組織を本当に動かそうと思ったならば、いろいろやりようもある

岩切晃子氏(以下、岩切):今質問でね、「やっぱりトップはソフトウェアの重要性を認識してるんだけど、ミドルマネージャーが変化の障害になることが多いように感じる」と。「及川さんがミドルマネージャー層にメッセージを伝えるとしたら、どんなものを伝えますか」と書いてくれた人がいたんですけど、やっぱりこれも辞める気になって「変えるのか?」というのを突きつければいいんですかね。もうピッて(笑)。

及川卓也氏(以下、及川):それもそうなんですけど、それに辞める気になってぐらいの覚悟で、いろいろやってみたらいいんじゃないかなというのはあるんだけれども、でも、ミドルマネージャーもそうだし、直属上司ぐらいかなというかその上ぐらいかもしれないと思うんですけど、そこに対立構造はあんまりないんですね。

なんかよくありがちだと思っちゃうじゃないですか。僕の生き方がそんな感じなんですけど……対立構造って、対立軸ってそこになくて、本当はミドルマネージャーも仲間で、彼も彼で何かを抱えているはずです。彼か彼女かわからないけれども。

なので、基本、上司・部下の理想の考え方というのは、部下は上司にどんどん偉くなってもらう。そうするともっともっとおもしろい仕事か、いい仕事が降ってくるんですよ。さらにそれをちゃんとやり続けていると、自分自身もどんどん昇格していって…、組織の成長がこういうかたちになるのが理想だと思うんですね。

もしその問題意識をもっている人が、本当にこれは大事であり、これを変えていく、これを取り組むことによって会社がよくなるというのをきちっと話せるならば、それを一緒にやることによって上司に花を持たせることが可能になるわけですね。なので、そういった考え方をもっておくといいのかなと思うし。

あとは、こういうときってそもそもミドルマネージャーと課題を共有できてないことが多いと思うんですね。なにか例えば「こういうの内製化しましょうよ」というのをボンと持っていくじゃないですか。例えばソフトウェアの開発でも。でも内製化って手段なんですよ。

そもそも何をしなきゃいけないかが一致してないかぎり、手段だけ突きつけられても話が噛み合わないんですね。だから、例えば内製化しないことによって生じているであろう課題と言われているところが、まず上司と共有できているかどうかをちゃんと見てみるべきだと思うんですよ。

共有できている上で、じゃあ例えば内製化を進めましょうってしますと。そのときに反対されたとしたら「じゃあどういう手段があるんですか?」。その手段が本当に有効だったら、一緒にやればいいし、その手段でダメだから内製化を言っているんだとしたならば、もう少し議論が噛み合ってくるんだと思うんですよね。

だからそこらへんは、今は1つの例なんですけれども、本当に動かそうと思ったならば、いろいろやりようもあるし、考え方もあるのかなと思います。

岩切:なるほど。

本当にやりたいものだったら、いろんなことを説得する

及川:これってあれなんですよ。とくにエンジニアの人はこういうのって、例えば上司にそういった事業としての取り組みの話するとかって、自分の得意分野じゃないじゃないですか。アーキテクチャの話だとか技術選定の話とかは大好きだけれども、自分が当たり前と思っているような、そういったことをわざわざ一から説明しなきゃいけないのは面倒くさいと思っちゃうことが多いと思うんですね。でも、それをやらなきゃいけないんだと思うんですよ。

要はやっぱり技術者ももっと事業視点だとかってもつ必要があるし、本当にやりたいんだったらそれをやるべきなんだと。

私、日本が輝いていた時代の強い企業のことを調べることが多くて、私が顧問をやっているデンソーと関係の深いトヨタ自動車もすばらしい企業なんですけれども、ソニーもすばらしい企業で、昔いろんなことを成し遂げたわけですね。ソニーの創業者の井深さんも、彼が「説得工学」という言葉を使っているという……。

岩切:すごい(笑)。

及川:私ソニーに入ったことがないのでその実態ってわからないし、書籍を見てもはっきりと書いてないんですよ。だけれども、曰く、やっぱりソニーってけっこう自由闊達な会社で、いちエンジニアがいろんなアイデアを出したならば、トップにかけあってそれを事業化認めてもらうとかっていうのができるんですね。

でも、当然トップも、とくに昭和の人なんかボロクソ言って返ってくることもあるんだけど、それを諦めないで説得……本当にやりたいものだったら、いろんなちゃんとロジックを積み上げたりだとかして説得しろってことを言われてるみたいなんですね。やっぱり昔の技術者はそれをやっていたと思うんですよ。

