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星野リゾートのIT戦略に見る経営者が持つべき覚悟(全2記事)

2020.03.05

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「やるやる詐欺」が招いた2017年の大炎上 星野リゾート情シス担当が明かす、IT戦略における“覚悟”の本質

提供:サイボウズ株式会社

サイボウズ株式会社が開発するツールの活用事例や、チームビルディングのノウハウなどを紹介する総合イベント「Cybozu Days 2019」が、東京、大阪、名古屋の3都市で今年も開催されました。2019年のテーマは「モンスターへの挑戦状」。同社代表 青野慶久氏の近著『会社というモンスターが、僕たちを不幸にしているのかもしれない。』に端を発し、会社に巣くう“思い込み”による支配への挑戦をメッセージに掲げています。この記事では、12月5日に大阪会場で行われた「星野リゾートのIT戦略に見る 経営者が持つべき覚悟」の模様をお届けします。セッションに登壇した星野リゾートの久本英司氏が、急成長する事業にITが足枷にならないための試行錯誤の数々を明かしてくれました。

「IT戦略」「経営者」「覚悟」「試行錯誤」 星野リゾート拡大を読み解く4つのキーワード

久本英司氏(以下、久本):みなさま、こんにちは。星野リゾートの久本と申します。本日は、「覚悟」というキーワードで私たちの試みをご説明できればなと思っております。

(スライドを指して)今朝8時半時点のこの時間のセッションの状況です。私とそのお隣のパナソニックさん以外は全部満席でして。(会場を眺めて)案の定、若干席が余っております。内容的に「星野リゾートのIT戦略に見る 経営者が持つべき覚悟」という、ちょっと仰々しいタイトルにさせていただきました。

キーワードになるのは、「IT戦略」「経営者」「覚悟」ですね。全部で40分あるんですけど、最初に25分くらいで私、独演会をさせていただきます。25分なんですけど、36ページくらい資料を作ってきてしまいまして、ダーッと早口で過剰にいろいろ思いの丈を吐露していきたいなと思っております。

おそらく今日このあと、青野社長と15分間対談の時間をいただいているんですけど、ダーッと話してしまうので、青野社長もポカンとすることがあると思います。みなさんも一緒かもしれないです。そこは青野社長にいろいろフィードバックいただいて、うまく深めていければなと考えております。

もう1つのキーワード「試行錯誤」。何が試行錯誤かというとことなんですけど、キーワードの中に「経営者」があります。(スライドを指して)星野リゾートの経営者、星野佳路(ほしの よしはる)です。けっこうメディアにも出ているので、ご存じの方もいらっしゃるかなと思うんですけど。私、経営者に対して覚悟を求めてまいりました。

私は星野リゾートの中でIT担当というかたちで、携わらせていただいております。IT担当である私から「覚悟を持ってください」と伝えたプロセスですが、もともと代表はITのことなんてよくわからなった。「?」の状態から「よくわかった」という状態まで進めていくことができたのですが、試行錯誤の連続でした。ということで、この「試行錯誤」をみなさんと共有できればなと考えております。

1992年の星野佳路社長の就任を機に、急成長を遂げる

まずは私、久本の自己紹介です。星野佳路のことはみなさんよくご存じだと思いますけど、私は何者かというところが、初めて見る方もいらっしゃるかなと思っていますので、自分の紹介をしたいなと思っています。

星野リゾートに入社したのは2002年です。もともと東京のIT企業を何社か回っていまして、実は転職5社目でした。一番最後の会社がネットワークのベンチャー企業だったんですけれども、ここは国の仕事に少し携わって、国の仕事なので少々ITライフに疲れまして。

実は結婚式を軽井沢でやっているんですけど。縁のある軽井沢で、地ビールもある軽井沢に行こうということで、軽井沢移住を最初に考えました。

でも、当時ITベンチャーにいたので、ベンチャー企業は住宅ローンが下りないことを知らなかったんですね。土地だけ買っていてあとは家を建てるだけだと思っていたんですけど、一切住宅ローンが下りないという事態に陥りました。

実はそのとき、家の建築がすごい進んでおりまして、「お金がないのにこのままどうするんだ」みたいなすごいピンチのときに、土地を買った不動産屋の方が「軽井沢には星野リゾートという企業があります。その星野リゾートはとても長野で強い企業なので、もしかしたら星野リゾートに入社すると、住宅ローンが下りるかもしれませんよ」と言われました。

本当かなと思って、実は某地方銀行さんに行って話を聞くと、「星野リゾートに入社したら、入社したその日に住宅ローンを下ろしますよ」と言うので、がんばって星野リゾートに入ったというのが、私の入社のきっかけです。

