「ぜひやらせてください」と海外進出サポートに立候補

Kogami氏:みなさん、初めまして。プロダクトデザイナーのKogamiです。ピクシブでデザインシステムのプロダクトオーナーと海外進出のサポートを全社範囲でやっています。

気づいたら、もう海外進出を3年間やっています。最初の何も知らない状態からどうやってきたのか、いろいろみなさんとお話できればなと思っています。

まず、4年前のチーム立ち上げ頃に戻りますと、事業部長のHetyomokoreさんが海外進出をがんばりたいと思い、社内で有志者を探し始めました。僕は当時、プロダクトデザイナーの中で唯一の外国人だったので自然に声を掛けられました。「ぜひやらせてください」と僕は返事をしました。

実は、入社動機としてもピクシブのUIを国際化したい、モダンにしたいという願望があったので、自分のやりたかったことが主務になるかもしれないと思うとワクワクしました。やる気満々でした。

海外進出における本、記事、教科書が何もなかった

ここで、(話を)もう少し進める前に、みなさんに質問が2つあります。1つ目は、海外進出をゼロから任せられたら、あなたはどこから注力しますか? 

2つ目の質問は、海外向けにサービスを作る際、あなたはどんな手法を使いますか?

当時の僕はどちらも知らなかったです。自分のプロダクトデザインの知識は、英語圏から学んだはずですが、海外進出をどうやるのか、誰も教えてくれませんでした。教科書にも書いてなかったな、と思って。

検索すればたぶん出ると思いました。英語の資料ってなんでもありそうな気がして。でも、現実はそうではなかった。トピックに関する本がまず見つかりません。「じゃあ、記事ならたぶんあるでしょう」と思いましたが、残念ながらありませんでした。

僕は、このぐらいで諦める人ではないので、他社事例も探し始めました。「TikTok」という、世界中で若者に使われているアジア発のサービス。これを研究すれば、なにかわかるはずだと思いました。しかも僕は中国人なので、僕しか調べられない中国の情報が出るんじゃないかと思って期待していました。と思ったら真似できる気がしませんでした。

TikTokの前身は「musical.ly」というアプリで、会社が倒産寸前で、アメリカユーザーが少し残っていたのでアメリカで流行っている口パクアプリにすべてを懸けたんですね。懸けたら、なんと3ヶ月でiOSランキングの1,400位から1位になりました。その後、Bytedanceに10億ドルで買収されました。

これはピクシブには到底真似できません。これは予想外のことでした。テック業界ってみんな共有大好き文化があると僕は思っていたんですけど、なぜ誰も共有してくれないんだよ。

対海外だからといって特別な手法は必要ない?

人材も知見もないんだったら、外部の専門家に聞くのが一番早いし効果的だろうと考えるのはよくあることだと思います。僕も、彼らからなにかを学べられたらいいなと思って、いろいろな外部のパートナーと仕事をし始めました。

その中で、プロダクトデザインに関しては、やはりデザイン会社との連携がすごく参考になりました。彼らと一緒にリサーチをしたりアイデアの検証をしたりしました。

デザイン会社と一緒に仕事をした時に気づいたことがあって、みんなやっていることも、使っている手法も、自分がもともと知っているものばかりなんですね。ユーザーインタビュー、デザインスプリント、ユーザビリティテストなど、どれも業界や教科書でもよくお話しされているものです。

でも、自分がそれら手法を使うことにその時まったく違和感がなかったんですね。なぜなんでしょう?

