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ソフト&ハード一体型技術開発チームの開発秘話(全3記事)

2021.11.25

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自動運転とドライバーを信頼関係でつなぐ トヨタの自動運転技術大解剖

提供:トヨタ自動車株式会社

日常で見聞きすることが増えた自動運転技術。トヨタ自動車は、自動運転技術を適用した新システム「Teammate Advanced Drive」を「レクサス LS」 と「トヨタ MIRAI」に採用し、発売しました。この安全安心な高度運転支援システム「Advanced Drive」は、いったいどのような技術なのでしょうか。トヨタ自動車の板橋界児氏と奥田裕宇二氏が、その仕組みと開発秘話について紹介します。全3回。今回はAdvanced Driveの開発秘話について。前回の記事はこちら

LiDARをどこに配置するか

奥田裕宇二氏(以下、奥田):最近は自動運転の開発車というと、左のような開発車をよく目にすると思います。大きなセンサが天井に載っています。試験やデータ計測目的としては良いのですが、お客さまに所有いただくクルマとしては、ちょっと売れないですよね。クルマはやはり見た目が重要な製品です。

でもサプライヤーさまにこういう小型なセンサを作ってもらったんだから、「こんな大きいグリルのどこかに付ければいいじゃん。どこにでも付けられるでしょ」と思われるかもしれませんが、実は隙間なく埋まっているパズルのようになっていて、1つ追加をすると、何かが合わなくなってしまいます。

さらに物理的なスペースの話だけではなく、万が一事故を起こしてしまった場合にも、安全なのかという観点まで考えられた上で、最終的なデザインでは、この右の図のグリルの下付近に収まっています。この搭載に至るまでの経緯を、裏話を交えて紹介いたします。

こちらは、LiDARをフロントグリルに搭載することが決まって、搭載しやすさだけの観点から配置したものになります。少し見にくいですが、グリルの左下に付いています。これでも製品化できるレベルではあるのですが、左右非対称なのが気になります。でも、そのまま真ん中に移動していくと、ライセンスプレートとLiDARの場所が重なってしまいます。

これはほんの数センチのことなのですが、当然、光が通らなくなるのでダメです。いろいろな部分を少しずつ変更して、最終的にこちらのような左右対称の美しいデザインにすることができました。さぁ、これは何を変えたか、わかりますでしょうか?

このLiDARが下に下がっているのは一目瞭然なんですが、実はライセンスプレートが7.8ミリ上に上がっているんです。ちょっとこれは、写真ではわからないと思うんですが、こんな細かいところまでやっています。あとこれも見た目ではわからないんですが、LiDARには実は受光面と発光面がありまして、もともと発光面が上にあったのですが、最終的にはこの発光面を下にして、ライセンスプレートと当たらなくするようなこともしています。

あともう1つのアイデアとして、ヨーロッパのような細長いライセンスプレートの導入も考えて、実際に国土交通省とも相談したんですが、こちらはあまりにも社会インフラに与える影響が大きいということで、断念せざるを得ませんでした。

地図とローカライズ(自車位置の推定)

板橋界児氏(以下、板橋):それでは次に、同じく認知の部分から、地図と自車位置推定について説明していきたいと思います。Advanced Driveでは、高精度地図を参照することで、システムの高知能化や制御の高精度化を図っています。高精度地図には路面や車線の情報、あとは3次元構造物の情報が張り巡らせていまして、例えばちょっと見にくいですが、下の図のように小さく丸いのが速度標識、緑の四角が道路案内の看板です。これらが、日本中の高速道路、車専用道路において整備されています。

この道路なのですが、普段クルマに乗られる方はお気づきだと思いますが、あちこちで工事して車線が増えたり、あとは伸ばされたり、どんどん変わってきますよね。なので、高精度地図も情報に合わせて更新していくのが、すごく大事です。

Advanced Driveでは、サーバーから常に最新の地図を受信して使うようになっています。スマホの地図アプリみたいですね。気づくと更新されている、そういう感じです。その高精度地図を使って、自車位置推定を行います。私たちは「ローカライズ」と呼んでいます。

ここでは自車の緯度・経度、それから方位角情報を推定することで、先ほどの高精度地図の中のどこを走っているか、つまり右レーンなのか左レーンなのか、そのレーンの真ん中を走っているのか左右に寄っているのか、そういったことを推定します。ここが不正確だと、安定した走行ができなくなりますし、また分岐やレーンチェンジも正しくできなくなってしまいます。

