エンジニアがどう事業に関わるか

藤門千明氏(以下、藤門):名村さんは、どう思われましたか?

名村卓氏(以下、名村):そうですね。メルカリもエンジニアがどう事業に関わっていくかは、けっこう課題が多いと思っていて。ビジネス側で決めたことを実装することを受けがちな面も、やっぱりあると思うんです。例えば、事業を立ち上げるとき、今はエンジニアがどんな感じで関わるようになってきているんですか?

松本勇気氏(以下、松本):僕は事業を立ち上げるときのチームサイズをとにかく少なくしようという話をすることが多いんですけど。まずコミュニケーションをちゃんとするという基本ありきで、エンジニア側やビジネス側が垣根なくコミュニケーションするかどうかが大事だと思っています。

そこを徹底させながら、僕が一緒に事業に入っていくときは「この事業の勘所はこういうところだよね」という話をビジネスサイド、エンジニアサイド関係なく共通認識を作って。そうすると、「それに紐づいていくと、こういう提案がある」とみんなが出しやすくなる。

ファクトの整理をやって、そのファクトの整理に対して、みんなが意見をどんどん紐づけていけるようにするのを少しずつやっていて。ただ今のところそれをできるメンバーがたくさんいるわけではないので、その方法が大事なことはみんな理解しつつ、それをどうやって全チームでやれるようにするかが次の課題になっています。完全にできているというわけではまだないです。

名村:事業のエンジニアがもっと深く関わっていくためには、トレーニングが必要と感じます。僕は前職などで新規事業をずっとやってきたので、事業を立ち上げる時にエンジニアがやるべきことや、どう作っていくかがなんとなくわかるんですけど。今ある事業の開発をしていたり、事業の立ち上げを経験していないと、エンジニアとして、クリエイターとして、そういうところにどう関わっていくかが感覚的に難しいのかな。

そういう課題は今メルカリでもあるので、どうやってトレーニングしたらいいのかな、難しいなと感じています。新規事業がバンバン立ち上がるわけでもないため、そこをどうやってトレーニングしたらいいのかがすごく課題なんです。何かやられていますか?

松本:そうですね。できるようになった人たちを見ていると、一番は数字にちゃんと向き合えることが大事なのかなと思っていて。若手が1人、本を出したんですよ。DMMを支える数式的な話を書いた、『DMM.comを支えるデータ駆動戦略』。その本を書いている中で、彼を見ていて思ったのは、自分の事業について、まずは数値構造的に向き合うことを徹底してやっていて。その数字を見て、グロースの定式化ができるんだというのを考える。

区分するのはあまりよくないですが、区分を仮に設けたときに、エンジニアはどちらかというと構造化して課題を見ていくことはけっこう得意なので、あとは構造化の仕方を教えるだけで、第一歩のとっかかりがつかめるのかなと。

僕が社内のレクチャーをやったり、経営管理を一時期やっていたお話をしたと思うんですが。その経営管理も、事業の分解方法を「まずこんな感じでやればいいんだよ」と伝えていくための取り組みでした。「その事業のP/L・B/Sだけではなく、全体のKPI構造からP/Lまで紐づくのはこういう構造になっているよね」

「だから今君はこういうところに注力しなきゃいけないね」など、考え方をまずは伝えて、フレームワーク化してあげる。それ以外にも、KPIの向き合い方や事業の改善の考え方を最近noteなどで、外にも発信しています。ただ、あれはどちらかというと僕の考え方を社内でスケールさせたかったのもあって。社内で無料で公開して、ドキュメントを通じて体系化された方法を、みんなに身に着けてもらいたくて。

少しずつ増えていくのと、特にそれを支えるのが、新卒文化なのかなと僕は思っています。何も知らない、かつ、これから吸収せざるを得ない子たちなので、すごく早くキャッチアップできると思っています。

名村:新卒文化は確かに大事ですね。

松本:とても大事だと思います。

藤門:「DMMの人は全部叩き込まれているんだ、いいな」と思っていましたが。叩き込まれていたんですね。

松本:“叩き込む”ほどできている人は少ないですが、直で話をする人たちや、事業のモニタリングをするタイミングでコミュニケーションをとる人たちには、「こう取り組むよね」とか「もっとエンジニアと向き合うときにはこういうコミュニケーションをしようね」とか。逆に、エンジニアにも「こういうKPIがあるべきだね」と話をしています。

藤門:なるほど。せっかくなのでヤフーの例もお伝えすると、ヤフーは25年ちょうどやってきて、エンジニアやデザイナーを合わせて3,000人ほどの規模の大所帯になっています。DMMさんがものすごい事業をしている中、ヤフーは事業のカットでいうと実はあまりやっていなくて。メディア広告、コマース金融、あとはテクノロジー全般です。

