エンジニアに対してよい仕事を提供できないとダメ

関野瞬氏(以下、関野):「どうやって(エンジニアを)採用するんですか?」とか、「そもそも“ファーストペンギン”の藤井さんはどうして星野リゾートを選ばれたんでしょう?」という質問が来ているんですが、この点とか久本さんはいかがですか? アドバイスをいただけると。

久本英司氏(以下、久本):まず藤井は、もともと星野リゾートがシステムを請負で出していた会社のエンジニアの方です。なので一緒に仕事をしていた過去があるんですね。彼の会社との契約が切れたあとに、「藤井はよかったな」とは思っていたんですが、その藤井が家庭の事情で京都に行かなければいけないという話を聞きつけまして、私たちは当然情報システム部門のオフィスは京都にないんですけど、京都には星のや京都というリゾートホテルがありました。

なので「星のや京都の別館に席を作るので、うちに来ない?」と誘ったのが最初です。彼も私たちが依頼してシステムを作っていた時に、もっとこうシステムを使っていろいろできるのに、うまく使えていないなと星野リゾートに対して思っていたところもあって、それであれば、自らが中に入ってやりたいと思ったことをやってみたいと、そう思ってもらえて、それで来てもらいました。

なので先ほど「最初の1人がすごい大事だ」とお伝えしましたがど、私は藤井と一緒に予約システムを作ってきた中で、彼の仕事ぶりはわかっていたので、彼だったら最初の1人になれると思って来てもらった、ということですね。ちなみに2番目の人も、別の会社で一緒に仕事していた人に声をかけまして、藤井を助けられるのはあの人しかいない!と確信をもてる人に声をかけて来てもらいました。

そこから先の組織を大きくしていく時には、エンジニアの採用はすごく難しいとわかっていたので、実はけっこう緻密な作戦を立てました。エンジニアのみなさんは自分の貴重な時間をよい仕事に充てたいと思っている方が多いので、私たちが、エンジニアのみなさんに対してよい仕事を提供できないとダメだと思ったんですね。

エンジニアはいろいろな目的をもっていると思います。テクノロジーの先端に行って研究だけしたいんだという人もいれば、事業に対してIT技術を用いて貢献するのを自分でイニシアチブもってやりたいんだという方もけっこうな割合でいることが、いろいろヒアリングする中でわかってきたんですね。特にSIerは請負で仕事をしていると、実際に使っているユーザーの人と会話をすることがほとんどないんですね。

現場に出ない情シス部門の人から言われて作って、違うものを作っちゃいましたと言われて、誰も使ってくれないシステムを作っちゃうとか。あるあるだと思うんですね。

ユーザーイベントのビールスポンサー

そういうので不満をもっている方にダイレクトにリーチできるように、星野リゾートはITで事業推進したい、自らの技術を使って貢献したいエンジニアを強く求めているんだと、たくさん発信していくようにしました。

直接エンジニアのイベントにも参加しました。例えばJJUG(Japan Java User Group)というJavaの大きなユーザーイベントがあるんですが、そこにビールスポンサーとして参加させていただき、星野リゾートの関連会社で作っているよなよなエールを提供しつつ、「エンジニアの皆さんに愛されるよなよなエールは元々星野リゾートが作ったものです。星野リゾートもエンジニアの採用始めましたのでよろしく」みたいな、地道に活動したりしました。

事業に自分の能力を役立てたいという人たちと、直接いろいろ会話して、何がニーズかをちゃんと聞き出して、それを社内に備えていったりもしていきました。エンジニアが入りたいと思ってもらえないとダメだと思っていまして、採用サイトにお金を払って出稿して、上のほうに表示されることはあまり重要ではないと思っていました。そういうのは、エンジニアは見てくれないので。

エンジニアに評価されるには、エンジニアの取り組みがTwitterでたくさんバズられたほうがいいとか、そういったところをかなり意識して活動してきたと思っています。

やりたいことをそのまま見せてひたすら口説く

関野:ありがとうございます。朝比奈さんは採用のところはどうですか? うちも新卒がいて、そこの部分はちょっと苦労したんだみたいなお話も先ほどありましたが、今度は中途というところでいうと、どんなところですかね?

朝比奈ゆり子氏(以下、朝比奈):なぜやりたいのか、どうやりたいか、どうなりたいかをひたすら熱く語るということで、エンジニアというか我々の仲間を増やしていきました。ちょっとだけ共有しますと、まさに自分で書いている本部とか部門のやりたいことをそのまま見せて、「こんなことをやっていこうと思っているんだよ」とか。

システムは老朽化してしまっていて、これを完全に変えていきたいと思っているんだよねと。そんなことを一緒にやりたくない? ということで、ひたすら口説いた感じですね。

関野:なるほど。やっぱり、どれだけの仕事とどれだけのワクワクする業務がそこにあるかというのがけっこう重要だということをお二人からお話を聞いて。現場の声とか、作って使われるものがエンジニアもうれしいと感じてくれる、という仕事なのがよくわかりました。ありがとうございます。

実際に使ってみてよかった「astah」「Figma」「StoriesOnBoard」

ちょっと毛色を変えた質問がもう1個来ていまして、「実際に使ってみてよかったSaaSのサービスある?」みたいな質問が今ありまして。お二人から、スライドも何個かあると思うので、ちょっと共有いただきながら、これがよかったよみたいなものをラフに言っていただければなと思いますが、いかがでしょうか?

