日本ではなぜ“生涯現役プログラマー”の採用募集が少ないのか

――海外ではIC(Individual Contributor )と呼ばれる立場があるように、「自分は技術者としてキャリアを進めていくんだ」という意思表示しやすい環境にあると思います。日本企業の採用募集要項を見た時に、同じような意思表示をできるキャリア自体がまだ少ないように思えるのですが、これはなぜでしょうか?

戀塚昭彦氏(以下、戀塚):採用の話になると、業務の標準化、ジョブ・ディスクリプションの話になると思います。業務を明確に定義できるかという話で、日本は定義がちゃんとできていないことが多いために、なんとでもなるような人を選びたくなってしまう状況はあるのかなという感じがします。

ベンチャー系だと、人のつながりでフワッとした採用ができるので、その場合には、自分の主張を突っ込んでいくことは可能だと思います。すでに組織として成り立ってしまっているところは難しくて、そこの方向転換には大きな力がいるんだろうなと思います。

“生涯現役プログラマー”になりたくても技術力に自信がない場合の考え方

――“生涯現役プログラマー”としてがんばっていきたいという思いはあっても、「すごい人がたくさんいる中で、本当にこの道を選んで大丈夫だろうか」という葛藤が起きることもあるかと思います。この場合は、どのように考えればよいでしょうか?

戀塚:周りが強い人ばかりのところに入ってしまうと、自分は小さく見えてしまうのです。Twitterみたいな場所は、世界大会ですよね。そんなところにいきなり飛び込んでも、新人がそうそう勝てるものではありません。

なので、小さいところで自分がトップになるような経験を積んでいくのが、自己肯定感につながるのかなと思います。地区大会みたいなところを探すべきかなと。

「マネジメント職のほうが給与が高い」状況にどう対応するか

――技術力の壁とはまた別に、給与の問題もあると思います。一般的にマネジメント層のほうが給料が高い現状があると思いますが、この壁はどう考えたらよいでしょうか。

戀塚:その組織の設計が、マネジメント有利であることが覆らなくて、かつ自分は現役でやっていきたくて、かつお金が欲しいのなら、もはやその組織のその体制のままでいる状態とは相容れないので、そこを変える以外ないかなとは思います。普通に考えると、転職が個人にできる現実的な方法になっちゃうかなとは思います。

それに合うような組織が存在はすることは間違いないので、あとはそこに空きがあるか。そこに入れるかどうかという話ではありますが、そうすると転職戦略みたいな話になるのかな。

今の組織のほうを変えることも考えられますが、基本的にはマネージャーにならないと発言力もないので、なかなか難しい話にはなってくるかなとは思いますね。

――確かにそうですね……。

戀塚:需給関係の話は、人材市場の需給関係という意味でも、マネジメントではなくて“生涯現役プログラマー”をやりたい人が多いなら、それができるところに人が流れていくべきなんですよね。

できないところから人が減っていけば組織的に変更しなければいけない状況が作られることも考えられるので、そういう意味でも、積極的にマッチングしていないところからは去って、マッチするところに転職するほうが、組織の全体益になるのではというのはあります。

「エンジニア35歳定年説」を戀塚氏はどう捉えている?

――エンジニアのキャリアを語る上では、「35歳定年説」と呼ばれるものもありますが、こちらについてはどう考えていますか?

戀塚:まず、私が中学の時に情報系の高校を選んでプログラマーを目指そうと思った動機の1つに、「35歳定年説」があったんです。逆算して、プログラマーをなるべく長くやるためには、早く始めるしかないという考えもありました。

今となっては、35歳を越えたプログラマーなんてそこら中にいます。定年説と呼ばれていた理由は、結局のところ組織構造の話だったんですね。当時は、組織構造として35歳ぐらいになったらマネージャーに転換しなければいけない。これは給与体系の問題でもありましたが、それがあったと。

そういう組織は今もあるにしろ、最近の開発会社は、わりとそういうところから外れていて、年齢の高い有名なプログラマーは日本でもたくさんいる状況になっているので、もうクリアされているかなと思っています。

「35歳定年説」が言われていた時代でも、アメリカでは年齢の高い有名プログラマーがたくさんいたので、プログラマーをやる上での生物的な制限として年齢があることに対して、疑いはありました。

実際、35歳を越えてみても特に変わりはなかったし、むしろ私が「ニコニコ動画」を作ったのは、35歳になってからなんですね。なので、35歳定年説の話が出てきた時には、「このネタが使えるな」というノリでいます。

“生涯現役プログラマー”の生存戦略

――“生涯現役プログラマー”を目指す上で悩むことの1つに、ロールモデルが立てにくいこともあるかと思います。戀塚さんが、ロールモデルにされている現役プログラマーの方はいますか?

