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政府は半導体不足をどう解決するのか?(全2記事)

失われた30年はどう挽回できるのか? 経済産業省・荻野氏が考える、日本の半導体業界が目指すべき姿

私たち一般消費者にも大きな影響を与えている世界的な半導体不足。そんな中、経済産業省が「半導体・デジタル産業戦略」を公表するなど、政府は課題解決に向けた取り組みを検討・実施しています。 そこで今回は、経済産業省の荻野洋平氏にインタビュー。後半は、TSMCを日本へ誘致する理由や、戦略のポイントとなる人材について。前半ははこちらから。

TSMCを日本に誘致する理由と狙い

――先ほどお話に出たTSMCの誘致ですが、実際に誘致する工場は最先端のものではなくて、二世代古いタイプの工場だと言われています。これは最先端でがんばっていくというところとは別の話になるのでしょうか?

荻野洋平氏(以下、荻野):そうですね。TSMCの半導体誘致はステップ1のところです。一方でこの分野も残念ながら日本にはなかったものなので、外から取り込んでいく必要があります。このステップ1のところは、やはり比較的短期的に必要になってくるボリュームゾーンに対応するための取り組みだと思っています。

さらに言うと、今までは40ナノで止まっていたところを一気に28、そして今回12ナノまで発表しました。こういった工場の誘致は、20年分の遅れというものを取り戻していくためのステップ1の1つだと思っています。

――取り分は台湾のほうが多いと聞いたことがありますが、日本の半導体産業の復興とそこはどう関係があるのでしょうか。

荻野:確かにメインは台湾ですが、TSMCの半導体誘致は、熊本で作ったものを海外に持って行って、海外のユーザーに供給するのではなくて、やはり基本的に日本のユーザーを想定して作っています。

残念ながら今この瞬間は、海外がロジック半導体をすべてやっていますが、国内でロジック半導体が日本ユーザー向けに供給されると、例えばSONYのセンサーと組み合わせて出荷するということが日本の国内でできてくるので、まず短期では、そういう意味合いがあると思っています。

また、もう少し長期的な面で見ると、今まではずっとルネサスの40ナノが最先端になっていましたが、それを超える12ナノ台、技術的にはFinFETと言いますが、そういったところにも入っていきます。こういった製造拠点が国内にあることで、研究開発をやるだけではなく、実際に実装をしていく場ができます。

こういった製造現場と研究現場の連携ができていかないと、先ほど申し上げたような、国内の中で技術が発達していくことはできないと思うので、それをやっていくことが必要になると思います。

その際にはデバイスメーカーだけでなく、製造装置や素材などにも影響するかたちでやっていかなければいけないと思います。

――TSMCで生産していくのは半導体の種類としてはロジック半導体でしょうか?

荻野:そうですね。ロジック半導体です。

歴史を繰り返さないために必要なのは、明確な国の支援のコミット

――なるほど。日本が昔強かったのはメモリ半導体だと思うのですが、また国産の半導体を作るとなった時に、メモリ半導体をまたやっていくという話にはならないのでしょうか。

荻野:メモリはとても重要な製品だと思っています。今回TSMC誘致の話ばかりが言われるのですが、2021年に成立した法律も予算もはっきりとロジックだけを対象にしているわけではなくて、メモリも対象にしています。

国内メモリ半導体製造企業も、国籍は違えど日本の拠点の中で極めて重要なプレイヤーです。今発表している支援策が、彼らがやっていくうえで薄ければ、これからきちんと整備をしていかなければいけないと思っていますし、メモリを軽視しているわけでは決してありません。

半導体戦略(経済産業省)

――最終的には半導体自体を海外に売っていくのか、半導体を乗せたハードウェアを売っていくのか、どのような感じになるのでしょうか。

荻野:それは両方あると思っています。確かに半導体を含む日本製の最終製品が競争力を持って世界中に浸透していくのが望ましい姿だと思っていますし、単に半導体産業の振興だけではなくて、日本全体の経済という観点からも考えると、たぶんそちらがあるべき姿だと思っています。

ただ、日本の国内で作る半導体だけですべての需要を賄えるかというとそうではないと思っているので、半導体部品として海外に供給していくというのは一定数あると思っています。世界の中で、日本が必要だとされる立ち位置を維持するためにも、世界中に出せる製品を持っているということは重要なことだと思います。

――東芝のNANDのメモリが海外に行ったり、日本の国産のメモリが1回撤退したりという中で、国策としてやっていきましょうと、いろいろが合併して1つの会社になり、結果として結局ダメになってしまった過去もありましたが、それを繰り返さない方法は何かあるのでしょうか?

