2024.10.10
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青山文平氏『つまをめとらば』(全1記事)
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司会:直木賞を受賞されました青山文平さんの会見を開かせていただきます。青山さんどうぞ壇上にお上がりください。青山さん、それでは最初にひと言、今のご感想をお願いします。
青山文平氏(以下、青山):なかなかひと言では語れないものがあるんですけれども、ひと言で語るとすれば当然うれしい。特にこの『つまをめとらば』という本で選んでいただいたということが非常にうれしいということです。
なんで、その『つまをめとらば』で選んでいただいたことがうれしいかというと、ひと言では済まなくなりますので、ひと言はこれでお願いします。
司会:はい、それでは質疑応答に移ります。
質問者1:読売新聞のカワムラと申します。受賞おめでとうございます。
青山:ありがとうございます。
質問者1:最初に年齢の話から聞いて非常に恐縮なんですけれども、星川清司さんに次いで、史上2番目の高齢、時代小説作家として再出発されてから5年ですけれども。
今、長く小説を書いてきて直木賞という大きな賞を受けたことに関する感想と、自分が67歳からまたどういうふうに書いていきたいかということをひと言うかがればと思います。
青山:確かに、67歳で史上2番目というのは私も承知してますけれども、書いてる限りそういうその年齢……。
スポーツ選手もそうだと思うんですけど、スポーツ選手が現役を続けられるのは常にレベルアップしようという、そのレベルアップするために練習を工夫して、自分は今よりも絶対いい選手になりたい、そういうモチベーションがあるから続けられると思うんです。それは年齢関係ない。
これは小説も同じで、書く以上、常に今よりいいものを書きたいと思うわけです。この次はもっといいものを、もっといいものを、そういう気持ちがなければ小説を書くというのはけっこうしんどい作業なもんですから、とても続けていられない。
そういう面では67歳という年齢は、そんなことを気にしてられないということですね。これ、質問の答えになってるんでしょうか。
司会:はい、じゃあ次の質問。
質問者2:どうも。朝日新聞のイタガキと申します。おめでとうございます。
青山:どうもありがとうございます。
質問者2:最初、純文学で出発されて、その後ブランクを経て、年金が払えないからという、生活手段と割り切って時代小説を書かれたと思うんですけれども。
今日講評で、「哲学的な思考の強い方なんじゃないかな、という印象を持ってます」と宮城谷昌光さんがおっしゃっていまして、インタビューをしていてもそういうご性格を感じるんですけれども。
時代小説と割り切って書いてはいても、そういう評価を受けたということについて、何かご感想があれば教えていただけますでしょうか。
青山:確かに純文学を40代前半で書いていまして、それから10年やって、それで10年やめて。おっしゃるように純文学をやってましたから、エンターテインメントはどういうふうに書けばいいのかということを考えた時期もあったんですね。
例えば、時代小説ですから、読む方がけなげな女とか、尽くす女とか、そういうのを読みたいというニーズがあるのであれば、それに応えるのがエンターテイメントなのかなということも考えたこともありましたけれども。
先ほど、『つまをめとらば』で選んでいただいたことがうれしいというのは、まさにそこに関連してまして。
今はそういうことをぜんぜん考えてない、それがその『つまをめとらば』なんですね。純文学とかエンターテインメントとか、そういうことを考えてないです。もうこれ、ちょっと長くなっちゃっていいでしょうか。
今、自分が考えているのは、言葉で言えば「銀色のアジを書きたい」。銀色のアジというのは2つの意味がありまして、まずアジ。アジは大衆魚と言われてますから、私の書きたいのはそういう……。
私は時代小説とはいっても、18世紀後半から19世紀前半の時代小説の書き手なんですけれども。つまり、戦国と幕末は抜けてるわけなんです。
(それは)アジ、大衆魚を書きたいからなんですね。あんまり有名人には興味がない。信長や秀吉にはあんまり興味がない。
もう1つの銀色というのは、アジは青魚と言われるわけですよ。サバとかイワシとかサンマとか、そういうのをふくめて青魚と言われてるんですけども。
10年ぐらい前に生命原色という言葉がけっこう話題になったことがあるんですけども、ご記憶の方はいらっしゃるでしょうか。生命は命の生命ですね。原色というのは原色です。原と色の原色です。生命原色というのは生きているときの色なんですよ。
