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羽生善治「永世七冠」記者会見(全3記事)

【全文1/3】羽生善治氏、永世七冠達成の心境語る「1つの大きな地点に辿り着くことができた」

2017年12月13日、第30期竜王戦にて竜王を奪取し、史上初の7タイトルの永世称号を獲得した羽生善治氏の記者会見が行われました。会見では、永世七冠を獲得した心境や、将棋に対する自身の考えについて語りました。

第30期竜王戦でタイトルを獲得し永世七冠に

司会者:それでは大変お待たせいたしました。時間となりましたので、ただいまから羽生善治永世七冠の会見を始めたいと思います。私は当クラブ企画委員の日本テレビのオグリと申します。進行と質問役を努めさせていただきます。

もうみなさんに申し上げる必要もないかと思いますけれども、先週行われました第30期竜王戦で「竜王」を奪取して、永世竜王の称号獲得条件の通算7期をクリアされました。残りの6つのタイトル戦「名人」「王将」「王位」「王座」「棋王」「棋聖」の永世称号と合わせて、永世七冠の誕生ということになりました。

この素晴らしい偉業を達成された興奮も冷めやらぬ中、今日お迎えすることができて大変嬉しく思っております。実は羽生さんには2006年に一度、日本記者クラブにはお越しいただいています。それは王座戦で、ご自身の持っていた同一タイトルの連覇記録を15回に伸ばした時ということで、今回が11年ぶり2回目のご登場となります。

今日の記者会見の進め方なんですけれども、まずは羽生さんからご挨拶をいただきます。その後、質疑応答の関心があるであろうと思われる事項を対談形式でお聞きして、その後会場から挙手による質問というのをお受けするというかたちで進めたいと思います。

本日は当クラブの会員ではない東京将棋記者会所属の専門誌などの記者の方々も出席されているということで、会場からの質問をお受けする際には非会員の方々の質問もお受けいたしますので、ご了承ください。

それではまず初めに、羽生さんからお願いいたします。

永世七冠を獲得した今の心境

羽生善治氏(以下、羽生):どうもみなさんおはようございます。本日は日本記者クラブにお招きをいただきまして、誠にありがとうございます。

第30期の竜王戦が終わって、しばらく時間が経ちました。終わった直後は、あまり実感というかリアリティがなかったんですけれども、たくさんのファンの方からお祝いや激励のメッセージをいただいて「(永世七冠を)獲得することができたんだな」というところを、日々少しずつ実感をしているというところです。

30年以上に渡って棋士の生活を続けていく中で、1つの大きな地点に辿り着くことができたというのは、自分自身にとっても非常に感慨深く思っております。今日はどうぞよろしくお願いいたします。

司会者:ありがとうございます。それでは私からいくつか質問をさせていただきたいと思うんですが、まず今朝、大きなニュースが入ってきました。

政府が将棋で初めての国民栄誉賞を羽生さんに授与する方針であるということが、明らかになりました。このニュースをお聞きになって、まず、いかがでしょうか。

羽生:そうですね、やはりその検討をしていただけるだけでも、大変名誉なことだと考えていますし、引き続き棋士としてきちんと邁進していきたいという気持ちで今はいます。

司会者:すでに政府から連絡というかは、羽生さんにあったんでしょうか?

羽生:現時点では、とくにそういった連絡はありません。

司会者:現段階での検討としては、囲碁の井山(裕太)棋聖とともにということなんですが、この井山棋聖とともにというところは、どうお受け止めになりますか?

羽生:井山さんは全冠制覇を今年2回もされて、まさに現在も新しい記録を塗り替え続けていっている。隣の世界ですけれども、非常に素晴らしい棋士であると思っています。

司会者:今、隣の世界とおっしゃいましたけれども、囲碁と将棋。世界は違うと思うんですけれども、そういう時代を切り開いていく、まさに国民栄誉賞の基準というのが、広く国民に敬愛され、社会に明るい希望を与えることに顕著な業績があったものということなんですが、そういう社会に希望を与える人が、囲碁の世界でもいて、そしてご自身もそういう立場であるという、その点についてはどういうお気持ちでしょうか。

羽生:そうですね、将棋の世界も囲碁の世界も、江戸時代は家元制度で、世襲で代々継いできたという、そういう歴史的な背景もあります。共通点として、小さいお子さんから年配の方まで、幅広い人たちが盤と駒、または石があれば楽しむことができるというところがあります。

やはり将棋を指す、あるいは打つ。あるいは見るとか、さまざまなかたちで日々の生活の中に、少しでも浸透して存在していてほしいなという気持ちを日々強く思っているところです。

将棋界のフロントランナーであり続けることについて

司会者:羽生さんというと、25歳の若さで七冠を達成されるなど、常に史上初めてというような枕言葉がつく立場でいらしたと思うんですけれども、そういうご自身がフロントランナーであるというのは、どういうお気持ちなんでしょうか?

羽生:やはり将棋の世界、あるいは一局の将棋のなかにおいても、必ず未知の場面、今まで自分が経験したことがない場面に出会うわけなので、そういう状況、環境のなかでどれだけのことができるかどうかということを問われ続けているというふうには考えています。

ただ一方、そのプロセスのなかで、ミスをしてしまったりあるいは負けてしまったりというケースも多々あるんですけれども、そのことも踏まえてと言いますか、また反省をして前に進んできたつもりです。

司会者:常にそういう枕詞がつくというお立場、プレッシャーが重くていやだなとか、そうお感じになることはないですか?

