リモートワークにはすごく否定的だった

岩切晃子氏(以下、岩切):ありがとうございました。みなさん、Zoom越しではありますが、拍手をお願いします! 及川さん、この分厚いものをギュギュギュと20分にまとめる力はすごいですね(笑)。ありがとうございました。

それでさっそくなんですけれども質問があったので、及川さんにぜひ答えていただきたいです。「書籍を読ませていただきました。4章で開発組織について書かれていますが、現在のウィズコロナ、あるいはポストコロナの世界において、開発者またはマネージャーに求められるコミュニケーションスキルや必要な考え方について、及川さんの考えを教えてください」という質問が来ています。お願いします。

及川卓也氏(以下、及川):了解です。書籍の中では、ちゃんと全部読まれた方はわかると思うんですけれども、私はリモートワークにすごく否定的なことを書いています。

やはり同じ場所で机を並べ、そこで会話を垣間聞いたりするところから、コンテキストと言われている情報量を一緒にした上で、いろんな発想をしたりだとか。あとは、ちょっと何か思い出したときに、すぐ行って話をして、そこらへんにあるホワイトボードで議論したりっていうところは、どうしてもアナログなところ、同じ場所にいるほうがやりやすいと思っています。

実際、ご存じの方も多いと思うんですけれども、Googleのバイスプレジデントだったマリッサ・メイヤーがトップになったYahoo!とかは、リモートワークを禁止するぐらいのことをやりました。

リモートワークって、本にも書いてあるけど、福利厚生的なリモートワークと恒常的にリモートで働き続けるのは、また別ものなんです。ただ、この状況になって、もうリモートワークしかないんですね。

これは今度別のところにも書くので、それを機会があったら読んでいただきたいんですけれども、オンライン・オフラインという話になったときに、実は私の先ほどの持論のように、「オフラインができればいいんだけれども、ダメだったらオンラインでやりましょうか?」じゃなくて、もうこの本の言い方をするなら「オンラインファースト」なんですよ。

相手に情報を伝えようと努力することが大事

岩切:オンラインファースト?

及川:そう。オフラインで何かやりましょうというのはいまや命がけなわけですね。だから、できるだけもう全部オンラインでやり、なにかあったらオンラインでというふうにしなきゃいけないのが、もしかしたらこれはしばらくじゃなくて、このあとずっと続くかもしれない、ぐらいのことをいったん思っておいたほうがいいと思うんですよ。

そう考えたときに、いろいろ見つかったなと思ったんですよ。実は今までオフラインじゃないとできないと思ってたことがオンラインでできるというのを……僕とかはもうオンラインでけっこうやっているし、みなさんもそうだと思うんですけど、いわゆるレガシーな日本企業って会わないとダメだと思っている人がいるんですよ。

ここまでひどくならなかったときに、「ちょっと行間が伝わらないと思うので、危ないかもしれないですが、これは会ってお話ししたい」って言われたんですけど、おそらくその人と会っても僕はその人の行間を読めない気がするわけですね。

なので、実はオフラインで会えたらならば何かが解決するというのは勘違いであり、確かに先ほどの私の持論のように、オフラインで会ったほうが情報量は多いかもしれないんだけれども、その情報量が多いのを相手に与えていると思っているのは、与える側の勘違いの可能性がありますね。実はその情報量が限られたときに、限られたなかでできるだけ相手に情報を伝えようと努力するほうが大事なのかもしれないなと、今思い始めてます。

それはやっぱり人間って、わかり合おうとするときって、すべての感覚を使うんですね。五感を使うわけです。我々はこのビデオ会議では、視覚と聴覚しか基本的に使えないんですね。そうすると、やっぱり視覚と聴覚で……。

例えば、今僕が「ここ寒いので、嫌な顔してても、実は寒いから、岩切さん気にしないでね」みたいなことを言うのっていうのは、言わなきゃわからないじゃないですか。

でも、一緒にいても言わなきゃわからないことが本当はたくさんあったんだと思うんですね。なので、実はこういった不自由な世界になったほうが、不自由なところで相手とつながろうとする努力を、人はし出すんじゃないかと。

