2024.10.10
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提供:株式会社LegalForce
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角田望氏(以下、角田):本日は貴重なお時間をいただき、ありがとうございます。LegalForceの角田と申します。
本日は一橋大学大学院法学研究科教授の小林先生にお越しいただいて、「リーガルテックで創造する『新たな法務実務』」というテーマで、お話をお聞きできればと思っています。
小林先生は最近、『NBL』(注:株式会社商事法務発行のビジネス法律雑誌)に「契約実務におけるリーガルテックの活用とその将来展望 リーガルテックによる契約実務の標準化と契約交渉スタイルの変容」というタイトルで論文を寄稿されております。
その内容を拝見して、契約実務のテクノロジーによる変容、そして、今後の未来に対して大変示唆的であり、かつ解像度高く論理を展開されていて、ぜひお話ししたいなと思ってお声がけをした次第です。貴重なお話を聞けると思いますので、みなさま楽しみにしていただければと思います。
では、小林先生、自己紹介をお願いできますと幸いです。
小林一郎氏(以下、小林):小林でございます。どうぞよろしくお願いいたします。私は長らく企業に勤めながら、企業法務の現場でいろいろな契約に携わったり、プロジェクトを担当してきました。
今は、現場でどういう考え方で契約実務が進んでいるのかということについて、大学で研究を進めているところです。このリーガルテックが、契約実務の今後の進展に極めて大きな影響を及ぼすという点も、実務をやっている頃から非常に注目していました。
そういったものを論文に書いて公表したことが契機となり、今日はこのようなセミナーの機会を頂戴し、本当に光栄に思っております。本日はどうぞよろしくお願いいたします。
角田:ありがとうございます。契約に関する研究をずっとされてきていますので、リーガルテックだけではなく契約実務も含めて、いろいろお聞きできればと思っています。
本日のテーマは現代の契約実務です。特に、契約実務の課題がリーガルテックによってどう変容していくのかという内容です。まず最初に、小林先生が感じていらっしゃる現在の企業法務、特に契約実務の課題についてお話しいただけますでしょうか?
小林:課題と言うのが正しいのかわからないのですが、私が長らく研究していた内容は、契約実務がどのように進化していったのかということです。日本の契約実務の高度成長期後の企業法務黎明期から現代に至るまでのうち、特に高度成長期後の黎明期はまだ弁護士さんの人数も少なく、世の中でも契約というものに対する理解が進んでいない時代でした。
これまでの進化のあり方を見てきた中で、1つ確実に言えるのは、特に企業法務の中の契約という部分は、「標準化」がキーワードになるという点です。
例えば、英米の契約では、ボイラープレートという条項が存在します。これは、ずっと積み重ねられてきた契約実務の歴史が定型的な条項として生き残っているという、1つの例であると考えられます。
企業の契約実務を進化させるには、模範となるモデルをたくさん持ち、各企業の法務担当者がそれぞれ工夫を凝らして、新たな契約を創造していく。これが法務実務の中でも、特に契約回りの大きな流れなんだろうなと思っています。
そうした中で、やはりリーガルテックは、標準化を1歩先に押し進める大きなツールです。多くの企業さんがそういった問題意識を持って、いろんなリーガルテックの会社と契約を結んで、新たな業務効率化に向けた対応や、自らの契約のクオリティを上げていこうという思いを持ちながら、進んでいるのかなと思います。
実務の課題というと、ややピンポイントになってしまうのですが、より多くのテンプレートとナレッジが各企業に蓄積されていくことが重要だと感じています。どういう蓄積の仕方や管理の仕方がいいのかを模索していく中で、リーガルテックがより良い活用のされ方をして進化を遂げていくんだろうなという、ざっくりとした思いを描いています。
角田:ありがとうございます。この「標準化」という切り口は、お話をお聞きして「確かにな」と思うと同時に、個人的にはこれまであまり言語化できていなかった部分です。
確かに契約書を作る際は、ひな形を参考にして契約書をレビューしたり作ったりしていました。なぜこのひな形を参照しながら、契約書を作ったりレビューしたりするのかというところを、これまであまり言語化できていなかったんですけど。
先生が「契約リスクのマネジメント」と書かれていて、かつ「契約はビジネスのリスクをある程度コントロールするために作っていく」と。契約の機能をそういったところに位置づけると、標準化というのはおそらく平均化ではなくて、ベストプラクティスを標準とした体系化がされていくという意味だと思うんですね。
ベストプラクティスが標準化されていくということは、歴史的な知恵や試行錯誤の結果が凝縮されて、ビジネスのリスクをより良くコントロールできるような内容になっていくのではないか。そうした理解で合っていますか?
