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オードリー・タン氏から学ぶ組織/人とテクノロジーの関係性や変革へのアプローチの仕方(全3記事)

「データをすぐに公開すれば非難ではなくプルリクが送られる」 台湾のデジタル担当大臣が語る、公共サービス改善の鍵

「Day One - CTO/VPoE Conference 2022 Spring -」は、日本CTO協会が主催するイベントです。パネルディスカッションでは、政財界、テクノロジー分野の第一人者をパネリストにお迎えし、日本CTO協会理事のモデレートにより、“Day One”をテーマにご講演いただきます。ここで登壇したのは、台湾デジタル大臣オードリー・タン氏と日本CTO協会 理事の安武弘晃氏。オードリー氏の考えや、台湾政府の取り組みについてインタビューをしました。全3回。2回目は、組織の中でテクノロジーを管理する方法と、公共サービスの改善におけるアジリティについて。前回はこちら。

人間はテクノロジーとどう付き合っていくべきなのか

安武弘晃氏(以下、安武):さて、新しいソーシャルネットワークはある種邪悪なテクノロジーと捉えられる傾向にあります。そのため新しいテクノロジーであるというだけで、注目を浴びます。お話しいただいたとおり、常習性が非常に高いソーシャルメディアは、喫煙や飲酒と似たようなものである可能性があり、人の行動になんらかのコントロールが必要になります。

テクノロジーは人を助けるものですが、人はテクノロジー自体を邪悪なもの、あるいは悪いものと考えがちです。しかしそれは間違っていて、問題は人の行動なのだということでしょうか?

オードリー・タン氏(以下、オードリー):その喩えをもう少し拡大すると、米国などの司法では禁酒法の時代がありました。アルコールや飲酒が法的に完全に禁止されたのです。しかし現在、禁酒法は一般的に過激な最終手段と捉えられています。これはパンデミックが激化した時に、全市民をロックダウンすることに少し似ています。ロックダウンは必要、あるいは必要と考えられたのかもしれませんが、最も重要なのは「予防」と「公衆衛生教育」です。ロックダウンは大きな影響をもたらし、人々を疲弊させるからです。

長期化しすぎれば人々は法を守らなくなります。ソーシャルメディアの反社会的な側面に、もっと制裁を課すべきだという意見があります。それは即効性のある対策かもしれません。議論する価値はあります。しかしすべてのソーシャルメディア全体を悪と見なし、すべてを禁止すればそのこと自体に外部からの負の要素が生じることになります。

市民社会グループが「心のワクチン」を作り上げるための時間と専門知識を得られないからです。心のワクチンというのは私の造語で、「手を洗う・マスクを付ける」といった良い習慣のことです。さまざまな変異株のある心のウイルスから身を守るのに役立ちます。

台湾政府の優れたアジリティはどうやって実現したのか?

安武:ありがとうございました。2つ目のテーマに移りたいと思います。組織の中でテクノロジーをどう管理していくかについてです。

テクノロジーはソーシャルメディアなどの社会に対して大きな影響力を持ち、そのようなテクノロジーは今やすべての人にとってなくてはならないものです。テクノロジーの管理は特に政府などの従来型の組織において難しいところがあるように思います。また、市民や顧客に良いサービスを提供するためには「アジリティ」もまた重要なキーワードとなります。

コロナが流行し始めた頃、台湾では各薬局のマスク在庫を公開したことで、速やかにマスクを配布できたというのは非常に有名な話です。すばらしく迅速で適切な対策でしたね。

また、ご自身の体験談として、薬局を訪れたらマスクが売り切れなのに、ウェブサイトでは「在庫あり」のままになっていて薬局のオーナーが困っていたので、誰か情報を変更してほしいとあなたがお願いをしたところ、すぐに修正されたという話がありました。優れたアジリティであり、政府サービスや公共部門のステレオタイプとはまったく異なりますね。

そこでおうかがいしたいのですが、これをどう実現したのでしょうか?また、アジリティによる公共サービスの改善の鍵となるものは何ですか?