「もしかして、対海外だからといって特別な手法は必要ない?」自分は考えすぎた?と。

サービスデザインは、アメリカの銀行で働いていたリンさん(リン・ショスタック氏)という方が1982年に発明した概念ですね。それは、日本でどう解釈されているのかを見てみましょう。

日本政府はこう言っています。「デザイン思考や人間中心設計など、人間中心視点に立った方法論を活用することがまずは重要となる」。

ここで、この2つのキーワード(「デザイン思考」と「人間中心設計」)を見てください。どういう意味なのかがわからなくても大丈夫です。とにかく、アメリカで作られてアメリカから広まった思想です。しかも数十年前からすでにありました。

また、海外のデザイナーさんと交流する時に、僕はよくこの質問をされました。「Kogamiさん、日本文化ってすごく独特で、独自のデザイン方法があると思うんですよね。なにか教えてくれませんか?」。

僕はこう答えます。「いや、あまりないと思います。海外で使われている方法は日本でも通用しますし、日本も中国も欧米から学んだ方法を活用しています」

ここでみなさんはたぶん2点に気づいたと思います。1つ目が、僕は、この海外デザイナーさんと同じく、文化や環境が違うからなにか違う手法があるかも。その手法は、その地域に特化できると思い込んでいました。

2つ目のポイント。自分のこの答えを逆に考えると、日本でやっていた方法は、世界にも通用するんですよね。

現代のプロダクト手法が地域や文化を超える理由

じゃあ、現代のプロダクトデザイン手法が、なぜ地域や文化を越えることができるのか、より深く考えていきましょう。

まず、プロダクトが売れるという前提が普遍的です。課題を見つけて、それをきれいに解決できれば、それを買いたがる、使いたがる人が出ます。この前提条件が同じなので、ある程度抽象化すれば普遍的な理論は必ず作れるはずです。

抽象化した結果が「人」「課題」「解決策」の3点でした。この3つの基礎的な要素に基礎的なアプローチをすれば、汎用性が絶対にあります。

人と課題に対して、ユーザーリサーチというステップがあります。ネットでデザイン事例を見たことがある方は気づいたと思いますが、だいたいの事例の場合、ユーザーリサーチから始めるんですね。それほど現代のデザイン手法ではリサーチが重要なんです。

ユーザーリサーチがあるから文化や環境の違いを知らなくても、ユーザーは何を欲しいのか、何にニーズがあるのか、それを知ることができます。

次に、柔軟性があります。デザイナーと仕事をしたことがある方はわかると思いますが、デザイナーさんに「これを作ってください」と言っても、だいたい彼らは聞かないですね。必ずブレインストーミングやワークショップをやって、たくさんの案を出して「じゃあ、これがいいと思います。これをやりましょう」とデザイナーさんが言うんですね。そこが柔軟性です。

特定の開発手法やテクノロジーに固執しないので、どんな環境、どんな人向けにも最適な解決案が出ます。

最後にあるのが、試行錯誤です。現代のデザイン方法では、アイデアを実際の環境で試すことを必ず推奨します。なので、どんな課題に対してもどんな人に対しても解決策を見つけることができます。

これは科学とかなり似ていますね。昔の科学者は「地球は世界の中心である」と言っていました。「音速を超えることはできない」と言っていました。でも、座っているみなさんの中で、科学を信じない人は今はいないと思います。

どうしてこういう間違いがあっても科学は信じ続けられているのかというと、科学の手法にはトライ・アンド・エラーがあるんですね。自分が間違っているかもしれないという前提で検証するんです。

なので、今は理論が間違っているかもしれませんが、常により一層の真実に向かっていることを保証できます。アメリカの科学、日本の科学など、国籍付きの科学は存在しません。同じく、プロダクトデザインにも国籍は存在しません。どこでも使えます。

海外進出に取り組む中で感じた課題

これが、3年前の僕ですね。「どうやれば」がまったくわからなかった。でも実は、武器をすでに持っていました。ただ、その武器の汎用性を意識していませんでした。

これが今の僕です。もう何も怖くない。完全に理解したぜ。

ここまで聞いたみなさんも同じですね。みなさんも武器をすでに持っていて、海外進出ができると思います。

やり方がわかったので、僕はこれをどんどんやっていこうと思いました。ワークショップ、機能の実験、コンテンツの改善などいろいろやりました。

どのプロダクトチームも想像以上に協力的だったので、一緒に課題を成し遂げたと思っていましたが、自分が昔担当したほかのプロジェクトと比べて、やはりちょっと疲れる感じがありました。