久本:実際リモートワークになってから、さらに徹底的に活用するようになったという感じではあります。もともとSlackなどのチャットはリモートワークで開発していたので、前提で使っていたんですけど、その時から採用していたものとして、こちらのツールが開発の流れに従って使っていたものです。星野リゾートは社内で開発するエンジニアチームの他にも、プロダクトオーナーを担当するチームもいます。プロダクトオーナーのチームは現場出身者が多いんですが、彼らが業務を整理して要求・意見を整理して、UIもデザインの担当もしております。

彼らが使っているツールは、業務の流れをちゃんと捉えようというところで、astahを使っています。

もともとastahを使ってモブモデリングみたいなことを会議室でやって、ホワイトボードに映し出して書き足したりしていたのですが、それがリモートになってできなくなったので困りました。誰かのastahをみんなで共有しながら、zoomの手書き風機能で「この辺がこう流れが変わればいいんじゃない?」みたいなことをみんなでディスカッションできるようにしたというのはあります。

UI/UXはもともとFigmaを使っていまして、これでおおよその画面のフローや、要素を配置したりデザインしたり検討したりというのを、全部このツールを使ってやっています。こちらは直接みんなで触り合ってますね。

あとは、エンジニアチームとつないでいくために非常に重要視しているのが、このユーザーストーリー作成の部分になります。この部分はStoriesOnBoardをずっと使っていまして、こちらでおおよその業務フローで見出したシステムの業務などの動きを一つひとつのストーリーポイントに落としていって、そこから実際に作るものを抽出する作業をやっています。

ここから先はエンジニアチームの仕事になっていくんですが、エンジニアチームはいわゆるかんばんの代わりに、昔はGitHubにZenHubというツールがあってそれを使っており、今はGitHubに統合されて、それで管理しています。

スプレッドシートも使っています。スプリントボードも用意しています。

先ほども言ったように、振り返りはBeanCanvasを使ったり、あとはMiroもけっこう使っていますので、そこを振り返り用のボードにしている感じですかね。

開発にまつわるSaaSは、だいたいこういうものを使っています。

IPアドレス制限上で使えるツールを中心に

関野:ありがとうございます。朝比奈さんはどうですか?

朝比奈:はい。似たようなツールをたくさん使っています。まず前提として、うちの会社は、基本的にはMicrosoft 365がベースです。ちょっと質問でもいただきましたが、セキュリティで言いますと、外部への接続には必ずIPアドレス制限をしないといけないんですね。そこでだいぶ制約があるんですが、まずそういう前提の会社です。

そんな中で、BacklogからOpenProject、それからMiro、Figma辺りは、よく使っているかなと思います。

またMiroで言いますと、1つだけちょっと共有がありまして。Miroのボードが多過ぎてよくわからない問題というのがありまして。これはコストとか管理の観点で、まずMiroの課金ユーザーを1つのみにしたんですね。そうすると、招待されたボード以外探す術がないという課題と、あとはボードが多すぎて、何が何やらという課題が出てきてしまいました。

なので、じゃあそのボードリストがあればいいじゃんということで、MiroボードのAPIを使って、一覧にしてそれをTeamsで表示するというようなことを、今までプログラムを書いたことがなかった人が、がんばって作っていました。

あとはちょっと開発とは離れるんですが、これは半分うまくいかなかった……トライ中ということで、バーチャルオフィスにトライしました。これは開発とは違う文脈で、やはりちょっと気軽に声をかけられないとか雑談が減ったねというところの解消として、バーチャルオフィスツールもどんどん出てきているし、ちょっとトライしてみようよという話で、やってみました。

いろいろなツールをバーッと検討して、まずはoViceを入れてみました。これがちょっと効果が限定的で。それはoViceが悪いのではなく、すべてうちのせいかなと思っているんですが、まず1つはセキュリティルールの壁で、IPアドレス制限があると必ずネットワークの経路に依存してしまったり、あとは飲み会で使いたいのに業務時間としてカウントされちゃうとか。

そういったところと、あとはチームで働いているので、Teamsやzoomのオンライン会議が多い中、やっぱり音声はどちらか1系統になってしまうので、oViceを立ち上げっぱなしで、他のことができないとかですね。そういうことがあって、ちょっと効果が限定的になっています。

ちなみにこれは完全におまけの話ですが、アバターを使った感じのバーチャルオフィスを探してみたりとか、あとは自分の課題感も含めて、触発されたエンジニアが自分でバーチャルオフィスにもなるようなオンラインゲームを冬休みの宿題として作ってみたり、そういうことをワイワイやっていました。