オードリー:ありがとうございます。鍵となるのは「迅速」と「安全」の2つだと思います。私は子どもの頃、ドイツで1年間を過ごしました。ある時母は、アウトバーンで車を運転していました。上限速度がないことで有名なドイツの高速道路です。台湾の高速道路には必ず上限速度があるので驚いたものです。しかし、母は私に「ドイツでは道路を正しく設計し、車を正しく設計し、運転手が道路のスペックを正しく理解していれば速く走るほど安全になると考えられているのだ」と説明しました。これは自分の直観に反する考えだったので鮮明に覚えています。

しかし、アジリティにおいてはより迅速に動くほどリスクが減ります。より早い段階で矛盾や偏った値などがわかれば、技術的な負債の清算ははるかに容易になるからです。この設計ではコストがかかりすぎると指摘してくれる外部の顧客がいれば、すぐに調整できますよね。これに対して、新聞を読むまで待つとなると1週間ほど遅れると思われます。なので迅速であればあるほどより安全になります。

官僚組織内での共創の鍵は、データを収集したらすぐに公開することです。当然プライバシーや企業秘密などは尊重する必要がありますが、例えばほとんどの在庫データには、プライバシーの影響はなくその影響はゼロです。そのため30秒ごとに公開すれば、誰もがそのデータの偏りを確認できます。問題について指摘されれば「ええ、データに偏りがあるので修正を手伝っていただけますか? 同じ生データをお持ちでしょう」と言えます。

しかし公開にもっと長い時間がかかる場合、例えば公開が週1回の場合は誰も助けてくれません。誰もが批判や抗議しかできなくなります。配布や事前登録などの新たな手段につながるような分単位の運用可能データを持っていないからです。直観に反することですが、公開前に1週間分のデータを保持していてデータが誤っている場合、みんな非難します。

一方、データを保持せず、収集した直後30秒ごとに公開すれば、データ確認の時間はなかったと誰もがわかっているので非難はされません。非難の代わりにプルリクが送られてくるでしょう。その結果、非常に建設的で共創的なものが得られます。政府が市民を本当に信頼していると市民が思えるからです。

技術スタックを変えていくのは難しい、プラグインや支援ツールを導入するのは実はとても簡単

安武:驚くべき話ですね。まったくそのとおりです。データがある場合はすべてのデータが開示されるべきです。この点について少し詳しくおうかがいします。

データにはシステムが必要ですが、そのシステムがとても古い場合があります。ある意味足手まといになり、時代遅れであればあるほど巨大で保守が難しく、データベースからデータを取得するのも困難です。特に従来型の組織ではシステムは非常に古く、アジリティをうまく維持できません。似たような状況はたくさんあり、世界中でよく目にしました。

台湾でもそのような状況があると推察しますが、台湾ではどういう状況で、どう対応していますか?

オードリー:例を1つ紹介いたします。台湾では2020年に給付金を支払ったことがありました。対象者は中所得、または低所得層でパンデミックの悪影響を受けた人でした。多くの人はスマートフォンを持っておらず、持っていても新規アプリをインストールしたり、先進的なウェブアプリの操作を経験していない、したいとも思わない人々でした。

そのため、多くの人が銀行の窓口に出向いて銀行口座情報を記入したり、銀行口座を持っておらず小切手での受け取りを希望した場合は、自宅住所を記入したりしました。言うまでもなく個人情報の詳細や、パンデミックにより収入が減った証明なども必要でした。

こうして大量の未処理案件が発生し、地方自治体はそれらの申請を期限内に確認できない状況に陥りました。新北市は箱にたくさんの申請書を入れて中央政府に持ち込んで「そちらがこのシステムを設計したのだから、データ化を支援してほしい」と訴えました。申請の処理が可能になるまでに非常に長い時間がかかったのです。(安武さん、)頷いていらっしゃいますね。おそらく日本でも同様の状況があったのでしょう。

しかし2021年は準備万全でした。2021年に同じプロジェクトを再度実施した時、窓口を設けないこと、申請を受け付ける窓口は一切設置しないことを伝えました。窓口経由では一切提出できません。ではスマートフォンの利用を強制したのかとお考えかもしれませんが、そうではありません。何をしたかというと、シンプルに申請書を印刷しました。はがきのような感じで、大きなA4サイズの紙ですが、2回折れば料金前納封筒になります。

PDFがオンラインで公開されており、市民は自分で印刷できます。地方の役所なども、好きなだけ申請書をコピーできます。つまり一元化されたハブ・アンド・スポーク方式から、多元方式へと切り替えたことで誰もが申請書を配布できるようになりました。コピーした簡易申請書に銀行口座情報などを記入し、その申請書で封筒を作成します。それを郵便ポストに投函すると、郵便局員がハンディキャップのある方々の雇用を専門とした社会起業家の元に郵送します。身体は不自由でもタイピングが得意なプロの方々です。

受け取ったすべてのはがきを迅速にデータ化する仕事を探していた方々です。ウェブサイトを使用できる申請者は、当然ウェブサイトを使用しましたが、はがきでの送付を希望した人もその申請内容が即座にウェブサイトに申請されました。