小林:まさにそうだと思います。標準化というと、楽して標準を作るというイメージに見えるんですけど、そうではなくて、リスク管理のための試行錯誤の結果だと思います。
例えばあるトライをして、リスク管理に失敗した経験があれば、それを次に活かすために「こういう条項を作ることで、リスクを極小化していこう」というふうに、また新たな契約条項が生まれてくると思うんですね。
そういうものの積み重ねが、契約書のモデルフォームとしてどんどん進化していくわけです。世の中に出回っている契約書のひな形も、おそらく30〜40年前と現在とでは、その中身もクオリティもまったく異なってくると思います。
ですから、まさにリスク管理の結果が凝縮されているものが標準化です。これまでの歴史が標準化を物語っているのは、おっしゃるとおりだと思います。
角田:そういう意味では、私はこの契約のプラクティスを始めて正直10年ぐらいしか経ってないんですけど。おそらく10年前の契約実務と今の契約実務は変わっている気もします。30〜40年前の契約書もかなり興味を惹かれるんですけど、これはどんなものだったんでしょうね?
小林:40年前というと、高度成長期後、オイルショックを経てバブルへと向かう時代となります。私も研究テーマとしているんですが、契約書も簡素なものでした。その頃は、大手の商社などが契約書の裏面約款を作り始めた時代でした。英米の契約の裏面を真似て、日本流の裏面約款が少しずつできあがってきた時代なのかなと思います。
売買契約の注文書などの裏面に約款を付けるわけですよ。そういうものをモデルフォームとしてどんどん形作っていって、売買基本契約のモデルのようなものができあがる。
各企業の法務部門の中には、契約書のモデルフォームを管理する方がいらして、過去に作られた契約書をいろいろ比較検討しながら、新しいモデルフォームをバージョン1、バージョン2ということで、どんどんどんどんアップデートしていく。そういう作業を法務部の中でコツコツやってきたのが1980年代であり、1990年代なのかなと思いますね。
角田:そういう意味では、契約進化論のような。
小林:おっしゃるとおりです。私自身は、そういった進化論のようなアプローチでいろいろと研究をさせていただいています。
小林:あと、2000年代になると欧米の契約実務が加速度的に流入してきます。特にM&Aやファイナンスですね。英米型の契約実務の例としては、表明保証(注:M&Aの契約に際して、売主が事実として開⽰した内容が真実かつ正確であることを表明し、買主に対して保証すること)や、コベナンツ(注:社債発行や融資による資金調達の際、契約書に記載される債務者側の義務や制限などの特約条項)があります。
そういう概念が一般に普及する時代が生まれてきたわけですよね。それを日本語にうまく落とし込みながら、契約のモデルフォームが作り上げられていったのが、日本の(契約実務の)歴史なのかなと思います。過去の文例などを参照しながら、契約書のひな形を作り上げていった人たちが存在していたはずなんですね。
角田:契約書を作ってドラフトに落とし込んで、契約交渉で確定させた後に、実際にトラブルをちゃんと解決できるのか。例えばその契約書を使って、紛争顕在時に自社が意図した結果を勝ち取れるのか。その結果がまた次の契約プラクティスに活かされていく。
契約書の作成レビューだけではなくて、締結後に実際に契約を使ってトラブルに対処していくところも含めて進化していくのかなと思いますが、実際にはどういうプロセスを経て進化しているんでしょうか?
