自己紹介

安武弘晃氏(以下、安武):簡単に自己紹介させてください。安武弘晃と申します。ヒロとお呼びください。日本CTO協会の理事を務めております。2016年1月までは楽天のCTOで、現在は米国でJunifyというスタートアップを経営しています。また、そのほかに日本では中小から大企業まで複数の企業の顧問を務めております。

本日のテーマですが、今日様々な組織がテクノロジーの活用と管理という課題に直面しています。本日はこのテーマについて議論したいと思っています。

まずはご自身について…

オードリー・タン氏(以下、オードリー):私から自己紹介いたしましょうか?

安武:ええ。あまり詳しく紹介していただく必要はないと思います。かなり透明性の高い発信をしていただいているので、非常に多くの情報がインターネットに公開されています。ただここでは、視聴者のために簡単な自己紹介と、最近注目しているテーマなどをおうかがいできればと思います。

オードリー:もちろんです。台湾デジタル大臣のAudrey Tang(唐鳳)と申します。

ソーシャルイノベーション、オープンな政府、そして若者の政治参加に取り組んでいます。以下、2016年に私が書いた職務説明を読み上げますね。所信表明のようなものですが、その中で注目しているトピックに触れています。

短い文ですが次のとおりです。

「モノのインターネットがあればそれをヒトのインターネットにしていきたい」「仮想現実があればそれを共有現実にしていきたい」「機械学習があればそれを共同学習にしていきたい」 「ユーザーエクスペリエンスがあればそれをヒューマンエクスペリエンスにしていきたい」「シンギュラリティ(技術的特異点)が近いと聞いたなら、プルーラリティ(多様性)がここにあることを思い出したい」

オードリー・タン氏が現在取り組んでいるプロジェクト

安武:先ほどGitHubアカウントを拝見したのですが、今もコードを書いてGitHubにアップロードされているのですね。日本の政治家がコードを書いているなんて例は聞いたことがなかったので、とても興味深く拝見しました。

今はどのようなプロジェクトに取り組んでおられますか? また、どのようなプロジェクトに関心を持たれていますか?

オードリー:ルーチンワークを自動化して、効率化を心がけています。これはラリー・ウォール氏から学んだ怠け者の美徳ですね。私がまだまだ若いPerlハッカーだった頃にそう学びました。

私はよく自分のワークフローをただ眺めて、その中で自動化が可能な部分を特定します。そして、「この作業は5分しかかからないかもしれないが、まあ私はコードをそれなりに速く書けるので、5分のタスクの自動化に10分ほどかかるとすると、2回実行すれば元を取ったことになる」と考えます。

最近の私のコミットを見てみると、徹底的な情報開示記録をメンテするためのものですね。現在は、今のこの対談も含めて多種多様な入力形式の情報を半自動的に統合しようとしています。あとでマインドマップにして、共有できるような形式で全情報を記録するのが目標です。

Perlで夢を見るほど、Perlが好き

安武:どの開発言語を使用していますか? 一番のお気に入りはPerlでしょうか?

オードリー:Perlで夢を見るぐらい好きですね。

安武:(笑)。

オードリー:Perlは何も考えずに書けます。なので、ごく簡単なスクリプト作成では今もPerlを使用しています。ただ、他の人とコードを共有する場合に今よく使用しているのは、共通語となっているJavaScriptです。

私はコードを読むのは好きですが専門家ではありません。例えばRustやPython、Rubyのプログラマーではありませんが、これらのコードは特に問題なく読めます。

安武:私もPerlの大ファンで、楽天で働いていた時には、バックエンドのバッチシステム用に大量のコードをPerlで書いたものです。しかし、他の人にとっては大変なことでした。なぜなら私のPerlコードは汚かったからです。

オードリー:それでもスタッフにとっては、コードを置き換えたいと思えるよいきっかけになります。ある意味プロトタイプのコードとして仕様を提供したと言えますね。

テクノロジーの進化により進んだ「共創」と「コラボレーション」

安武:それでは始めていきたいと思います。最初のテーマは「現在進行中の大きな変化」についてです。このイベントの主要テーマである「変化」。まずはこのキーワードから対談を始めたいと思います。

変化という言葉を聞くと、人は複雑な気持ちになります。変化のあとに輝かしい未来があると思えれば好意的に捉えられますが、現状を維持したい人は、とても不安に感じます。好むと好まざるとに関わらず、テクノロジーは進化しており、今後も進化していくでしょう。

テクノロジーは社会に多くの変化も生み出してきました。多くの人は、特にテクノロジーに関して期待とともに恐怖も抱いているようです。そこでまずは、変化とその背後にある主要テクノロジーについておうかがいします。

過去5年から10年の間に起こった変化や、関心を抱いた変化について教えていただけますか?

