インターネットの登場によるIT産業の変化

田中邦裕氏:さくらインターネットの田中と申します。「この世の中はソフトウェアを軽視しすぎている!」というタイトルで、少し刺激的な講演をしようと思っています。どうぞよろしくお願いします。

まずみなさんに見てもらいたいのが、ITの市場規模です。日本のIT市場の市場規模は13兆円ですが、その大半がみなさんの想像どおり、SI(System Integration)や受託開発、情報処理といった分野です。みなさんがどういう業界で働いているのか多様だと思いますが、インターネットサービスと呼ばれる分野は、そのうちの3兆円です。

それを分類したのがスライドの右の図です。大きく伸びているのはクラウドコンピューティングサービス業で、我々はそのクラウドのインフラを提供する会社です。

(スライドを示して)IT企業といってもいろいろな形態がありますが、最近私がよく使っている資料がこちらです。ソフトウェアを作るか、ハードウェアを作るか、それをものとして売るのか、サービスとして売るのか。

その中で、日本はハードウェアを作ってものとして売るメーカーが強いわけですが、今この右上のネット系と呼ばれる、「ソフトウェアをサービスで売る事業者」が大きくなってきています。

この図を見てもらうと、基本的にメーカーなどの受託開発といった分野は、お客さまにシステムや製品を買ってもらった時に売上が発生します。要は、その時からものの劣化が始まるということです。

例えばiPhoneを買ったら、買った時からどんどんバッテリーの持ちが悪くなるし、靴も服も買った時から傷んできます。買った時が1番よくて、メルカリなどで転売するにしても一度使うとだんだん値段が下がってくる。ITの製品も同じで、基本的に受託開発で作ってもらったものやパッケージで買ったものは、その後に更新しない限りはずっと劣化し続ける。

ただ困ったことに、業者側は納品した時点で儲かるので、いかに納品するか(が大切です)。お客さまからみると、納品から先は製品が劣化の一途を辿るので、利害が一致しない。SaaSビジネスやIaaS、クラウドビジネスなどを含めて、ネット企業のサービスは使い始めてからが本番。お金がもらえるのも、使い始めてからということになります。

なので、お客さまがうまくいけば、継続して使ってくれて儲かる。お客さまと利害が一致しています。インターネットができる前はこういうサービスの提供の仕方はできませんでしたが、最近はそのような形態になって、IT産業が変わってきたと言われています。

受託開発の「変わればいいな」と思っていたところ

(スライドを指して)これはソニックガーデンのWebサイトから引用しました。受託開発は納品してしまうわけですが、どちらかというとお客さまに継続的に改善してもらいたい。今日の講演で伝えたいのは、「ソフトウェアは完成させるものではなく、ずっと更新し続けていくものだ」ということです。

常にアップデートしていくことが重要なのです。世の中はものづくりの考え方にどうしても支配されています。いかに人月を確保するか、いかに納品するか、いかに不具合があっても無視するかが中心のIT業界が、クラウドやネット企業を中心に大きく変わってくる。それが私が伝えたい(ことの)時代背景にあり、そうなると、エンジニアの働き方も随分変わると思います。

「質が悪くても、とにかく納期までに押し込め」という仕事の仕方ではなく、本当にお客さまが「こうだよね」と思うような開発をITエンジニアができるようになる。

もう1つ言えるのは、受託開発は労働集約型なので、新しい案件を増やそうとすると社員を増やさないといけない。SaaSサービスやネット系のサービスは、利用者がバーッと増えたとしても、それほど手間は増えません。もちろんサポートやお客さまからのフィードバックによるアップデート作業はありますが、お客さまが1人増えることで何か1つ工数が増えるわけではない。非常に生産性が高い。

ソフトウェアは本来そのように作っていくべきなのに、なぜか人月商売になっていて、(お客さまが増えることで)また納品をする。「それが変わればなぁ」と思っていました。

なぜそういう考えに至ったか

ここからはさくらインターネット自体の創業期になぞらえながら、なぜそういう考えに至ったかについてお話しします。私は1978年生まれの44歳ですが、生まれた時は、ものづくりがすごくはやっている時期でした。

1993年、高専に入学した時にはバブルが崩壊していました。私は将来ロボットのエンジニアになりたくてメーカーに行きたかったのですが、メーカーが相次いで倒れ、ほとんどが生産を海外に移転してしまった。そんな中、自分のロボットを作るために使っていたパソコンがネットワークにつながっていて、そのネットワークがすごくおもしろい。ちょうどブラウザやWebサーバー、Webが出てきた頃で、自分でサーバーを立ち上げました。

