解くべき問いは複雑になっている

関口朋宏氏(以下、関口):「じゃあ、どうやって生きていくんだ?」と。「技術者として生きていけるのか? 大丈夫?」という問いが出てくると思うのですが、単純に答えるとYesです。でも、本当にみなさん次第だと思います。

僕自身も、エンジニア、Webデザイナーを含めて経験し、今経営をやっていますが、やはりキャリアの進化はすごく大事だと思っています。どんな考え方をしたほうがいいのかを、僕なりにみなさんにお伝えしたいと思います。

やはり、価値の高い仕事をしなきゃいけないよねと思っていて、価値が高い仕事をしないと、ぜんぜん評価されないんですよ。「じゃあ、価値が高い仕事とは何か?」というと、みなさんがこの本を見たことがあるかどうかはわかりませんが、非常にすばらしい本なので見てください。『イシューからはじめよ』というロジカルシンキングに関連するいい本です。

この中で、バリューが高い仕事とは、イシュー度が高い、つまり課題として解くべき優先度が高いということと、解の質と横に書いてあります。ふわふわした問いは駄目なんですよ。

例えば、世界平和っていう課題を出したとしても、簡単には解けないですよね。解像度が低い。つまりどう解いていいかわからない。それよりも、大きな課題ではあるんだけども、解き得る解決策の仮説がきちんと見えるものを優先的に選ばないといい仕事ができないよという話なんですね。要は、課題を設定する力は超重要だっていう話です。

ただ、課題を設定するのはめちゃくちゃ大変です。私たちもデータのビジネスをやっている中で特にAIのビジネスは、もうこの10年ぐらいずっとやっています。「じゃあ、AIを使って利便性を上げたり生産性を上げたいね」というお題があったとしても、これを解こうと思った時に、付随する課題がいろいろ出ちゃうんですね。

例えば(スライドの)左側は、「AIを使ったら仕事を奪われちゃうよ」という、失業や貧困みたいな課題が生まれてくるかもしれないという課題だし、下のほうにいくと、AI、いっぱいデータを使うのですが、データのセキュリティも非常に重要だよねという話になってくるので、情報漏洩やサイバーアタックのリスクもある。その中でどう使うのかというお題です。

最近だと(スライドの)右側ですね、地球温暖化の話。AI使いまくれば使いまくるほどサーバーがブンブン回るので、電気を使ってしょうがない。

となると、日本で生成AIを使いまくったら、たぶん日本における2050年のカーボンニュートラルの目標がたぶん達成できないかも、みたいなことを含めて、「じゃあ、やらない」というオプションはないんですよ。「どうやってやるか」を考えていかなきゃいけないから、同じ解を出すにしても非常に難しくなってきているというのが、今の世の中です。

あと、もう1点。世の中の消費者や私たちの行動がすごく変化していて、いい物があったとしても、あまり喜ばれないですよね。

PCのスペックを見たって、スマホのスペックとあまり変わらない中で、「じゃあ、なんでこれを選ぶんだ?」というと、体験価値がすごく大事だと言われています。

「体験価値って何か?」というと、心の充実に対してアプローチをしなきゃいけないんですよね。だから、いい機能が提供できるだけではなく、使ってハッピーだった、これがあってよかったとか、今まで不便だったのがなくなったみたいな、心が満足する状態を作らないと、やはりいい物にならないというのが今の時代です。

問いに対する解決策というのはそんな簡単なものではなくて、人の心に対してアプローチをしないといけない、人のことに興味を持たなきゃいけないというのが今の時代です。

優秀な技術者=イノベーティブな創作ができる

すごく大きく捉えましょう。じゃあ、技術者、エンジニアも含めて、どういうことが役割なのか。ここではすごくシンプルに言いますね。「よいもの・よいこと」を作ろう。それができるのが技術者。それをやるのが技術者、エンジニアの役割だとしましょう。

「じゃあ、よいもの・よいことって何?」というと、最近だと、複雑な問題を解決できるイノベーティブなものを提供できる、作るということですね。イノベーティブなものが非常に重要です。そうじゃないと、みんな、驚かないし、「これ、いいね」と言ってもらえない時代になっています。

ということは、優秀な技術者にとって、イノベーティブな創作ができるというのは、ベーシックにすごく大事なこと。そこが根底にあるので、イノベーティブな創作に対してすごく意識を働かせなきゃいけないですよね。

ビジネスにおけるイノベーションとは?