荻野:1つは国の支援の明確なコミットだと思っています。ただ、半導体・デバイスメーカーだけを支援し続けてなんとかなるのかというと、そういうことではありません。

1980年代は、日本はパソコンのような最終製品も含めて相当強く、だからこそメモリも強い時代でした。ところが、2000年代になると、携帯もそうですが、家電製品は競争力を相当失ってしまい、結果、半導体のユーザーのほうが先が見えなくなり、半導体もバタバタ倒れてしまいました。なので、今回は需要側を作ろうと思っています。

しかも、これは単に今見えている世界だけではなくて、新しいサービスを作ることも含めてやっていかないといけません。おそらく供給側だけをやっても仕方がなくて、需要側もないといけないというのが今の思いです。

それ以外にも需要環境整備の面において、税金、電力、材料調達などの部分で比べた時に、日本より台湾のほうが安いのが現状だと思うので、そういった部分についても何らかの対応を考えていかないと理想する姿にはなかなかならないと思います。

半導体戦略における日本独自の強みはどこにあるのか?

――各国が半導体に向けていろいろと政策を打ち出していますが、日本の独自の強みはどこになるのでしょうか?

荻野:日本の強みは30年間の蓄積にあると思っています。国内には84の半導体前工程工場がありますが、この数は世界トップです。これらは、当然古い世代のもので最先端の技術ではありませんが、そうは言っても80以上の工場が今もあるというのは、それだけ世界におけるさまざまな部分での供給能力を担っているということだと思います。

自動車もそうですが、1つの製品に含まれている半導体すべてが最先端なのかというと、そうではありません。製品の中にはさまざまな種類が含まれていて、1つでも欠けてしまうと作れないのですが、そういった部分を日本の半導体業界が相当担っているというのは1つの強みだと思っています。

そこに従事している人たちも現状まだたくさんいます。また、半導体製品ではなかなかシェアが高くなくても、その素材に関して言うと、日本のものでなくては一切作れない製品もいくつもあるので、そういった上流を持っているというところが強みだろうと思っています。

また、そういったところにさまざまな研究者の方がいるのは大きな強みだと思います。

――例えば過去、国は国産OSであるTRONを普及させていこうといろいろやってきましたが、結局今の日本はマイクロソフトであったりMacであったり海外のOSをけっこう多く使っていると思います。

安全保障の面から言っても、国内のものを使ったほうが良いですが、なかなかうまくいかない現実があると思います。半導体も同様に、海外のものを使ったほうが安くて良いと、結局は海外のものにユーザーが行ってしまうという懸念はないのでしょうか。

荻野:おっしゃるとおりで、ビジネス的な観点で言うと「高くてもいいから日本のものを使う」とはたぶんならないと思います。なので、1つは安くやっていくということだと思いますが、そうでなければ独自性を持って、多少ニッチな領域だとしても、パソコンやデータセンターではないところのエッジ側のIoTと言われているところに、強みがあるならそこを担っていくことが考えられます。

あとはデマケ(デマケーション)の問題ですね。デマケをしないで海外と連携をすると申し上げたのは、同じアーキテクチャで日本で作るけれども、製品の名前には「Intel」が付くということを別に否定したいわけではなくて、それがダメだと思っているわけでもないからです。それが日本にとって価値があるのであれば、そういうことも含めてターゲットとして狙うべきだと思います。

そうしないと、なかなか運営がフィージブルにはやっていけないのではないかとも思います。

失われた30年に対する“期待”や“懐疑心”にどう応えていくか

――2021年6月に方針を固めて実際に動いている中で、感じる難しさは何かありますか?

荻野:難しさの部分で言うと30年間に及ぶ歴史があって、それを本当に変えられるのかに対する期待や懐疑心もやはり当然みなさんあると思うので、それにどう答えていくのかというところは私たちも非常にプレッシャーになっている部分ではあります。

半導体産業で働いている方は現在もたくさんいますが、残念ながらリストラなどで途中で離れた方もけっこういて、そういった中で、これも懐疑論になりますが本当にもう1回戻れるのだろうかというところ。

それを若い人たちにどう実感してもらえるか、本当に自分の人生をここに賭けてもいいと思ってもらえるか、希望を持ってもらえるか、というところは今この瞬間では完全にできているとは思っていないので、経産省と民間が一緒になってこれからもしっかりと続けていかなければいけない。そうしないとこの未来はないのかなと思っています。

すべてのステップに必要なことの1つは人材だと思っています。残念ながらこの30年間は、半導体の調子がなかなかよくなかったので厳しい状況でした。ここから改めて人材確保をするというと、1回辞めて現場を離れた方を戻していくこともそうですし、長期的にこれが10年、20年続いていくとなれば、若い世代の人にぜひ半導体業界に入っていただきたいと思っています。半導体業界に魅力を感じていただいて、活躍していただくための人材育成も必要になると思っています。

すべてのステップのポイントとなるのは“人材”

――人材確保のところで、半導体の専門人材育成に今後は力を入れていくという報道もありますが、具体的に学生は何をどう学ぶのでしょうか?

荻野:そのあたりのカリキュラムもこれからもう少し固めていくと思います。当面は、高等専門学校に半導体のカリキュラムを設けようと思っています。今、学生さんが学んでいるさまざまな理学系の話と半導体の絡みをもう少し明確に整理をして、いかにそこが半導体とつながっているかを体系的に説明するようなカリキュラムにできないかと高専とは相談をしているところです。

そういったところから、学部で学ぶきっかけを作っていきたいと思います。それ以外にも、実際に半導体を作って、触ってみるということもできないか検討しています。

――若い人が活躍できる土壌がこのぐらいできあがったらいいなという理想はあるんですか?