小林:まさにおっしゃられたとおりなのかなと思います。やはり、締結された後の結果のフィードバックですよね。それから、それに向けた新しい打ち手を考えていかないと、契約進化はなかなか進まないんだろうなとは思います。
そのために「ナレッジマネジメント」というキーワードが出てくるわけです。大企業の法務部であれば、ナレマネ担当とか契約開発室とか、業務開発チームといったものを作って、ナレッジを管理していく動きが当然出てくると思うんです。
そういう中で、過去の失敗事例や締結後の契約書の帰趨を追いかけていって、新しい実務に反映させるという、PDCAサイクルを回していく。
おそらく、どの企業の法務部も「ナレッジマネジメントをやらなきゃならないんだ」という強い思いを一度は必ず持たれていて。それに向けて人をアサインしたり、組織としてチームを作って対応するということを繰り返して、軌道修正を続けてこられたんだろうとは思うんですね。
角田:締結した後の失敗事例の集積や、実際に作った契約の条文がワークするのかという視点は、実は僕が弁護士の時にはほとんど持ち合わせていなくてですね。
締結前のチェックはけっこう依頼されるので、レビューは一生懸命やるんですけど。その後どうなるかというところは、実はあまり関与できないことが多かったんです。
紛争案件で契約書が証拠として出てくることはあるんですが、自分が作ったものではなくて、別の方が作ったものだったりもします。それを踏まえて「どうするか」というサイクルを回せる経験は実はなかったんですけど。
お話を聞いて思ったのは、企業の法務部門では、そのサイクルをちゃんと回せる素地がある。自分たちが作ったものがその後どうなって、どう使われて実際にトラブルを解決できたのかという情報を集積して、次のプラクティスの進化や発展に活かすサイクルがある。
そういう知見が日本全体の規模で起こることによって、今の契約書のプラクティスのかたちになってきたのかと思いましたね。
小林:そうしたプラクティスを実践できるのはインハウスならではの利点ですよね。例えば、外部の弁護士事務所に勤めてらっしゃった方が、インハウスを希望されて面接に行かれた時に「法律事務所にいると、自分のプロジェクトを進めるためにいろいろ契約レビューをするんだけれども、その後どうなったかがよくわからない」とよくおっしゃっています。
「インハウスであれば、その先どうなったかが見えて、次の打ち手にもつなげられるんです」というふうに、志望動機の中でよくおっしゃったりすると思うんです。
やはり、それが企業がインハウスで法務部を持つことの1つの意義だと思います。当然、企業は何かビジネスを進める上では内部統制を構築しなければならないわけで、契約も当然、内部統制の対象になっていますよね。
ですから、締結された契約、その後の成功事例・失敗事例をずっと追いかけていくことは、企業としては絶対にやらなければいけない当たり前のことではあるんですよね。各社の法務部長さんも、それをどうやって効率的にマネージしていくか、日々頭を巡らせていらっしゃるんだろうとは思います。
角田:コントラクトライフサイクルマネジメント(契約ライフサイクル管理)という。
小林:おっしゃるとおりです。
角田:いろいろな方面の方と話をしていても、締結するまでは法務で見るけれども、締結した後は、例えば事業部門に渡ってしまって、その後のフォローアップの体制を作るのはなかなかリソースもなくて難しいと聞きます。このあたりをどう作っていけばいいのか、お考えはありますか?
小林:昔の法務部は、今と比べるとまだ契約の数がそれほど多くなかったと思うんですね。ですから、法務部の黎明期は、1人の人が一生懸命に契約文例を追いかけてマネージしていって、少人数でもなんとかうまくこなせた時代だったと思うんです。
ただ、これだけ契約が複雑化していくと当然、組織として面対応していかなければならなくなるわけですよね。ですから、各企業さんは内部統制のために契約管理だけをずっと担当するような人を数人、組織として置く。その人たちが過去の契約書をデータベースと管理して、アップデートしていく。
これが各企業でやらなきゃいけない1つの課題として出てきます。現状の法務部の人員を見ると、やはり案件が次から次へと出てくるので、ライフサイクルマネジメントについて、どこまで時間をかけて対応していくかは後手に回ってしまうのが現実なのではないかなと思うんですね。
そうしますと当然、ライフサイクルマネジメントをしっかりと効率的に管理するためには、やはりみなさんの脳裏にIT化が浮かぶと思います。どうやって上手にデータベースを管理していくか、あるいは、データを分析していくか。ここに頭が回るわけです。
ただ、1社だけだと当然限界があります。であれば、複数の会社のナレッジを束ねる大元が存在すれば、もっと効率的になるだろうというのが、当然、みなさんが次に思い浮かべる流れですね。