でも、みんな、イノベーティブなものなんか、そんな簡単に作り出せないという話なんですよね。じゃあ、どうしたらいいかというところをちょっとお話ししますね。

ビジネスにおけるイノベーションは、3つの交点にあると言われています。一番下は、特に技術。新しい技術によって新しいイノベーションが生み出されるので、やはり技術はすごく大事です。みなさん、知識として、スキルとして技術力を持っている必要が絶対にある。

その上で(スライドの)右上です。ビジネスとして成立しないと、世の中に受け入れられないので、やはりいいビジネスとして成立モデルを考えないといけない。

さらにその前提として、一番左側で「Human」と書いていますが、人から欲しいと思ってもらえるものじゃないと駄目なんですよね。ということは、ものすごく人に興味を持っていかなきゃいけない。社会にすごく興味を持たなきゃいけないということが、「技術をすごく好きで、極める」と同じぐらい大事だということになります。

「右脳型の能力」と「右脳主導の思考」が重要になってくる

じゃあ、イノベーションに必要な能力を、ちょっと別の角度で話をしてみましょう。ダニエル・ピンクさんの『ハイ・コンセプト』という本があって、これには「『新しいこと』を考え出す人の時代」という、タイトルとサブタイトルが付いています。

ここに書かれていることの1つは、右脳型の能力、右脳主導の思考が大事ということです。単純に言うと、左脳プラス右脳をいかに融合させていくのかが、これからはすごく重要だと言われています。

ちょっとひもといて、「じゃあ、左脳主導型と右脳主導型、どう違うか?」という点については、ちょっと、ざっと見てください。

左側は、もう本当に、シンプルに必要なものが書いてあるんですね。機能的であって、論理的であって、真面目でいいものを作るという感じになると思います。

右脳型の発想だと、機能よりもデザインのほうが重要だという話。デザインといっても、ビジュアルデザインだけじゃなく、やはり物語、ストーリーが必要。

先ほど言った心の充実は、ストーリーによって受け止められるんですよね。いいものを見せられるだけではなく、これを使った時にどうハッピーな生活になるかというストーリーがすごく大事。そういうストーリー性が非常に大事だという話だったり、人々に共感してもらえるようなものであったり、やはりわくわくしたいから、遊び心とか、生きがいみたいなことが大事。

つまり、いいものって先ほどお話ししたとおりで、「人」にすごく焦点が合っているんですよね。やはりそれを作る立場としては、人としての幅の広さをすごく持っていないと、いいもの、新しいもの、イノベーティブなものは作れないよということが、右脳型の発想を持った時に大事な力だと言われています。

Googleが定義する「スマートクリエイティブ」

Googleさんには非常に優秀なエンジニアがたくさんいて、これだけおもしろいサービスを世の中に提供している会社です。みなさんも見たことがあるかもしれませんが、彼らの会社の中で優秀な人材のことを「スマートクリエイティブ」と呼んでいますよね。

いろいろ書いているのですが、やはりエンジニアの要素がけっこう少ないんですよ。もちろん技術に対してすごく理解がある、みたいなところはあるんですけど。

例えば競争心が旺盛であるとか、ビジネス感覚も優れているとか、アイデアが噴水のように湧き出てくるとか、失敗を恐れないとか、なんとなく技術のところよりも、その人のマインドセットだったり生き方だったり思考だったり行動のパターンみたいな、もっと根源的なものを優秀な人材の定義の中にしているということですね。こういうことなんだと思うんです。

そういう観点で見た時に、最近は技術的なスキル、知識だけではなく、リベラルアーツ、もっと幅広い一般教養としての知識、人間の素養を上げていかなきゃいけないと言われています。

リベラルアーツの重要性が高まっている

右が東京工業大学さんが出している絵ですが、こういうリベラルアーツ教育というのも、学校の中でも非常に重要だと言われていて、やはり人として幅を出す、そういう人間としての素養をもっと高めていくというのが今必要だと言われています。

実は、当社ブレインパッドも最近このリベラルアーツ教育を始めていて、ちょっと言い方は違いますが、(スライドを示して)この真ん中に哲学的思考力と書いています。

やはり物を突き詰めて考える力だったり、発想していく力だったり、発想を発散させる力だったり、問題を解くのではなく提起する力だったりが大事だということで、社内の教育の中で、こういうちょっと技術的なところと外れた教育プログラムをこれからどんどん増やしていこうと、まさに推進中です。

