンルの中で高い評価を得るようになってきてるんですね。これが実は、流行りの人工知能とシンギュラリティを描いた映画なんです。人工知能がシンギュラリティを迎えるとどうなるか。シンギュラリティというのは、人間の知性を超えてしまう(ことです)。

もっと正確に言うと、シンギュラリティの定義は、人工知能が自分自身を改良するようになり、人間のコントロールを離れるブラックボックスになって、人間の知を超えてしまう状態になったときに起こる人工知能の暴走です。

『エニグマ』という映画で、イギリス政府の秘密プロジェクトで、ナチスドイツの暗号を解読するための天才数学者の集まりがあって。(主人公の)アラン・チューリングは、今のコンピューターの原理を考えた人で、その方を中心とする活躍でエニグマが解かれ、ドイツが次にどこを攻撃するかがわかって、第二次世界大戦の帰結に非常に大きな影響を与えたという有名な話があるんです。

そのアラン・チューリングと一緒にエニグマ解読のプロジェクトをやっていた、I・J・グッドという方が、実はシンギュラリティの概念を最初に出したんですね。自分自身を改良する人工知能を作ることが、人類の最後の発明である。ラストインベンションである。

それ以降、人類はやることがないということを、I・J・グッドは論文で書いたわけです。『2001年宇宙の旅』のHALという人間に反逆するコンピューターのあの造形は、そのI・J・グッドがアドバイスしてできたんですよ。だからものすごく本筋に則った映画なんです。