テクノロジーを新規事業の担い手につなげる「知財図鑑」

――出村さんが代表としてやられている、「知財図鑑」がどういうものか教えてください。

出村光世氏(以下、出村):知財図鑑はさまざまなバックグラウンドをもったクリエイターや研究者が「知財ハンター」という肩書きの名の下あつまっているチームです。

知財図鑑は、企業や学術機関が保有しているテクノロジーを、世界を進化させる新しい事業を作るための手段としてマッチングしていくことをミッションとしており、Webメディアや知財ハンターの活動を通してテクノロジーを活用した未来の妄想図を発信しています。

――知財図鑑には、どのような知財が掲載されているのでしょうか。

出村:「味覚センサーレオ」という知財があります。これは、AI技術を使って人の味覚を再現した味覚センサーで、人間が味を感じる「味蕾」という舌の部位の代わりにセンサー部分で食品や飲料から電気信号を測定します。独自のニューラルネットワークを通して5つの基本味を定量的な数値データとして出力します。

――なるほど。その「味覚センサーレオ」は、具体的にどのように活用できるのでしょうか。

出村:これは、知財図鑑が誕生する前にできた施策なのですが、実際にAmazonさんの「メニューのないバー」で活用しました。自分の今の感情についてアンケートを答えるだけで、味覚状態を分析して、来店者が飲むべきお酒を莫大な数の中からレコメンドしてくれます。

「メニューのないBar」Konelより

既存の知財から新たな価値を生み出せた時に生じたソワソワ感

――すでに開発された知財を実際に活用している例もあるのですね。知財図鑑が生まれたきっかけはどういうものなのでしょうか?

出村:僕たちは持ち込みテックと呼んでいるのですが、「こんな技術があるんだけど、新しい取り組みに使えない?」と技術のほうから我々にやって来てくれて、それがすごく特殊なものだったりおもしろかったりするケースがけっこうあります。

例えば、操作した人を立っている位置で誰が触ったかが識別できるタッチモニターを企業さんが持ち込んでくれたことがありました。タッチモニター自体はたくさんありますが、そういう機能を持っているものはないのですごくおもしろかったんですね。

中にはモグラ叩きのアプリが入っていて、迅速に機能の検証を行う点ですごく優れているやり方 でR&Dの手法としては正解だなぁと思ったのですが、モグラ叩きだけで世界を進化させることはすごく難しいから、一緒になにか新しい用途を考えたいというのが企業さんの要望でした。

ちょうどその時、別の知財で音声から文脈解析をしてインターネット上から関連する画像を投げてくれるというAPIがあったので、それらを組み合わせて、実際に体験できる「手ぶらで話せる未来の会議テーブル」のプロトタイプを作って、会話している中で関連するワードがポンポン上がってきて、触っているだけで自分だけの画像議事録がクラウド上に生成されるというものを展示をしました。

「Transparent TABLE」Konelより

これはすごく楽しい原体験になったのですが、同時にすごくソワソワする気持ちもありました。こういったすごく応用性の高いテクノロジーがもっとたくさんあるんじゃないかというソワソワ感があったんです。

―そのソワソワ感は具体的にどこから来たのでしょうか?

出村:古いデータですが、日本の研究開発費は米国・中国に続いて第3位という大きな数字なんですね。一方で、研究結果を事業としてマネタイズできている、「研究開発効率」という指標で見ると国際的にもかなり低迷しているという現状が当時ありました。

経済産業省「我が国の産業技術に関する研究開発活動の動向 ―主要指標と調査データ-」令和元年9月より

ラボや研究室ではすばらしい研究がされていて、日本からノーベル賞が出ることもありますが、研究成果を事業化するというところに壁があって、それ故に生活者に届かないという構造があるんだなと思いました。

我々もふだんからいろいろなものを作っていて、アイデアはたくさんあるのですが、こういった障壁をすごく感じていて、最適な手段に本当にたどり着けているのかはわからない状態です。

やっぱり知財は専門的な場で流通している。学会、論文、特許データベースはなかなかふだん自分たちがタッチする場所にないので検索に当たらないし、たまたま当たっても解読が難しい。本当は有効な知財があるかもしれないのに、それを見つけるには、なかなか壁が厚い。

