数年、十数年かけて新しい分野を学ぶ中で見つけたベストプラクティス

岡野原大輔氏:最後の3つ目のテーマでは、学ぶスキルを紹介します。世の中にはいろいろな学び方の本が出ていますが、今回紹介するのはあくまで私の個人的な考えに基づいたベストプラクティスです。

信用してもらうために私自身の例を話すと、私は個人的にも、数年や十数年かけて新しい分野や多くの種類のことを学んできていると思います。専門性についても、私はもともとデータ圧縮をやっていました。その後大学に入って自然言語処理をやって、データ構造をやって、Ph.Dは自然言語処理を取りましたが、そこからは機械学習で深層学習も知らないところから始めて、今は量子化学などを勉強しています。

また、会社もいろいろな事業をやっているので、スライドに挙げているようなことを学ぶ必要がありました。それらをやっているうちに、うまくいかなかったり、どうやってもなかなか学べなかったりしたこともたくさんありましたが、その中でいくつかうまくいくいい方法が見つかりました。今日は、有効と思われるベストプラクティスを7つ紹介したいと思います。

その1 「良い教材と出会う」

1つ目は「良い教材と出会う」ことです。私の場合は、よい教科書と出会えるかどうかが非常に重要で、よい教科書と出会えれば「勝った!」とばかりに学べるんですが、自分に合う教科書が見つからない場合にはなかなか成功しません。教科書に限っても、よいものはものすごくたくさんありますが、今のあなたに合うものはおそらく非常に限られていて1冊や2冊しかありません。

欠けているリソースに対して、本は圧倒的に安く買えるので、たくさん買っても無駄ではないと思います。何冊も買って読んで、つまみ食いして、自分に合ったものがあればそれを繰り返し読むのが、私のうまいパターンです。最近は、教科書以外にも非常に優れた学び方があります。大学のコースもどんどん見られるようになっているし、チュートリアルやこのようなセッションで、いろいろな方がいろいろな方法を教えているのも学びの機会です。

YouTubeにも非常にいいコンテンツがあります。残念ながら今日はありませんが、アイシア(アイシア=ソリッド氏)さんのYouTubeチャンネルは私も見て勉強しています。

一番効率的だと思うのは、定期的に詳しい人と話すことです。ただ、先方にとってはスケールしないので、先方にも何か利益がないと続かない。多くの人は、この方法を取るのは難しいかもしれません。

その2 「学習がうまく進まないことに焦らない」

学習はなかなか表に結果が出てきません。「学習がうまく進まないことに焦らない」ことが、2つ目の重要な項目です。

みなさん、学校にいる時は算数も国語も、非常に長い時間をかけてゆっくりじっくり学んでいるにもかかわらず、何か新しいことを学ぶ際には数日から数ヶ月で学ぶような感覚を持ちがちです。自分で使えるようなレベルになるまでは時間がかかります。

私の場合は、まったく知らない分野の場合、3日くらいかけて本を選んでざっくり読んで、表面上なんとなくわかるのには3ヶ月かかります。最先端で何をやっているかがわかるのには1年くらいかかり、その分野で何かおもしろいことができるまでは最低3年かかると思います。

諦めない、放り投げない、実力を徐々に静かにつけていくことが必要で、少なくとも3年がんばれば、みなさんはその分野の専門家になれる。逆に、3年間続けるのは難しい。みなさん難しいと思うし、私自身も難しいと感じてきました。

その3 分野を代表する人をフォローする

3つ目はテクニックです。何かの分野を学ぼうと思った時は、表面的にいろいろなトピックがあるので難しいですが、その分野を代表するような、もしくは自分がいいと思うような特定の人をフォローして、その人が書いている本やプログラムなどを全部読みます。できれば、その人がたどってきた歴史に追従するのがよいと思います。これによって、自分自身もその人がたどってきた歴史、培ってきたスキルを早送りで学べます。

もう1つ重要なこととして、誰をフォローすればいいかと迷う時。人気のある人やすごい人は目立ちますが、みなさんにぴったり合う人はなかなか見つけること難しいので、できるだけすごい人に「すごい人は誰だと思う?」と日頃から聞いてたどっていくことが重要だと思います。