そのローカライズの方法なんですが、初期位置としては、衛星測位と自律航法から大雑把な位置を推定します。そのあとは、カメラから得られる画像から、下のオレンジ色の四角の部分のように、真上から見たような画像に変換して、それを高精度地図の切り出したものと合成して、区画線がピッタリと一致するように回転と並行移動させて、初期位置とのズレを検出して、補正をかけていきます。

パッと聞くと簡単なように聞こえるかもしれませんが、いろいろ難しいところがあります。特に縦方向、前後方向の精度確保が非常に難しいです。この縦方向の精度がないと、車線の中心をビシッと走れなくなったり、また分岐時のライン取りに影響します。例えばシーンとして、左の図のように直線の先にカーブがあるところを想像してください。

1つ目は、直線部分は前後方向の正しい位置を補正できないという点です。先ほど説明したようにカメラ画像と高精度地図を重ねて正確な場所を特定するのですが、直線だと前後方向が合っていますから、どれだけ移動させればいいのかよくわかりません。2つ目は、直線上じゃなきゃ大丈夫かというと、この先のカーブの部分にも難しさがあって、カメラのところでも説明しましたが、カメラというのは距離の計測精度、つまり前後方向の精度が十分に出ません。

なので、カーブでもやはり補正の精度が不十分ということが起き得ます。なので、これらの課題を補うために、高精度地図にある看板の情報を使って、縦位置の方向を補正したり、あとはLiDARも、先ほど説明があったように距離の計測精度が非常に優秀なため、看板を見つけられるので、そういった情報も併用して補正をしています。

その結果が、こちらの図です。自車位置推定についての結果の例として、首都高速道路のC1を1周した際のローカライズ性能を示しています。左側の図は、高精度地図の情報が区画線とカメラ画像で重なるようになっています。右のグラフはリファレンスデータとの距離の差を示しています。

やはりトンネルが続く、霞が関付近などは誤差が大きくなっています。また銀座あたりも道路が地図に潜り込んでいて、計測的にすごく厳しいところです。ですが先ほど説明したような補正を使うことで、ハンドルを保持することなく1周を走り切れる性能を確保することはできています。

ドライブプラン(運転計画)と判断技術

続きまして、判断の部分から、運転計画と判断技術について説明していきたいと思います。運転計画は私たちは「ドライブプラン」と呼んでいますが、これはナビで目的地を設定した際に、どういうレーン取りをして、また最小のレーンチェンジ回数で目的地に到達できるかといったものです。

まずナビと高精度地図の両方の情報を持って来て、目的地の位置やレーンの接続情報、車線の属性、ランプ路なのか本線なのか、あとは制限速度がいくつなのかといった情報を抽出します。2番目が、ナビレベルの走路指示の確認です。目的地まできちんと道路がつながっているのか、あとは分岐の方向指示は正しいか、またレーンチェンジができない黄色線の情報はどこにあるかを取得します。

3番目が、レーンチェンジ計画の生成です。ここでは目的地に向かって分岐をする。また車線数の増減に応じてレーンチェンジする。あとは、追い越し車線を走り続けないなどのルールや、遅い車両を見つけると追い越しの指示をするんですけど、そういったもの。あとは追い越したあとに「戻りませんか?」という提案の判断をします。

最後の4番目がセンサの周辺認識結果から、実際にレーンチェンジ可能なスペースの選択と、あとは周辺車両との相対位置、相対速度を考慮してレーンチェンジの可否判断をします。以上が基本的なロジックなのですが、実際には、悩ましいシーンが本当にたくさんあって、そのうちのいくつかを紹介したいと思います。

シチュエーションクイズ

ちょっとクイズ形式にしています。まず1問目。これは本線から右に分岐するシーンなんですが、緑とオレンジのどちらに進むべきでしょうか?

これは何もルールがなければキープレフトを指示するんですが、こういうシーンで左車線に入っていくと、分岐の角度によっては壁に迫っていくように見えることがあるんですね。ということで、Advanced Driveでは右側のオレンジの経路を通るようにしています。

次は2問目ですね。これはジャンクションなのですが、分岐が2つ続いています。青い方向に行きたいのですが、どのように進むべきでしょうか?