羽生:そうですね、もちろんその緊張感と言いますか、緊迫感、プレッシャーみたいなものは、やはり何年たっても何十年たってもそういうことを感じることはやっぱりあります。

ただ一方で、そういうプレッシャーがかかるような環境で対局ができるというのは、棋士にとっては非常に充実して幸せなことなのではないかなと思っていますし、そういうものが逆になくなってしまうほうが問題があるというふうには思っていますので、ある程度までだったらそういうものがあったほうが、むしろプラスに作用するのではないかなと考えています。

司会者:こういう羽生さんの謙虚で前向きなところというのがみんながすごく憧れるところだと思うんですけれども、やはりご自身に対して揺るがない自信みたいなもの、自分は大丈夫だというようなものというのは常におありなんでしょうか。

羽生:あ、そうですね。えーと……ただなんというか、なんとなくイメージとして、棋士は何十手も何百手も読めるので、常に先のことを見通して考えているようなイメージを持たれると思うんですけど、実際はそんなことはまったくなくて、十手を読むことはできるんですけど、現実に起こる十手先の局面を想定することはほとんどできないんです。

だから常に予想外とか想定外とか、考えている範疇の外側のことが実際に起こるというケースがほとんどなので、やっていることは意外と暗中模索というか、五里霧中のなかで、ただ目の前の一手はなにがいいかなというようなことを繰り返しているという感じなので、あまりなんというか、自信も見通しも持っていないままやっているというのが実情です(笑)。

自身の長所と短所について

司会者:ごめんなさい、私は本当に素人なんですけど、とはいえ「羽生マジック」という言葉はよく耳にして、誰も他の棋士が思いもつかないような手を打つというところに大きな魅力があると感じてはいるところなんですけれども、ご自身が考えるご自身の将棋のさ、長所。あるいはもしあるとすれば短所。これはどういったところなんでしょうか?

羽生:そうですね、「マジック」という表現は、人が思いつかないような手を指しているというところなのかもしれないんですが、自分のなかでは、普通の手というか平凡な手を選んでいることが多いつもりではいるんです。

ただ一方で、棋士の世界でやっていくなかで、いかに人と違う発想とか、アイデアとか、そういうのを持つことができるか、考えることができるかっていうところが、だんだん比重として高くなっている面もあるので、そういうところを大切にしているというところはあります。

長所と短所ということで言うと、そこで例えば新しいアイデアのことを「新手」という表現があるんですけれども、そういう新手を指すとかそういうことをやっていくときに、ある程度失敗したりとか、負けることとか、不利になることを承知の上でやっていかないと、なかなか今の移り変わりの早い戦術のなかで対応するのが難しくなってきているという面もやはりありますので、そこは、なんていうんでしょうかね。

そういう姿勢でやっていくというところは忘れてはいけないということなのかもしれないですけれども、それが具体的なかたちになるかどうかわからないというデメリット・短所もあるのではないかなと思っています。

「手が震える」ことについて

司会者:これはもしかすると専門の方からすると本当に素人の質問で恐縮なんですけれども、羽生さんはご自分の勝ちが見えると手が震えるというのがあって。

羽生:ああー。はい。

司会者:今回も私、映像で確認させていただいたんですね。今回の竜王戦の第五局の終盤も、ちょっと手が震えているような場面が見られたんですけれども、あれはご自身のなかでは何が起きているんでしょうか。

羽生:手が震える時は2つのケースがあって、無我夢中でやっていて結果が見えたと。勝ち筋がはっきり見えて、勝負がついたと感じたときに、我に返ってそこで手が震えるということがあります。

もう1つのときは、時間に追われていて、残り1分とかで1分以内で一手指さなきゃいけないというような状況において、なにを指せばいいのかわからないときに迷う、というときに震えるというケースもあります。

このあいだの竜王戦の対局に関して言うと、前者のほうです。ある程度、終局の十五手前ぐらいのところで、なんとなく最後までの道筋は見えていたので、そこで我に返ったというところです。

司会者:その「我に返ったとき」というのは、将棋の世界からふと現実の世界に戻ったとき。「これは勝てるかもしれない」など、なにかご自身の中に電流が走るようなイメージなのでしょうか?

羽生:あ、そうですね。ただおそらく、スポーツとかアスリートの世界と将棋の世界で気持ちの面で違う点というのは、終わる前や終わる直後にあまり大きな感情の起伏は起こらないんです。だから、終わった瞬間にすごくうれしいとか悲しいというのは、長期間の対局で疲れているということはあるんですけれども、その瞬間になにかすごく気持ちが変わるかというとそうではなくて。少しずつ少しずつにじみ出てくるような感覚で気持ちが変わっていくケースが非常に多いです。

司会者:だから対局が終わった後、勝者と敗者とが振り返りますよね。その時に冷静に振り返られるというのは、徐々に徐々に局面が移ってきて、勝敗につながるというところで冷静に振り返るというものなのでしょうか?

羽生:そうですね。もちろん反省と検証というところで「どこが良かった、悪かった」ということを考える場でもあるんですけれども。お互いに深く集中しているなかで、少しずつそこから通常モードに戻っていくためにクールダウンしていっているというプロセスでもあると思います。

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