「ライフビジョン」という取り組みについて
杉山幸一氏(以下、杉山):みなさんこんばんは。杉山です。よろしくお願いします。
私からは、地域ITサービス、私たちの呼び名でいうと、「ライフビジョン」という取り組みについて説明します。今日は「防災」という切り口で、どんな取り組みをしているか、詳しく説明できればと思っています。
そもそも「ライフビジョン」とはどんなものか? ここにありますように、タブレット端末やスマートフォンに自治体の情報をお届けするアプリです。ただ単に自治体の情報を届けるだけではなく、今後、さまざまな地域サービスをこちらで受けられるような仕組みを提供していきたいと考えています。
基本的な機能としては、災害情報や日頃から流れる地域の情報が、こちらのタブレットやスマートフォンに届けられるというものと、地域サービスとして例えば、このタブレットやスマートフォンから、おばあちゃんがタクシーを予約したり、あとは遠隔医療のサービスを受けられるとか、地域の公共サービスを受けられるものを考えています。
地域情報の伝達手段としての「防災無線」
みなさん、地域情報の伝達手段を思い浮かべていただきたいのですが、みなさんお住まいの町では自治体の情報ってどんな手段で受け取っていますか?ここでは地域の情報伝達手段についてお話します。
例えば防災無線のようなかたちで、鉄塔の先にスピーカーが付いていて、音声を流すようなもの。それから回覧板などで、自治体の情報なども町内で回されているかと思います。また月に1回、広報誌などの紙媒体で自治体から配布される、そのようなものが思い浮かぶのではないかなと思います。
その中で「ライフビジョン」は何に一番結びつきが大きいかというと、今日のテーマである防災です。スライドにあります防災無線と、地方に行くとそれぞれのお宅にスピーカーが設置されていて、自治体からの情報がお知らせとして流れてくる宅内スピーカー、そのようなものに関係するお話しです。
防災無線は、普段暮らしている中では、何なのかなというところがありますが、防災無線の世界観をちょこっと用意しました。みなさん、『君の名は。』という映画、ご存じの方は多いのではないでしょうか?
作品の映像はお見せできないですが、映画の中で女の子が最後に防災無線で町内のみなさんに避難を呼びかけるというシーンがあったかと思いますが、あれですね。厳密に言うと電波法74条にちょっと違反しているみたいなところがあるんですけれども、あのような形で町内のみなさんに情報をお届けするものです。
田舎に行くと夕方に『夕焼小焼』みたいな音楽がスピーカーから流れてくるかと思いますが、あのような世界観です。「東日本大震災」の時もそうでしたが、みなさんに避難を呼びかける重要なインフラになっています。
地方の高齢者向けの自治体サービス
一方、自治体のサービスって何でしょうか?これも普段現役世代の方が使われるようなサービスってあまりないのですが、例えば高齢者ですと見守りサービスや、免許を返納したことで移動が困難な方に移動支援をしたり、さまざまなサービスが自治体や地域の中で提供されています。
こういったサービスは、過疎高齢化が進む地方では特に重要なんですが、高齢者が増えている一方で、支える若者のほうが非常に少なくなっている。また移動も困難になっており、非常に少ない公共交通でしか移動ができない。さらにお医者さんや地元の商店が減ってしまって、非常に不便な生活をされている。そういった問題を、多くの地方で抱えているのが現状です。
ただ一方で、そういった地方であっても、ITを使えば、ネットでいろいろな買い物ができて、宅配便で荷物が届いたり、便利な暮らしができるということも実はあります。こういったギャップが、実は地方で多く発生しているのです。
「高齢者はITを使えない」、こういった言葉がよく現役世代の方から出てきて、諦めてしまうところがあるんですが、やはり高齢者でもITをうまく活用できる姿を目指して、便利な暮らしを届けたいという思いでこの活動を進めています。
コンセプトとしては、「高齢者でも使いやすいアプリ」