アジが青魚と言われるのは、あれは死んだ状態で青魚になる。水族館に行って泳いでいるのを見ると、アジは銀色ですね。だから、銀色のアジを書きたいというのは生きてる色を書きたいということです。
よく、「アジは青魚だよね」「サンマは青魚だよね」と、そういうことを了解しては、「それは死んだ世界なのね、本当は銀色なの」と。それが生命原色なんです。生きてるからこういう色が出ると。
その生命原色を表現するのに、小説というのは素晴らしい手段なんですね。これは論文でもなんでも、その人間の生きてる状態というのはなかなか描きにくいと思う。
これが一番描きやすいのが小説という手立てだと思います。ですから私は今、生きてるからこそ出る色、そういう銀色のアジという物語を書きたい。
だから迷いがなくなったということはあるんですね。エンターテイメントだから、純文学だからということじゃなくて、とにかく銀色のアジを書こうと。
自分に書けるかなと思ってたんですが、それが初めて、レベルはともあれ「書けたじゃないか」と思ったのが、この『つまをめとらば』です。だから、これを選んでいただいてうれしい。
これからもこの方向性でもっともっと、先ほど言ったように書いてる限りは歳は関係なくもっといいもの書きたいというのは、これはもう書き手である以上当然のことですから。
もっともっと、あるいはその銀色じゃないかもしれない、もっと違う色かもしれない、もっときめ細かく見れば、そういうものを書いていきたいと思ってます。ちょっと長くなりました。
質問者2:続けてもう1ついいですか。ご受賞されまして、直木賞を取りますとけっこう本が売れたりもすると思うんですけれども。
最初の目的であった、「たくさん本を売って生活を」という目的もあったと思うんですけども。今回のご受賞で、それが人気作家への登竜門になると思うんですが、その意味での喜びの声を教えていただけますか。
青山:それはまあ、67歳ですから。喜びは候補に選んでいただいたときのほうが(大きい)。候補に選んでいただいたときに、「ああ、これで3年食える」と思いましたよね。
(会場笑)
青山:とりあえず、2度目の候補になれば3年間は注文があるかなと。それで、あと私の年代ですから、3年食えるとかなり死ぬ時期も近づいてくるんで、かなり安定期に入るという。ですから、今というよりも候補に選んでいただいたときのほうが。
質問を先取りしちゃいますけれども、直木賞に選んでいただいたというのは、無名の書き手にとって直木賞とか芥川賞というのは、これほどかけかけがえのない重い賞はないわけですよ。
私は今まで6冊の本を書いていますけど、一番少なかったのは初版3500部ですね。初版だけですから、これは半年かけて書いたものが3500×150円っていくらぐらいですか? 60万円いくかいかないか。それを年間書いたら年収120万円ですから。あれ、何を言おうとしたんだ?
そういうお金のこともさることながら、初版3500、5000部というのは一般の郊外の書店には並ばない部数です。ですから、私の本を見たことないという方はたくさんいらっしゃると思う。
そういう3500、4000、5000という部数の本を皆さんに見ていただける、店頭に並ばせる賞はこれのみだと私は理解してますけれども。
3000超え、4000部(の本)をすべての書店の店頭に並ばせる賞というのはこの賞だけで、書き手にとってはこんなにありがたい、かけがえのない賞はないと理解してます。
司会:よろしいでしょうか。続いてご質問の方。
質問者3:毎日新聞のナイトウでございます。おめでとうございます。
青山:よろしくお願いします。
質問者3:今から3、4年くらい前にちょっと大病をなさって。そのときに、「今後のことをあらゆる場面で選択する覚悟が必要だ」とおっしゃっていたんですけれど。
今のご体調と、そのとき考えておられた「今後覚悟が必要だ」というのは、(今後も)年齢関係なくバリバリ書いていかれるんですけれど、一方でやはり、その覚悟というのは今お持ちでしょうか。
青山:覚悟、そうですね。3年前、私は2011年に松本清張賞をとったその翌年に大腸がんになったんですけれども。今3年半目で、幸い経過良好というか何の問題もなくきているんですけれども。
今はあんまり意識してないんですね。定期検査のときは、半年と1年でありますけど、そのときは当然誰だって意識すると思うんですが。今はそういうことをあんまり気にかけてはいない。非常に体調はいいもんですから。
ただ、ちょっと偉そうなんですけど、そのときに、当然がんですから自分が死ぬことを考えるわけですよ。まあ、考えない人はいないと思うんですけど、そのときに医者から言われたんですけれども。
大腸なんですれども、手術をするに当たって、他のところに転移していないかということで胃カメラを飲むわけですよね。