星野リゾートの沿革なんですけど、実は星野リゾート、歴史のある会社です。今年で105年目です。代表の星野佳路が社長に就任して、1992年からどんどん会社が大きくなってきたという流れがあります。

私が入社した2002年、星野リゾートのおかげでなんとか家を建てることができました。多少簡単な小自慢なんですけど、少しだけいい家ができまして、当時『BRUTUS』に載せていただいたりしました。

星野リゾートはそのあとどんどん施設が増えて。私が入社したときは、まだ軽井沢に1つしかホテルがなかったんですけど、今では全国、世界も含めて40施設くらいを運営している会社になっております。

「kintone」導入のきっかけは、2013年のサイボウズカンファレンス

星野リゾートとサイボウズさん。サイボウズさんのイベントなので、サイボウズさんとの関わりを簡単にお話しておきます。もともとサイボウズの「サイボウズ Office」を使っていたんですけれども、私が入社して「星のや軽井沢」を開業した際に、「メールワイズ」と「デヂエ」を導入したりと、サイボウズさんの製品はよく使っておりました。

大きなターニングポイントになったのが、2013年のサイボウズカンファレンス。Cybozu Daysの前身で、「kintone」が大きく紹介されました。それまで「kintone」のことは知っていたんですけど、いろいろ優れたインターフェースはあるんだけどシステム間連携もできないし、あまり使えないなと思っていたら、2013年のサイボウズカンファレンスでシステム連携ができるようになったり、JavaScriptでのカスタマイズができるようになったり、欲しい機能がどんどん増えてきました。

それをきっかけに、私はどうしても「kintone」を入れたくなって、当時、「サイボウズ Office」を別のグループウェアに替えようと思っていたんですけど、「Garoon」と「kintone」の抱き合せで社内に導入することができました。これが私たちとサイボウズさんの関係の大きな流れです。

今回このセッション、テーマが「IT全般とkintone」と書かれていたんですね。「kintone」の話をする予定はぜんぜんなかったんですけど、一応関係はしているということで、ここで紹介しておきたいなと思っております。

「覚悟」がテーマなので、覚悟に至る道程を説明していきたいなと思っております。「覚悟」はIT戦略における覚悟なので、IT戦略は企業の戦略、星野リゾートの事業戦略とどう関係しているかが大事になってきます。

すべてのサービスを1人のスタッフが行う 米の経営学者 マイケル・ポーターに倣った星野リゾートの事業戦略

星野リゾートはもともと1992年に「日本のリゾートで勝ちたい」と強く願った星野佳路が、どんどん会社を大きくしてきたことが成長のエンジンになっています。今、2019年ですけど、去年、圧倒的強者がひしめく海外市場で勝負したいということで、台湾とバリに新しい施設を作ったりしております。

当然、日本のリゾートで勝ちたいというところから世界へだと、なりたい姿が変わってきます。そうすると、以前のビジョンと今のビジョンは変化してきます。ビジョンが変わって、戦略というのはもう1つミッション、社会の要請からも影響を受けると思います。

今、日本は観光産業を基幹産業にしていこうというかたちで、国を挙げてどんどん大きな変化が発生しています。そういった社会の要請、ミッションと、私たちがなりたい姿。なりたい姿にどのようになっていくのかが戦略になります。

「星野リゾートの戦略」は、まずはフレームワークがあります。旅行業界というのはとてもコモディティ化している市場です。その競争環境の中で真似されにくい独自の姿を確立し、それを維持しようというのが、基本的なフレームワークとなっています。

このフレームワークは、マイケル・ポーターというハーバード大学経営大学院教授が考えたフレームワークで、私たちはまさに教科書通りに戦略を立てています。

このフレームワークでは、最初のステップとして「生産性のフロンティアを達成しよう」と言っています。これはやるべきことをやっている状態ですね。やるべきことをやっている状態が達成できた次のステップで、「トレードオフを伴う独自の活動を選択しなさい」と言われています。

そこで私たちは、全部で5つのトレードオフを伴う独自の活動を選択して進めております。有名なのは、サービスチームと呼ばれるマルチタスクです。清掃業務、フロント業務、調理業務、料飲サービス業務、このすべてのサービスを1人のスタッフが行う働き方を、私たちは選択しています。欧米のホテルとか、日本の旅館では選択していないサービススタイルですね。

それに加えて、フラットな組織。フラットな組織行動を私たちは非常に強く志向して進めています。そういった独自の活動を選択した上で、「活動間にフィット感を生み出しなさい。そうすると真似されにくい独自の姿が作れますよ」と、マイケル・ポーターが言っています。