これはちょっといじわる問題ですね。普通に考えれば「左に左に行くだけじゃん。なんの問題もないじゃないか」と思われるかと思います。ただ、自動レーンチェンジは、もしレーンチェンジ先に渋滞ができていると、クルマが列を作って詰まっている場合は自動では行けないので、どこかで諦めてドライバーに操作をお願いする必要があります。

ということは、その“ドライバーに操作を返す”可能性も考慮して、十分に長い距離を用意しておく必要があります。なので、もしこの図で分岐1と分岐2の距離が短かった場合、分岐2では自動的にレーンチェンジができません。分岐2でドライバーに操作をお願いするのであれば、その手前の分岐1でドライバーに操作をお願いするようにしています。

これは結局、分岐1と2の間でドライバーに操作をお願いしちゃうと非常に慌ただしくなってしまうので、そういうことがないようにという配慮から、あえてそういう仕様にしています。

最後の3問目。これは東京にいらっしゃる方はよくご存じかもしれませんが、首都高速道路の箱崎ジャンクションです。箱崎JCはこの図にある以外にも、実際にはもっとたくさん分岐や合流道路が入り混じっていて、しかも中に駐車場もあったりするので、本当に複雑で、人が運転しても難易度の高いジャンクションだと思います。ここで首都高の9号に向かいたい場合にどのように進むべきでしょうか? という問題です。

これは9号に向かうには、この写真、少しわかりにくいのですが、分岐のところは4車線道路になっていて、右端か左端を通る必要があります。この右端か左端で合流して、1つになっています。この分岐の300メートル手前にC1の内回りと外回りが合流するところがあるんですね。なのでここも、もしキープレフトで行こうとすると、C1の内回りのほうからであれば問題なく行けるんですが、外回りから行こうとする場合は、左に2回レーンチェンジしなきゃいけないという、かなり厳しい状況になります。

なのでC1の外回りからの場合は、事前に右にレーンチェンジをしておく必要があります。これは人が運転する場合にも、慣れていないとどうすればいいか非常に悩ましい場所なんじゃないかなと思います。ということで、特に首都高、あとは都市間高速でもジャンクション部分はどのようにレーン取りすると制御が継続できて、かつドライバーの感覚に合うかが、非常に難しいです。

世の中には、ありとあらゆる地形があって、これを開発していると「え!? こんな接続をしているの?」という道路がアチコチに見つかります。ここが従来の運転支援の、この単一車線をひたすら走り続けるのと大きな違いで、この目的地到達に向けた高精度地図解釈が、非常に大変でした。

従来の運転支援システム「ACC」と「LTA」

次は操作の部分から、HMIについてお話したいと思います。まず操作系なんですが、今回LSとMIRAIにはAdvanced Driveの他にも、従来の運転支援システムであるACC(Adaptive Cruise Control)とLTA(Lane Tracing Assist)が付いていますので、まずはそちらの説明からさせてください。

従来は、これら制御を入れようとすると、まずはメインスイッチをONにして、そのあとで制御開始の操作をするという、この2アクションが必要でした。ここに、Advanced Driveの制御開始を追加しようとすると、そのままでは新たなスイッチが必要になったり、操作が必要になったりするということで、複雑になって使い勝手が悪くなることが心配でした。

そこでまず、運転支援システムのメインスイッチを外して、1アクション化しました。さらに残ったスイッチには、その時使える最上位のシステムを入れるという思想で、自動支援の仕組みを構築することで、1つのスイッチを押すだけで、従来のACCとLTA、そしてAdvanced Driveのどちらも使えるようにできました。

少ない操作で複数モードを理解しやすく使いやすくできましたが、ここまで来るには、実際にさまざまな状態遷移図を書いて、そのメリデメの整理とか、それを実際に試したりして、相当時間をかけて、やっとこのような結果にたどり着きました。

次にAdvanced Driveの大きな特徴の1つである、ハンズオフについて説明していきたいと思います。ここまでの説明や動画でも何度か出てきましたが、Advanced Driveでは、条件が整うと右下の画面のように全体が青くなって、この時はドライバーはハンドルから手を離せます。ということで、次はこのハンズオフの設計についてお話ししたいと思います。

奥田:ハンズオフを実現するために、まず何を考えたかと言うと、ハンズオフできなくなった場合にどうなるか、どうすべきかということ。みなさんは、どうなっていなければいけないと思いますか?

