ビジネス書の大賞と技術書の大賞2つを初めて受賞した本

藤井創氏(以下、藤井):みなさん、こんばんは。私も久しぶりのモデレーティングなので、ちょっと緊張しています(笑)。それではまず、広木さんに自己紹介をお願いできればと思います。よろしくお願いします。

広木大地氏(以下、広木):こんにちは。広木です。(スライドを示して)ここに書いてあるとおり、僕は筑波大学大学院のコンピューターサイエンスを卒業して、新卒の第1期生で株式会社ミクシィに入りました。ソフトウェアエンジニアをずっとやっていたのですが、その中で技術戦略や組織構築などに関わっていくようになりました。

そこから、会社のターンアラウンドのためにビジネスも見るようになり、最終的なサービス全体の執行役員を務めたあと、2015年に退社。今は株式会社レクターを創業して、技術と経営をつなぐアドバイザリーとして20数社の経営支援をしています。

また、先ほど紹介してもらった著書『エンジニアリング組織論への招待』は、ビジネス書の大賞と技術書の大賞という2つの大賞を初めて受賞した本なのではないかと思っています。もし、まだ読んでいない人がいたら、ぜひ買ってみてください。あと、CTO協会で理事をしています。よろしくお願いします。

削って削って304ページに

藤井:さっそく、広木さんの著書『エンジニアリング組織論への招待』の話からうかがいたいと思っていますが、ここに参加しているみなさんは、読んでいる人が多いかなと思います。

広木:本当ですか!?(笑)。

藤井:遅ればせながら私も読みまして。これは2018年3月に初版が発行された本なのですが、本当に色あせない、今ちょうど読むのにふさわしい本だと思いました。読んでいてすごくためになることが多いです。単にエンジニア組織の運営の話だけでなく、「そもそもエンジニア組織って何なの?」という話から、今のプロダクトマネージャーやエンジニアリングマネージャーなどのいろいろなマネージャーの話までが掲載されています。

そこから先のアジャイルやスクラムの話が全部入っていて、今でも普通に話されていることが数多く入っている本だと思います。まず、この『エンジニアリング組織論への招待』を著そうと思ったきっかけがあれば教えてください。

広木:アメリカをはじめとして、さまざまなところから、エンジニアリングに関しての新しい知見や組織運営のやり方などが伝わってきていました。それがどのような背景を持って、あるいはどのような歴史的な流れを持ってきていたのかを考えたのです。

そのコア・中核となる考え方は何なのかという基礎的な情報は、同時代的に追いかけていた人にとっては当たり前の部分がありました。でも、そういった前提が飛ばされて伝わると勘違いしたり、はやり物に見えてしまって誤解が生まれたりしていることが目立ち始めていて、「これでいいのかな」という不安がありました。

また、組織を運営していく上での基礎的な考え方について、みなさんに伝えていく時に背景となる情報はたくさんあると思いました。しかも、まとまっていないと感じることもありました。これをまとめて1本の筋を通す。この1個の考え方を軸に、さまざまなカルチャーが生まれ、考え方が生まれていることを説明できればと考えました。

それらを踏まえて「これを読んで」と言えるものが欲しいと思ったので書いてみました。書いてみたらかなりの分量になってしまったので、これでもギチギチに詰めて、削って削って304ページになりまして(笑)。読むのはちょっとしんどいとは思うのですが、いろいろな情報が詰まって2,618円は安いと思いますので、手に取ってもらえればと思います。

エンジニアリングとは、何かを具体的に実現していく行為

藤井:本当にすごく内容が詰まっていて、多岐に渡っている感じがしました。やはりその当時の日本には、このようにまとまっていて体系だった本はなかったのでしょうか?

広木:当然、翻訳本や入門書はありましたけど、その中核的な考え方の説明に少しだけアメリカの風味が入ってしまっているんです。洋書には、特有のけまらしさやいやらしさがあると思うのですが(笑)、 そういったものを抜いてロジックを積み上げながら書くことができると、伝わり方も少し違うと考えました。

特に、アジャイルについて。どのような考え方の下でどのような思想性が脈々とつながっていき、アジャイルという考え方にアメリカのソフトウェア開発組織がたどり着いたのか。客観的な流れがあまりまとまっていなかったので、そこもまとめていきたいという気持ちがあって書きました。

藤井:この本は「エンジニアリング組織論」というタイトルになっていますが、簡単に「こういうもの」と説明できますでしょうか?