岩切:なるほど、すごい。

「本当に伝わってたのか?」を見直す

及川:(オンラインファーストなコミュニケーションになって)実は今までほかの手段で伝わってたかもしれないなと思うことが、伝わっていなかったかもしれないことに気づくかもしれないと思っているんですね。

なので、今この状況のときに我々はこの不自由なところで活用して、これが続くかもしれないけど、いつかは終わると思うんですよ。そのときに、不自由なところで培ったスキルは、自由になったときに、たぶんかなり活かされるようになると思うんですね。

ですから、とくにマネージャーだとかリーダーの人たち、人を率いるという役割の多くはコミュニケーションに依存すると思うんですよ。だから、そのときのやり方として、今のデジタルで不自由なところを逆に自分のスキル構築と考えてしまい、さっき申し上げたように、今まで伝わってたかもしれないというものを「本当に伝わっていたのか?」を見直す、いい機会になっているんじゃないかなと思っています。

岩切:なるほど、すごくいい話。よくわかります。私も今一生懸命なんとかみんなを、不安の中でいる人たちを鼓舞しながら、一緒に働くことを、もう1回ビジョンを伝えたいとか仕事を伝えたいと思っているんですけど、今だからこそ逆に伝わることがあるなというのは感じます。

自分も今までそこまで言わなかったことも、言わないとわかってもらえないんだなということもわかってきたし、そこはある意味みんなが試されているというか。だからこそ、それでも前に進むみたいなことを試されてる感じがすごくしますよね。

及川:もっと言うと、今のところに付け加えるんだったら、ずっと一緒にいないわけですよ。会社によっては、部下が本当に働いているのかどうかわからないから、ずっとZoom接続しっぱなししてるとか、そういう人たちがいるみたいなんですけど。

岩切:うわー、怖い怖い(笑)。

及川:とすると大事なのは、やっぱりちゃんとビジョンが伝わっているかとかバリューが伝わっているかと。そこまで伝わったら、もう大人なんだし、みんな基本1人で自律的に動けるはずなんですよ。なので、その自律的に動けるまでをしっかり作ろうというのを、やはり今の状況だとより考えなきゃいけなくなる。

岩切:そうですね。あと、また、オフラインだとメチャクチャ活躍できた人が、オンラインでぜんぜん活躍できなくなっちゃう危機感もあると思うので、そこをどうやって支えるかみたいなのも大事ですよね。でも、それはやっぱりビジョンを伝えたり、オンラインファーストでの貢献をみんなで考えたり、本人にも考えてもらってやっていくことが、すごく大事だなと思っています。

及川:そうですね。

管理職はプログラミングのエッセンスの部分を学べたなら十分

岩切:私、及川さんにこの本を読んで質問したかったのは、「管理職にプログラミングを学ばせたほうがいい。とくに経営者に学ばせたほうがいい」ということを書かれていて。それって究極のメッセージだなと思ったんですけど、やられた方って、及川さんにフィードバックあったりしました?

及川:この本を読んでやりましたという人はいないですね……。

岩切:いない?

及川:うん。でも、私が会った人たちは、どちらかというともうプログラミングやっているような人たち。だから本当のビジネスマンでソフトウェアとかに疎かった人には、まだあんまり会えていないんですよ。そういう方の中にはちょっと「見様見真似でやりました」という人はいるのかもしれないなとは思いますね。

岩切:なるほど。「経営者にプログラミングを学んでもらえるとしたら、例えば何がいいんですか?」という質問がありますね。

及川:これはいくつかあるんですけれど、1つの答えは「なんでもいい」というのがあります。普通にオンラインとかでも、1週間毎日3時間ぐらいやって簡単な作品が作れて、みたいなやつがあるじゃないですか。それでもいいと思います。

