エンジニア兼DXとアジャイルにおける国際的コンサルタント

ロシオ・ブリセーニョ・ロペス氏:みなさん、こんにちは。この度はお呼びいただきありがとうございます。ロシオ・ブリセーニョと申します。私は『ソーシャル・インパクト・アジャイル宣言』の共著者です。この宣言はアリスター・コーバーンと、さまざまな分野のプロフェッショナルと一緒に作成しました。ソーシャル・インパクトで世界をより良くすることを目指しています。

私はエンジニアであり、DXとアジャイルにおいて国際的なコンサルタントもしています。有志で『PMBOKガイド第7版』のレビューもしました。PMIのディシプリンド・アジャイルの資格試験の監修もしました。Agile Alliance 20周年記念の際に「アジャイルの未来」のパネリストも務めました。そして2022年2月の選挙で、私の故郷のコスタリカの副大統領候補として出馬しました。

コンサルタントの仕事では、世界中のトップの会社と関わっています。ロシュ・ダイアグノスティックスやノーザン・トラスト、ワシントンにある米州開発銀行などです。

今日は、みなさんに新しいトピックを紹介したいと思います。私たちは他人を思いやらなければなりません。アジャイル実践の知識があるなら他の人々のために自分たちの専門知識を活かし、より良い世界を作るのです。

ソーシャル・インパクト・アジャイルとは何か

始めていきましょう。ソーシャル・インパクト・アジャイルとは何か。それをどのように使って、世界をより良くするのか。

なぜ私たちはこのような取り組みを始めたのでしょうか? 私たちはこれまでずっとテクノロジー分野で働いてきました。アジャイルマニフェストはソフトウェア開発を念頭に作成されましたが、機能的なソフトウェアを開発して提供し続ける中で、マニフェストはテクノロジーと関連付けて認識されるようになりました。

その後、2022年に20周年を迎えたアジャイルは成長し続け、ソフトウェア開発以外の分野にも広まりましたが、ソーシャル・インパクトやソーシャル・デベロップメントはもっと焦点を当てて、良い結果を導ける分野の1つと言えるでしょう。また、これらの人たちが一番結果を必要としています。つまり、善良な市民としてアジャイルの知識で彼らを助けることこそ、私たちの責任なのです。

なぜなら政府や開発組織、または国際的な組織が抱えている問題は、大小の企業が抱えている問題と同じだからです。問題の解決方法を知っていれば、民間の企業でも活かせます。

(スライドを示して)これはずっと前にバージニアで撮った写真です。2019年、ついにソーシャル・インパクト・アジャイル宣言を定義しようと集まりました。なぜ必要なのか? すでにマニフェストがあり、そういったものが多すぎる中で、なぜまた新しいものを作るのか?

この写真の右側には、アリスター・コーバーンが写っています。ハビタット・フォー・ヒューマニティのリーダーの1人であり、大きく貢献しているヘラルド・ブリッツァーもいます。彼の団体は、世界各地で住むところがなく困っている人々に家を提供しています。そして私もこの写真に写っています。実は他にも2人いましたが、有名になるのを避けて名前を出すのを控えています。「siagile.com」のWebサイトを見ていただくと、私たちのバックグラウンドもご覧いただけます。

ソーシャル・インパクト・アジャイル宣言における5つのコミットメント

それでは、ソーシャル・インパクト・アジャイル宣言についてご紹介しましょう。まず始めに、これらは原理でも原則でもルールでもなく、コミットメントです。コミットメントは心から来るものです。コミットメントは「やりたいからやること」であり、それに全力を注ぎ込むことです。自分自身に対して、周りに対しての約束です。

コミットメントと呼ぶ、この5つのポイントを必ず守ると約束します。1つ目は「目的を明瞭にし、共有すること」です。なぜでしょう? ソーシャル・インパクトのプロジェクトには、たくさんの人たちが関わるからです。複数の組織、協会、団体、機関、社会組織、市民組織、政府、問題解決のためにお金を提供するスポンサーや国際基金など、さまざまな人たちが関わります。これらすべての関係者たちが、それぞれ目的や推進力を持っています。

しかし、その上で全員が共通して持てる目的が必要なのです。それぞれが内密に自分たちの目的に向かって動くのではなく、異なる目的を持っていることを正直に認めながら共通の目的を尊重する。「ソーシャル・インパクトに関わるすべての当事者が」です。

