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羽生善治「永世七冠」記者会見(全3記事)

【全文2/3】羽生善治永世七冠の次なる目標は「公式戦最多勝」 会見で今後について語る

2017年12月13日、第30期竜王戦にて竜王を奪取し、史上初の7タイトルの永世称号を獲得した羽生善治氏の記者会見が行われました。会見では、永世七冠を獲得した心境や、将棋に対する自身の考えについて語りました。

「最後のチャンスかもしれない」という気持ちでのぞんだ

司会者:あとは羽生さんのその強さと言いますか、「連敗が少ない」ということも特徴として言われています。なかなか人って負けてしまうと引きずってしまったりするようなことがあるかと思うのですが、そういうことは羽生さんの場合はあまりないのでしょうか?

羽生善治氏(以下、羽生):そうですね。なんというか、将棋は特に個人競技でやっているのであまり突き詰めすぎて考えないようにはしているんです。それは、例えばスポーツだったら風向きが悪かったとか、そういう偶然性みたいなものが入ります。しかし将棋の場合は、負けたらそれは自分のせいで自分がミスをしてしまって結果につながらなかったということになってしまいますので。どんどんそれを突き詰めてしまうと、精神的にもかなり厳しくなってしまうところがあるので、その意味でのいい加減さと言いますか、ズボラさみたいなものも大事なんじゃないかなと思っています。

ただ最近は、(対局が)終わってしっかり眠れれば、わりかし気持ちは切り替えられるというか、また次があるというか、「今日は負けてしまったけれども、次、また明日から頑張っていこう」という気持ちにはなれますね。

司会者:一方で、今回私が驚いたのは、対局後にお話しされていたなかで「『最後のチャンスかもしれない』という気持ちでのぞんだ」と言われていました。この「最後のチャンスかもしれない」というのは、どういうお気持ちなのでしょうか?

羽生:そうですね、竜王戦という棋戦をですね……。30期のなかで20代の若い棋士たちが基本的に活躍してきた棋戦なんです。まあ、私は年齢的には40代の後半ということですので、なかなか挑戦者になるためのトーナメントで勝ち上がれるかという保証はまったくないというのが実情なんですね。

今回は幸運にもそういうチャンスを掴むことができたので。これが10代のときでしたら「また次の機会がある」というふうに感じられるかもしれませんが、今回は「この1回」といいますか、その気持ちでのぞまなければならないなというところでした。

棋士として年齢を重ねるということ

司会者:今ご自身から年齢のお話がありましたが、今47歳ということで……?

羽生:はい。

司会者:これは誰もが体力が落ちてきますし、例えば「人の名前が出てこない」ということもあると思いますが、昔と比べて、羽生さんも「ちょっとうまくいかないな」と思うようなことというのはあるのでしょうか?

羽生:例えば「対局をしていく」ということに関して言うと、1試合を行うという点においては、昔も今もほとんど変わりはないです。ただその1年間のなかで60試合とか70試合とか、たくさん試合をして、そしてそのパフォーマンスが常に高いという……。その高い質で量をたくさんこなせるかと言われると、やはりそこは難しくなってきているというような感覚も持っています。

司会者:棋士にとって「年齢を重ねる」ということは、どういうものなのでしょうか? メリットとデメリット。

羽生:メリットは、いわゆる感覚的なところでの経験値が上がるというところがありますので、無駄なことを考えなくて済むとか、大雑把に局面を捉えるとか、そういうところがあります。一方でデメリットのところで言いますと、今の記憶力のところであるとか、あるいは反射的にパッと対応するとか、そういうところはやはり年齢が上がってくると難しくなってくるところがあります。なので、いかにそのあたりでバランスをとるかというところが課題になっています。

司会者:「大雑把に」とおっしゃったのは、俯瞰してものが見られるようになってくるという意味で、年齢を重ねることのメリットがあると捉えてよろしいでしょうか?

羽生:はい。いわゆる、方向性を見定めたり、戦略を決めたりといった具体的なことではなくて、大雑把に考える、抽象的に考えるというところですとか、あるいはたくさん読むのではなくて、効率よく急所だけ押さえて読んでいく、そういうスキルは経験によるところが非常に大きいのではないかと思います。

若手棋士の台頭について

司会者:先ほど、若手の方たちが台頭してきているというお話がありました。その若手の勢いのようなものを感じられたときに、ご自身のなかで少し焦る、という気持ちはあるのでしょうか?

羽生:そうですね、最近は20代で強い棋士の人たちが非常にたくさんいて、非常に研究熱心ですし、自分が知らなかったような作戦や戦術を編み出してきているので、そこに苦慮しているという面も、やはりあります。

そういうことが起こっていることに対して、新しい感性を持った棋士たちの発想を自分なりに勉強して、吸収して取り入れていかなければいけないなとは常に思っています。

司会者:確かに将棋ソフトを参考にした戦術が取り入れられたり、いろいろな情報戦になってきたり、将棋の質というか、世界観、これは変わったのでしょうか?

羽生:そうですね。今まで何回か分岐点みたいなものがあって、例えばそのデータを重視して戦うようになったとか、インターネットができて、地方に住んでいても強くなれるような環境が整った。

ソフトが出てきて何が変わったかというと、実は過去に人間が指した指し方がけっこう見直されてきているという傾向があって、温故知新ではないですけれども、コンピューターにとってはそんなものはないので(笑)、人間の目から見ると非常にクラシックなかたちが再び復活してきているというのが、今年一番の大きなトレンドなんです。なので、そういう意味では新たな可能性を見ているというところです。

将棋の本質について

司会者:そういうものに戻ってくるというのはどういうことなのかと思うのですが、もう1つおうかがいしたかったのが、今回永世七冠になられてから、将棋そのものの本質をどこまでわかっているかと言われれば「まだまだだ」というお話になりました。羽生さんが将棋の本質がわからないと言ったら、「どんな世界なんだ!?」と思ってしまうんですが、これはどういうことなんでしょうか?