オードリー:テクノロジーや私たちのような技術者は、進化する社会的要請に応えるため変化する必要があると強く感じます。重要なのは状況に適したテクノロジー、つまりは現場の人がその場に合わせて調整できるテクノロジーです。破壊的テクノロジーはこれとは真逆で、テクノロジー自体は変化しません。人々がその破壊的テクノロジーに破壊されるので人々が適応することが求められます。

また、変化の創出については相対する2つの見方がありますが、私は多元論を強く支持する立場です。つまりテクノロジーがもたらすどのような変化も、既存の社会規範を損なうことなく社会のニーズに適応すべきだと考えます。この種の「共創」を進めるために過去10年で見られた最も重要なテクノロジーの1つがリアルタイムのコラボレーションツールです。私たちも今「Zoom」を使っていますよね。Zoomがなかったら、物理的に移動しなければなりません。

つまり何が言いたいかというと、以前は同じ部屋に集まってホワイトボードを共有して互いの話を聞く必要がありました。しかし、部屋に集まる人の数が増えていけばいくほど状況に追いついて有意義な関係を築くことが次第に難しくなっていきます。ダンバー数と言われる150人に達すると、組織が階層化し始めます。フラットな組織や1対1の関係が構築できなくなるのです。

しかし過去10年間で、何度もコミュニティのイノベーションが起こりました。分散型台帳やオープンソースの分野でオープンなイノベーションコミュニティが見られたのです。クラウドソーシングやクラウドファンディングが登場し、その基盤も非同期のWikipediaモデルからより同期的なモデルへと移り変わりました。実際、共創できる人数が150人に限られることはなくなり、コラボレーションツールを使用して同時に何万もの人と共創できるようになりました。

現代の共創型コラボレーションツールが過去10年で最も重要な社会的イノベーションであったと私は確信しています。実際それで台湾では、1日もロックダウンすることなくパンデミックに対抗し、政府機関による情報の隠ぺいもなくこの情報危機に対処できました。

安武:多くのニュースで、あなたのすばらしい功績が紹介されていました。貴重なご意見ありがとうございました。「共創」と「コラボレーション」というキーワードがありましたね。とても重要なことだと思いますし、テクノロジーがなければこの対談も実現しませんでした。オンラインコラボレーションツールは今や必要不可欠ですね。対話して、その情報を同時に多くの人に共有できます。

「Facebook」はデジタル界のエンターテインメント部門におけるナイトクラブ

安武:ただし同時に、これにはある種の良い面と悪い面があると思っています。特にソーシャルメディアは社会に非常に大きな影響をもたらしますが、現在のソーシャルメディアの影響力の大きさをどのようにお考えですか?

オードリー:多くの人と同時につながることが簡単になりましたが、これまでにわかっているのは人の集まりについての社会規範が、各ソーシャルメディアによって異なるということです。

私はよく、「Facebook」はデジタル界のエンターテインメント部門におけるナイトクラブだと喩えています。みんな、楽しむためにそこを訪れます。しかしユーザーに対してモノを売るのが同社のビジネスモデルです。常習性のあるお酒ではなく、常習性のある広告を売っています。似ているところがありますよね。2つとも少なくとも最初は人を衝動的な気分にさせようとします。衝動買いや衝動的なシェア、そういったものです。そしてその感情はあっという間に広がって、ボタンをもっとクリックしたくなったり、よく考えずにシェアしたくなったりします。

例えば、市役所で市長と話すような場合には理性的な会話を続けようと努めるでしょうが、 夜の街のナイトクラブの場合、それはとても困難です。周囲がタバコの煙でいっぱいでお互いの顔がよく見えませんし、叫ばなければ話が聞こえません。クラブの用心棒がいて、常習性のあるお酒もあります。おそらく賭け事をしている人もいます。その中で理性的な会話を続けるのは非常に困難です。