これは郵便配達とタイピストがうまく連携してくれたおかげです。つまり支援する知能を導入したということです。市民のみなさんに習慣を変えてもらうのではなく、公務員全員の業務をサポートし、負担とリスクを軽減しました。給付はとても迅速でした。受給資格のある方全員にすばやく入金できました。

私が言いたいのは技術スタックを変えていくのは難しいですが、プラグインや支援ツールを導入するのは実はとても簡単だということです。処理工程にいる人は誰も変えません。しかし、工程の再構成により作業の大部分を並列化できます。デジタルトランスフォーメーションでも同じようなことをしています。

安武:すばらしいです。難しいのは中央データベースやシステムアーキテクチャの交換ですね。スクラップアンドビルドには力を入れない代わりにプラグインを重視するのですね。いわば旧式のテクノロジーに支援技術としてプラグインを追加するということですね。

オードリー:そうです。インターネットも最初はそうでしたね。DNSも電子メールもすべてこのような多極性を基盤として築かれました。

台湾ではOAS3を国家基準にしている

安武:これはすごいアイデアです。私も同じことを考えましたが、中央システムにAPIがなかったり旧システムとの接続が難しかったりします。台湾ではどうでしょうか?

オードリー:2016年に調達の契約書式を変更したのですが、それまで市民のみなさんが利用するシステムやウェブサイトは目の見える方だけしか考慮しておらず、目のよく見えない方は利用できませんでした。

ITベンダーがこれを提案すれば、政府の調達先として失格になるでしょう。アクセシビリティはとても重要です。人の能力はさまざまなので、すべてのコンテンツをスクリーンリーダーなどの補助ツールに対応させるべきです。そこで書式の既存の文言に加えて、マシンはアクセシビリティの支援が必要な人のようなものだと記載しました。

ですからJSON OpenAPIがスクリーンリーダーのようなものと言えます。仮にITベンダーがシステムを構築したあとに「しまった、これは人間にしか使えない」と言ったとしましょう。もしあなたがOpenAPIを話すロボットだとして、私たちがサービスを提供できない場合、そのベンダーはやはり失格でしょう。なぜならロボットを差別したからです。ありえない喩えですが、そういうことです。

基本的には設計の最初にAPIを持ってくることでジレンマをなくせます。つまり稼働中かもしれないシステムの基盤、例えばBase3とまでいかなくてもDB2などの旧テクノロジーを安定させようとしなくて済みます。しかしJSONもOpenAPIも使えなければなりません。台湾ではOAS3を国家基準にしました。これはOAS3のリリース前のことです。まだリリース候補版だった時に国家基準にしたのです。

おかげで、パンデミック対応ではレゴブロックのように簡単に組み替えられる部品がたくさんありました。モバイルITの認証に使う部品は、接触確認用のQRコードを作成するための部品とピッタリはまりました。予測ベースの接触確認アプリですね。また、所得税に使うシステムもわずか3日で組み替えて、事前登録制のマスク配給システムになりました。

このシステムはその後2~3ヶ月で変更され、ワクチン予約システムになり、ほかの多数のAPIに接続されました。調達契約書をAPIファーストにすればITベンダーもスタートアップと協業できるとわかりますし、スタートアップの雇用も確保できます。なぜならITスタートアップはフロントエンドのイノベーションに特化しており、ベンチマークコードベースも保守できるからです。

台湾政府開発チームについて

安武:すばらしいお話です。その方向性に完全に同意します。しかし多くの組織、特に公共部門で顕著ですが自動化は極めて困難に思えます。ベンダーがすべて管理しており、依頼元の組織にはテクノロジーに詳しい人材がいないため調達プロセスを変えたり、ベンダーに明確な要件書を送ったりすることはほぼ不可能だと言えます。

歴史の古い組織は、構造的な問題を抱えていることがありますが台湾はまったく違うので驚かされます。政府の内部開発チームの外部委託についてはどうですか? テクノロジーを扱うチームが組織内にありますか? またはITベンダーにすべて外注していますか?

