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“けしからん”天才プログラマーはなにを考える? 登大遊氏を形成した歴史と日本のこれから(全3記事)

けしからん日本に足りないのは“船を作ろうとしないこと” 登大遊氏が語る「シン・テレワークシステム」のオープンソース化とデジタル敗戦解消のためにとるべき道筋

例えば自分がエンジニアを目指したとき、どのように視野を広げればいいのか、漠然と不安を抱えたことはありませんか。そんな時、自分とは異なる“天才”の頭の中はどうなっているのか、その中身を覗いてみたいと思いませんか? そこで今回は、天才プログラマーとしても知られる登大遊氏に、その考え方や思想の根源がどこにあるか、ちょっと頭の中を覗かせてもらいました。ここからは、「シン・テレワークシステム」と日本がデジタル敗戦を解消に必要なことについて。前回の記事はこちらから。

オープンソース化を目指している「シン・テレワークシステム」

ーーここからは、登さんが作られた「シン・テレワークシステム」についておうかがいしたいと思います。このシステムは、現在約18万人の方が利用されていますが、今現在はどのようなことを行っているのでしょうか?

登大遊氏(以下、登):「シン・テレワークシステム」はIPAとNTT東日本で作ったソフトウェアで、確かに十数万人が使っていますが、まだ実験フェーズでして。今後は本格化を目指していて、そのために、同じシステムのものを日本国内のどんな事業者、ITエンジニア、とにかく誰でも同じものを自分で構築して運営できるようにしようと思って改良しています。

つまり、オープンソース化です。技術の秘密の部分はなくして、全日本人の方々に、無料で全部共有・公開して、使用制限も設けず、誰でも自分の会社の専用シン・テレワークシステムや、お客さんのために、自社ブランドのシン・テレワークシステムを、立ち上げられるようにしようと思ってます。

ーーオープンソース化しても、知識的な部分などでハードルが高く、使えない企業や人が出てくるのではないでしょうか?

:その問題は、2つのことで解決できます。1つ目は、誰がやってもうまくいく手順書を作ること。それでも自分たちではやりたくないけれど、「なんかおかしくなった時にサポートしてくれるところがほしいなあ」とか「お金は払ってでもほしいな」というところには、2つ目として、誰でもサポートサービスビジネスを立ち上げられるようにしたいと思ってます。つまり、そういうビジネスが育つということだと思います。

Linuxなどは、だいたいはそうなっていますよね。プログラムは無料で公開されているのに、企業向けのエンタープライズシステムとして入れる時には、それをそのまま使ったとしても、ややこしいところは全部面倒見てくれるサポート会社がいて、そこでお金を得ている企業がたくさんあります。

たくさんお金を払ってでも、やってほしいとみんな思う。それがIT産業というやつだと思います。IT産業は、いろいろな人がいろいろな変わった作業をするために必要な、最初の素材を提供するような立場だと思っていて。この結果で、たくさんの産業がうまく儲かるようになれば、我々の活動には意味があると思っています。

正式な交渉プロセスを実施すれば適切な労働環境は実現する

ーーとはいえ、自分の会社で導入したくても、経営者側が理解してくれない、というジレンマを持ってる方もいると思います。そういうところでは、どのようにアプローチすればいいでしょう?

:職場での適切なテレワークの実現のためには、労働者が団結して、経営者と交渉することだと思いますよ。これは権利として憲法で保障されています。日本国は昔から各種問題を抱えていて。例えば、職場の環境が悪い。粉塵が舞っているとか、夏だけれども冷暖房が不十分であるとか、騒音がするとか、いろいろな問題がありますよね。

このサインは、会社の経営者はなかなか気づかないもので。労働者のほうが「こうすればもっと自分たちの労働効率はよくなるから」と言わないと。例えば粉塵は舞わないように基準値以下にしてほしいとか、騒音が入らないように窓の防音してほしいとか、エアコンをつけてほしいといったことと、テレワークでスムーズに仕事をしたいということは、同じ労働問題です。1人が言っても難しいですが、労働者が団結して言うと「ああ、それは正しいことやな」となって、それに反対する経営者はあまりいないんじゃないかと思うんです。

テレワークは、昔であれば「粉塵が舞う職場で働きたくない」というような労働問題と同じです。今であれば、電車のようなコロナの感染リスクがあるところを通り抜けてオフィスに来るのは、粉塵を舞ってるところを通るのと同じであると。そうすると、感染者が増えて業務止まる。昔だったら粉塵による健康被害が考えられる。それを防ぐために、在宅勤務をしたほうが、我々にとっても会社にとってもよいと。そう言って反対する人はいないんじゃないでしょうか。

それをもし伝えていないのであれば、それは主張がないことと同じです。愚痴を言うだけではだめで、正式な交渉プロセスを実施しないといけないと思います。それで問題は解決されると思いますね。

ーー確かなデータや証拠を集めて主張すれば、反対する経営者はいない。そうすれば、システムは利用できるだろうということですね。

:「他社はみんなやっているのに、我が社はやっていないと、不利なのではないか」と考えることです。同じ時間の中で最高の生産性を生み出すためには、各種工夫をみんなが行う権利があるし、それができるのが、今の自由競争の市場です。