だから、今は硬直化しちゃってミドルマネージャーがたくさんいてというのはあるかもしれないんだけれども、昔は硬直化しなかったとしても、もっと癖のある人がたくさんいたりするわけですね。

岩切:うるさい人いっぱいいました(笑)。

及川:その中でやっぱりそれをちゃんと提案して認めてもらうっていうのは、ちょっと毛色は違うかもしれないけど、今も昔も変わらなく、昔の人はそれをやりきって本当に世界を変えるようなものを作った人たちがいたということなんじゃないかなと思いますね。

情報量が欠落するなかで、どうやって信頼関係を構築していくか

岩切:なるほど。そうですね。やっぱりだからとにかく情熱を持って突き進んでいくしかたぶんないんでしょうし、やっぱりミドルマネージャーも経営者も全部ひと串で同じ釜の飯を食う仲間なので、そこで団子になってやっていくしかたぶんないんだろうなという。その団子のあり方がオンライン・ファーストになったときにどんなふうに団子になっていくかが腕の見せどころといいますか。

及川:それはでもすごく難しいですよ。やっぱり私の今手伝っている会社とか、もしくはすごい尊敬する人たちも、やっぱりオンラインだけじゃなくて、今まではミーティングルームで本当に膝を突き詰めて話したからやっとわかり合えましたみたいなところがあります。お酒がいいかどうかは別にしても、やっぱり食事をしたりするとか、そういったオンとオフを一緒にすることによってその人のことをすごくわかることがあるじゃないですか。

やっぱりさっき言ったみたいにデジタルで情報量が欠落するなかで、それをどうやってその信頼関係を構築していくかというのはすごい難しいところがあるなとは思います。ただ、できないことはないはずです。なぜかというと、もう20年……まぁ15〜16年前からオンラインでしか会ったことない人たちでも、会社を作り成功してるところって普通にあるわけじゃないですか。

岩切:うんうん。

及川:今でもありますよね。まぁ今はGitHubはオフィスがちゃんとあるけど、昔のGitHubとかGitLabとかAutomatticだとかそういった会社があって、もう本当に世界でも有数な会社になっているわけだから。なので、絶対できないことはないはずだと思うんですよね。

ソフトウェアと同じぐらい重要なファーストは「人」

岩切:はい。じゃあいっぱい質問をいただいているんですけれども、今あと3つ質問いただいていて、それだけ答えてもらうかたちで進めてもいいですか、及川さん。

及川:はい。

岩切:まず「ソフトウェア・ファーストの次の2つ目って何ですか?」というのが質問にありました(笑)。

及川:「ファーストの次は何ですか」ってことですか?

岩切:うん、「セカンドは何ですか?」っていう。

及川:難しいな。でも、ソフトウェアって別に「人がセカンド」とかいう意味じゃないんですよね。なので、さっき言ったみたいに、書籍途中まで書いて「タイトル何しようか?」ってつけたので、あんまり詰められると困っちゃうんだけど。

岩切:(笑)。

及川:でも、今ちょっと言ったみたいに、同じぐらい重要なのは人だと、僕は思っています。

ずっと言っているんだけれども、結局、人と組織だと思うんですよ。なので、僕、DXの本が巷にあり、いいこと書いてあっているのもたくさんあるし、参考になることもあるんだけれども、人と組織の生々しい話を書いてる本があんまりなく、なんかすごい空中戦でバチバチやっているだけで、地上に降りて誰も戦ってない感じがしたんですよね。

岩切:そうですね。

及川:だから、本でもやっぱり4章と5章をそれに費やしたのは、結局どんな技術があってどんな方法論があったとしても、人が変わらないかぎりは絶対変化は起きないし、変化の中のうまくいった例が進化なので、変化しないかぎり進化はないと。

変化って、基本的に人には心地のいいものじゃないんですよね。心地いいときもあるんだけど、心地よくないこともたくさんあるはずで、その心地よくない変化を起こすのは、やはり人の強さが必要になってくるんだと思うんですよ。なので、もし「セカンドって何?」と言われるとしたら、セカンドではなく同じぐらい重要なファーストだって言いたいんですけど、「人」ですね。

経営者とエンジニアの歩み寄りが必要

岩切:わかりました。あと、「経営者がプログラミングを学ぶのと逆に、エンジニアが経営を学ぶというのも必要ですか?」という質問が来ています。

及川:私は必要だと思います。ただ、そう言いながら、私は経営とかあんまりわからないので、質問者と同じ立場だと思うんですが、経営って、学ぶよりも敬遠しないほうがいいというのは、少なくともあると思います。経営だとか事業だとかを敬遠してはいけないなと思います。