しかしソーシャルメディアには、この種の夜の街だけではなく大学キャンパスに相当するデジタル空間もあります。例えば台湾「Reddit」と言える「PTT」は、ある大学の学生による長期プロジェクトであり、過去25年にわたって教育機関ネットワークによる援助を受けてきました。

そのため開発者は時間を無駄にすることなく、公共の利益に関するメッセージを発信することに集中したのです。広告会社も利益追求もないため、これが可能になりました。

台湾にはそのような市民インフラとして、デジタル公共インフラも存在します。例えば共同プラットフォームでは、市民が予算の編成や審議に参加でき、予算の割り当てや規制当局による発表などについて申立てを行ったり、市役所での会合に参加したりできます。ユニークアクセスが300万人、年間3,000万人以上が使用しており、みなさん満足しています。なぜなら、この共同プラットフォームでは荒らしが発生する余地はなく、広告や常習性のある有償コンテンツが表示されることもないからです。

基盤テクノロジーは他とよく似たレコメンデーションエンジンなどですが、それとは異なる社会規範を基に設計されています。念のため申し上げますが、エンターテインメントに反対しているわけではなく、公園やキャンパスや市役所も必要だと言いたいのです。夜の街での交流だけでは生きていけないので、これらも重要ですよね。

メンタルヘルス危機への対応で重要なのはジャーナリズムと市民記者

安武:良い面と悪い面、両方の説明をありがとうございます。良い面については、またあとで取り上げたいと思いますが、悪い面について少し詳しくおうかがいします。

「夜の街」や「常習性」というキーワードが何度も出てきましたね。政府やプラットフォーマー、あるいは大手テクノロジー企業…しっくりくる言葉が見つかりませんが、これらの主体が情報をコントロールすべきでしょうか? それとも将来はソーシャルメディアで完全な自由が得られると思いますか?

オードリー:その点については、メンタルヘルスの問題だと考えています。私たちが夜の街で、例えば喫煙や強いお酒といった外部の負の要素から市民を守るように、デジタルコンピテンスも重視しなければなりません。

教育は基礎教育に限らず影響が絶大です。生涯教育においてもそうです。子どもが自分の意見を持つようになる前に、常習性のある飲酒や喫煙などに触れてしまいそれをかっこいいと思ってしまう場合、その社会は当然ながらその状況において極めて強い外部の負の要素となります。

これをメンタルヘルスの問題だとするなら、ラットパーク実験を理解することが大切だと思います。この実験では、常習性は症状であって根本原因ではないことが示されました。大抵は社会からの断絶や孤独、無力感、その他多くの事柄が常習行為の原因となっています。例えば今日ソーシャルメディアの使用を禁止された場合、無力感のある人やコミュニティとのつながりがないと感じている人は、別のものに依存し、場合によっては状況が悪化することになります。そこで私が考えている対策は2つあります。

1つ目は、PTTのような市民社会組織を育成して、社会的交流のための魅力的な代替場所を作ることです。実際に政策に影響を与えられるような有意義なつながりを築ける場所ですね。

2つ目は、デジタル空間での私たち政治家の活動について、できる限り高い透明性を確保し、そのうえで民間にも同様の行動をお願いすることです。例えば献金や融資を行う時に、台湾ではそれをオープンデータとして公開することで、選挙やロビー活動とのありとあらゆる関連を記者が分析できるようにしています。

しかし、もしロビー活動がFacebook上で展開され、そこでスポンサー付きの広告が購入されていて透明性に関する社会規範全般が考慮されなかったとすると、当然ながら非常に悪い波及効果が生じます。

この理由から、2019年台湾はFacebookに、政府がすでに適用している献金に関する「徹底的な透明性」の基準に従わない場合には、社会的制裁を行うと警告しました。

Facebookは基本的にこれを受諾し、台湾の管轄内ではそうすると回答しました。またFacebookは、すべての社会広告と政治広告をオープンデータとして開示することで、それらの影響が社会や記者の監視の目から逃れられないようにもしました。パンデミックに対抗するうえで、公衆衛生の専門家が最重要であるのと同様に、このメンタルヘルスの危機に対抗するにはジャーナリズムと市民記者が最も重要になると強く感じています。

安武:ありがとうございます。よく理解できました。

(次回へつづく)