プログラミングだけではなく、周辺知識を豊富に伝えたい

kyon_mm氏(以下、キョン):いかくんさんの仕事は、そういうところをフォーカスしているのかなと思うのですが、具体的にどういう仕事をしているんですか。

いかくん氏(以下、いかくん):アトリエクラウドという会社は、クラウド職人作りたいな、量産したいな、という理由で名付けた個人事務所的な会社です。

「人足りないんや」というのは本当に僕も実感しています。直面したわけではないのですが、節々で「人足りないんだ」と感じたり、けっこう恥ずかしいITニュースが多かった。誰が見ても塞げるセキュリティホールをそのまま通っちゃっているよみたいな、それが一流企業のプロダクトなんですかというのがあって。

これはもしかしたら、このおやじも出番があるんじゃないかというところから、経験値を伝えて、危ないところを肌感覚でもいいからわかってもらえるように役に立てるかなと、教育に舵を切って今一生懸命やっています。

キョン:いいですね。教育という意味だと私もいかくんさんも専門の教育を受けてきたタイプではないとは思います。最近はプログラミング教育もすごく流行っているし、e−learningがあったり、学校があったり、いろいろなかたちでありますが、僕はProject Based Learningで教えるのを基本にやっています。実際に何人かでチームを組成して、そのチームで課題を設定して、その課題をシステム開発なりなんなりで解決していくProject Based Learningをやることが多いんですね。

ここ何年間かは、それを学生や新卒の研修とかでやらせてもらっています。要は自分たちで学んでもらう感じなんですよ。項目があって、マテリアルを使って、じゃあこれを解いてみましょうではなくて、自分たちで作りながら、その過程で学ぶ感じ。OJTに近いと思うのですが、それをもうちょっと体系立ててやりましょうという感じです。

それを僕はひたすらやっているんですが、いかくんさんはどういう教育をやっているんですか。

いかくん:(例えばきょんさんは)理論とか、アジャイルとか、開発モデルみたいなことをすごく専門的にご存じで、そういうことを若い人に伝えていらっしゃるのは素晴らしいなと思っているのですが、どちらかというとプログラミング教育一辺倒になっていることにちょっと危機感を持っています。

プログラミングはすごく大事です。ですが、ソフトウェアを作ることを建築に例えた時に、プログラミングは材料だなと思っているので、材料がどれだけ優秀でも、それ以外の物が足りなかったらぜんぜんダメだよねという仮説や理論のもとに、周辺知識をすごく豊富に伝えるやり方を重視してやっています。

キョン:素晴らしい。いわゆるソフトウェアエンジニアリングみたいなところを広範に教えていく感じなんですかね?

いかくん:そうですね。広範な教育だと負荷は高いのですが、でもその工程だけのことを知っているとか、特定のところだけ知っているとなると、やはりいい連携も取れないと思います。

実務の中で、そこを知っていけるいい会社に出会えるとも限らないので、触りだけでも学んで巣立ってほしいなという思いでやっている感じですね。

キョン:へえ、すごいな。学校のプログラミング教育だとあまりそういうところはやっていない気もします。「Udemy」とかではあまりそういうのはないんですかね。

いかくん:たぶんあると思いますが、Udemyだと必要性をわかったうえでチョイスしていく必要があるじゃないですか。

カリキュラムは自分で作る感じになっちゃうと思います。なのでそれを、私の話だけでは不足もあると思うのでUdemyとかから、いろいろな視点を取り入れてほしいなとやはり思いますね。

よりよい設計をするために会社やビジネスについて知る

キョン:なるほど。あ、今質問が1個来ました。周辺知識の例を聞いてみたいです。

いかくん:例えばITの技術に近しいところだと、今まさに足りない人材はセキュリティ人材で、引く手あまただと思うんですね。

ですが、もうちょっとITから遠い話でいうと、例えば企業はどういう仕組みで成り立っているの? ということですよね。

多くの場合、ITプロダクトは企業が絡んで使うことが多いので、その利害関係や、ステークホルダーのことをある程度知ったうえで、設計という立場があれば、よりよい設計ができるだろうというのが1つの仮説です。

