“ハンマーと釘”

小野和俊氏:3つ目の話は、DXはデジタル技術の利活用がフォーカスされがちですが、やはりCXとEXのためのDXなのではないかということです。英語に“ハンマーと釘”という言葉がありますが、ハンマーを持つとすべて釘に見えてしまう。なんなら同僚の頭さえ釘に見えて危険ということです。

要するに、技術を身につけると、とりあえずやってみたくなる。私もエンジニアとしてすごく気持ちがわかるし、ある意味正しい部分もあります。とりあえずやってみて、その技術について理解することもあります。しかし、大きく会社の予算を使う時や、プロダクションで大きく勝負をかける時は、自分がこの技術を身につけたからやってみたいということとは、違う観点が必要なわけです。少し注意しなければいけません。

社内にクイックマッサージルームを作った時のEX事例

これも事例で話します。2015年か2016年くらいに、現地での事業の立ち上げのために月1でアメリカに行っていた時期があります。当時、向こうではもうAmazon Echoが使われていました。プロジェクトのメンバーの家でホームパーティーをやっていた時に、盛り上がって「明日の午前中、みんなで休みをとってハイキングしよう」となり、空中に向かって「アレクサ! 明日の天気は?」と言ったんです。そうしたら空中から「明日の天気は」と聞こえてきて、すごいと思いました。

当時からアメリカでは、Kindleの売上はAmazon Echo/Alexaが向いている、スマホの次のプラットフォームになるという話がありました。すぐに帰って、私たちのチームでカスタムスキルを作れるよう研究を開始しました。ただ、「くれぐれもハンマーと釘にならないように。使えるけれど無理矢理使うということではない。これだけは守ろう」と言っていました。

そしてある時、セゾン情報システムズでまさにこれを使いたいというケースが出てきました。エンジニアが多いので、デスクワークで「腰が」「肩が」という人が多かったんです。そこでクイックマッサージルームを作りました。社員なら就業時間中15分、予約さえ取れば誰でもマッサージが受けられる福利厚生です。会社に障害者雇用というコンテクストもあったので、盲導犬を連れた方がマッサージをしてくれる場所を設けました。マッサージを受けられるマッサージルームです。

私もどんなところなのかとマッサージをしてもらいに行ったら、ハッポウさんという女性がマッサージをしながらいろいろと話してくれました。彼女は「盲導犬を連れて出勤しているから『何かお手伝いしましょうか』といろいろな人に助けられます。それで日々暮らしているし仕事をしているんです」と言っていました。それを「そうなんですね」としみじみ聞いていたわけです。

当時はまだ、このマッサージルームの予約を予約台帳など紙ベースでやっていたので、バックオフィス系の誰かが必ずシフトを組んで、サポートについてくれていました。「そろそろ終わるから、次の人お願いします」と言うと「わかりました。今予約台帳を確認します」というオペレーションをやっていたようです。

彼女は「仕事でもみんなに助けてもらっている。ただ、お給料をもらっている仕事くらい、できれば1人でなんとかしたい。夢みたいな難しい話だと思うけれど」と言っていました。Alexaをやっていたチームのメンバーにそれを話すと、「これなのではないか」となったわけです。

マッサージ中は、目が不自由な方なので見えないし、手もふさがっている。そうすると、残るのは言葉と耳だけです。そこで、カスタムスキルで(クイックマッサージルームだったので)『クイックちゃん』というものを作りました。Alexaと『クイックちゃん』で「次の人を呼んで」とやると、クラウドの予約台帳を見にいって予約者のスマホのslackにブッブーと通知がいって、メンションが入る。営業やミーティングが長引いている時には、そういうリアクションをすると、次の人を自動的に繰り上げて呼ぶ。これらを全部システムでできるかもしれないと考え、試しにやってみました。

これが、すごく良かった。定量的にもマッサージの回転数が上がって、サポートの工数が下がったこともそうですが、それ以上に3ヶ月くらい試験運用してもう一度話を聞きにいった時、ハッポウさんが「小野さん、私今ね、1人で仕事してんのよ」と言いました。仕事の質が変わった。だから誇りをもって「私は今自分の足で立って、1人で仕事をして、それでお給料をもらっている」となったわけです。