答えはドライバーが安全にハンズオンに戻る、これが必要になります。システムが自ら限界予知した場合に、ドライバーにハンズオンを要求します。このオレンジのところですね。要求から実際にハンズオンになるまでの間、制御は継続しなければいけないので、認識・演算・アクチュエータ・通信・電源、これら5つの機能に対して、冗長系を組みました。

次に考えたのが遷移時間の要件です。いったい何秒必要かということです。あとはハンズオン要求したら、できるだけ速くハンズオンに戻ってもらうためには、どうしたら良いでしょうか? また、ハンズオフだからといって、スマホを見たり居眠りをされてしまうと運転に戻ってこれなくなりますので、どうすればそのような使い方がされないかということを考えました。

まずこの結果は、シミュレータを使ってドライバーが運転以外のタスク、この例ではタブレットを見ている状態から運転タスクに戻るまでの時間というものを計測したものです。警告から最大でも4秒未満で運転状態に戻ることがわかります。これに基づいて、冗長設計をしています。このように、実際の人の行動を計測してそのデータから設計するという「データドリブン」で要求を決めた例になります。

先ほどのシミュレーションのように、ドライバーが運転に意識をしない状態で評価をすることを実際のクルマを使って行うと危険です。トヨタは、ドライビングシミュレーターというシミュレーターを使って、このような危険シーンを安全に検証しました。左の図がドライビングシミュレーターの外観でして、この球体の中に車両とスクリーンが入っています。

この球体が移動したり傾いたりすることで、実際のクルマの加速や減速、もしくは旋回している時のGを作り出して、スクリーンに映し出されている映像と相まって、本当に運転している時と近い感覚になります。このような環境下でデータ計測をすることで、実際のクルマを運転している際のドライバーの運転行動を、忠実に再現することができます。

ハンズオフ走行中に突然落下物が出現するというシーンも、このシミュレータだからこそ安全に試験ができます。このシミュレータを使ったさきほどの評価内容としては、ハンズオフで走行中に突然落下物に遭遇して、システムでは回避できず、ハンズオンが必要というケースで、回避率を上げるために、何をドライバーに伝えれば効果的かという実験です。

この右側の上も下も、水色の矢印が出ていると思うんですが、こちらは車両の近い将来の軌跡を示しています。結果としては、この表示を常時出しておいた場合に回避確率が高いということがわかりました。右の上のほうは、システムが障害物を認識している。下は障害物を認識できていない。これがドライバーに伝わります。

ドライバーとシステムの信頼関係をつなぐ「HMI」

システムが正しく障害物を認識できていないことがドライバーに事前にわかることによって、このように回避率が上がることがわかっています。この検証を踏まえて、作成された実際のHMIを紹介します。

上がヘッドアップディスプレイ、下がメーターディスプレイです。これが常時表示されています。両方にある青いラインが将来の軌跡を示しています。レーンチェンジをする場合には、この青い軌跡のラインが隣の車線に移動していく。このあと隣に行くことがわかるようになっています。

このように、システムが今何を認識していて、今から何をしようとしているかをドライバーとコミュニケーションを取ることで、ドライバーがいつでもハンズオン状態に戻るという、言わばドライバーとシステムの信頼関係をつなぐもの。これを具現化するという意味が、このHMIには込められています。

ドライバーがハンズオンに戻るためのHMIに加えて、もう1つ大事な仕組みがあります。ドライバーモニターカメラが運転手の状態を見ていて、脇見や居眠りを検出するとハンズオン要求を出します。運転という共同作業を一方的に押し付けないでといった具合に、脇見や居眠りを許容しないシステム設計になっています。

さらに万が一ドライバーの容態が急変して運転に戻れなくなってしまった場合には、いち早く安全な場所に停車することと救援を呼ぶこと。これがドライバーを助けるために重要になります。あとは周辺車両への影響を最小限に留めることにもつながります。このための機能を紹介いたします。