キョン:いいですね。そもそもプログラミングはどういうビジネスで成り立っているんだっけ? とか、どういうふうに役立つんだっけ? とか、どういう人が使いたいと思うんだっけ? みたいな、その発生元が企業の仕組みだということですよね。

いかくん:そうですね。プログラミング自体も敷居が低くなると思うので、たくさんの人がこれからやってくれると思うんです。なので、第2、第3のお金が漏れちゃった事件を作らないためにも、そういうことも知りながらやってもらうとすごくいいのかなという感じでいますね。

キョン:そういうのを作る時は、会社の中で専門家を雇って作っているんですか。

いかくん:そうですね。中小企業診断士はけっこう知り合いが多いので、そういうところから助けを得たりもします。彼らもね、関わりきれないところもあるので、もうそれこそ経験値で殴るではないですけど(笑)。

キョン:確かに自分で会社も作ったことがあるし。

いかくん:潰したこともあるしみたいな(笑)。

キョン:なるほど(笑)。確かになあ。

いかくん:そんな感じですね。しっかり理論武装も必要だよなと、最近すごく実感しています。まったく教えていないわけではないんですが、やはりそこも大事なところだな、疎かにしてはいけないなとすごく思います。

キョン:確かにな。システム開発を本当の意味で総合的に教えるとなった時に、PBL(Project Based Learning)は重要ですが、会社とかビジネスとしてというところを教えられるかというと、教えられないところもあったりする。少なくとも私がやっている中では教えられていません。

任せると、その後スタートアップになるんだっけ? とかなって、それに対してすごく時間がかかりますよね。でもそこに対して、まずは全体的にふわっとこんな要素があるよねとか、どういうことを気にしなきゃいけないのかとか、どういうフォースが働きがちなのかみたいなことを知るうえでは、ある程度指針があって、それについて学習していくのが確かに大切ですね。

いかくん:そういうアプローチもあったほうがいいのかなというのが今の思いですね。

キョン:確かに。

オーストラリアと比べて20年以上遅れている日本のIT教育

いかくん:さっきキョンさんが「リテラシーが異様に低いところがあって困った」みたいな話されていましたけど。

やはり日本は義務教育でそこの教育があまりしっかりされていないと思います。オーストリアだとそのあたりも義務教育に入っているので、やりやすくて、オーストラリアに僕もう「逃げる」と言ったんですが、逃げたんですね。

だけど日本だとやはりそこがまだまだなので、なおさらそういう話が必要なのかなと感じますね。

キョン:ああ、なるほどなあ。GIGAスクール構想が入って、ようやくタブレットとかパソコンとかを普通に使いましょうとまともに動き出す感じだから、そうやって見るとオーストラリアの教育水準にたどり着くまではあと3、4年で、オーストラリアに比べて20年以上遅れている感じがしますね。

いかくん:そうですね。オーストラリアは20年前にラップトップ持参でしたからね。

キョン:同僚からグローバルな話として、日本のIT産業がオーストラリアに比べると5年遅れているという話をよく聞くんですね。そのへんは、いかくんさんの中で実感としてありますか。

いかくん:例えばキョンさんが教えているアジャイル開発も、2000年代の最初のほうからけっこういろいろなところで使われていたと思うんですが、海外の現場で実際使われている話を聞くほうが早かったなというのはすごく実感としてあります。

やはりアメリカとかオーストラリアでのプロジェクトのほうが、すごく前から普通にアジャイルとかDevOpsとか言っている感じでしたね。

キョン:そうですよね。日本はようやくマジョリティに広まってきた感じですが、AUとかUSだと5年前や6年前からある感じですよね。

いかくん:そうです。個人的にはアジャイル開発はあるべき姿だと思うので、ぜひ広がってほしいなと思います。

これから社会に入る宝である学生にアジャイル開発を伝えたい

キョン:僕もコーチをしていて、やはり近年は「全社アジャイル導入したい」とか「全社ではなくてもここの部門はアジャイルトランスフォーメーションしていきましょう」とか事例でもよく聞きますし、今の仕事でも聞く機会は増えましたね。