先ほど説明しました防災情報も含めて地域の情報を配信するものと、それからさまざまな地域のサービスを提供する、その両方をお届けできる地域情報サービスのポータルとして、「ライフビジョン」を開発しました。すでに全国の40以上の自治体様で現在活用されています。
コンセプトは、「高齢者でも使いやすいアプリ」。つまり、ユーザーインターフェイスにこだわった、わかりやすい画面設計に力を注ぎました。
簡単にシステムの概要を説明しますと、「ライフビジョンCMS」というのは情報を入力する画面になっています。こちらでブラウザに情報入力したものが、管理しているクラウドサーバーを経由して、情報がアプリに提供されます。
防災関連システムということで、自治体が整備する防災無線ですとか、Jアラート・Lアラートといった「ミサイルが飛んできたよ」という情報が流れるような仕組みなどがありますが、こういった自治体がすでに整備している防災関連システムと連携を図ることで、非常に効率よくアプリに情報提供できるようシステムを構築しています。
完璧な情報媒体が災害には存在しない
少し、みなさんにも考えてほしいのですが、災害時に実際どのような手段で情報を取っていますか?実際発災したときは、例えばテレビで情報を取ったり、ラジオで情報を聞いたり、パソコンやスマートフォンを活用しながら、SNSを使って情報を取っているんじゃないかなと思います。
一方で、例えばテレビだと、停電した場合は情報が取れなかったり、テレビやラジオで流れている情報の中身は非常に広域的な情報が多く、実際に自分が住んでいる身の回りの情報はたまにしか流れなかったり。先ほど紹介した防災無線を例にあげると、確かに外にいれば聞こえるけれども、音声の情報だけだと、中身を聞き間違えたり聞き逃してしまったり、そういった問題があるかと思います。
つまり、完璧な情報媒体というのは、実は災害においてはあまり存在しないというのが現実でして、これらの情報媒体の良し悪し、いわゆるメリット・デメリットをきちんと把握した上で、その特徴に合わせた活用が必要になってくる、というのが災害時の情報伝達手段と考えています。
「熊本地震」の現場に入り込んで情報を収集
私たちは、先ほどの「ライフビジョン」を災害時にうまく使っていただけるようにするため、災害に遭われた地域に実際に入り込んで、その場で役に立つアプリでの情報提供の仕方や、いろいろなサービスや機能のあり方、そういったものを現地で開発をしてきたことを紹介します。
今から約4年前の2016年、熊本地震という、200名を超える方が亡くなった大きな地震の災害がありました。その時、私たちは開発メンバーを含めて現地入りして、実際に地震直後に起こったこと、それから地震が経過したあと起こったこと、それらを取材したり、現地の方にインタビューしたりして、さまざまな情報を収集しました。
どんなことが実際に起こったか、地震の発生直後に起こった問題点を4つにまとめています。
1つは、自治体の職員の方が住民の方々からの電話や相談を受けて現場に行きっぱなしになってしまい、実際に役所に空白ができてしまう。いわゆる役所の職員が本当に忙しい状況になってしまうということ。
また、いろいろな情報媒体がありすぎるがために、すべての情報媒体を活用してうまく発信することができず、1つの情報媒体に偏ってしまったという問題。
それからSNSですね。例えばTwitterとかFacebookを使って発信しますよね。ちょっと思い出してほしいのですが、「ライオンが熊本の動物園から逃げ出した」という絵があったかと思います。あのようなデマ情報が氾濫してしまったり、だいぶ前の避難のお知らせが繰り返しSNS上で流れるように、古い情報が繰り返し届くような問題もありました。
また、高齢者や障がい者などの情報弱者に、きちんと情報が届きにくかった。このような問題も挙げられました。つまり、自治体がパニックに陥ると、こういったかたちで情報がうまく届かないという現実があります。
私たちは、地震発生から3週間後に、この「ライフビジョン」を市役所と避難所に設置し、いろいろな意味で支援、そして次に向けた開発を実践していきました。
その中で、文字や写真、「ライフビジョン」では音声で情報を届けることができるので、避難所の方々に公式情報をうまく届けることができました。またテレビ電話などを活用して、実際に現場の状況を共有することで、現場でも非常に好評を得ました。