関野:見ました見ました。あれですよね。エンジニアの冬休みの宿題。

朝比奈:そうそう! それで別途登壇していました。

はて、DXとは何でしょう

関野:ありがとうございます。ではちょっと時間もあと15分程度なのでみなさんからいただいた質問もお答えしていきたいなと思うんですけど。事前にいただいていた質問で、「DXについて興味あります」みたいなお話をされていたかなと思っていまして、そこについて、ちょっと私たちの考えを共有していきたいなと思っています。

事前にみなさんから、今回のこのタイトルもそうだったんですけど、DXってバズワードだよね、なんでもかんでもDXと世の中で言っているけど、「はて、DXって何ですか?」という質問がけっこう多かったので。久本さんの解釈をみなさんにシェアできたらなと思うのでぜひお願いします。

久本:はい。DXの前は、Gartnerさんとかがデジタルビジネスなどとぶち上げていましたね。そちらが世の中的にバズワードになり損ねたかなと思っているんですが、そこから話が始まります。もともとは、私がなんでデジタルビジネス、DXをやっていきたいと思ったかというと、こういう入社してからの流れがあるんですね。

私は2003年入社なんですが、最初はまだ会社が小さかったのでひとり情シスとして、紙を機械にするだけでもみんなから絶賛されていたんですね。その頃のことは「ひとり情シス黄金期」と自分で言っているんですけど、それが7年ぐらい続いていました。ただ少しずつ会社が大きくなるにつれ、作ったシステムも規模に合わせて大きくしていかないといけなかった時に、大きな失敗をしました。

オフショアを使ってシステムをアップデートをしようと思ったんですけど、それがうまくいかなかったんですよね。それが2010年から2013年です。オフショア開発に集中するために、運用業務を切り離して別部署に担当してもらうという失策をしたのもこの頃です。私が停滞している間に、会社はますます大きくなってきまして、黄金期には「久本さんは星野リゾートの成長の牽引役だね」と言われていたのが、たった3年ぐらいで情シスは事業の足枷だよねと言われるように変わっていまして、相当ヤバイと思ったのが、まず大きな背景としてあります。

なんとか挽回していこうと思った時に、世の中ではデジタルビジネス化されていきITの役割が大きく変わっていくとIT界隈ですごい言われていたんですね。CIOに近いみなさまなら記憶にあると思いますが、ITに求められるものがこれまでとガラッと変わってくる、ということがこの頃から言われていました。これが今のDXにつながっていると思っています。

情報システムユニットがデジタルビジネスの担い手になりたかったのですが、当然その時は事業の足枷になっていたので、足枷の言うことは社内の誰も聞いてくれなくて。なので、まずは足枷を脱しなければいけないというのがスタート地点です。そこで、ビジネスをデジタル化する能力はいわゆる「DevSecOpsをやり切れる能力」だと定義しまして、それをやる力がつかないと資格がないと自分に言い聞かせ、その資格をつけてきた、という流れがあります。

デジタルを使って2つの差別化戦略でやっていく

その前提を踏まえ、DXをどう捉えているというと、2020年に経済産業省から出たこのDXの定義が、意外と的を射てるんじゃないかと思っています。簡単に読み上げると「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」と言っていますね。

私たちにとっては製品やサービスは、宿泊体験そのものだと思っていまして、ビジネスモデルは宿泊体験に対して間接的に影響を与えるものですね。例えばチャネルだったりとかそういったものだと思っています。あと星野リゾートが差別化戦略として採用しているマルチタスクという運営戦略だったりそういったものが、ここに入ってくると思っています。

大事なのはITだけではなくて、業務や組織やプロセスを変革しなきゃいけないよと。それがDXの条件だと言っていて、そしてそれは競争戦略の1つであると、そういう整理が大事かなと思っています。この上で、当然競争戦略として何を立てていくかというところを自分たちで考えて、今に至りました。

そうすると、やっぱり捉え方としては製品、サービスそのものを変革させる原動力になることが真のDXで、私たちITが求められていることなんだとそう思っていまして、そこを突き詰めていくとこういう絵になるだろうなと思っています。これまでは運営力の強化を支えることがITシステムに求められているものだと思いますが、そこに加えて世界最高のデジタル宿泊体験をどう作っていけるかと思っています。

顧客が個人的に体験できることをサービスとして提供している業界が広い意味での私たちの競争相手だと思っているんですね。そこに対して、他の業界と観光業は、顧客体験上「どう違うんだ」と、「どう優れているんだ」という部分を、自分たちで作っていくんだという気概が大事だと考えています。もう1つ、当然デジタルを使った運営力を獲得していくということもすごく重要なんですが、この点は観光業界における競合との差別化戦略になると思っています。

この2つの差別化戦略をデジタルを使ってやっていくということが、DXの大事なポイントなんじゃないかなと考えています。

関野:ありがとうございます。ごめんなさい(笑)。やっぱりあれですよね。戦略理解というか内製化に振ったところの理由にも、きっとなっていたのかなと思いますが、そこのオフショアとかに依頼するだけではなくて、ちゃんと自分たちで戦略を考えて「何が必要なのか」「何が会社のためになるのか」「世の中のためなのか」をしっかり考えていくチームを作るということで、スクラムとか内製化をお二人が選んできたんだなと、改めて今日お話を聞いていて思いました。