企業のマネジメントの人手が足らない、なかなか技術が追いつかない。そういう中で、おそらくリーガルテックの事業者さんは、この契約ライフサイクルマネジメントをしっかり補完するイメージで事業をいろいろ進められてきたんだろうなと。
どこまで意識的になさってるかわからないんですけど、当然の帰結だと思うんですよね。ライフサイクルマネジメントというキーワードは突然出てきたわけではなくて、やはり企業のインハウスの課題を解決するテーマとして、自然に上がってきたものだというのが私の理解です。
角田:ありがとうございます。自然に上がってきたというのは、すごくうなずけるところがあります。昔は契約書がすごく簡素で、契約を結ばずに受発注書だけでやってしまっていて、トラブルになった時に慌てて「どうしよう」となる時代がありました。
そこからきちんと契約を結び、ある程度のトラブルも想定して、どう対処するかを、あらかじめ設計できるようになっていった。プラクティスが浸透した先にあるのはおそらく、(契約を)結ぶだけではなくて、結んだものをきちんと管理しようと。
それは契約書を紙として書庫にしまっておく保管のことではなくて、契約によって合意された権利義務(を管理すること)。企業間の約束・ルールをちゃんとマネジメントすることが、おそらくこれからの時代に必要になるんじゃないかなと思います。
企業の法務部門だったり、あるいは弁護士かもしれないんですが、僕はここに新しい価値発揮の大きな可能性があると思っています。これまではどちらかというと、締結する時に契約書をちゃんと作って、リスクをマネジメントするのが法務部のミッションでした。
でも、これから先は例えば契約書を結んだ後でも、契約更新で苦労して確保した権利をちゃんと戦略的に使えているか。使わないというところも含めて、使う・使わないの意思決定を法務部門が担っていくとか。
あるいは、契約更新の結果、受け入れた義務を事業部門がちゃんと守っているかどうか。おそらく法務部門が契約コンプライアンスなどを司るフェーズに入っていくんじゃないかなと思います。
これまで書庫で忘れられていたたくさんの契約書は、大企業ではもう1万件とかあると思うんですけど、これが生きている限りは権利義務を生み出している。
権利義務にはおそらく資産的な価値があると思うので、これをうまく扱えるようになれば、いろいろなビジネス戦略に活かしていけるんじゃないかなと思うんですが、いかがですか?
小林:いや、まさに。おそらくリーガルテック企業がどんどん出てくると思うんですけど、企業が内部統制を強化する中で、それ(権利義務)をビジネスとして活かしていくかどうかは、契約コンプライアンスとして当然やらなきゃいけない基本動作ではあるんですよね。
大企業になればなるほど従業員の数も多くて、おそらくそこで作られるすべての契約を法務部が全部見ることも、今はなかなか現実的ではなくなっていると思うんです。契約を管理していく時に、やはり現場の事業部の末端まで何かメッセージを出さなければならない。
でも、「ああしたらこうしろ、こうしたらああしろ」という細かいメッセージを与えていると、なかなか事業部の人たちもついてこないわけです。
そうしますと、やはりひな形あるいはモデルフォームという考え方になります。契約管理の企業ポリシーとして「契約を作成する際には、このポイントとこのポイントは必ずしっかりチェックしなさい」というチェックリストを作って、そこは最低限、各事業部さんで確認しなさい、と要求するというプロセスが出てくると思うんですね。
もちろんそれで終わってしまったらダメで、最後は法務部で個別にクオリティコントロールをしていくんでしょうけれども。そうすると、契約ナレッジマネジメント、ライフサイクルマネジメントのコアとしては、アセットを活かしてよりクオリティの高い標準モデルを企業ごとに作り上げ、各事業部の担当者の末端にまで浸透させるプロセスがどうしても必要になってくると思うんです。
ですので私の考えとしてはやはり、法務部の中で最新のリスク管理の手法を見出し、そのナレッジをどうやって平易な言葉で末端にまで伝えていくか。最終的にクオリティの高い契約を作るために、どういう審査プロセスを企業の中に導入するか。おそらく、ここまでがライフサイクルマネジメントの大きなミッションになってくると考えております。
2017年に大手法律事務所出身の弁護士2名によって創業され、弁護士の法務知見と自然言語処理技術や機械学習などのテクノロジーを組み合わせ、企業法務の質の向上、効率化を実現するソフトウェアの開発・提供をしています。
京都大学との共同研究をはじめ、学術領域へも貢献しています。2019年4月より契約審査プラットフォーム「LegalForce」、2021年1月よりAI契約管理システム「LegalForceキャビネ」を提供しています。
株式会社LegalForce
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