やはり私は、書籍の中でも書いたと思うんですけれども、両方の歩み寄りが必要だと思うんですね。経営とか事業サイドって言い方をすることがあるんですけれども、彼らもここまでテクノロジーが事業の本質に関わってくるときに、「僕は技術者じゃないから」て言って、どこかに丸投げしたり、軽視したりするのは当然いけないし。

なので、彼らの技術を学ぶべきなのと同じように、エンジニアも我々が今作っているものはどういうような事業に貢献し、それが会社という経営母体の何に影響するのかは、意識しながら開発をできるようになったらいいなと思います。

ですから、当たり前のように、「なんでこれは儲かっているんだろう?」とかそういったようなことと、あと最低限のコストなどの考え方がもてるようになっていく必要はあるんじゃないかなと思います。

ITを知らない人たちへの導入は、彼らが使うためにはどうすればいいか考える

岩切:ありがとうございます。あと2つでした。あと「ITのIの字も知らない文化のNPO・ボランティアに参加しました。周りに……ソフトウェアがわかっていない人なんですけど、どういうふうに導入を促していったらいいでしょうか?」という質問をもらっています。

及川:なるほど。

岩切:ちょっと手強そうですね(笑)。

及川:岩切さんも私も2011年の大震災以降、ITでのボランティア的な活動をやっているので、この状況すごくよくわかるわけじゃないですか。

岩切:(笑)。

及川:そういう方々はITというよりも、デジタルに人の温かさを感じないだとか、そういったようなことを思ったりするところがあるのかなと思い……あっ、でもそっか、我々のやっぱり「Hack For Japan」というコミュニティ活動から学んだことも、いくつかは言えるんじゃないかと思うんですね。

基本、やはり我々って必ずしも成功ばっかりじゃなかったり、その反省から私もそのあと開発だけじゃなく、別のかたちに発展させているところがあるんですけれども、やっぱり相手方に立つってことなんですよね。

ツールやサービスは、さっき言ったようにあくまでも手段なので、だから実は本当にアナログで十分なところは、アナログであるべきだと。ただ、全体を見たときに、どっかは絶対にIT化したほうがいい部分は見えてくると思うので。なので、最初から理想形の、全部ITでガチガチに固めて、きれいに回ることがすべてじゃないんですよ。

なぜかというと、社会システム的なものは、ソフトウェアとかITの意味でのシステムじゃなくて、全体の動いているシステムという意味で考えると、機械とかソフトウェアとかっていうものじゃなくて、人間系が確実にそのシステムの中に組み込まれていて。人間というのは感情の動物だし、そこには心もあるし……同じことを言っているか。

でも本質はその部分なので、この人間と言われているものを組み込んだシステムを動かすためには、人間が心地よく使える要素が入っていなきゃダメなんですよね。そうするためには、じゃあソフトウェアはどうあるべきか、ITはどう使われるべきかってことを考えなきゃいけないと。

だから典型的なのが、例えば我々が2011年に避難所とか行ったときに、これは明らかにクラウドでこう作ればいいですよ、と。実際そういうことをがんばってやったボランティアさんたちもたくさんいるんだけれども、本当に必要だったのは、Windows上のACCESSのDBで、もうとても簡単なところを作るだけでも十分だった、みたいな話があると。それは利用者がやはりそれを望んでいたから、というのがあるわけですよね。

なのでここの回答としては、まずどこからと言うと、いわゆるコンサルティングの人たちが業務分析みたいなかたちでひたすら観察して、その観察した結果、彼らが使うためにはどうすればいいか、彼らの今のオペレーションの中に入り込むようなかたちでツールの導入をしていくといいのかなと思います。それが1つ。

「楽しいですよ」をうまく教えてあげる

もう1つは、ITって基本的に不得意な人からすると、面倒くさい新たな仕組みに見えちゃうんだけれども、でも本質は楽しいと思っているんですよ。やっぱり僕ら、スマホにしてもタブレットにしても、Webのアプリケーションにしても、楽しいじゃないですか。

これは我々技術者がもともと技術を触っているから楽しいと言われたら、そのとおりかもしれないんだけれども、一方で、生まれた子どもが3年〜5年経つと黙っててもタブレットを使って遊びまくっているところを見たときに、本来人間はこの技術を楽しむ能力はもっているはずなんですよね。ですから「楽しいですよ」というところをうまく教えてあげる。