いろいろなことができる中で、我が社はやってないが他社はみんなやっている。そうすると、同じ時間当たりの生産性が我が社は他社に負けるわけですから、そのうち市場から排除されて、事業が成り立たなくなります。これは最も重要な問題なはずです。

この問題を解決するために、他社と同じように最も生産性を高くしないといけないから、そのためには各種テクノロジーを用いてテレワークとか、Web会議を導入する。あとは20年前に作られた情報システムによって決まっている、変なセキュリティのルールとかを今やっていると、競争上、自社が不利になるわけです。他社はもう自由にどんどんやっているのに、我が社だけがやっていない。これはもう大変なことです。「だから一緒になってこの問題を解決しましょう」と言うことだと思います。

これを言って、もしそれでもやらなくてもいいと言うことであれば、その会社はもう豊かなんじゃないですか(笑)。その会社が豊かでなくて、かつ、そのような改革をやらなくてもいいと言うのなら、それはその経営者が非合理な判断をしているので、みんなで相談して逃げたほうがいいです(笑)。

けれどもそういうケースはかなり少なくて、多くの場合、経営者は合理的に考えているんじゃないかと思います。

デジタル敗戦の表面だけを取り出すのはけしからん

ーー業務の改善は、合理・非合理が1つキーワードになるのかもしれませんね。最近業務しているなかで「けしからん」と思うことはありましたか?

:最近は、日本のデジタルなど、「ITをちゃんとやらんといかん」と、新聞などでよく報じられています。よく日本は「デジタル敗戦」をした言われていて、ここまでは正しいと思います。

けしからんと思っているのは、その次です。例えば、行政手続きがオンラインになっていないとか、企業でDXが進んでいないとか。“他国に負けている”という表面だけを取り出して、「デジタル敗戦」と言ってるのは、本質を議論しておらず、けしからんのじゃないかと思うわけです。

日本がデジタル敗戦している原因は、そのアプリケーションのレベルではなくて、例えばWindowsやGoogleのクラウドのような、いろいろなデジタル活動が乗る大きな船みたいなものの、船体の部分をやってなかったということです。

行政や民間企業DXなどで「ちゃんとやらんといかん」と言われていることがどういうことか、豪華客船で例えてみましょう。何千人も乗れる客船があります。その船の上のほうには船室があります。船室は、客室やレストランやプールによって構成されています。

さらに、そこでどういうサービスをお客さんに提供するかを、みんなで一生懸命考える部門があります。「こっちのレストランはこのような方式で運営しよう」「こっちはこっちの業者に任せよう」「ここはお客さんがこの料理は好まないからこっちにしよう」とか。大変なことです。

しかし、よく考えてください。それは上のごくわずかな部分で、そもそも船を海に浮かべて、船を事故なく走らせるための速度も高めないといけないし、燃費も下げないといけません。衝突して水が入ってきても、ほかに影響が出ないような隔壁を作ることも必要です。

そしてこれらは、ほかの船会社よりも競争力を高めないといけないので、速度や料金、静かに海を走れることとか、いろいろな要素が重要になります。客室ばっかりをやっていても、船がうるさくてよく揺れて、いつ事故に遭うかわからないようなガタガタさや、ネズミなんかがいて、それで船の底に穴開けていてはダメです。日本の遣唐使や遣隋使の船みたいな感じで、他国は鉄を使ってるけど、うちは木だと。船の客室は確かに表面的には重要ですけど、もっと重要なのが、船を作ることなんではないかと思うんです。

船の話を考える重要な点は2つあって。船上のレストランなどは、行政サービスやマイナンバーカードなどのアプリケーションに相当します。船体そのものは何かというと、OSやクラウドや、セキュリティや通信システムなどのシステムソフトウェアに相当します。GoogleやMicrosoftやAmazonなど、よく新聞に出るようなところは船そのものを作っています。彼らは船をどこかから買ってこず、自分らで作ってるから強いのです。これが1つ目であります。

2つ目は、その船を作れるようにするには大変な技術を蓄積する必要があるということであります。たとえば本物の船の場合、現在、世界の造船業のうち1/3ぐらいは日本で、日本は船の産業で世界一です。コンピュータの船の場合も、これから日本は同じくらいの中心的役割を果たす物が造れるようになると思います。

歴史をみると、1800年代後半に、日本人はヨーロッパに出かけて、造船技術などを全部教えてもらっています。船も最初は買ってきていたけれども、買ってきた船では元の船よりも強力なものは作れないので、技術を勉強して、オリジナルの技術を自分らで生み出して、思いついた造船の技術的アイデアをどんどんと取り入れていったので、世界一になった。

船と比べるとコンピューターのクラウドやOSやセキュリティや通信といった部分で世界一になることは、実は難しくなくて(笑)。造船がやれているのであれば、我々日本人は、ほかの国がやれていることはできるんじゃないかと思うんです。

ところが、デジタルに関する最近のことを聞くとサービスのことばかりで、船で言うと「客室の中のここはプールがいいのか」「いやレストランがいいんだ」とか。「レストランはこの業者がいいんじゃないか」「業者が入ってきて、もうけしからんから追い出せ」とかばかりで。

それを運んでる船そのものは他の外国から買ってくるじゃないですか。これがけしからんことです。船そのものや造船所を作ることをやらなければ、デジタル敗戦は解決しないんじゃないかと思われます。

(次回につづく)

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