3つぐらいに大別されています。それぞれにだいたい1,000人ずつぐらいのエンジニア、デザイナーが活躍していて。それぞれの事業単位でPLをもっていて、いろいろな事業開発やサービス開発をするようになっています。

今日Tech Conferenceをしていますが、数年前までこんなことをする会社では一切なく。どちらかというと外にあまり情報を出さない、謎の会社みたいになっていて、自分がCTOになった時に、これはいかんなと。

自分がやっている仕事を誰かに説明できないということは、自分がどれだけ成長したかなど、技術スキルがどのレベルにあるかの物差しでしか自分を測れないエンジニアは伸びないと思ったので。自分がやっていることや、自分の会社で取り組んでいる事業やサービスが「こう伸びた」と説明した上で、いろいろなフィードバックをもらえる会社じゃないとダメだろうと思ったので、こういうTech Conferenceをするような会社になりました。CTOになった時に初めにやったのは、「もっと俺らは外に出よう」と。

外に出て、自分たちのやっていることを話すのを2015年ぐらいから始めて、今ではこのレベルまで来ましたけど。人前で話すようになる文化を作るのに、だいたい5年ぐらいかかったと思うので、メルカリさんや、DMMさんの事例を、僕は一生懸命研究をしていて。

(一同笑)

藤門:「こんなメッセージの仕方があるのか」とか、「こうやってトップは話をしているのか」とか。「こういうコミュニティを作ろうとしているんだ」というのは、常日頃から研究していて、実は今日も研究をしに。

(一同笑)

藤門:居酒屋でお酒を飲みながら研究しに来ている感じで、話をしてもらえればいいかと思っています。

ヤフーが外に情報発信するようになった経緯

松本:外に発信できるようになった経緯って聞いてもいいですか?

藤門:もともとアメリカのYahoo!の技術を契約の元で使っていて、外で話せない考え方が多かったんです。でも、よくよく考えると技術をそのまま使ってサービスを作るわけでは当然なくて。日本の事業に合ったモデルにチェンジして、日本ならではのビジネスや考え方を入れてモノを作る。

だから、技術の根っこの部分はアメリカかもしれないけど、やっているサービス開発は他の企業がやっていることと実は大差ないし、むしろいろいろな企業の方と交流して、ヤフーのサービスを伸ばすほうがより重要だと。一回ここで意識を変えよう、というのが、5年前に行ったことです。

そのため、氷山にいるペンギンを後ろからポンッと、自分でですけど、押されて海に落ちて。その後、意外と海は広くて楽しいんだ、と進んでいった感じに近いかもしれません。

松本:社内のファーストペンギン的な人たち、飛び込んでくれる人たちは、どうやって見つけたんですか?

藤門:これがけっこういたんですよ。ヤフーはHack Dayという文化があって。2008年ぐらいからアメリカのYahoo!で、昼から始まって徹夜でモノを作る1日24時間一発耐久ハッカソン大会のようなものがあって。それを日本に取り入れたんです。モノを作ってプレゼンテーションするまでが仕事なのですが、プレゼンテーションする時に、ものすごく楽しく「自分はこういうものを作った! これもすごいんだ、ハッピーだぜ! ヒャッハー!」みたいな。

(一同笑)

藤門:こういう人たちがけっこういるとわかって。そういう人たちをもう少し伸び伸びと、外のカンファレンスや自らのライトニングトーク、ミートアップで話してもらうといいんじゃないかと。もともと思っていましたが、実際するとものすごくしゃべってくれるんです。実は中にいたものの、それについてあまり僕は意識せず、気づいていなかったのが大きかったと思っています。

情報発信で変わったこと

松本:外に話始めて、周りの人まで変わってきたとか、けっこうあると思います。具体的に「こんなふうにいいところが出た」のようなものはあります?

藤門:社内でライトニングトークをやるじゃないですか。エンジニアが10人、20人集まって、勉強会を夜な夜な、なぜか酒を飲んでやっているみたいなやつ。あれをやっていたら「これ別に社内に閉じなくてもいいよね」となって、いつの間にか社外の人を勝手に呼び始めていました。

(一同笑)

藤門:勝手にですよ。勝手に呼び始めて「ミートアップをやりたい」と提案をもってき始めたり。社内イベントが、社外も含めたライトニングトークみたいになって。東京、名古屋、大阪、福岡でも勝手に行われていて。つまり、「自分たちが楽しい」とか、「これはおもしろい、他の人にも共有したい」とか、自分で伝播させてうまくいっているケースも出始めている。