羽生:もともと将棋の可能性って、10の220乗くらいあると言われているので、まあ途方もない数なんです。子どもの頃からずっとやってきていますけど、自分がやってきたことって、そのほんの一欠片、一欠片の欠片にもなっているか、なっていないか、ということだけなので、それを考えると、根本的なことはわかっていないという面があるとは思っています。

司会者:でも今、ここまで成し遂げられて、今考える将棋の本質とはどういうものだと思いますか?

羽生:うーん、誰が作ったかはちょっとわからないんですけど、ただやっぱり先人の人たちの知恵、叡智みたいなものは、ずっとやっていくなかで感じることが多いです。つまり、400年前に現在のものに定着するまでにルールが何十回も変わっているんですけど、やっぱり微妙な均衡が取れるように設計されているので、そこは非常に精巧に緻密にできているという印象を持っています。

司会者:それは先人の方が意図して作られたものなんでしょうか? それともたまたまそういうルールで、作ってみたら続いてしまったというものなんでしょうか?

羽生:まあ、娯楽であったとしても、歴史の淘汰というのは間違いなくあると思うんです。おもしろいものが残って、つまらないものが廃れてしまうというところがあると思うので、さまざまな人たちの創意工夫の結晶みたいなものなのではないかと思っています。

公式戦最多勝について

司会者:それではこの先なんですけれど、次に目標とされること、これはどういったことでしょうか?

羽生:具体的なことでいうと、公式戦での1,400勝というのが近づいてきているので、近い目標としてはそこを目指してがんばっていきたいと思っています。

司会者:大山康晴十五世名人が持つ歴代最多の1,433勝まで、あと42勝と。あと42勝といっても本当に大変なことだと思うんですけれども、ここを達成される自信はいかがでしょうか?

羽生:大山先生の記録については大変な記録だと思っていますので、まあ、追いついて追い抜いていけるように、がんばっていきたいと思っています。

司会者:それでは、私ばかりで独り占めしては、たいへん申し訳ないので、会場のみなさんからも質問をお受けしたいと思います。質問のある方は挙手でお願いいたします。

ファンへのメッセージ

記者1:NHKニュース7のタカイと申します。本日はよろしくお願いいたします。

羽生:よろしくお願いいたします。

記者1:国民栄誉賞を検討されているということです。受賞となると棋士としては初めてになります。羽生さんの活躍で非常に将棋が身近に感じていらっしゃるみなさんも多いと思いますが、メッセージを一言お願いできますでしょうか。

羽生:将棋の世界は古くからある世界ではありますし、また幅広い人たちに楽しんでもらえるものであり続けられるように、やっぱりこれから頑張っていかなくてはいけないのかなっていうふうに思っています。

記者1:身近に感じているみなさんに対して、より知っていただきたいとか知ってもらいたいとかそういうお気持ちというのは。

羽生:そうですね。最近は中継みたいなものがあったりとか、あるいはニュースでもよくとりあげていただいて大変ありがたいと思っているんですけれども、日々生活をしていくなかの片隅に将棋というものがあるということが一番いいかたちなのではないかなっていうふうに思っています。

最近のトレンドを取り入れて戦った

記者2:七冠おめでとうございます。今回の対局は羽生さんがおっしゃられたので安心しているんですけれども、「これを逃したらチャンスはないかもしれない」とファンの人もずいぶんそう思っていたと思うんですね。そういうことを乗り越えて達成されたことは大変めでたいことですし、敬服に値することだと思います。

それで、どうしてそういうことを聞くかと言いますと、前に中原(誠)名人が森内(俊之)さんにこういうことを言っておられたのを知っているんですが、「羽生さんはどうしてやらないんだろうね」とおっしゃってたんですね。

それはなにかというと、名人戦に特化して、いろんな研究の成果やひらめきやいろんなものを名人戦用にとっておいて、それを中原さんの場合は名人戦にぶつけて、それで名人の記録を確保していたという経験がおありなわけなんですね。

そして渡辺(明)さんも竜王についてはそういうような、経験をそこに集中しているような、そういうふうに見ていたんです。それに対して羽生さんは各7つのタイトルをどんどん真剣に闘ってお獲りになっていたので、1つのタイトルに特化していないように私には思えたんですね。

それで、今回の最後のチャンスとお思いになったときは、やはり相当特化して、今までの研究の成果を他で使わないでとっといてそこにぶつけたという対策をおとりになったのかどうか。

つまり、棋風が変わったって言うとおかしいですが、そういうことがおありになったんじゃないかなと思いますが、そのへんの苦労とか、そういうことがあったらお教えください。

羽生:まあ、なんと言えばいいんでしょうかね。ここ最近はとくにそうなんですけれども、けっこう流行の移り変わりみたいなものが早いんですね。例えば、新しいアイデアで「次の大きな対局のときにとっておこう」と思っても、そのとっておく期間の間に戦術が変わってしまっているというケースが非常に多いです。

またもう1つは、今本当に情報化の時代で、どんどん情報が流れていくので、もし自分がある1つのアイデアとか発想を思いついたら、それはすでに他の誰かが思いついているっていうふうに考えるようにしているんです。

実際そういうことも多いので、ですから出し惜しみしていても、ただ機会を逃してしまうだけなので、一番近いそういう機会、タイミングがあったときにその手を指すというケースが多かったです。

今期の竜王戦に関していうと、それほど前から温めていた作戦、新手みたいなものを指したというわけではないですけれども、一応自分なりに最近のトレンドみたいなものを取り入れて、アレンジして、一局一局迎えていったっていう背景はあります。

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