次は「恩恵を受ける人たちを積極的に巻き込むこと」です。ソーシャル・デベロップメントの取り組みはたくさんされていますが、理解しているつもりでも問題に直面したことがない人や、オフィスにいて直接影響を受けていない人によって作られることが多すぎます。本来であれば、最終的に恩恵を受ける人が解決しなければならない問題や、日々直面しているチャレンジを理解することが重要です。

だから私たちは実際に現場に行くべきなのです。実際に問題に直面している人たちを理解しなければなりません。これについては後ほど具体例をお見せします。すべてのイテレーションにおいて恩恵を受ける人たちを巻き込むことが、私たちのソーシャル・インパクト・プロジェクト開発やプロダクト開発では必要です。

次のコミットメントは「チームがより良い社会に向けて情熱を持つこと」です。優れた人材はたくさんいます。しかし状況を改善することに熱心な人たちは限られているでしょう。なにかインパクトを起こそうとすることに熱心な特別な人たち、人類のクオリティ・オブ・ライフをより良くしたいと思う人たちです。ソーシャル・インパクト・アジャイルのプロジェクトに必要なのは、そのような人たちです。

もう1つのコミットメントは「高い透明性を保つこと」であり、これは汚職などを防ぐ上でとても重要です。汚職は世界中でもっとも大きな問題の1つです。多くのソーシャル・デベロップメントの取り組みを脅かすパンデミックとも言えるでしょう。透明性は非常に強力な武器になります。経過報告を要求することで進捗状況の確認ができます。問題が起こった理由や、決断がなされた理由も理解することができます。すべてのイテレーションで状況を共有し、現状とそれに至る段階を理解することがとても重要です。

そして最後に、同じくとても重要なのは「頻繁に結果を見える化すること」というコミットメントです。プロジェクトやプロダクトが最終的に完了した時に受け取れるバリューを見せます。プロジェクトや取り組みを始めた理由や行っている理由も伝えます。結果がカギです。それが新たなプロジェクトを立ち上げ続けることにつながります。

アジャイルでは頻繁に結果を見える化することがカギとなります。ソーシャル・インパクトにおいてだけではなく、すべてのアジャイルにおいてです。頻繁に結果を見える化することで、フィードバックが得られ、調整や、方向性の見直しができます。何が起きているかをより理解して、目標を達成する最善の方法がわかります。

さぁ、これらが5つのコミットメントです。これらはどんなソーシャル・インパクト・アジャイルに取り組む上でも常に意識されるべきものです。このマニフェストはオープンなので、これらのコミットメントを自由にご活用いただけます。インターネットで「Social Impact Agile Manifesto」を検索してもらうか、「siagile.com」にアクセスしてもらえればご覧いただけます。

私とアリスターは、ソーシャル・インパクト・アジャイル・ムーブメントである「SIAgile」に取り組んでいます。SIAgileはコーチング、トレーニングやコンサルティングを提供し、ソーシャル・インパクト・アジャイルの取り組みをしている人や企業をエンパワーするために作られました。もちろん、このマニフェストは誰でも使えます。

この運動に関わっているメンバーや私自身に連絡をしてもらえば、SIAgileの運動に参加することも可能です。

米州開発銀行でアジャイルを導入した事例を紹介

それではソーシャル・インパクト・アジャイルの具体例を見ていきましょう。米州開発銀行でアジャイルを導入した時の例を話します。南アメリカのチリでの援助の例です。銀行で使われているPM4R(PM4R Agile)というメソドロジーに取り組んだ時の話です。この時、同時にアジャイルのメソドロジーも導入しました。

まず、どのような状況だったのか? ご覧のとおり、チリはラテンアメリカでもっとも美しく、もっとも発展した都市の1つです。その一方で、不平等や階級格差に悩まされています。このプロジェクトは一部の地域の先住民を助けるもので、先住民の向上のために、起業させ、会社を作るというものでした。これにより国の経済圏に参加することで、貧困の解消につなげることを目指しています。

コミットメント1 「目的を明瞭にし共有する」

この場合、どうやってアジャイルを用いたのでしょうか? 先ほど話をしていた5つのコミットメントを見てみましょう。「目的を明瞭にし共有すること」。まずは関係者の洗い出しをします。先住民、政府、資金提供をしてくれてチリの社会的改善に関心を持ってくれる国際的な企業、他にもさまざまな組織があり、それぞれが目的や戦略などを抱えています。

それでもすべての人が「先住民のクオリティ・オブ・ライフを改善したい」という共通の目的のもとに集まっています。

コミットメント2 「恩恵を受ける人たちを積極的に巻き込む」

「恩恵を受ける人たちを積極的に巻き込むこと」。2つ目のコミットメントです。これらの関係者は実際に同じ場所に集まったことがありません。メールや電話などで連絡ぐらいは取ったことはあるかもしれません。資料を読むことで状況は知っていますが、実際に先住民が直面している問題を本当に理解しているとは限りません。