違うチームと連携するのであれば難易度が高いのは当然だと思うんですね。なので、僕も最初はそんなに気にしていなかったんです。

ピクシブでは毎年、全社員を集めてロードマップを発表する会があります。そこで、今さらですが大事な発見がありました。それは、どのチームも、1年、3年分の計画を持っているということです。

すなわち、自分がやっていることはこういうことです。各チームが何日もかけてようやくいい感じにできたロードマップ、計画に「これを差し込むのをお勧めします」と言っているわけです。なので、難しいのはそりゃ当たり前だよね。どちら側もやりたいけれどちょっと疲れている状態です。

これが特に良くないのは、この状態が長く続かないことですね。常にフルパワーで回っているマシーンは、いつか崩れます。なので、やり方を調整する必要があると僕は思いました。

まず開発フローを俯瞰してみよう。(スライドを示して)だいたいこの8つのステップがあると思います。リソースが余裕であれば、最初から最後まで全部サポートすればいいのですが、海外進出やっているデザイナーは僕1人しかいないので、どちらかを優先的にやる必要があります。

先ほど、海外向けに特別な手法はないと言いましたが、多少言語の壁はあるので、各チームが一番できるのはここ(「課題定義」から「プロトタイプをテスト」)にありますね。海外のメンバーに何を任せたほうがいいかというと、上流と下流にあります。

僕の場合、まず下流のほうをやってみました。理由はすごく単純で、体制が比較的そろっていて、メンバーが多く、自分もデザインシステムをやっているので進めやすいからです。

あとは、当時の翻訳はそんなに良くなかったとみんな思っていたので、翻訳を改善できればユーザーが増えると期待していました。なので、言語とコミュニケーション周りでいろいろと改善しました。

ですが、残念ながらプロダクト指標への影響は限られていました。文言もコミュニケーションも間違いなくかなり改善されたと思いましたが、「pixiv」を利用し続ける理由にはならないですね。言語ってそういうものだと思いました。

基礎的なものだからできないととても疎外感が出るんですね。でも、まともにできても「それ、当たり前だよね」というだけなんですね。使う理由にはなりません。

最近、Eコマースで越境ECがかなり発展して、日本のECサイトでも微妙な日本語説明文や西洋の素材画像を使っている商品が増えています。僕は中国人としてこういうものを見て、なんか微妙だなと思いつつ、つい買っちゃうんですね。なぜかというと圧倒的に安いから。そこにバリューがあります。

なので、まともに会話できなさそうな商品や説明でも、バリューが明らかなので僕は買いたいです。

海外パートナーと協業するメリット

pixivのバリューを大きくするには、開発の上流から関わるのが大切だと思います。じゃあ上流で何ができるのか、何を支援できるのかというと、リサーチです。

そのため採用活動をしています。海外在住で日本語と英語が流暢にしゃべれて、オタク文化と、創作文化にも理解がある、すべての条件で絞ると母数がかなり小さいので、いろいろな活動をして探す必要がありました。

僕は、国際的なイベントに参加したり、バイリンガルイベントに協賛したりしていました。2023年11月下旬にも、オフィスを使って英語のイベントをやれたらなと、今考えています。

海外パートナーしかできないことは、実はたくさんあります。僕にはできないことですね。まずは、スケールしやすくなったことです。「FANBOX」や「VRoid」など、規模的にはそんなに大きくないけれど海外で多く利用されているサービスがあります。

これらのサービスは、ユーザー層が比較的わかりやすくチームも動きやすいので、こういうチームを支援できるようになったのは1つの質的変化だと思っています。

もう1つが、時差の問題を解決できたことです。これがないと、僕は深夜2時、3時に起きて、欧米の方と話をしなければなりません。これは長く続きません。解決できたことは、少なくとも僕の健康的には質的変化の1つですね。