オードリー:設計者は内部雇用ですが、コーダーはよく外注されます。もちろん設計者がコードを書くこともよくあります。私もコードを書く設計者ですが、設計は表現手段の1つです。これはITベンダーへのプレッシャーになっています。なぜなら、納期に間に合わなかったら、納期に間に合わなかった部分を埋めるために、例えば私が自分でコードを書くからです。もちろんそのコードは保守されませんし、適切な品質チェックなどもされないでしょう。

しかし全体的な設計コンセプトを伝えることはできます。設計者がコードを書ければ、上手くはなくても保守できないコードだとしてもアイデアをコードで表現できます。これがとても重要なのです。そしてITベンダーには選択肢はありません。「大臣(私)が書いたコードは汚くて保守できないから捨てなければならない」。ベンダーはその部分を書き直す必要があります。でもAPIがもうあるので、私の設計に合わせないといけませんね。

コードを書けない設計者の場合は、当然IPや運用部門からの抵抗にあいますが、コードを書ける設計者は常に有利です。ちなみにこれはApple時代に学んだことです。

安武:大臣のプロジェクト参加なんて聞いたことがありません。プロジェクト推進のためにコードを書くのもです。非常に驚きました。ありがとうございます。

民主主義自体が社会的なテクノロジーである

安武:もう1つうかがいたいのですが、著作にある間接民主主義とデジタル民主主義にとてもインスピレーションを受けました。「伝統的な間接民主主義のシステムをテクノロジーが大きく変えられる」。まったく同意します。しかし同時に、テクノロジーが変化をもたらすことは誰もが知っていますが、伝統的なシステムを変えるのは難しいことです。

なぜなら、システムにかかわる人がテクノロジーの力を信じていないか、テクノロジーに精通していないためです。テクノロジーにできることと人々が実際にできることの間には大きなギャップがあります。テクノロジーにできることと、人々がやりたいことのギャップを埋める方法は何でしょうか?

オードリー:私は民主主義自体が社会的なテクノロジーだと考えています。民主主義と言った場合、実際には数多くの社会的協業の特定の形態を指します。市長や大統領を投票で選ぶさまを思い浮かべるかもしれませんし、一般参加型の予算会議かもしれません。国民投票のことを思い浮かべる人もいるでしょうし、請願書の提出といったことかもしれません。

これらすべてが民主主義です。民主主義の形態なのです。新しいテクノロジーに携わる人たちがいます。民主主義的な場、例えば市民集会などでは陪審員のようなものですが、裁判ではなく行政案件テーマで解決策を検討する人たちがいます。ランダムに集められた委員会です。細かく検討して、その結果をコミュニティに持ち帰ります。そのほかにも多くの形態があります。

つまり、民主主義というものを語る時に理解している必要があるのは、「民主主義はみんなで決断する、テクノロジーを開発しようとするテクノロジストたちの指向そのものを指す」ということです。テクノロジーのおかげで以前の民主主義よりもインクルーシブに協議できるのであれば、テクノロジーは民主主義に貢献していることになります。またこれはデジタルには直接関係しないということでもあります。デジタルは補助的なもので、このようなイノベーションにより作業をスピードアップしたり、より多くの人にコンタクトできたりします。

特に革新的な民主主義的イノベーションは、例えばオープンスペーステクノロジーですが「テクノロジー」と言いつつ参加者が部屋やコーナーを行き来できる「Foo Camp」や「Bar Cam」あるいはアンカンファレンスを指しています。アジェンダは全員で設定し、投票などでも頭を使います。どれもデジタルではありません。

つまりデジタルでの簡易化を思いつきはしても、その本質はデジタルではありません。区別する必要があると思います。ITの将来性は高く、マシンとマシンをつなぎますが、デジタルとは人と人をつなぐことです。これらはテクノロジーの別の階層です。多元的なソーシャルテクノロジーなのです。

また、テクノロジーにはまだ十分に投資しきれていません。なぜなら、これまでの投資は「コモンズの悲劇」に見舞われたためです。コモンズは元来オープンソースのフリーソフトウェアのようなもので投資から直接独占的な利益を得ることはできません。でも最近は、投資家と同様に私たちにも政府が初期のARPANETのように見えています。

軍や大学のためだけではなく、一般の市民にとっても共同でコミュニティを運営するには便利です。現在インターネットの原型に似たものがソーシャルテクノロジーまわりに形成され共同での意思決定を支えています。

台湾はこのコラボレーションの初期実験場の1つだと思います。特定のIT技術のことではありません。民主主義の特定の形態のことで私たちは協力して改善できます。

安武:なるほど、デジタルという言葉を人間同士をつなぐものを指す意図で使うのですね。そしてテクノロジーはマシン同士をつなぐものだと。私には新しい概念です。

オードリー:英語の「デジタイゼーション」はマシン同士をつなぐことです。一方の「デジタライゼーション」は対象の人すべてをつなぐことです。「モノのインターネット」と「ヒトのインターネット」の違いです。

安武:ありがとうございます。とても刺激的な考えです。

(次回へつづく)

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