荻野:はい。どこまで魅力的に感じていただけるのかというのはあれですが、少なくともTSMCが九州に来る時は1,700人の規模が必要になります。しかも直ちに必要です。そこに供給できる人材育成も急遽始めているので、今すぐにでも来てほしいという声があります。

また、TSMCなどを信じていただけるのであればそこは相当活躍できる場ではあると思っています。それでいかに来てもらえるかというのはありますが、ぜひ今すぐにでも進めたいという思いです。

――若者の雇用と同時に、過去30年の間に、残念ながらリストラなどで現場を離れられた方たちも再雇用をするというお話がありましたが、そのための具体的な施策はあるのでしょうか?

荻野:これも今この瞬間に、はっきりと何かができているわけではなくて、そのやり方も含めて相談が必要だと思っています。そういう方々が、何を専門にされているかにもよりますが、残念ながら日本では最先端のものをやらなくなって10年以上経っていて、その時に日本から出て行ってしまった方がけっこういると聞いています。

とすれば、もちろん海外と協力しながらではありますが、日本国内であらためて、そういった最先端にチャレンジをしていくという体制を作れば、そこに戻っていただけるチャンスが1つあるのではないかと思っています。

どのようなかたちでそれを実現できるのかは、これから検討をしていかなければいけませんが、そういったことも1つの手かなと思います。また、各工場のワーカーとオペレーターというレベルに関しては、直ちに案があるわけではありませんが、一方で日本全国の80以上の工場がそれぞれ拡張し、人が足りないとなってくれば、そういった方々に声をかけて戻っていただかないと、そもそも回らないのかなと思っています。

政府だけですべてができるとは思っていない

――政府が定めた戦略や方針によって、日本の半導体の今の課題は解決するのでしょうか?

荻野:はい。そのためにやっていますが、一方で今発表しているもので、すべてができるのかというと、まだそうでもないと思います。さらに言うと、政府だけですべてができるのかというと、たぶんそうでもないと思っています。今発表しているステップ1・ステップ2・ステップ3という話も、あくまでそういったものの全体をやっていくための第一弾であるという考えで、2021年に発表したものを進めていこうとしても、それだけですべてができるとは思ってはいません。

さらに言うと、発表したものを強化していくだけでもできないと思っていて、展開が必要だと思っています。また、それ以外の民間を支えていかなければいけない部分。さらに民間も、民間企業だけではなくて民間的な“学”ですね。

大学を含めた学校側のサポートも必要になってくるので、協力をいただきながら進めていくところ。そのために必要なものについては、これからも相談しながら考えていくという段階だと思っています。

――民間にこうなってほしいなとか、こうしてほしいなという要望みたいなものはあるのでしょうか?

荻野:私の立場から申し上げると、民間ではぜひ拡大する方向で、何か物事を考えていただけるとありがたいと思っています。何かを諦めて、何かを得るという選択の話も当然あってしかるべきで、今この瞬間にそういったことはあるかもしれませんが、ひとまずできること。やるべきものについてはぜひ私たち経産省にも言っていただきたいですし、民間も自分たちがやろうとしていることは積極的に外に発表いただきたいと思っています。

それは何か物事が前向きに回っているんだという雰囲気を作っていくことに極めて重要ですし、そういった環境ができてくると、新しい方がこの業界でやってみようかなと思えるようになるんじゃないかなと思います。

日本の半導体業界が目指すべき姿とは

――3つのステップの最後のステップ3の達成は2030年ですが、最終的に理想のかたちになるためにはどのくらいの年月がかかるのでしょうか。

荻野:この数年で一気にいけるとは思っていないので、10年計画とか、そのぐらいの計画でやっていかなければと思います。ステップの途中で実現できるのか、それ以降になるのかというのはちょっと見えませんが、経産省もしくは政府としては、10年ぐらいこういったことをやっていくときちんと示して、民間、産学の両方からも呼応をいただかないとなかなかそういう未来像への道筋のとっかかりになれないんじゃないかとは思います。

――未来についておうかがいしたいのですが、最終的に半導体産業がどうなっていればこの施策は成功だと言えるのでしょうか?

荻野:何かはっきりとしたKPIを設けているわけではありませんが、1つはこのままのトレンドで、どんどん国内の生産高・出荷高が下がっていき、将来的になくなってしまうのではないかという状況を変えなければいけない。そこが持続的に維持・発展できる環境になっているというのが、未来の成功した姿だと思っています。

その時までには、今ある工場を少し進展させることも必要ですが、やはり常に次世代の最先端の技術にチャレンジをして、それが国内の工場で展開されていくという拠点も必要だと思っています。一言で言うと、国内に半導体の産業基盤があり、それが発展し続けるということですが、それは国内の工場が維持・発展して、さらに技術的にも発展をすることで、世界の中で日本の半導体が不可欠な状態になっているというのが1つの目指すべき姿だと思います。

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