世の中は「リテラシーの高い人に合わせる」になっていない

田中邦裕氏:せっかくなので、「私は世の中を大きく変えたいと思っているし、もしそう思っている人がいれば」という話をします。みなさんは岸田政権で今、「デジタル田園都市国家構想」が標榜されているのを知っていますか。東京以外でも同じように働けて、安心して子どもが産めるというパッケージが、デジタルを使えばできるのではないかといわれています。

それをやろうとしているのが「デジ田」といわれているものです。DXについて聞かない日はないと思います。「さくら」の1つのポリシーとして、私自身がリテラシーの低い人に合わせてツールを整備するのではなく、リテラシーの高い人に合わせてツールを用意して、みんなでそれを学んだほうがいいのではないかと思っています。

「さくら」に入社した時は覚えないといけないことが多いですが、その代わり覚えればslackで自動的に通知したり、自動で経費精算もできたりして楽だということを標榜しています。

ただ、残念ながら世の中はそうなっていない。世の中のシステムを覚えるのは大変ですが、チケットの予約にしたってホテルの予約にしたって、デジタルを知っているとすごく便利だし、生産性が上がります。なのに世の中の人はそれをしない。これからは人手不足だといわれていますが、デジタル化が進めば、恐らく人口が減少しても豊かに暮らせると本気で思っています。

ソフトウェアの世界を変えていくには、クラウド化を進めていくことが重要

やや話が戻りますが、見てもらいたいのが、スライドのビル・ゲイツが書いたレター。先ほど言っていた、「ソフトウェアをコピーするのは泥棒と同じだ」というホビイストへの手紙です。1976年にビル・ゲイツが書いています。

私は、デジタル化の中では当然ソフトウェアが中心になって、誰かがすごくいいものを使うと、みんながそれを使うことになって、世の中が便利になると思っています。場合によっては1社ずつソフトを受託して作るのも重要な仕事かもしれませんが、基本的にソフトウェアの進化には、1つのものがたくさんの人に使われて、プログラミングをしたプログラマーの仕事がすごい勢いでレバレッジすることがすごく重要だと思います。

ただ、日本はやはり製造業に合わせて考えて作っているので、どうしても生産工程があるかのようにいわれてしまう。ソフトウェアの世界を変えていくにはSaaS化やIaaS化など、とにかくクラウド化を進めていくことが重要だと思っています。

今、日本には自治体が1,700くらいあるらしいですが、住民基本台帳の仕組みや保険は全部同じ。でもそれを自治体ごとに別々に作る。別々に作ることによっていろいろな会社が仕事をもらえるわけですが、すごく生産性が低いといわれるものになっている。

「隣の自治体のシステムをそのままこっちでも使わせてもらえばいいのではないか」と思いながら、私も一時期関わって開発をした記憶があります。

一つひとつシステムを作って販売するのではなく、1つ作ってたくさんの人に届けていくことが極めて重要です。考え方を変えると、アーティストみたいなものだと思う。音楽も、作って1人が聞いたとしても100万人が聞いたとしても、別に劣化するわけではない。でも、たくさんの人に聞いてもらえるとその分お金が入ってくるし、たった1つのものなのにいくらでも膨張できる。それがソフトウェアのおもしろさだと思っています。

ソフトウェアはクリエイティビティの高いもの

今になって思うのは、「やはり著作権法で保護されるものだったんだろう」と。当時の文化庁が、「ソフトウェアは工業製品だからクリエイティビティの高い音楽や絵画と同じように管理するのは違う」と猛反対したらしい。ただ、その頃は日米貿易摩擦があったので、「アメリカとの交渉の中で、車と米は守らなければならない。でも、半導体とソフトウェアは構わない」ということになって、ソフトウェアは著作権が認められたものの、半導体に関して日本は足枷をはめられたわけです。

それによってアメリカの会社が、ソフトウェアの分野においても半導体の分野においても強くなったという背景があります。とはいえ、やはり著作権法で保護されるソフトウェアはクリエイティビティの高いものなんだろうなと、今となっては思います。

私はIPAの未踏プロジェクトのマネージャーをやっていますが、(そこで)採択された人のことを“クリエイター”といいます。クリエイター、要はクリエイティビティで仕事をする人たちですが、やはりクリエイターという言葉もしっくりくるなと。

著作物だし、クリエイターだし、プログラマーは何か新しい価値を生み出している。何かの作業のためにキーボードを押している仕事ではなく、何か新しいクリエイティブなものを作っているということなのだろうと思っています。

労働時間が価値になるわけではない

さくらインターネットの働き方は、時間を短くしたり、早く帰れたり、そういう自由な働き方だと話しました。正直、私の中で働き方における一番大きなテーマは、労働時間が価値になるわけではないということです。先ほどの2時間かかる作業を5分で終わらせて値切られてしまった話は、もう末まで語り尽くしてやろうと思うくらい腹が立ちましたが、これだけ講演で言っているので、元を取ったのではないかと思っています。

とにかく労働時間が価値になるわけではない。これが当たり前になっていないことが、すごくもったいない。クリエイティビティがいつ結果につながるか、これが私が言いたい骨子です。日本の人口は減っていくし、生産性を改善しないといけないといわれています。

ただ生産性を上げたとしても、どちらにせよ仕事が増えてしまうので、もはや生産性を上げるベネフィットなど得ないというか、仕事を減らしてもまた降ってくることになってしまう。本来、もっと労働時間は短くなっていいのではないかと思います。そのためには労働時間=価値ではなく、クリエイティビティとデータ活用が価値を生み出す世界に変わらなければいけない。

ソフトウェアエンジニアはクリエイターである

(スライドを指して)もう1つグラフをお見せします。1989年の世界の時価総額ランキングは、ほとんどが日本企業だった。もの作りで成功して、金融機関がすごく儲けました。その後、ものではなくデータやソフトウェアが中心に変わっていく中で、このランキングが大きく変わってきています。

見てもらうとわかりますが、日本企業がだめになったわけではありません。日本企業が成長しなかったということに過ぎずません。そのため「私ももっとさくらインターネットを成長させてやるぞ」という意気込みでやっています。

Apple1社の時価総額は、今や当時の東証一部上場企業のトータルの半分くらいまできています。逆にいうと日本の東証一部も当時1989年よりは膨張していますが、世界との膨張差がすごい。なぜかというと、ソフトウェアとデータでてきあがっているので、いくらでも膨張するからです。お客さんが倍になったらソフトウェアは倍のお金を稼いでくれますが、人為的なインプットが倍になるわけではない。だから、人口の増加よりも高い時価総額の成長率、企業の成長率になる。

これくらい世界が大きく変わってきている状況のベースにあるのは、クリエイティビティだと思っています。ソフトウェアエンジニアはクリエイターであると、ぜひお伝えしたい。そこで生み出されているソフトウェアは、工業製品ではなく著作物、いわば作品だと。おまけに、それがたくさんの人に活用されたとしても劣化するわけではないので、すごく生産性が高いことをやっていると思います。

(次回に続く)