たぶんけっこう今までの悪い経験、それは我々の技術者側がそういった使いやすいものを提供してなかった責任もたくさんあると思うんだけれども、もう基本、ITというのは小難しいし、人間味がないって思われちゃっているところを、「そうじゃないんですよ」ってその誤解を解くところも、やっていくといいんじゃないかって思いますね。

岩切:なんか寄り添うというのはすごくグッときました。あのとき、やっぱり寄り添うことが大事だということを一番感じたので、質問の方もすごくそこの差をね、埋めるのは大変だと思うんですけど、ご興味があって入ったと思うので、ぜひ寄り添って、がんばって。がんばってというか、楽しんでくださいということかな。がんばるとつらくなっちゃうと思うので、楽しんでやっていただけたらなと思います。

いい意味でのインパクトをたくさん出せる会社のお手伝いをしていきたい

では最後に感想みたいな質問もいただいたんですけれども、「トヨタの豊田社長が『ソフトウェア・ファーストを次のフェーズに』というようなニュースを目にしました。それは及川さんの影響ですかね? トヨタは正しいソフトウェア・ファーストを目指してるんでしょうか。トヨタは大企業だし日本を代表する企業なので、日本のソフトウェア開発にも影響を及ぼしてくれるといいですね」という感想ならぬ質問みたいなことをいただいたのですが、及川さんからも何か一言いただけたらうれしいです。

及川:トヨタの社長や中の人が私の本を読まれたかはあんまりわからないですが、というか、わかってても言えないところもあるんですけれども、ただ、ここに書かれているのはそのとおりです。

私がやっぱり外資系企業から日本企業に移ってというときに、日本企業のお手伝いをし出したときに、生意気なことを言うと、やっぱりこのままじゃ危ないぞと。やばいぞと。日本はもっともっと国力が衰え、それで、希望のない国になっちゃうなと思ったんですね。

でも、普通に考えたら、まだGDP3位で競争力があるようなものもたくさんあると。そのときに思ったのが、私は、やはり日本って硬直化したところもあり、大企業はなかなか変わらないし社内政治ばっかりやっているしって思っていて、なのでこれからはスタートアップだと思ったんですよ。自分自身もスタートアップに飛び込んだし、スタートアップを中心に支援をしていったと。

今でもスタートアップは可能性が非常にあるし、伸びていってほしいと思っています。ただ一方、なかなかやはり日本って欧米ほどまだスタートアップが急激に育つような風土が生まれてないところもあり、スタートアップだけじゃダメだと思い、やっぱり大企業が変わったのが大きいなと思ったんですね。

それは簡単な話で、けっこうユニコーンと言われているようなメガベンチャーみたいなところの資金調達がどのぐらいかといったならば、100億とかだったり、あとは、そういった例えばAIベンチャーと言われているところでも、社内にエンジニアもしくは研究者と言われるようなレベルの人が何人いるかといったら、2桁の数がいたらもうすごいわけですよ。

でも、例えばちょっとトヨタは本当は知らないんですけれども、例えばトヨタでもおそらくそういったAI系のことをやっている人何人いますかといったら、軽く3桁はいるし、4桁いてもおかしくないと思うんですよね。あと例えば研究開発予算でも1兆円ぐらいはあるわけですよ。

そう考えたときに、こんな人たちがちょっと変わったら日本に与えるインパクトめちゃくちゃ大きいと思ったんですね。なので、大企業にもがんばってほしいし、本当にトヨタさんもそうですけれども、やはり危機感なりもしくは可能性を感じて大きく変わろうとしている方々もいらっしゃると。

なので、本当にそのとおりで、こういったような会社に変わっていってほしいなと思うし、私も同じような思いがあるので、本当にやれることを、個人だし小さい会社だしまだまだ限りがあるんですけれども、そのなかでもいろんな会社を手伝い、本当に変わろうと思っている会社、変わって日本および世界に対していい意味でのインパクトをたくさん出せる可能性のある方のお手伝いをしていきたいと思っているんですね。

岩切:ありがとうございます。時間もだいぶオーバーしてしまったんですけれども、私も滝に打たれるような思いで聞かせていただきました。どうもありがとうございました。及川さん、ありがとうございます。

及川:どうもありがとうございました。

岩切:ありがとうございます。みなさん、ディスプレイ越しでけっこうなので、拍手のほうお願いいたします。