人間の知的作業は最終的に機械が奪ってくれる

今井翔太氏(以下、今井):もっと根本的なところで、AI君はそもそも人間の仕事をちゃんと奪ってくれるのかという話ですが、そこはみなさんご安心ください。人間の知的作業は別にAIと言わなくてもいいんですが、最終的に機械が奪ってくれるというとアレですが、機械は人間の知的作業のすべてが長期的にはできるようになると考えてまず間違いないと、AI研究者とかは思っています。

というのも我々の人間の脳の最小単位はニューロンと言われているもので、ニューロンというものは別のニューロンから電気信号を受け取って、自分も別のニューロンに対して電気信号を送るだけというものが、1,000億個ぐらい人間の脳に集まっているだけなんですね。

なので、人間の脳をどれだけ詳しくいわゆる要素主義的な感じで細かく調べても、それ以上の働きをする、とてもすごい量子力学的ななにかがあるわけではない。

先ほど言ったニューロンの働きは、機械で再現できるんですね。思考実験として、やっちゃ駄目ですが、人間の頭を切り開いてニューロンを1つずつ取り出して、1つずつ同じことができる機械で置き換えていく。1,000億個が全部置き換わった時、働きは同じなわけですから、全部機械でできるようになるわけですね。

人間を我々はバイオロジカルマシンとか生物学的マシンとかって言ったりするんですが、一種の機械なわけですね。機能的なところは機械で実現できるとすると、人間のやっている知的作業は、間違いなく機械でも実現できるはずだということなんですね。

人間の知的作業が全部機械で置き換えられるのであれば、もちろん人間がやっている知的作業の表現の仕事も全部置き換えてくれるだろうということになるわけですね。

もちろん例外もあって、先ほど言ったように、だからといって「生産性とは関係なく機械にやってもらうのはなんか気持ち悪いな」という仕事もあるわけなんですが、さっきまでの話でいくと、人間の知的作業、仕事はちゃんと機械が奪ってくれると思うので、仕事しなくていい社会が来るんじゃないかというのは、ある程度は確度が高いことだと僕は思っています。

佐地良太氏(以下、佐地):ちなみに今の話に関連して「その時代って、あとどのぐらいで来ますか?」というのと、「もう来ていますか?」みたいな質問が来ているんですけど。

今井:先ほどまでの話は人間と同じ知的作業ができる機械。我々がAGI、Artificial General Intelligenceと言っているものですね。汎用人工知能といっているものなんですが、これ、AI研究者が非常に大好きな議論で。めちゃくちゃ紛糾するんですけどね。

「いやいや、50年先だ」「20年先だ」、もしくは「できない」と言っている研究者もめちゃくちゃいて。ChatGPTが出る前とかは「100年後だろう」「200年後」「50年後」みたいなことを言っていたんですが、ChatGPTが出た瞬間、みんなころっと変えて、「まぁ、2030年ぐらいじゃないか?」と言っているんですね(笑)。

でも最近の発展速度を考えると、それも非現実的ではないと思っていて。2030年、2040年、20年以内には来るだろうというのが我々AI研究者の一般的な見解のように僕は思っています。

佐地:ありがとうございます。

100パーセント正確なものが欲しい組織ではAIの活用はまだまだ進まない

佐地:質問が3個来てるんですが、ごめんなさい、1個だけにさせてください。

「これまでの話を聞いて、大きい組織、企業に属していると、とても動きづらいと感じています。生成AIの変化スピードに対しての会社のスピードの遅さみたいなことかもしれないですが、そういった状況の中で、どういうふうに動いたら奇想天外な成果を上げることができるのか? ヒントがあれば欲しい」と。

竹迫良範氏(以下、竹迫):そうですね。実は私も先日マイクロソフトさんのところで、いわゆる大企業の人が集まるエグゼクティブミーティングに参加しました。やはりサイバーエージェントさんとか、いわゆるネット系企業さんとかではどんどんAIの活用とかが進んでいるけれども、証券会社とか銀行さんとかではやりたいんだけども進まないと言われていて。

佐地:保守ですよね。

竹迫:そこはやはり失敗を恐れるとか、100パーセント正確なものが欲しいと言っている組織ではやはりけっこう難しいんだろうと思っていて。そういったところでは失敗してもいいような領域を自分の組織の中で見つけて、そこでトライアンドエラーとかを繰り返すみたいな、まずはそういうところで始めるのがいいんじゃないかなと思っています。

佐地:なるほど。

竹迫:いわゆるハルシネーション(※)とかを気にしたら、FAQとかそういったもので「やはり生成AIって使えない」と烙印を押されちゃいますので。

佐地:なるほど。

仕組みを作るところで活躍したいのか、仕組みがないところで活躍したいのかを決める

佐地:林さんはどうでしょう?