その4 「(驚くほど)簡単なことから始める」

4つ目は「(驚くほど)簡単なことから始める」。特にありがちな失敗パターンとして、専門家であればあるほど、例えば大学の先生レベルの専門家は、ほかの分野でも同様に(自分が)専門家であると勘違いしがちなので、読んでみると難しすぎて失敗します。教材が難しければどんどん簡単なものにしていく。それこそ小学生や中学生向けから始めてもいいくらいです。

確実にできる簡単なことからどんどん勢いをつけていって、難易度をラーニングゾーンに上げていく、楽しいと思っているゾーンを3年間キープすることによって、学ぶことができます。そんな簡単なことからやって追いつけるのかと思うかもしれませんが、経験上学習するごとに学習速度は上がるので、最後は指数的に学習スピードも上がって後で回収できます。最初のちょっとした進捗の遅れは、それほど重要ではないと思います。

その5 「アウトプットによる学び」

5つ目は、先ほども出たように「アウトプットによる学び」です。例えば質問する。話の後に常に質問をしてみる。おもしろくない質問ではなく、効果的な質問をするようにする。もしくは、生覚えのことを説明する、講演をする、チュートリアルをする、本を書くことが重要だと思います。私が本を出している理由の多くは、自分自身が学びたいからです。

アウトプットして初めて何がわかっているのかを把握できるし、もしかしたらアウトプットそのものよりアウトプットしているという行為のほうが効果があるのかもしれません。また、効果的な質問をするのも非常に難しい。質問をするためには何がわかっていて何がわかっていないのかを明らかにしなければなりません。よい質問ができる人は、ファストラーナーだと思います。

その6 「基本スキルを身につける」

6つ目は「基本スキルを身につける」。先ほどの「Learning to Learn」に関係しますが、特定のタスクを学習するのではなく、学び方を学ぶための効率的なスキルを獲得することで、一つひとつの専門知識を獲得する学習コストを下げることができます。

例えば、何かを学ぶ際、日本語のすばらしい教材もたくさんありますが、英語のほうが人口が多いこともあり、いい教材がたくさんあります。最近では、中国語なども学ぶことによって、いい教材にアクセスできて、ペイするかもしれません。それくらいよい教材と、そこにアクセスできるかが重要だと思います。

また、いろいろなものを学ぶ際にも共通するスキルがあって、例えば数学やプログラミングを学ぶのは大変かもしれませんが、効率化によってその後で学ぶコストはペイできると思います。

その7 「報酬を制御する」

7つ目は「報酬を制御する」。これが、一番難易度が高いかもしれません。学習で「これが達成できたらあげます」というのは、モチベーションを上げるためにはいいのですが、そういう強制的もしくは外的な報酬には、すぐ体が慣れてしまいます。数ヶ月のような短期なら可能ですが、学ぶために必要な数年、あるいは10年は続きません。

最初に言ったように、学習はうまくいくと非常に楽しいものです。うまくいくと、最も幸福な経験であるフローを無限に発生させることができます。しかし、外からこれでいいのではないかと与えることは非常に難しいです。メッセージとしては、何か試してみておもしろいなと思うものを見つけたら、それにしがみつくことです。

誰でもみなさんに「この学習をしてください」と強制することはできるかもしれませんが、それをうまく活かすことはできません。一方で、自発的に何かをやってみる時は楽しいと思うことや、つらいと思うことが多いかもしれませんが、楽しいと思う瞬間を大事にすることが必要だと思います。ただ、始めてから少し経たないと楽しい状態にはならないので、最初は我慢してやってみることが必要だと思います。

また、やってみてどうしても「これはちょっと厳しい」と思ったら、時間を置いて数年後にまた試す。先ほどいろいろな項目がありましたが、私にもいくつかやってみて厳しかったものが、10年くらい後にもう一度やってみたら、「わあ、こんなおもしろいんだ!」と思って進んだ経験がたくさんあります。その人が今置かれている環境や状況に応じて、どれがピンポイントに刺さるかは変わると思うので、この報酬を制御できるかが、すごく重要だと思います。

本日は、この「まとめ」のページで終わります。「Learn or Die」という題で、学習の何が難しいのかと、学習のベストプラクティスについてお話ししました。

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