それが故に車輪の再発明が起こったり、知っていれば諦めなくてよかったものを断念したりということが起こっています。一方で知財を保有している企業や研究所からすると、本来はライセンスによる収益を得られたかもしれない機会を損失してしまうことにもなります。

また、研究畑以外の、生活者目線のフィードバックが得られなくて、ある種ガラパゴス化をしてしまっていることが問題だと気づいたので、ここを溶かして知財を結ぶために知財図鑑を作ろうと思いました。

読者ターゲットは知財や技術の専門家ではない非研究者

――知財図鑑は知財を紹介しつつ、クリエイターが新しい再解釈をしていますね。読者のターゲット層は知財を活用する人なのでしょうか? 

出村:我々が知財の情報を届けていきたい相手は、一言で言うと非研究者です。技術は、エンジニアや開発者、研究者から生まれてくるものですが、先ほどの専門的な場でしか流通していないという問題に対して、いわゆるビジネスサイドや、クリエーションサイドに情報を届けることが重要だと思っています。その時に技術ドリブンで説明を書いてしまうと技術者にしか伝わらないという問題があります。

――非研究者が理解できるように、というところで知財図鑑はどんな工夫がされているのでしょうか? 

出村:非研究者に対して説明をするために3つ注意をしています。いわゆる知財メディアは昔から存在していて、ポータルサイトとして、たくさんの情報が扱われている意義のあることだと思います。ただ、とても専門的であるため、なかなかビジネスサイドの方の検索行動にマッチしにくい。まずは検索に引っかかるのが非常に重要だなと思います。

例えば新素材と検索すると、今は知財図鑑が一番上に表示されます。検索から入ってきてくれる方のデジタル上での行動を追いかけると、ものすごいページ数を見てくれていて、そこは通常のメディアと大きく違うかなと思います。

また、直下的に楽しいものとして知財を受け取ってもらいたいので、Web上のUXはかなり追求しています。グッドデザイン賞をいただいた際にも、その点を高評価をいただけたのは嬉しかったです。

ほかにもファンの方から生まれた知財サーフィンという言葉があるのですが、タグや検索機能でパラパラと偶発的に知財に出会っていけるところも非常に評価いただいています。

ビジュアライズで非研究者の理解を深めている

――非研究者が興味を持てるようにUXに非常にこだわりを持っていらっしゃるのですね。他にはどんな工夫をしているのでしょうか?

出村:2点目は、非研究者に理解をしてもらうためにどうしたらいいのかというところです。図鑑は、基本的には要点がきちんとまとまっているフレームワークだと思っています。

僕たちは3分解と呼んでいるのですが、要は「何がすごくて、なぜできるのか」、ここが一番端的に語られるべきポイントだと思います。論文が出てきちゃうとみんながそこで閉じてしまう部分を、なるべく平易な言葉で端的に書くということです。

また、知財図鑑にはテクノロジーを活用した未来像として「妄想プロジェクト」というイラストを多数発信しています。視覚的に「なぜ」の深掘りができると、「あ、なるほど」「こういう原理だから、こういうこともできるのか」と非研究者が理解しやすくなります。

さらに「相性のいい分野」を提示し、裾野を広げて、想像の頭出しを促すことに注力しています。

「作物をパーソナライズして育てる、Ooho!ドローン・スマート農業」知財図鑑より

――「妄想プロジェクト」は、確かに目を引くイラストが特徴的ですね。パッと見た時にわかるように、あらかじめビジュアライズするのがけっこうポイントなのですね。 

出村:そうですね。けっこうポイントだと思っています。いろいろな企業さんとお話をしている中で、課題と解き方の傾向が出てきたのですが、一番は「知財を活用してほしいんだけど、そのパートナーが見つからない」です。原因は2分解できると思っていて、1つは応用のアイデアがバイアスの外へ出て行かず、元来の研究目的から脱しにくい。もう1つが技術の説明をしても非技術者から共感を得にくいという、この2つです。

そこで、バイアスを外すことを日常業務としている知財ハンターは、例えば提供価値は維持したまま真意をずらして想定みようとか、ほかのものと組み合わせてみようと考えたりします。提供価値自体を転換してしまおうみたいなこともあります。

――提供価値の転換という点で、何か具体的な事例はありますか?