林要氏(以下、林):僕は大企業歴が長いので、「大企業の価値は何か?」と考えるんですが、大企業は仕組みがすごいんですよね。仕組みがすごいっていうことは、人の品質が均質化するんですよ。いろいろな人がいるんだけれど、どんな人でもその仕組みの中で適切にワークできるレベルに品質を上げられるとも言えるし、品質を揃えられると思います。

だから、ある一定まで上がったドメスティック、日本で歴史の長い会社さんだと、たぶん中間管理職が何を言うかは想像できると思います。そこからわかるのは、会社の大きさじゃないですよね。会社が仕組みで回っているかどうか。仕組みで回っていないけどデカい会社もある。そういうところは別に自由なんだと思うんですよね。

でも、仕組みで回って利益を出している会社で、ドラスティックな何かをやりましょうということはその仕組みと反するので、あまり期待しないほうがいいんじゃないかなと。

自分の活躍したいところは仕組みを作るところなのか、仕組みがないところなのかを選んだほうがいいんじゃないかと思うし、むしろ、その仕組みを徹底的に勉強して徹底的に改善するのも非常におもしろいことです。

なぜなら、人を強化学習エージェントだと思うと、(仕組みで回っている会社は)その強化学習エージェントをどういう仕組みで(回して)生産性を上げるのかを長年かけて作っている会社ですからね。

どういう組織に属するかで期待するものが違うので、その組織に合わないことを期待するのは、先ほどお話されていたように、特別な出島がない限りはしんどいかなとは思います。

佐地:そうですよね。ありがとうございます。

損失を感じた時に飛び抜けたことを発揮する余地が出てくる

佐地:今井さん、どうでしょうか?

今井:林さんのお話もそうですが、そもそも大企業とかが多いですが、組織と個人は普通は対立があるもので、組織としてはそもそも天才の集団にしてはいけない。組織がやるべきは、どんな人がいてもその仕組みの中で確実に回るように、どんな人でも兵士にするみたいなところが重要です。

たぶん今の質問者の人とかは、ある意味飛び抜けたいと思っている人なわけで、個人としてはもちろん飛び抜けたいという欲求があるんですが、組織的にいうとある意味邪魔者で、仕組みに入ってくれないと。そういう企業とか組織で飛び抜けようとするのは、組織と対立しちゃうので、普通は無理です。

普通じゃない時は何かというと、たぶん実践的なテクニックでいうと、経営陣とか意思決定者を怖がらせようという話ですね。個人でできるかわかりませんが、人間は損失に対して非常に敏感なので。

めちゃくちゃ極端な例を出すと、かつてフランスでジャンヌ・ダルクが百年戦争でめちゃくちゃ成果を上げました。あれ、常識的にはあり得ないわけですよ。そのへんの農家の娘がやってきて司令官になってなんて、あんなのあり得ないんですけど。

ただ、あれはフランスがめちゃくちゃ負けていて、もうどうしようもなくなったから、最後の選択肢として、そのへんの小娘を司令官にするしかなくなったみたいなわけです。ああいう特別なことは、危機的な状況じゃないと起きないと思います。

個人にできるかどうかはともかくとして、組織に恐怖を与えるというか、「周りはこうなっている。今こんなに進んでいる」というのを意思決定者とか……。自分の身近な人から浸透させてもいいですが、そういうことを伝えられれば、もしかしたらAIを使って飛び抜けたことを発揮する余地が出てくるのかなと僕は思います。

竹迫:ちょっと古いですが、映画の『マトリックス』で赤いピルか青いピルかを飲んで、それで今の仕組みの社会を変えていくかどうかという、エンジニアの冒険話だと僕はちょっと理解しています。

佐地:大企業の仕組みで勝っている組織にいる以上は基本難しい。そういった出島的な、「新規事業をやるぞ」みたいなものの中で異端のところに行くか、もしくはちょっと外圧を使って危機感を煽って経営陣の意識を変えるかみたいなことですかね。

:出島は出島でやりにくいですからね……。

佐地:やりにくいですよね。大企業の中の出島はわりとしんどいですよね。

:まぁ、やめときましょうか。

佐地:ということで時間になりましたので。本日は非常におもしろいお話を聞けたなと個人的にも思っています。みなさんいかがだったでしょうか?

この後もオフラインのほうは食事を召し上がっていただきながら、質問しきれなかったことなんかを登壇者の方々にぜひ質問していただければと思います。本日は、お三方ありがとうございました。

※ 人工知能が事実に基づかない情報を生成する現象のこと