そこでホームページをHTMLで書いて、友だちもそこに参加して、サーバー運用は私がやって、私も友だちもホームページの制作みたいなことをしていたのが1995年頃です。ちょうどWindows95が出て、NetscapeやInternet Explorerも出てきて、ローカルだけどWebで楽しんでいました。

そんな中、1996年にとうとう舞鶴高専がインターネットにつながりました。ということは、自分が作ったしょうもないホームページが海外から見られるようになる。そうするとどうなるか。たくさんの友だちの友だちが「もっとホームページを作りたい」と言って、タダだった私のサーバーをどんどん借りてくれました。

そのうちトラフィックが増えすぎたことで学校に怒られて、サーバーを撤去しないといけなくなった時に、友だちに「お金を払うから、なんとか使わせてくれないか」と言われました。

「プロダクト・マーケット・フィット」という言葉があります。要するに、その製品がマーケットとフィットしていれば、開発などを強化していくだけでどんどん(売上が)上がっていくということなのですが、創業は実はPMF(Product Market Fit)をした時点から始まっています。

その後、1999年に法人化し、27歳で上場しています。17年前のことです。確か、27歳での上場は4番目に若いらしいのですが、その2年後に、4番目に速いスピードで最速債務超過ランキングに載りました。要は、会社の金がなくなって上場廃止になりかけたということです。上場は速いが失敗も速いという苦労もかなりありました。

ただ、そんな中でもデータセンターはすごく伸びるし、ちょうどAWSが出てきてクラウドがすごく伸び始めました。「これからはお客さまのところにあったサーバーがどんどんネット側にもやってくる。おまけに、一つひとつ作っていたシステムが、データセンターやクラウドの上に載っていくのではなかろうか」という予感があった。そんなこんなで2011年に石狩データセンターを開設するに至ります。

さくらインターネットが受託開発で暮らしていた時のエピソード

余談ですが、当初さくらインターネットは受託開発で暮らしていました。サーバーは1顧客につき月々1000円いただくのですが、100顧客捕まえても月10万なのです。ラック代もかかるし、実質赤字で食うことができない。仕方がないので受託開発をしたり、パソコンの修理を手伝ったりしていたので、厳しいエピソードが何件かあります。

1つは、当時パソコンの修理はけっこう上がりがよかったのでやっていました。「受付して2万円でパソコンが動くようにします」みたいなことです。ある日緊急の案件があり、「とにかく動かないと困る」と。

「修理にどれくらいの時間がかかるか」と言われたので、2時間くらいがんばって2万円もらうことになりました。ところが、iniファイルをちょっと書き換えるだけで起動したので、5分くらいで終わった。

5分で終わったからさぞ喜んでくれると思ったのに、「2時間で2万なんだから5分で2万は高いでしょ」と言われました。「いやいや、やることに対してお金を払っているわけで時間に対して払っているわけではない」と言ったものの、結局1万円に値切って帰っちゃいました。

要は、時間に対してお金を払うことにすごく疑問があった。新幹線は普通電車よりも早く到着するのに、普通電車より高い。あれはスピードに対してお金を払っていて、移動という体験または価値に対してスピードで払っている。ソフトウェアも本来はそうなのですが、どうしても人月の商売になるし、時間に対して換算するのは違うのではないかと思い、それ以来受託開発はやらなくなりました。

ちょうどその時に継続的な商売が生まれたので、そういうことが言えたのかもしれませんが、さくらインターネットが月額課金のビジネスをするようになったのにはそんな背景があります。

今日お話ししたかったのは、エンジニア出身で、バリバリ現場でプログラムをしながら、日々お金に困りながらなんとか会社を経営してた人間が、いつの間にか、スライドにもありますが、いつの間にかデータセンター協会(JDCC)やJapan Data Center Councilの理事長になったり、ソフトウェア協会(SAJ)の会長になったりした。

以前は、「こういう世界になればいいのに」と思いながらも、事業でそれをなんとかしなければいけなかったのが、まさかの世の中に対して発信ができる立場になったことは、自分にとってすごく貴重な経験です。それを少しみなさんにお裾分けできればと思っています。

(次回に続く)