次に、説得力が高くなった。これはちょっと予想外の良かったことですね。リサーチの面で、日本と違うオペレーションを取る必要があるところがいろいろあるんですね。

どうして必要があるのか、どうしてなのか。そこの説明はやはり海外に住んでいる方がすごくうまいので、効果が良かったです。僕もその点を利用して、どうしたらいいのかの説明は自分がするのではなく、パートナーに言ってもらうんですね。より動きやすくなります。

リサーチの価値を感じてもらうためにやっていること

もう1つ、少し日本のリサーチと違うのは、海外ではリサーチのSaaSがいろいろあることです。いろいろ試して、導入できるものがあるかどうかを探していました。

日本は、民族も時差も1つしかないのでオペレーションが比較的簡単ですね。海外の場合、(日本から)謝礼を送るにもいろいろな課題があります。

僕は、米国の「Amazon」アカウントを登録して謝礼を送ったら、アカウントが封鎖されました。もう1人の同僚に「僕はもう使えないから、君が登録してよ」と言ったのですが、その人も初めてのAmazonアカウントを登録後、即BANされました。

「PayPal」で送るとしても、PayPalを使えない人はいっぱいいます。Amazonギフト券でも、Amazonが使える地域は限られます。なので、インタビューの謝礼でも本当に、いろんな解決法が要るんですね。日本みたいにAmazonギフト券ですべてを解決することはないです。

次に、ちょっと地味なリサーチ、普及活動ですね。チームメンバーにリサーチに慣れてもらって、リサーチの価値を感じさせます。ワークショップでみんなの知識のギャップを特定できたら、「じゃあ、ここを知りたくないですか?」「この機能を海外のユーザーはどう思うのか、調べてみるのはどうですか?」と提案できますね。

必ずしも、海外のためのリサーチをしないといけないというわけではありません。日本向け機能でも、海外の反応はどうなのかを調べるだけで人々の意識は少しずつ変わっていき、海外をより意識することができます。それも海外進出には大事な一歩だと思っています。

学びのまとめ

僕のトークはそろそろ終わりますが、冒頭でみなさんに2つの質問をしました。みなさん、まだ覚えていますか?

1つは「海外向けにサービスを作る際は、どんなデザイン手法を使いますか?」の質問ですね。いつもどおりのデザイン方法を使えばいいというのが、僕の答えです。

もう1つの質問は「海外進出をゼロから任せられたらどこから手をつけますか?」。リサーチから始めるというのが僕のアドバイスです。企業を買収せず、体制とノウハウを整備するのは時間がとてもかかるので、特に早めに準備し始めるほうがいいと思っています。

ピクシブでサービス作りの方法を普及するチームがありますが、そのチームは、「サービス作りは山登り」と語っています。そのたとえ話を使うと、ピクシブの海外進出は、エベレストを登ることに近いかもしれないと、僕は最近思い始めました。

日本は、世界的に人気なコンテンツをいろいろ作ってきて、ピクシブもそのすばらしい文化を土台に成長できました。でも、ピクシブが登る山とコンテンツ業界が登る山は、ぜんぜん違うものです。

コンテンツの海外進出って、物販と少し似ているとは思っているんですね。大量の生産と試行錯誤ができるのが有利なところです。

既存のSNSをグローバル化するのって、友だちのホームパーティーで楽しんでいる途中に、海外の方に「遊びに来てください」と言っているようなもので、新しい参加者が、より楽しめるように自分の家を少し改造します。もともとの友人には、違和感を感じさせない。このいい空気を維持しながら、より多くの方をパーティーに紹介していくんです。これほどの違いがあると思っています。難易度も違います。

とはいえ、ピクシブのサービスはSNS以外にもいろいろあるので、違うチームには違うチャレンジがあります。今振り返ってみると、4年前、難易度をよく知らずに自分は海外進出チームに参加したなと思っています。

でも、その裏の理由として、自分は潜在意識的に、ピクシブはそのポテンシャルがあるかもしれないと感じたからだと思います。

それが僕の目に映るピクシブにしか登れない山かもしれません。ピクシブでしかできない仕事の意味だと思います。

ご清聴、ありがとうございました。

(会場拍手)