出村:これ、おもしろいんです。大量の映像から不審者を割り出す技術。例えば転換の発想に立って、不審者が見つけられるのであれば善人も見つけられるんじゃないかと、裏返して考えてみます。

今はけっこう殺伐とした世の中ですが、誰かの良い行いが可視化されると思いやりの循環が街で生み出されるんじゃないかなみたいなことを考えました。

そして同時に考えているのが未来の動向です。そう遠くない未来では、街中に監視ロボットが巡回するのが起こり得る。監視社会みたいな言葉が出てきてすごく閉塞的なイメージがありますが、この2つの発想を組み合わせて、監視ロボットに良い行いも予知させる機能ができると豊かになるんじゃないかと発想していくわけですね。

「AIR Guardian」知財図鑑より

――発想の転換によってテクノロジーの新しい活用方法を見出すのですね。 

出村:これがバイアスの溶かし方なんですが、これだけだとまだグッとこない。多くの方から共感を得るにはまだハードルがあるのですが、ビジュアライズしていくことで乗り越えられます。

これは不審者発見の技術を応用した「エアガーディアン」という妄想ですが、今街がキレイなのは2時間前に誰かがタバコを拾ってくれたからだよとか、自転車を直してくれたんだよみたいなことをホログラムで見せられたらすごくいいんじゃないかと投げかけているんですね。

これがあるとなぜいいのか。けっこうここなんですよね。ワクワクすると言ってもらえるんですが、ワクワクすればするほど「実現できるの?」とか「事業化できるの?」みたいなことを突っ込む方がすごく多くなります。

妄想は0→0.1、10個0.1を作ることで1より成果が出るケースもある

よくゼロイチという言葉が新規事業で出てきますが、本当に難しいことだなと思います。知財図鑑自体がゼロイチの新規事業なので、毎日自分たちも感じています。特に大企業では、3年以内に単黒(単月黒字)になるPLを作ってください。それが描けないなら決済すら出ません……トライすらされず死んでいってしまったアイデアの屍がものすごくたくさんあると思っています。

ゼロイチがマネタイズだとすると、僕たちが妄想でやっていることは0→0.1くらいのことだと思います。この妄想を活かすコツをちょっとお伝えしたいのですが、完全な実現性や、堅い事業評価をしてしまうとやっぱりどんどんアイデアが屍になっていってしまいます。

――アイデアが屍にならないためには、何が重要なのでしょうか。

出村:一番重視しているのは、「つっこまれビリティ」です。共感型、発展型、批判型と呼んでいます。絵や妄想を見てもらって「あ、いいね! それやろう!」と共感を得られれば実証実験につながったり、「こういうことを考えるんだったら、これもできるんじゃない?」とぜんぜん違う角度から、お笑いの天丼のようにR&Dが重なっていったり。

あとは批判も歓迎すべきだと思っています。「きっとこういう理由でできないんじゃない?」みたいに言ってもらえれば、逆に課題が明確化されるので改善活動に活かせます。ツッコミを得ること自体が妄想では一番重要かなと思っています。

両方大切だと思うんですよね。ゼロイチを、しっかり堅い事業性を持ってやることも重要ですが、ともすると、10個0.1を作ると1よりも成果が出るケースもあるんじゃないかということで我々が推奨する妄想のビジュアライズの有効性かなと思っています。

――何がすごくて、なぜできるのかを端的に語る、ビジュアライズするなど工夫がされている「知財図鑑」ですが、現状足りないところは何だと思いますか?

出村:たくさんあります。日々やりたいことだらけで、リソースがあればあるほどいいなと思っています。そうですねぇ……我々が一番目指したいのはコラボレーションの促進です。アイデアが屍にならずに、自社ではやらないんだけど実現してくれる人が誰かいるんだったらぜひというところが世界の進化を加速させると思っているので。

そういう意味での足らないことの1つとしては、我々以外の方々からアイデアをもっと公開してもらえるようなプラットフォームを開発とか、あとはやりたいと思った時によりコラボレーションしやすいようなかたちのコミュニケーションとか、それこそライセンスの契約みたいなことがよりやりやすいとか、いろいろなことがあると思います。

やっぱりコラボレーションを促進するためにやれることはまだまだたくさんあるという感じですかね。

(次回へつづく)