ドライバー異常時対応システム「EDSS」

板橋:こちらはドライバー異常時対応システム「EDSS」と呼んでいます。機能概要について、動画で紹介します。

【動画③開始】

ビデオ:ドライバーの姿勢が崩れるなど、体調の急変をドライバーモニターカメラで検知し、運転を続けるのが困難になったとシステムが判断した場合、ドライバーに音と表示で通知します。ドライバーから応答がない場合は、さらに強い警告でドライバーに緊迫感を伝えます。それでも警告に応答せず、何も操作しない状態が続いた場合、ドライバーに異常があるとシステムが判断します。

ナビゲーション音声:「ハンドルを保持してください。まもなく停車支援機能が作動します」。

ビデオ:ハザードランプを点灯するなど周囲に警告しながら減速し、車線内または路肩で停車します。「ヘルプネットセンターです。何かありましたか? 応答してください」。停車後にドアを解錠したりヘルプネットに自動で接続して救命要請を行い、早期のドライバー救命・救護に寄与します。

【動画③終了】

板橋:このEDSSですが、開発のポイントは2つあります。1つ目は路肩に退避する際のフリースペースの検知です。自動レーンチェンジと違って、EDSSの作動中はドライバーによるサポートが期待できないので、本当に路肩退避が可能なのか、例えば看板とか設置物が路上に落ちていないか、あと実際に車両が入り切るだけのスペースが空いているのか、というチェックを慎重にやる必要があります。

そこでこのPolarMapを使って検出をしています。センサごとに位置精度や近接性能に得手不得手があるので、これらを組み合わせて判断しています。

開発のポイントの2つ目は、世の中に出すための仕組み作りです。このEDSSは、国土交通省が進めるASV、先進安全自動車推進検討会の中で議論されて、2018年3月にガイドラインが発表されています。こういった議論の中に入っていって、ガイドラインの具体的な中身を保守や各OEMと詰めてきました。国レベルのプロジェクトに参画するのはすごく大きな仕事だと思いますが、こういったことができるのも、この領域の開発の魅力の1つだと思います。

緊急ブレーキの難しいところ

安全機能の観点でもう1つ、緊急ブレーキというものがあります。渋滞末尾での衝突回避を支援する機能です。先ほどの動画は、時速125キロからの停車です。トヨタでは同様の衝突被害の軽減ブレーキとしてプリクラッシュセーフティというシステムがありますが、そちらは約60キロの減速性能をもっています。なのでこのAdvanced Driveの減速性能は、約2倍ということになります。

これだけ聞いても「そんなの簡単じゃないのか」と思われるかもしれません。先ほどの動画も「ただ直線でブレーキを踏んでいるだけでしょ」とも見えますよね。なので、この緊急ブレーキの難しいところを少しだけ紹介します。

まず左側のシーンですが、工事車両が路肩から大きくはみ出して停車しています。この場合、緊急ブレーキはかけるべきでしょうか? かけないべきでしょうか? このシーンの難しさは、ドライバーがこの車両に気づいて避ける気があるのかどうか、そこがポイントだと思います。つまり、もしドライバーが気づいていて、避けるつもりがあるならばかけなくていいし、もしドライバーが気づいていないならば、ブレーキをかけなきゃいけないと思います。

この緊急ブレーキですが、先ほどもチラッと出ましたが、最大0.8Gという、普通の人だとなかなか踏めないくらい非常に強いブレーキなので、必要のないタイミングでの作動は、基本的にあってはならないと考えています。なので、こういったシーンを一つひとつ解析して、ドライバーの意図に合う判断ができていたかを作り上げていく必要がありました。

次に右側のシーン。これはちょっと写真でわかりにくくて申し訳ありませんが、ブラインドコーナーになっていて、そのすぐ先に車両が停車しているシーンです。この場合、停車している車両と壁の区別が難しいという認識の課題に比べて、車両が見えてから減速開始までの判定に時間的な猶予がないという難しさがあります。先ほどお話したように、絶対に間違えてはならない慎重さが必要なのと同時に、瞬時に判断が必要という相反する要求を満たす必要がありました。

4つの安心機能「VLO」「譲り機能」「スピードマネジメント」「Gコントロール」

ここまでの2つ、「EDSS」と「緊急ブレーキ」は、安全機能に分類されます。Advanced Driveでは、これ以外にも多くの安心機能があるので、次からそちらのご紹介をしていきたいと思います。