「フラットな組織構造」なんですけど、これは経営者や代表、総支配人、スタッフ、新人とか、そういういろんな立場の人たちが会社の中にいます。そういった人たちが立場、上下関係なく、対等な立場で言いたいことを言い合う。言いたい人に言いたいことを言う。それでいて、チームとしては1つにまとまっている。協力する。助け合う。決めたことは全員で守る。そういった行動が組織行動となっています。

堅牢性と俊敏性を兼ね備えたシステムが、むしろ企業の“安定”を生む

当然、この星野リゾートの事業戦略に沿うかたちで、「星野リゾートのIT戦略」も考えています。フレームワークは同じです。「生産性のフロンティアを達成し、トレードオフを伴う独自の活動を選択し、その上で活動のフィット感を生み出す」。これを私たちは目指しています。

その中で、「生産性のフロンティアを達成する」なんですけど、これはみなさんITに関わる人たちが多いので、「そうそう」と思っていただけると思いますけど、まず計画通りに構築できる必要がありますよね。設計通りに運用できる必要もあるんです。予算通りに運営できる必要もあります。その上でセキュリティリスクに備えるというのが、昨今非常に大きくなってきたと思っています。

ここに加えて、最近では2つのキーワードがけっこう言われていると思っています。「堅牢性と俊敏性を兼ね備えなさい」。システムの中に堅牢なだけではなくて、俊敏に変化できるようにしましょう。あとは市場の変化、競合の変化、顧客の変化にきちんと素早く対応しましょう。こういうことが、最近の企業システムには言われていると思っております。

これは私の中では、ハードルが上がってしまった。やるべきことをやっている状態のハードルが大きく上がったと思っています。

この2つ、以前であれば「10年に1度のシステム更新でいいよ。基幹システムなんていうのはすごい大きな金額がかかるから、10年に1回大きな投資すればいいんだ」とか。「システム会社に発注しよう。どんどんアウトソースしよう」「パッケージを利用するのが不具合がなくていいんだ」というのは、10年前、20年前、ずっと企業システムでは言われていたと思います。

それがもう今では、素早く対応する。堅牢性と俊敏性を兼ね備える。そういった変化に対して、クラウドを前提とした常に進化する仕組みを作りあげないといけない。もうなんならエンジニアチームによる継続的改善を永遠に続けなきゃいけない。そう言われてきているかなと思っております。

そうなってくると、「生産性のフロンティアを達成する」というところは、計画通り、設計通り、予算通り、この安心を企業に与えるものかなと思っています。リスク管理は当然、「安心、安全」ですね。

それに加えて、堅牢性と俊敏性、変化対応力はむしろ企業が今後、あらゆる大きな変化にさらされる中、企業を逆に安定させるための機能なんじゃないかと考えています。

2017年に大炎上事件が発生 kintoneで火消しに成功したが「やるやる詐欺」が問題に

私はIT戦略を立てるときに、まず「安心、安全、安定」をキーワードに、ケイパビリティの強化。自分たちのITチームとしての能力の強化をしていきたいと思っていました。

事業戦略から落ちてくる戦略の実行の一部がITシステムなので、そのITシステムを運用して改善していく。新たな機能を開発して追加していく。

こういった仕組みの中で、機能をきちんと定義して、経営判断プロセスを作っていく。こういったことが徐々にできていくと、私たちは生産性のフロンティアを達成できるんじゃないかなと考えました。これが私が以前、ちょうど5年くらいに前に考えていたIT戦略の基本的な考え方です。

このように、私は自分たちのITケイパビリティを上げることをだけを重視して活動していたんですけど、2017年、大きな大炎上事件が社内で起こります。私の中では生産性のフロンティアを完成させようと思っていたその前に、プロジェクトが大炎上しました。

もともと2017年の私の年間計画は兎にも角にも、ケイパビリティをどう上げるか。もうそれしかなかったです。一方でマーケティングチームは、宿泊していただく顧客を市場から取ってくる役目を持っています。いわゆるセールスとマーケティング、両方やっているチームですね。

マーケティングチームから頼まれていたある案件が、大きくスケジュールが遅れるという問題が起こり、そういったことで社内で大きな問題を起こしてしまいました。これはあまりにも大きな問題で、しかも「kintone」で解決したという流れがあったので、昨年のkintone hiveに出させていただいて、kintone hive 東京大会で優勝させていただきました。

私の部下の前田がファイナリストとして選出して、実は本選でも優勝を狙ってたんですけど、惜しくも3位になったという事例があります。

このとき、経営側はどう思っていたのか。ITチームから見ると「やるやる詐欺」。「やるやる」と言ってなかなかやらないから「やるやる詐欺」と社内で呼ばれていたんですけど、そう呼ばれていた私たちが、「kintone」で解決して、なんとか3ヶ月でシステムを作りましたよと、ちょっといい話になりました。