具体的に、マプチェ族の集落の例を挙げます。マプチェ族の人たちと話をし、現地で起きていることを理解する必要があります。実際に直面している問題、例えば銀行や金融機関から融資を受けられるか? 自分たちのビジネスや社会を作る上で、どのような壁があるのか? ビジネスや金融やマーケティングの教育は受けられるのか? 必要なリソースは十分にあるのか? などを理解する必要があります。

また、マプチェ族とどういったコミュニケーションを取るのかも重要です。マプチェ族のビジネス相手とのコミュニケーションも重要で、マプチェ族のコミュニティが成長することで、ビジネスも促進されます。先ほども話した貧困という共通の敵を相手に戦えるのです。

コミットメント3 「チームがより良い社会に向けて情熱を持つ」

3つ目は「チームがより良い社会に向けて情熱を持つこと」。私がチリを訪れた時、現地で働いている組織と合流しました。現地で活躍しているCORFOという重要な団体があります。彼らは人々のクオリティ・オブ・ライフを改善することに非常に熱心でした。一方で、先住民のマプチェ族も非常に熱心で、ビジネスを作り出すことがコミュニティにとって必要だと理解していました。

すでに関わっていた米州開発銀行からも投資がされ、政府は変化を起こすためにさまざまな団体をつなげ、マプチェ族の人たちが必要としているビジネスを作り出していました。戦略があるだけではなく、行動を起こせる人が必要です。情熱を持って働けるメンバーを探し出せるリーダーを見つけ、そのメンバーたちと密に連絡を取ります。

役所も相手にする必要がありますが、デスクに向かって働いているだけの人を探しているわけではありません。デスクでも現地でもなにかを変えたいと思う人、現場を想ってくれる人たちを探しています。

コミットメント4 「高い透明性を保つ」

4つ目は「高い透明性を保つこと」。今回の取り組みでは、経過や進捗を公開していきました。レビューを挟み、コミュニケーションを中心とした戦略を使いました。また、アジャイルの情報のラジエーターを使い、カンバンも使い始めました。カンバンは日本で作られたので、みなさんもよくご存じだと思います。カンバンを使い、デリバリー日程をはっきりと示すリリース計画を使い、段階的にバリューを出しました。

アジャイルなので、すべての段階を最初から知っていたわけではありませんが、2週間、3ヶ月、5イテレーションごとになにかをデリバリーすることは決まっていました。レビューから始め、プロジェクトに関心のある人やステークホルダーに説明をしました。チリの現地で実際に何が起きているかを知ってもらう必要があったからです。

コミットメント5 「頻繁に結果を見える化する」

5つ目は「頻繁に結果を見える化すること」。1回の出張でチリを訪れて終わりではありません。まず、訪問してワークショップを開催しました。現地の人々も含め、とても熱心ですばらしい仕事をするチームでした。そこで終わりにせず、フォローアップやコーチングをしました。今回の成功のカギとなった主な要素は、3ヶ月にわたってプロフェッショナルなコーチングとフォローアップを、スプリントやイテレーションで続けたことです。

特にコミュニケーション面での壁を取り除くことに力を入れました。また、私たちが使用するさまざまなメソドロジーも知ってもらいました。私たちは複雑な手法をいくつか組み合わせて使っています。プロジェクトマネジメント、スクラムのようなアジャイルの手法、初期の段階でスコープを理解するためのWBS導入など、ハイブリッドなアプローチも取ります。

その後はバックログを作成したり、デザイン思考を使ったディスカバリー・フェーズを設けたりしています。さまざまな手法を使いますが、状況に合ったものを選ぶことも大切です。そのためにはプロのコーチングが必要になります。最初のワークショップでアジャイルを導入した後も、チームに寄り添い続けるのはこのためです。

「頻繁に結果を見える化すること」で、取り組んだもう1つの重要な点は「役割の決定」です。自分の組織で働く人、政府で働く人、コミュニティの人、ボランティアの人など、それぞれに自分たちの目的や組織構造があります。リーンにも各組織の構造を尊重するという考え方がありますね。このプロジェクトの中ではアジャイルなチームやTribe(Spotifyモデル)を作る必要があります。

そのため、私たちのアジャイルチームの中で各役割の定義について合意を得なければなりません。同時に全メンバーと合意を取る必要があります。

(次回へつづく)