1つ目はVLO、Vehicle Lateral Offsetと呼ばれる機能です。これはたぶん、みなさんが高速に乗って大型車の横を走り抜ける時に、少し隙間を空けて左右のどちらかに寄って走ると思うのですが、それをやっています。車速が高くなるほど、安心感に寄与することがわかっています。

2つ目は被合流の譲り機能です。これも、普段運転をされる方はされると思いますが、合流地点で入ってきそうなクルマを見つけると、ちょっとアクセルを緩めることをしています。

こちらは、何でもかんでも譲っているとやはりドライバーは不満に感じて「なんでこんなところで減速するんだよ」となりますが、現状はなかなか良いチューニングができていると思っていて、「けっこう感覚に合うね」と高評価をいただいています。これがバッチリ決まると、合流車両からはサンキューハザードをもらえることも多いです。

3つ目がスピードマネジメントです。これも人が運転するかのように、状況に応じて適切に速度を制御しようというものです。こちらも、手段として高精度地図情報を参照して道路の先の先まで見て、こういった状況を判断しているのですが、やはり高精度地図を使っている関係上、先ほどのドライブプランのところと一緒で、高精度地図解釈の難しさに悩まされました。

例えばこの場所、ランプ路から分岐して料金所まで約1.4キロあります。出口が見えないだけでなくて一時的に道路幅が広がっているんですね。すると、ランプ路だから速度抑制というルールにすると、この区間はずっとトロトロ走ってしまうことになって、ドライバーの感覚に合わなくなってしまいます。こういったところが、非常に悩ましいです。

最後ですが、こちらはコーナリング時のGコントロールです。これもみなさん、タクシーや人のクルマに乗ると「あ、この人の運転は安心できるな」だったり、逆に「ちょっと不安だな」と感じることもあるかと思います。運転のうまい人は、高い速度域でも安心感がありますね。「それはどういう運転なんだろう」から、分析を始めました。

私たちは、その運転の上手・下手を可視化するために、このように横軸に加速度ベクトルを、縦軸にジャークベクトルの大きさを置いて表現することにしました。左上の熟練ドライバーのコーナリングは、軌跡が非常にコンパクトにまとまっています。一方で下の軌跡、こちらは社内である程度訓練を受けた上級資格を持つドライバーの運転ですが、大きく振れています。

Advanced Driveでは、この軌跡を小さくするために旋回時の加減速タイミングを適正化するということで、右上のグラフのとおり、熟練ドライブと一致までとはいかないですが、多少でも近づくことができました。

無線通信によるソフトウェアアップデート「OTA」

ここまでで、安心・安全の機能について説明してきましたが、最後にソフトウェアアップデートについて説明したいと思います。

目指す姿はみなさん、もちろんスマホですね。ソフトはどんどん高機能になって、使いやすくなっていくと思います。あれをクルマで実現したい、そのための仕組みが「OTA」、無線通信によるソフトウェアアップデートです。今は、さまざまなソフトウェアが日本の商品価値を高めていっていますが、クルマはそこまで進化できていないのが実情だと思います。

トヨタでは、このAdvanced Driveがパイロットプロジェクトとなって、新しい価値の提供をしていきたいと考えています。また、このソフトウェアアップデートがより効果的に行われるには、タイムリーにそのソフトウェアが配信される必要があります。そのために私たちとしては、ソフトウェアの内製化にチェレンジをしています。

ソフトウェア開発を担当するWoven Coreでは、自分たちでコーディングしたソフトを1、2週ごとのペースでリリースして、それを車両統合評価と並行して行っています。実際のソフトだけではなく、開発に必要なツール群、シミュレーション環境、AIの認識学習環境などのインフラを含めたソフトウェア開発を行っています。

これにより、従来はサプライヤーさまにて2、3ヶ月かかっていた実装が、だいたい数週間以内で完了できる短期開発を実現しています。こちらのWoven Coreなんですが、所属するウーブン・プラネットのCEOであるジェームス・カフナーが、日本に来て以来ずっと言い続けているのが、この図にあるように「日本のクラフトマンシップとシリコンバレーのイノベーションの架け橋になるんだ」ということで、私たちもそういう双方の強みを活かした開発を志しています。

ちなみに開発拠点は東京の日本橋にあります。これも、橋つながりで日本橋が選ばれたという話もあるみたいですが、2019年の7月にオフィスが新しくなりました。人を中心に設計されたので、非常に良い環境だと思います。ここは2020年に日経ニューオフィス賞をいただいています。