やっぱりがんになったというストレスで胃が潰瘍になって、胃カメラを飲むと血だらけになっている方もいらっしゃるそうですよ。「ああ、がんになっちゃった」ということで、潰瘍をつくっちゃうんですね。それで出血すると。
私はその胃カメラで、非常にきれいだと褒められたんです。だから、私はそのがんを精神的に、胃を痛めるほどには受け止めてはいなかったということは言えるのかなと思いましたけれども。
その見切りですよね。死ぬかもしんないと、がんになったと、自分とどういうふうに向き合うんだという見切りをする上で、文芸というのはやっぱり非常にいいもんだと思いますよ。これは文芸のPRですけど。
自分は今まで生きてきたことをどういうふうに受け止めてるのかとか、どういうふうに手術と向き合うのかとか、そういうのを考えるときに、自分の精神世界を築くものというのは、文芸ジャンルだと思いますよ。ということで、文芸のPRにしたいと思いますけども。
司会:よろしいでしょうか。
質問者4:読売新聞のムラタです。おめでとうございます。『つまをめとらば』ということなのでおうかがいしたいんですが、奥さまには受賞のご連絡はされましたでしょうか。
青山:ええ、さっき。当然、夫の義務ですからね。
質問者4:何ておっしゃってましたか。
青山:うちの奥さんはあんまり。「私のことではない」ということなんで。
(会場笑)
青山:「あんたのことだ」という。
質問者4:さまざまな夫婦の形というか、男女の形が書かれた小説であるんですが。青山さんは夫婦お二人暮らしということなんですが、その中にそういう長年の関係性が表れているのかどうかというようなことと、奥さまがこの本をお読みになられているんであれば、どのような感想を持たれていたか。
青山:最初に答えやすいところから言いますけど、うちの奥さんは、私の書いたものは一切読みません。だから、今回も読んでないですね。
関係性というのは、当然影響しないわけがないわけでして。まったく価値観の違う男と女が一緒に何十年と暮らすわけですから、当然ものすごい影響を受けるわけですね。それは、もう誰でも同じだと思いますけれども。
ただ『つまをめとらば』に書いたものというのは、プライベートを特に意識して反映させたということはありません。そうじゃなくても当然出てくるものですから。
質問者4:何か意識して書かれたかどうかは別として、暮らしの中で何かにじみ出る部分がこの作品の中であったというところはありますでしょうか。
青山:具体的には無いですけども、小説というのは基本的に世界観ですから、最初小説を書いてみたいと言っても、なかなか書けない。世界観というものはご大層なものじゃなくて、自分がこの世の中をどういうふうに考えているかということですから。それがないと書き始めても終われないんですよね。
たいてい、「小説をやったけど書けない」という方は、終われない方なんです。終われないのには終われない理由がある。まだ終わるまでいってない。だから、当然そういう……今のは偉そうだからちょっとなしにして。
(会場笑)
青山:さっき言ったように、世界観という大層なものじゃなくて、誰でも「自分は世の中に対してこういうふうに思ってる」と。それを形成するのに、自分の奥さんは一番強い影響を与える。それはもう当然のことだと思います。
質問者4:最後1つおうかがいしますが。奥さまと一緒になられて、直接じゃないにせよ、こういう形で賞になったわけですが。奥さまと結婚されて良かったなと思うのはどういうところでしょうか。
青山:うちの奥さんの一番いいところは、ケチではないということです。彼女は財布を預かろうとしないものですから、私がすべて財布を握っていた。握っていると言うと語弊がありますけど。要するに、私は小遣いをもらってる亭主ではない、私が生活費を渡す。
ケチではないという話ですけど、ある範囲でそういう制限をまったく設けないでいてくれたという、そういう面で非常に感謝してます。もともと大した金額じゃないですから。
質問者4:ありがとうございます。
司会:よろしいでしょうか。
質問者5:読売新聞のウカイです。中央公論新人賞を受けて、芥川賞直木賞取った作家というのは2つの名前を持っている作家が多いと思うんですが。
福田章二さんが庄司薫さん、尾辻克彦さんが赤瀬川原平さん、それから色川武大さんが阿佐田哲也さん、そして今回また2つの名前を持つ作家となるわけですが。
青山さんにとって、もう1つの名前であると言うべきなのか、影山(雄作)さんというのはどんな関係で、若き日の影山さんに何か言ってあげたいことがあるとすれば、教えていただければ。
青山:若い頃はやっぱり若いわけですから、そらしょうがないわけですね。だから、言ってやることはないですね。若かったということです。
質問者5:2つの名前の関係という点では?