戀塚:ロールモデルは特にないんですよね。「ロールモデルを持つとよい」みたいな話はあるとは思いますが、特にそういう方はいません。自分がやろうとしている姿にぴったり合いそうな人を見つけられていないので難しいですね。

とりあえず年齢の高い人で有名な人がまだ現役でいるのを見ると、安心するところはありますけどね(笑)。

――ちなみに、もし戀塚さんよりキャリアが後の方に、ロールモデルを提案するとしたら、誰を提案しますか?

戀塚:そもそも目指すものが一人ひとり違うだろうということと、時代も環境も刻々と変わっていて、同じ時代であっても場所によって状況は違うことから、ロールモデルを同じように適用できるかが読めないので、重大なところが違うリスクを考えると、なかなか難しいです。

単純に「年齢が進んでも現役プログラマーとしてやれている」みたいな、漠然としたところであれば言えなくはないです。なので、基本的にはロールモデルとして示すとしても、現役として続けていられている状況ぐらいなところですかね。

あと、マネジメントと開発を完全に分離してしまうのも、ちょっと難しいところがあって。マネジメントも開発も共通点はいろいろあります。実行環境がコンピューターか人間の集合かみたいな違いだけで、それをいかにコントロールするか、設計するかと考えると、開発が好きな人がわりとマネジメントでも楽しくやれているケースもあるので、そういう部分を考えると、マネジメントというキャリアも完全に排除する話でもないのかなというのがあります。

あと、先ほども少し言いましたが、今はコードを書くのが開発行為の中心ですが、今後その部分は減っていくだろうという考えを私は持っていて。末端から自動化が進んでいくのと、最近は機械学習などの進歩もあるので、人間は開発の内容を純粋に定義するところだけしかやらなくなっていく時代になっていくかなとは思っています。そうなっていくと、よりマネジメントに近い話になっていくのかなと。

マネジメントという言葉もいろいろ部分がありますが、人と人の調整なども自動化できていくのかなとか。そうすると、マネジメントのドメイン知識を持つ開発者が、開発側として機能するような状況も発生しますよね。

マネジメントを自動化することはディストピアみたいな話につながるので、いろいろ難しいかもしれませんが、IT業界は基本的に、あらゆる仕事を自動化していくように前進するので、そういうところもあるのかなとは思ったりしています。

――“生涯現役プログラマー””の生存戦略として、今後特に意識して身につけていったほうがよいスキルはどんなものがあるでしょうか。

戀塚:手を動かす作業の部分は減っていくにしても、それに何をさせるかの情報量は、依然として保存されています。そこはだんだん煮詰まっていっている。より高い知識が必要になるようになっていっていると思うんですね。なので、そういう意味では、エキスパートの要求はしばらくは続くだろうなというのはあります。

ソフトウェアを開発することの中心は何を作るかを考えることなので、何が問題なのか、現状はどんな問題があるのかを見つけ出して、それを解決するものを作る目利きというか、問題意識みたいなものは、エキスパートとしてずっと要求されていくかなと思っています。

手段そのものではなく、何が問題でそれを解決するためにどのようなことを考えられるのかという知識が、新しい問題に直面した時に使えるので、そういう深い知識が重要かなと思います。

“生涯現役プログラマー”を目指す方へのメッセージ

――最後に、戀塚さまのように現場で手を動かしていきたいと考えている方に向けて、メッセージをお願いします。

戀塚:本当にやりたいことと、それが向いているかどうかはわかりません。あまりにやりたいことに懸けてしまうと、実は向いていなかった時にうまくいかなくなるリスクはあるので、いろいろなことにチャレンジしてみてから判断するほうがいいかなとは思いますね。なので、マネジメントをやりたくない場合も、1回はやってみたほうがいいんじゃないかな(笑)。

それでより開発のほうが向いていると確認できたというか、エビデンスが得られたなら、今度は開発にいくような身の振り方をしていくといいかなと。特に若い段階であれば、そういうチャレンジをどんどんしていけると思います。

私も3年ぐらいで最初の会社を辞めて、その後にフリーランスになったんですね。フリーランスはマネージャーにならなくていいので。ただ、フリーランスはあまりにも流動的なので、歳を取るとだんだん厳しくなっていくかなというのはあります。

少なくともいろいろやってみると、その良し悪しが体験できて、より合理的な選択ができる材料が出てくるんじゃないかなと思います。