自動運転システム開発の魅力と求める人材

以上で、Advanced Driveの紹介としては一通り終わるのですが、最後にトヨタ、Woven Coreにおける自動運転や運転支援システムの開発の魅力と、この技術開発の人材に求められることを簡単にまとめましたのでお話したいと思います。まずは、魅力のほうですね。

奥田:魅力を一言で言うと「すべての人が安全に移動する自由」。これを実現するための技術を自分たちの手で作り出せるということだと思います。必要な機能を考えて、試作品や試作ソフトを作ってテストコースや実際の道路で試作車に載せて、クルマの動きを試してデータ解析をして、課題があればレベルアップ。こういうループを回せる環境があります。

予期せぬ課題が発生しても、その原因を特定できた瞬間は当然うれしいですし、そこに至る過程で新たな知見を得られることが非常に多いので、技術者としての成長を感じられるチャンスだと思っています。実際にシステムをやっていてうれしいと思うのは、何と言ってもクルマが狙ったとおりの動きをしてくれる瞬間。これはもう、理屈抜きでうれしいです。

あとはハード開発をやっていると、それまで図面上にしか存在しなかったセンサが、実際の機能をもった物として搭載された車を見ると、感慨深いです。例えば街中で自分が担当した部品が付いているクルマを見ると、つい自慢したくなっちゃったりします。

板橋:最後に、この領域の技術者に期待されることを簡単にお話したいと思います。まずは大きく2つですね。どんな価値をお客様に提供したいのか/するべきなのか? そしてその価値をどのようにして実現するのか、提供するのかを考えられることが大事だと思います。

1つ目に関しては、安心・安全にしても利便性にしても、新たな機能の提供には必ず付いて回る背反とか過信についてですね。そこに思いを馳せて、真にお客さまに価値があるものを考えていく必要があります。

また「自動運転は人の運転を代行することで、できていますよ」とお話ししましたが、その価値のデータの多くは、結局人の運転にあるはずなので、「人に倣う」と書きましたが、人の普段の運転をお手本にするのが基本だと思います。ここで大事なのが、お手本の運転が下手だと自動運転も下手になっちゃうので、やはり上手な運転を知る努力も必要だと思います。また、自分たちの開発の力点を迷わないために、お客さまの声や他社ベンチマークから、情報収集することも重要です。

それから2つ目の価値の実現方法についてですね。ここまでの説明で何度か触れたと思いますが、十分に精度の良いセンサと十分に応答性の高いアクチュエータがあれば、システム開発はまったく苦労しないと思うのですが、残念ながら我々はそういう状況下に置かれていません。あるバラツキが存在する情報の中で、バランスを取って製品として成立させていくという上で、ソフトはハードの限界を引き出す努力が必要ですし、同じ方向・同じ目標に向かって一緒に開発していくことがすごく大事だと思います。

そしてソフトウェア技術ですね。ソフトウェアアップデートのところでもお話したとおり、ソフトウェアは今後ますます重要になってきます。ツール開発や効率アップのための自動化にも必要なスキルですので、ソフトウェア技術は大きな武器になるはずです。

最後に。ここが今日の中で一番言いたいことなのですが、まずシステム開発は大きく分けて機能開発と性能開発がありますが、やはり難しいのは性能開発です。機能開発は作ればおしまいのゼロイチの世界ですが、性能開発は一日にして成らずなんですね。何か1つロジックを入れたら、性能目標を達成することはまずなくて、本当に小さな性能向上を、いくつもいくつも積み重ねて、やっと全体の性能が確保できる。そういう世界だと思っています。なので、ここは執念を持ってやり遂げると。強い思いと粘り強さ。これをなくしてシステムの性能開発はできないと思います。ということで、自動運転、運転支援を目指したいと思っている技術者の方々には、こういったところをメインにがんばっていただきたいなと思っています。

以上です。本日はご参加いただきどうもありがとうございました。

奥田:ありがとうございました。

司会者:奥田さん、板橋さんありがとうございます! みなさんもご視聴いただきましてありがとうございます。たくさんのご反応もいただいていまして、チャットにたくさんご質問もいただいているので、このあとお二人にご回答いただきたいなと思います。

(次回へつづく)

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