つまり、こういった現場に根ざした防災に必要な機能を、実際に入り込んでやって行くことで役に立つものが開発できるのではないかということで、私たちは現場に入り、活動を進めてきました。
いかに正しい情報を住民や情報弱者に届けるか
開発を進めるにあたっては2つの観点が必要ということで、1つ目は、いかに住民の方々に正しい情報を伝えるか、これが非常に重要になってくると考えました。先ほどのSNSではありませんが、自治体から発信される公式情報を正しく時系列で見られるための工夫。それから聞き逃しや聞き間違いを防止するように、文字できちんとあとからでも確認できるように提供することです。
また、高齢の方だけではなく、例えば聴覚障がいの方などは防災無線の音が聞こえませんので、音ではなくて文字で見られるような準備をしたり、日本語がわからない外国の方には母国語で情報が得られようにする必要があります。
それから、避難勧告と言われても、本当にいつ逃げればいいのかがなかなか判断しづらいので、その逃げ時を提示して、避難に誘導すると。このようなかたちが重要だと捉えました。
どうやって自治体の機能をうまく発揮させるか
先ほど自治体がパニックに陥るとお話ししましたが、やはり自治体の職員をいかに支援していくか。自治体の機能をうまく発揮させて、住民の方々にいろいろなサービスを提供する、そういったことも必要だと考えました。
1回の入力で複数の媒体に情報発信できる、これが非常に効率的で重要だということ。それから、現場に行かなくても情報が収集できる。そんな仕組みを活用すれば、役所にいながらさまざまな情報を入手して、的確にいろいろな指示ができる。そんなような環境を作りたいという、この2つの観点で開発を考えました。
つまり、この自治体職員の支援も非常に重要になってくるということが、現地の調査の中でわかってきたことです。
「ライフビジョン」の機能まとめ
これらの情報をもとに「ライフビジョン」では、さまざまな機能を開発してきました。1つは、ここにあるように、情報弱者でも情報が受け取れるということで、例えば多言語で情報化できる機能をアプリにもたせたり。それから情報が届いたよというのは、音ではわかりませんので、聴覚障がい者に関しては、プッシュ情報が届くと画面が点滅してお知らせする、このような提供の仕方が必要だということで、新たに機能を開発しました。
また、避難行動への誘導という点では、正常性バイアスというように、「まだ自分は避難しなくても大丈夫だろう」というような思いが強い中で、被災したあとに避難をしなきゃいけないということを画面で呼びかけることで、逃げ時を伝える。そして避難行動に移してもらう。このようなことがアプリでは可能になると思い、実装してきました。
情報入力の一元化という観点では、サーバーという非常にいろいろなものと連携できるデジタルの仕組みがあるので、デンソーが管理している「ライフビジョンサーバー」と、すでに自治体さんが導入したさまざまな情報媒体とをつなぎ合わせることで、1回の入力で多くの情報媒体に発信できる。先ほど完璧な情報媒体はないというようにお話ししましたが、そうすることで、なにかで情報を受け取ってもらえる、そんな環境を構築してきました。
最後になりますが、現場情報の収集ということで、例えば町内会長さんをはじめ、行政区長さんや消防団の方々が現地で得た情報を市役所にスマートフォンやタブレットを活用して届けることで、災害対策本部でその情報を収集して、現場の状態や被災状況を確認し、次の手が打てる。さらには、それをマップの中で「ここは通行止めですよ」とか「避難所は混んでますよ」などを表示できる。
そして現場に行かなくても情報を収集できて、さらにそれを住民の方にお届けできる。このような仕組みを、実際に現場の声を聞きながら開発してきました。
現場の方々がこれまで被災してきた経験などを、いかにアプリの中で技術として表現するか。そういったことを私たち地域ITとして現在は行っています。今後もさまざまな取り組みをしていく中で、さらにアップデートを図っていく。そのような取り組みをしています。
私からは以上です。ありがとうございました。