いかくん:経営者の方がきちんと考えてそういうふうに開拓していくのは、すごくいいことですよね。

キョン:そうですね。だから弊社も、嘘みたいなコンサルティングをしないように気をつけなければなというのはよくありますね。

いかくん:やはりそうやって広めてくれるのは大事ですよ。

キョン:気をつけながらやらないとなと思っているところです。アジャイル開発の教育をやっていて、僕は継続したいなという思いが強いんですが、例えばこれがデータベース設計とかプログラミングだったらまた話は別だな、自分はここまで情熱を持てないなと思っています。なんでかというと、ある種それの良さや、使い方はそんなに現場でブレないんですよね。

アジャイル開発とかアジャイルな組織になっていくことにコミットメントできているのかとか、自分たちをよりよくすることができているのかに対して、「じゃあこの設計やりましょうか」ドーンとやれないところが大きいと思っています。

だから「アジャイル開発やってます」とか「DevOpsやってます」といった時の千差万別感がすごくあると思っているんですよね。

いかくん:そうですね。

キョン:その時に、ITリテラシーが低い企業とか、「アジャイルやDevOpsやっています」と言っている人たちに対するサポートで思うところがあります。

よくない方向に行っているかもしれない人たちを、どうやって自分たちで「あ、こっちは違うかもしれない」と、より適切に自分たちに合ったかたちで踏み出していけるかを変えていくのに対して、コンサルやコーチを雇うのも1つの手だし、勉強していくのも手なんですが、やはり中から変わっていかないといけないと思っています。

その時に特に学生に教育することで、会社に入った時に、そこから変わっていったり。

ほかにも、筑波大学には、私とかみほらぶさんとか知恵美先生と川口先生(川口一画氏)とかいろいろいて、アジャイル開発教えているのですが、学生が自分でいろいろ学びを得て、スキルアップして就職して、ちょっとすると「キョンさんに聞いていたアジャイルと違うな」「やっちゃダメって言っていたな」みたいことがやはりあるんですよね。

いかくん:あるあるかもしれませんねー。

キョン:それによって彼らは会社を辞めたり、もしくはそれによって会社に変化を起こしたり。辞めるのも1つ、会社にとっては変化ですよね。アジャイル開発ができる優秀な新人がなぜか辞めてしまった。辞めた理由が「うちのアジャイルは違うから」もいい刺激になると思います。

逆に新人も学びになると思うんですよね。どうやってよくしていくのかは自分の匙加減1つで、いろいろな人をどうやって巻き込むのか……会社を辞めたほうがいいかもしれないという気づきであったり、自分は残ってよくしたほうがいいかもしれないという気付きであったり、いろいろなタッチポイントがあると思っています。

自分が教えていることが正しいとは思っていませんが、正しいというより、良いと思っている現場の最先端を与えて、それを学生のうちから触れることで、会社に入った時に彼らが困らないようにというのと、あとはそれによって社会全体が良くなっていくようにという思いがけっこうあります。学生に対してアジャイル開発なりなんなりを教えていくのは、けっこう自分の中で力を入れているところです。

いかくん:そうですね。学生さんから変わっていってくれるのが一番いいかたちだと思いますし、これから社会に入ってきてくれる、本当に宝である人たちに、一番伝わりやすいのはやはり自分が信じるいいものだと思います。テクニック論の中に根性論を入れるようで申し訳ないんだけど、でもやはり人間同士なのでいいものが一番伝わりやすい。

アジャイルを使うかどうかを突き詰めていけば、組織論や経営論までいっちゃうんですよね。例えばそれまでウォーターフォールをゴリゴリやっていた会社がアジャイルでやるのは、相当勇気が要ります。新しいベンチャーさんが「もうアジャイルでいく」のはいいと思うんですが、構造ができていたところがアジャイルに舵を切るのはやはり相当勇気が要る部分じゃないですか。

だからそこを、若い人から変わっていく。それで経営陣の意識が変わっていって、そこにコンサルとかからちょっとヒントを得たことによって、化学反応じゃないですけど、いいかたちで計画的に会社が変わって「こんなのじゃなかった」ではない、きちんとしたアジャイルができるようになってくれば、セキュリティホールだらけの変なプロダクト作らなくて済むようになれば……。

人手不足もあるんですが、やはりそういう開発モデルのおかしさもあると思うので、いいかたちがくるのかなと思うんですけどね。

キョン:そういったところはすごくありますね。わかります。「こんなはずでは」はよく聞きますよね。

(次回へつづく)