突きつけられた、ITでしか解決できない問題が多いという事実

IT部門から見ると、炎上案件ですね。炎上してしまったという案件なんですけど、経営者から見ると、怒っていたのは確かなのですけど、どういう気持だったんだろうとあとで振り返りました。

おそらく怒っている以上に途方に暮れてたんじゃないかなと思っています。なぜならば、私たちが携わっているシステムは、経営から見ると企業継続を揺るがしかねない経営課題だったんじゃないかなと思っています。

なぜ途方に暮れていたかというと、今みなさんの携わっているのも同じだと思いますけど、デジタルやITがないと、事業の新しい戦略とか新しい企画がままならないですよね。今、ITでしか解決できない問題のほうが多くなってきていると思います。なにかしらITは関与しているという感じですよね。

そうなってきたときに、やるやる詐欺になる理由がわからない。「いつ完成できるかわからない」と言われたり、予算が足りなくなっちゃってどんどん倍増していったり、本当にこれってやるべきだったんだろうかと自問自答してしまうわけですね。

そういう意味だと私は、怒らせている以上に圧倒的な不安を与えていたんじゃないかなと思っています。でも当然、私たちIT部門は会社の中のイチ組織なので、代表自身にも責任があるとちょっと思ったんじゃないかなと思いました。

やりきるためには経営側のコミットと人材のリソースが不可欠 経営判断プロセスの構築に注力

一方そのとき私は、IT戦略、ケイパビリティの強化をずっと目指していたんですね。そのときに、ある意味横やりが入ったという状態だった。「もう少しだったのに」とすごく思っていたんですけど、「もしかしたらこれ、チャンスかもしれない」と思いました。

理想と現実のギャップは当然あったわけで、私が目指していたケイパビリティは、自分たちの技術の強化とかは、経験値が少しづつ溜まってきていたんですけど、経営側のコミットとリソースが足りなかった。リソースは、私たち人材ですね。

作るものを間違えない。優先順位を間違えない。そしてやりきるためには、経営側のコミットとリソースが必ず大事です。それが足りない状態だったんですけど、いわゆるプロセスを作ったり、リソースを拡充したり、そういったことがもしかしたらできるんじゃないかと思って勝負に出ました。

「経営判断プロセスの構築」なんですけど、課題はいくつかありました。PMがいなかったり、スキルが足りなかったり、開発プロセスの経営判断不足、オーナー不足といろいろありました。これは開発プロセスを整備したり、事業部門のオーナーシップ制度を導入して、オーナーがいないプロジェクトはやらないようにしたり。あとは、星野代表が参加して、システム投資判断を毎月やるように切り替えていきました。

それに関しては、私と代表と一緒にやりきりました。私が何かを出したんじゃなくて、代表も「こういうプロセスだったらうまくいかないんじゃないか」「こういう説明だと社内に説明できないんじゃないか」と、代表自らが一緒にやってくれました。

こうやって進めていく中で、毎月こういうかたちで経営会議の資料を持ってきてるんですけど、判断ができて、経営陣と一緒に開発案件の優先順位の判断もできたり、3ヶ年の予算計画のアップデートができたり、場合によっては打ち手の検討も一緒にできるように今はなっています。

その流れで、情報関連費用のグループ内の可視化。私たちが大きな金額をかけて、それをやはりきちんと費用対効果の面で黒字にしていこうみたいな活動ができるようになりました。これはある意味、私の目論見どおりに経営判断プロセスを作れたかなと思っています。

IT知識ゼロでも“星野文化”と“現場知識”があるスタッフを情報システム部門へ異動

「体制強化」。こちらも人がいないからうまくいかないんだというロジックの中で、徐々に進めることができました。情報関連支出、みなさんの会社もだいたい似てると思います。投資があったり、サーバーの運用費用があったり、通信費用があったり、いろいろあると思いますけど、システムを作ったり運営したりというのは、基本的には人件費ですね。社内であろうが社外であろうが、人件費であることは変わらないと思います。

これを徐々に内製の人件費にシフトしていこうというロジックを作り上げて、当時、実は4人、5人でやってたんですけど、そこから今現在、2015年4人で、現在29名で、5年間で29人までスタッフを増やすことができました。

実は最初、社内のスタッフから異動させました。彼らはITの知識はなくても、現場への共感力や、何が欲しいかをよく知っているスタッフたちです。彼らにまず、星野文化と現場知識というかたちで、情報システムの機能を強化していって、そのあとに高い専門スキルのある外部のエンジニアをどんどん採用するようにしました。

今はこの2つのチームがうまくミックスして、進めることができているかなと思っております。これも目論見どおり、リソースの拡充ができたという状況です。

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