広木:僕がこの本の入り口としてとらえているのは、「エンジニアリングとは、何かを具体的に実現していく行為」です。この実現とは、不確実性(曖昧であったり、決まっていなかったり、わからなかったりするところ)をどんどん削減していくこと。曖昧な部分がどんどんなくなっていくと、ものができあがるという思考態度に立っています。曖昧なところや不確実なものとちゃんと向き合ってそれらを減らしていく、そういった態度をソフトウェアで実現させていきます。

そういったとらえ方をすると、組織のかたちやプロセスとして提案されているものも、アーキテクチャとして提唱されているものも、補助線を引けば1個のことを指していることが見えてきます。個人の考え方、1対1のメンタリング、チームのマネジメント、プロジェクト、アーキテクチャ、ひいては組織全体につながっていくことを、1章から5章に渡って流れとして書きました。

「お前、読んでおけ」ではなく「一緒に読む」ことでうまく使える

藤井:『エンジニアリング組織論』は主にどのような立場の人が読む本なのでしょうか? エンジニア全員が読む本なのか、マネージャーなどの上の立場の人が読むべき本なのか、あるいはマネージャーに限らずいろいろな人が読むべき本なのか。

広木:著者なので「いろいろな人に読んでもらいたい」とは言いたいですけど(笑)。どのようにして組織的な関係性が生産的でなくなるのかについて書いています。それには上司と部下や隣の部署と自分の部署もあるかもしれません。本をみんなでシェアしたり、輪読したり、一緒に読むペア読書もいいと思います。そういったことに非常に相性のいい本です。

なので、「お前、読んでおけ」だけではありません。「一緒に読むことで、うまく使えたよ」と報告が上がってきたこともありました。「そういうやり方があるんだ」と初めて知り、それでよかったと感じました。

あと、不思議なのですが、「子育てにも使えそう」「夫婦関係の改善に使えた」などの声もありました。あまり想定していなかったのですが。この本は、マネジメントや人と向き合う時の基本的な考え方、物のとらえ方から入っています。そういった部分に関しては、仕事人・家庭人全般はもちろん、何かしらの人間関係において重要なヒントになるのかもしれません。

これはまったく想定していなかった話なので「そういう本です」とは言わないですが、そういった意見も聞いて「なるほどな」と思いました。

藤井:子育てもチームでやるイメージがあるので、そこも含めてこの本が参考になるのかもしれませんね。

広木:そういうことなのだと思います。自分には子どもがいないので、子育ての何の役に立つのかはピンと来ていないのですが(笑)。

せっかくなら10年後に書店に並んでいてもおかしくない本を書きたい

藤井:これは先ほども言いましたけれども、『エンジニアリング組織論』は2018年に出た本です。今は日本の組織も変わって、エンジニアリング組織も当然大きく変わってきていると思うのですが、出版から時間がたって、日本は変わったイメージがありますか? それとも、まだまだこれからだと感じますか?

広木:本を書く時、せっかくなら10年後に書店に並んでいてもおかしくない本を書きたいと思いました。ですから、色あせない本であればいいとは思っています。この間に変わったことは、コロナがあってデジタル化が進んだり、エンジニアリングにとって必要なマネジメントと仕組みについての当たり前の水準がどんどん上がってきていたりすることです。

その中で、僕の本も含めていろいろな人が盛んに情報発信してくれています。それによって、エンジニアリング組織の中で考えていくべきことや、「こういうことが必要なんだよね」というコモンセンスが随分と備わってきたと思っています。

そういう意味でいうと、情報を探さなければならないということはありません。また、「DX」という言葉に引っ張られて、老舗を含めたたくさんの企業がエンジニア組織を作っていく必要性に気づくようになりました。そのような時の参考書も増えてきたし、参考事例も増えてきたので、そういった変化はあると思います。

藤井:そういう意味でいうと、日本の組織もエンジニアリング組織がけっこう当たり前になってきていて、それこそ広木さんのようなCTOという役職もけっこう当たり前になってきましたね。

(2記事目につづく)