マイノリティが次の時代のマジョリティ

では「なんでこんなことをしなきゃいけないのか?」。やはり僕は若いみなさんに、価値のある人になってもらいたいなと、素直に思うんです。そうすると、やはり少数派の価値が高いんですよね。

(スライドを示して)これは、人間の人類の系譜図です。700万年前からスタートしていて、色が変わっていくところをちょっと見てもらいたいのですが、その瞬間で見ると、マジョリティ、つまりメジャーな人ではなくマイノリティが次の時代のマジョリティなんですね。

赤いところから黄色いところもそうです。黄色いところから緑になるところも、原人の中のマイノリティが次の旧人になっている。私たち、新人になるところも、旧人の中の一部の人が次の新人になるという構造です。

やはり生き残っていくのは、その時代におけるマジョリティではなくマイノリティになっている人で、その人たちが次の時代を作っているということです。人間の700万年の歴史がこう言っているから合っているであろうと僕は信じています。

S字の成長カーブを何回繰り返していけるか

そうすると、人の価値はどうやって上げていって成長していくのか、どうやって少数派になっていくのかという話になりますが、やはりこのS字の成長カーブを何回繰り返していけるのかが重要です。

このポイントは、S字がつながっていないことです。ちょっとずれるでしょう。非連続ということで、今までやって極めたスキルが陳腐化し始めたら、違うスキルの掛け算をするということを繰り返していく。つまり、強いなにかのスキルを掛け算していくほうがキャリアとして伸びるし、かつ、希少性が増します。

単純にいうと、1万人に1人になるのはすごく大変かもしれませんが、100人に1人のスキルを2つ身につけたら、1万人に1人になるんですよ。「そういうふうにして希少性を出していったほうがいいんじゃないの?」というのが、1つの考え方です。

みなさんは社会に出る手前だと思いますが、この最初のS字がすごく重要です。赤いところで書いているのですが、何と比較しているかというと、グレーの点々の緩いS字ですね。いかにこの傾きがグッと上がる環境に身を置くかが非常に重要で、そこで会社を選んだり仕事をする場所を選んでいったりするのが重要なんだと思います。

特に、最初のカーブがグッと上がると、その後ゆるりと成長したとしても、もうそれだけで周りの人と比べてアドバンテージになるんですよね。だから、最初のカーブがすごく重要。

僕の考えとしては、この赤いカーブがグッとなっているところは、会社が成長しているとグッと上がります。反対に、会社がゆるりとした中で急成長するのは難しいんです。会社がグッと成長している環境に自分の身を置くと、やはり自分自身もすごくグッと成長するので、そういう環境をぜひキャリアのファーストステップとして選んだらおもしろんじゃないかなと思います。

僕だと、もともとは車作りのエンジニアから始まって、Webデザイナー、放送作家など、クリエイティブの話が変な非連続でドドッと来ているんです。そこからコンサルタントの仕事もするようになり、こういう非連続を組み合わせていくと、ちょっと変わった人間になれるよという話です(笑)。

村上:学生さんからも「なるほど」「へぇ」と、「技術の掛け算」というコメントがけっこう来ていますね。

人の価値は、成長量δ(デルタ)の積分値

関口:例えば、データサイエンティストたちも、データサイエンスだけじゃ駄目です。

アメリカとかに行くと、やはりダブル・ディグリーと言われていて、データサイエンティストもデータサイエンスやコンピューターサイエンスなどをやっている傍ら、もう1個、例えば経済学だったり、心理学だったり、社会学だったりという別な掛け算を持っている。それから、日本でいうと文系と理系の掛け算みたいなのをけっこう持っている。

日本では、やはりそういう人材がちょっと少ないので、やはり自分でも考えなきゃいけない。先ほど厚切りジェイソンさんの話をしましたが、アメリカのエンジニア教育はここから始まるんですよね。自分の技術をどこで活かしていくのか、また、世の中の何に役立てたいのかをめちゃくちゃ考えなさいというところからスタートするんですよ。

だから、みなさんなりの「?」を見つけてほしいです。例えば、今はアプリエンジニアもすごく求められている時代ですが、それをどこで活かしたいか、どの産業で活かしたいか、どの課題解決に活かしたいかという「?」を、みなさんなりに見つけてほしい。希少性もそうですし成長カーブもグッと上がるよということなんです。

やはり人の価値は、成長量δ(デルタ)の積分値だと思うので、この積分値のためには、掛け算をいかに増やしていくのかがすごく重要です。

(次回へつづく)