やっぱり、自分が楽しいと思うことをやれる環境が大事なんじゃないかと、最近思っていますね。

会社からの支援や制度

松本:会社から支援はしていますか? 実はDMMでは入社してすぐにテックの支援パッケージをまとめて作りましたが、その中にLTの支援。例えば、懇親会費用を出したり、外のカンファレンスに行く時の費用をすべてサポートしたり。そういう制度を作りました。

藤門:ヤフーでも2017年かな? やっていて。例えば、海外のトップカンファレンスに出る支援や、先ほど紹介した社外の人を巻き込むライトニングトークは、いつの間にか彼らが予算を確保し始めていて。

(一同笑)

藤門:予算の中で勝手にイベントを始め、ケータリングも勝手に注文し、勝手に会社の設備を押さえてやり始めて。予算をしっかりつけ始めているのと、あとは開発合宿プログラムのようなものも、会社が用意したものもあるし、「会社は用意していないものの、サービス開発をする上で合宿をしたいので、合宿をする予算をください」ということが言える制度を作っています。

今何個かのプロジェクトがそれでサービス開発をしていて。制度をうまく使って、「うちのプロダクトのビジョンはこうなんだ!」のようなことを自発的にやっている例が出てきています。

名村:すばらしい。先ほどうかがった楽しい環境。僕はクリエイターカルチャーの行き着くところが楽しければ、何でもいいんじゃないかというのが正直あるので。

(一同笑)

余裕があるとクリエイティビティが爆発する

名村:“いかにビジネスの中で楽しくやるか”のために、いろいろな難しいプリンシプルを作っていますが、結果として、エンジニアやデザイナーなどのクリエイターが、仕事を楽しんでいるといいものが出てくるのはなんとなくあるので。結果として、楽しい環境を作りたいなというのは同意で、なのでHack Dayでやられたみたいな、メルカリでもHack Weekのように、1週間使って好きなことをやってくれと。

別に勉強したければ勉強でもいいし、メルカリと関係ないことをやってもかまわない、と言って1週間。もう3回ぐらいやっていますが、結局、仕事のハックをする人が多いです。「メルカリでこういうことをやってみた」とか、「こういうものを作ってみんなをラクにしてみた」とか。そういうのをやる人が多くて。

エンジニアに余力がある状態を作ると、すごくおもしろいモノを作るなと感じていて。ギュウギュウに詰めて、思考に余裕がない状態を作ってしまうと、やはりみんな仕事がつらくなってくるので。

ちょっと余裕があるタイミングを作って、解放すると、クリエイティビティが一気にブワッと出てくる気がするので。1週間しかないと非常に忙しいですが、そこで何か成果を出そうとすると。発表している時、確かにみんな楽しそうなんです。「こんなのやっちゃったんです」みたいな。

(一同笑)

名村:見ているほうもすごく楽しいですよね。これが1週間で作れるなら、毎日これでいいんじゃないかと思いますが。そういうカルチャーがもっと醸成されるといいな、とは感じます。

藤門:そうですよね。自分も社内のHack Dayの審査委員長などをやることが多いですが、褒め言葉で「お前は本当にバカだな」みたいになります。

(一同笑)

藤門:最大級の褒め言葉で、「(1週間や1日の余力の中で)そこをハックしてきたか。お前すごいな」みたいな言葉が出てきます。だから、爆発力のあるエネルギーって、実はうまく開放すると、とんでもないイノベーションが起きるんだろうなと思います。

8年越しでリリースした技術

名村:話せる範囲でなにかありますか? これはおもしろかったみたいな。

藤門:8年前にHack Dayで優勝した技術があって。ある物体をスマホのカメラでカシャカシャ撮って、アルゴリズムを計算させると、1個の立体画像を作って滑らかに動かせる技術が実は開発されていて。その時、最優秀賞を取りました。

その時も「すごい技術を作ったな」と思いました。今でこそスマホ1台でAIなどできますが、当時は技術的にできなかったじゃないですか。Hack Dayが終わったあとから、実はメンバーが地道に開発をしていて、当時はぜんぜん使えなかったものが、つい先日この世に出たんですよ。

名村:へー。すばらしい。

藤門:ちょうどメルカリの競合ですが、ヤフオクの出品の時に、写真を何枚か撮ってグリグリする画像が作れるような。

名村:そんなの出ているんだ。

藤門:それがHack Dayから出ています。Hack Dayで優勝したのを、なんとか製品化したいとその人たちはずっと思っていて。8年かけてですよ?

名村:すごい。

藤門:その情熱を消さない限り、イノベーション起きるんだなと思って。ぜひ使ってみてください。

(一同笑)

名村:使ってみます。

(一同笑)

(次回へつづく)