青山:私は名前に関してはあんまりないです。便宜的に名前を付けなきゃならないからその名前があるだけで、その名前に対してことさらな想い入れがあるかというと、そういうことはありません。
司会:はい。それでは次の人、じゃあこの男性。
質問者6:日本経済新聞のミヤガワと申します。受賞おめでとうございます。先ほど、非常に興味深い発言をされてまして、18世紀後半から19世紀前半を描くと。英雄を描かないと。ということは、大きな動乱を描かないということです。それはどうしてなのかというところをぜひおうかがいしたいなと。
青山:それは先ほど言った「銀色のアジを書きたい」という、そのアジを書きたいということですね。我々を書きたい。
今、いわゆるOECD加盟国というのは、労働組織率はどこも9割ぐらい。要するに、勤め人、組織にいる人間が9割。だから、そうではない……何と言ったらいいですかね。
よく時代小説というと、スケール感とかダイナミックさとかそういうことが言われて、それが戦国だとまさにスケール、ダイナミックということになるんですけど。
自分は小説の書き手ですから、ただ単に「ああそうですか」というわけにはいかないわけですね。「スケール感、ダイナミック感ですか」と。「スケール感とは何か? ダイナミックさとは何か?」ということです。やっぱり、それは当然考えなきゃならない。
もし世間的な意味で言われるスケール感、ダイナミック感が求められるとしたら、日本史というのは世界史から見れば辺境史ですよ。北欧史が辺境史であるみたいに、日本史というのは辺境史なわけですよ。
そういう視点から言えば、初めからもうスケール感、ダイナミック感ないでしょう? だから、そういうスケール感ダイナミック感というものには、私はあんまり興味を引かれない。
ところが、人間の個人の暮らしの中には、夫婦間でも子供と子供の関係でもスケール感、ダイナミック感があると思ってるんですね。夫婦の間のある種の判断。
例えば今回は『つまをめとらば』の一番最初の人も羨むというのがありますけれども。主人公が、幼なじみが自分の女房を見張ってくれと言ったときに、もう何も言わずに三行半を書かせる、去り状を書かせる。
とっさに、「こいつは女房を切るかもしれない」と思って去り状を書かせるというのは、僕はすごいダイナミックだと思ってるんですよ。
そういう日常の中に、さっき言った9割の人間の普通の何気ないアジの暮らしの中に、いろんなスケール感やダイナミックさがあるはずだと。
僕はいわゆる有能なリーダーのスケール感、ダイナミック感を書くより、そういう我々の中にある大スケール感、ダイナミック感を書いたほうがはるかに銀色になると思ってるんです。リーダーのスケール感ダイナミック感を書いても、決して銀色ではなく青色だと思うんです。
質問者6:それが、18世紀後半から19世紀前半という舞台設定になる理由というのは。
青山:これは、はっきりしてるんです。江戸時代の中で一番成熟した時代なんです。そういう成熟した時代というのは、キーワードのない時代なんです。
人間、日常やっていく上でだいたい仕事なんかたたき台があったほうが楽なわけですよ。前例でまずそれをやってみて、だから皆たたき台が必要だし、キーワードがいるわけです。
僕がやる18世紀後半から19世紀前半というのは、キーワードがない時代なんです。お手本がない、だからみんな自分で考えなきゃならない。
自分で考えざるを得ないから、そこに人間が、個人個人が出てくるわけですよ。もうまねする事ができないわけだから。それでその時代を書いてるということです。さっき言った、銀色のアジとも共通しますけれども、そういうことです。
質問者6:わかりました。ありがとうございました。
司会:よろしいでしょうか。そろそろ最後の質問にさせていただきます。ほかにご質問のある方は。
質問者7:インターネットで『直木賞のすべて』というサイトをやってるカワグチと申します。青山さんは1年前に1回選ばれなかったという経験をされて、今回候補になられたんですけど。
候補になられてから今日まで、「取りそうだな」とか、「今回も、うーん……」とか、どんな思いでずっと過ごされていたんですか。
青山:それは選考ですから、先ほど滝口さんもおっしゃられてましたけど、自分じゃどうすることもできないわけで。一番良い方法は、申し訳ないですけど、そういうサイトを見ないということですね。
(会場笑)
質問者7:いいと思います。見ないほうがいいと思います
青山:見ると、生身の人間ですから気になって余計なことも考えるわけですから。今、長編を抱えてまして、とりわけそういうものに目をやると、今書かねばならないものが影響を受けるわけですよ。だから見ないということです。
後はもう選考ですから、もう本当に任せるという。自分ではコントロールできないことを何かやったって空回りするだけですから。そうは言っても、なかなか理屈どおりにはいかないんだけど、できるだけ理屈どおりにするということですね。
質問者7:ありがとうございます。
司会:ありがとうございました。それでは、そろそろ青山さんの記者会見もこれで終わりにしたいと思います。青山さんのほうから何かおっしゃりたいこと。
青山:『つまをめとらば』よろしくお願いいたします。
司会:以上でございます。ありがとうございました。
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