細かいところにもいくつか改善点や良かった点がありました。これまで人に「ごめんね、流通事業部のスズキさんだっけ?」と言うと「そうです、流通の第1課のスズキさんです」などと確認していましたが、「次の人誰だっけ?」ともう一度聞くのを申し訳なく思っていました。次は誰にマッサージをするのかがわからなくて不安だったことも、相手がコンピューターになら「Alexa、次の『クイックちゃん』は誰だっけ?」と気軽に聞けるので、次に施術する人を確認しやすくなりました。

デジタル技術を振り回すのではなく、課題を解決するような使い方をする。これはEX(エンプロイーエクスペリエンス)、デジタルで社員のための体験が変わる例でしたが、デジタルはそういうことのためにあると思います。

2018年10月に、国内で初めてAmazon Alexaのコンペティションがあると聞きました。400グループくらいエントリーがありましたが、出してみたところ、法人部門で優勝して特別賞ももらいました。

当時セゾン情報システムズは、ピッチコンテストのようなところでも動画をまったく使わず、他動画を使用したりCMの女優さんを起用しているから勝てないのではないかと話していましたが、まさに困りごとと技術が完全に整合している内容を、審査員の方に評価してもらって優勝できました。エンプロイーエクスペリエンスのためのDXは、誰のためなのかがクリアになるDXなのかなと思います。

『お月玉』を開催した時のCX事例

もう1つはCX(カスタマーエクスペリエンス)、お客さまの体験のためのDXです。私は2019年3月にクレディセゾンに来た時、最初に何を作ろうかとみんなで考えていました。私たちが行きついたのは「毎月現金1億円配っちゃおう」です。「カード使っていたら1万円当たって現金が届いたらおもしろいじゃん」ということで『お月玉』というものを作りました。

「『いいな』と思える生活体験を、もう一度生み出していこう」と称し、セゾンカードで決済すると毎月1万人に現金1万円(総額1億円)が当たります。

我々はもちろんデジタルのチームなので、カードの決済履歴を取るところをAPI連携して、スマホにデジタル抽選券が溜まっていきます。翌月15日に抽選があって、ソシャゲのガチャみたいにアプリでガチャがガラガラポンとなる当たりの演出があります。

当たると、今度はアナログで2月ならバレンタインの板チョコのデザインで現金が届きます。最終的なカスタマーエクスペリエンスとしては、請求額から1万円引かれるより手間がかかったとしても、お金がかかったとしても、アナログのほうがおもしろい。無理に全部デジタルに寄せずに、アナログの良さ、体験のおもしろさを使って、アナログとデジタルを融合させた体験にできたと思います。

これを始めて半年くらいで、Twitterにかなりたくさんの人が書いてくれたこともあり、始める前はセゾンカードの公式アカウントのフォロワー数は12,000人くらいでしたが、半年強で20万人を超えて一気に広がりました。私たちも、アナログのおもしろさを使いカスタマーエクスペリエンスを重視して、無理にデジタルにしないDXだからよかったのかなと振り返っています。これはCXの中のDXなのかなと。

つまり、EXかCXに寄与するDXでなければ意味がない。CX・DX・EX私はよくCX・DX・EXの3つを並べて書きますが、デジタル時代のエンジニアとして、誰の・どんな喜びに寄与するのかを意識していくのも、すごく大事なのではないか。これが3つ目の話でした。

DX時代にエンジニアはどうしていくべきか

ほかにもいろいろな事例がありますが、終わりにします。私たちのチームは、CXのためにいろいろなプロダクトを作り出しています。

3つ目の話にありましたが、常にお客さまの喜びであるCXか、社員の喜びであるEXのどちらかを考えながらDXをやっていく。推進していくことが、地に足がついたDXなのではないかと思います。

最後に、今話したようなことを含め、ダイヤモンド社から1年前に『その仕事、全部やめてみよう』という本が出ました。2020年の8月には、Kindleの全書籍、写真集や『あつまれ どうぶつの森』の攻略本などを抜いて、全ジャンルで1ヶ月間ほぼ1位を獲り続けたことでたくさんの方に書評も書いてもらいました。興味を持ったら読んでもらえると助かります。

最後にまとめです。DX時代にエンジニアはどうしていくべきかについて、今日は3つの話をしました。ラストマン戦略で、自分がなんのラストマンなのかということを磨いていく。異なる文化に対して寛容な、インクルーシブな態度でやっていくことがDXの時代に必要なのではないか。最後に、CXとEXのためのDXを考えながらやっていくことが大事なのではないかと思います。