例えば社会人となって製造業の会社に入ったときに、1週間の工場実習みたいなものがあるじゃないですか。だからといって、そのあとその人が工場で働けるかというとそんなことはない。だけれども、でも本当に大事なものは学んでいる。なので、製造業の方々ってコスト意識がしっかりしていたり、安全安心の考え方がしっかりしていたりするのは、やっぱりその実習で学んだり、そのあとずっとほかの職種で働いていたとしても、それを意識し続けるからだと思うんですね。

なので、例えば1週間で何か作品を作るだけでも、今言ったエッセンスの部分を学べれば、それだけでも非常に十分なのかなと。

ただ、これにはちょっとリスクもあって、1週間で学べることなんてほとんどないわけですよ。逆に言うと。そうすると、それでわかった気になられちゃうのが一番面倒くさいんですね。

岩切:(笑)。

及川:「俺もそういやRailsでこれ書いたよ。こんなのちょっと調べたらできたんだけど、なんでお前できないの?」とかって勘違いしちゃうやつがいると面倒くさいので、そこはすごく大変だと思います。

実際に自分が作りたいものを作る

及川:もう1つは、やっぱり実際に自分が作りたいものを作る。

プログラミングって、自分自身思い出してもそうなんですけど、もう30年近くこの業界にいると、覚えたはずの言語の数は山ほどあるんですね。でも、今実際に使える言語ってせいぜい3個ぐらいしかないわけですよ。これはやっぱり、使い続けていないと忘れちゃうんですね。ですから、その方が日々困っているようなことに役立つものがいいんじゃないかなと思います。

私はやっぱりずっとWebをやってたこともあって、JavaScriptはけっこう手軽でいいんじゃないかなと思っていて。Web技術がいいんじゃないかなと思っています。なぜかというと、Google Apps Scriptという、いわゆるExcelのマクロみたいなことができるので、何か自分で毎回毎回同じ操作してて、面倒くさいなと思ったときに、もしJavaScriptを学んで今言ったGAS(Google Apps Script)を学んだならば、「毎朝起きてここからここにコピーしてこうやってました」みたいなことを自動化できちゃうわけですよ。

なので、やっぱり日々使うようなところの作業に使える言語を学ぶほうが忘れないし、さらに自分の興味が広がっていくんじゃないかなと思います。

プロダクト志向のチームを作ってほしい

岩切:ありがとうございます。あと、また私が及川さんに質問しちゃうんですけど、この本で製造業に対して、及川さんが「まだ日本でソフトウェア・ファーストを入れることで世界で戦えるんじゃないか」っていうことを考えたいと書いていて、とても強い応援歌というか、うれしいビジョンだなというか気づきだなと思ったんですけれど。

今聞いてくださっている方たちはどちらかというとデベロッパーの方たちが多くて、さっき及川さんが言ったような本当の意味で『ソフトウェア・ファースト』を読んで滝に打たれてもらいたい方たちとは、ちょっと層が違うと思うんですけれど、今聞いてくださっている方に、その人たちに届けてもらうというか、自分のエンドユーザーだったり上司だったりに滝に打たれてもらえ、「ソフトウェア・ファーストだよ」って言ってもらうための何かひと言アドバイスをお願いできたらと思います。

及川:さっきちょっと私が言ったところに戻るんですけれども、プロダクト志向のチームを作ってほしいという話をしました。事業収益の最大化とユーザー価値の最大化という、なかなかトレードオフになりがちな難しいテーマを両立させていくことを考えてほしいなと思うんですけれども。

それをもっとわかりやすく言うと、私はよく「プロダクト愛」という言い方をしてて、講演でもそのお話しをするんですけれども、自分が作ったものに誇りをもつようになってほしいと思うんですね。

私も自分が昔コードを書いていたときはあったんですけど、その後、プロダクトマネージャーとかエンジニアリングマネージャーになって、手を動かすことが本当に少なくなっちゃったんですね。それでもやっぱり自分がチームとして関わったものは、いまだにすごく愛着があるんですね。

Chromeを作っているときとかって、当初はあまりシェアがなかったわけですよ。そうすると、使ってくれてる人がいたらすごくうれしくなったり、展示会とか行って、いろんなデモをしていても、みんなInternet Explorerばっかりだったのに、ふと気づくとChromeがだんだん増えてきたりすると、その製品とかサービスに興味がなくても、そこのブースでずーっと見ちゃっているっていうふうに、そういう愛着があったりしたんですね。こういうのをみんなもつべきじゃないかなと。

「あなたの人生、会社と心中するは必要ない」

けっこういろんなエンジニアと関わってくると、自分が作っているものが、例えば何かの家電の中だったり、家電の組込製品を作っているような人もいるわけですよ。でも、その冷蔵庫だったりテレビだとかを「自分は絶対使いません」って言い切る人もいるんですね。これは仕事だから作っているんだけれど、「いや、これ僕はここが気に入らないんだけど」とかがあると。

それは確かに大企業の論理で、すごく大きい製品の中の一部しか作っていなかったり、そもそもそんな製品の全体の方向性とかに口を出せなかったり、さらに言うと、さっき言ったように多重下請け構造なわけですから、IT業界も、もう自分の意図と関係なく仕事だけ降ってきているところに、1個上、2個上のレイヤーに、意見なんか言えないというのはあると思うんですよ。

だけれども、そうじゃなくしたいという思いを、自分の担当しているところでもいいので、そこがどう使われ、それが世の中の人たちにどう役立つかを考えるようにしてほしいなと思うんですね。それをやるときに、絶対1人じゃ無理なので、人を巻き込んでいくことになると思うんですよ。上司を巻き込むことになると思うんですね。ですから、そういうふうに変えていければいいなと思うと。

ただ、今のことをやろうとしても、とてつもない徒労感を覚えることが多いと思います。上司からも、もう30年それをやってきたというようなことを言われて、やりっぱなしで思考停止になっちゃってますとか、仕事の継続性だけが大事だというような人もいたりすると思うんですね。そういうときに、僕はもうずっと言っているのは、「あなたの人生、会社と心中する必要ないから辞めちまえ」とずっと言っている。

岩切:(笑)。

上司がダメだったら上司の上司に話す

及川:そういった本当に志高く優秀な人はその死にゆくような会社で運命を終える必要ないので、ほかの会社でキャリアを積んだほうがいいと思います。これを手伝っているいろんなクライアントの前でも、普通に僕は言っちゃうんですけれども、このあとがちゃんとストーリーがあって。「辞める気になって、もう一度組織を変えられないかやってみましょう」って話をするんですよ。これはやる価値すごくあるんですね。というのは……。

岩切:究極ですね。

及川:でも、本当にそうで。

岩切:うん、わかります。

及川:上司に言っても通じないと思って、言ってないこと多いんですよ。

岩切:うんうん。

及川:僕ある会社で若手のエンジニアから相談を受けて、「それ大変だね」って「じゃあ上司の人と3人で話そう」って3人で話してみたら、その上司の人は「あっ、そんなふうに思ってたんだ。いや、例えばあの発言はそんな意味じゃなかったんだよ」とかって言って、話が通じてなかっただけだったんですね。

なので、上司とか組織が変わらないというのも残念ながら事実かもしれないんだけど、実は変わる余地は十分あり、そういったところのいろんな「変えたい」だとか「変わらなきゃダメだ」ということが、聞こえてなかったりするだけかもしれないんですよね。

今とくに日本って、やっぱりDXという言葉に代表されるみたいに「ちゃんとITを使おう、ソフトウェアを使おう」と思っている人たちもいるわけですよ。だから、現場レベルからいろんなインプットを待っていたり、それをもとにいろんな試みをしてみようと思っている人たちも少なくはないはずだと思うんですね。

ですから、本当に辞めるぐらいの覚悟で上司だとか……。あと、上司に話が通じなかったら、日本ってあんまりやらないんですけど、上司の上司に話せばいいんですよ。上司の上司がダメだったら上司の上司の上司に話せばいいんですね。