このタイミングでいらないものを一度捨てる

中村伊知哉氏(以下、中村):関係ないけど、名刺作ったんですよ。

西村真里子氏(以下、西村):光学迷彩みたいになって消えちゃう。あ、それぐらい。

中村:iUの学長になったので何千枚も擦ったんですけど、ずっと家にいるから1枚も渡す相手がいないんですよ。

(一同笑)

中村:考えたら、実は名刺がいらないことに今回気が付いて、たぶんそういういらないものが今いっぱいあふれてる。職場っていらなかったよねとか。

西村:本当ですよね。

中村:なんかいろいろばれてるので。あの上司は実はいらなかったなぁとか。Webの会議をやったらそんなのすぐわかるじゃないですか。とくにいらないものは1回ここで捨てておく。それで空気変えるのをやりたいなと。

西村:いいですね。ちょまどさんはどうしてるんですか? いろいろネガを言われたり、「それって……」みたいな、けっこう言われたりすることもあるんじゃないかと思うんですけど、どういうかたちでそれに対してパッと切り替えしてるのかなって。そこのノウハウとかTipsも聞きたいなと思うんだけど。

千代田まどか(以下、ちょまど)氏:あまりよくないと思うんですけど、言われてもあまり気にしないので。

西村:(笑)。

ちょまど:もちろんフィードバックは重要で、それで自分が直す必要があると思ったものはやります。でもそういうの以外のものは、例えばどういうのがあるかな、なんだったかな、もう覚えてないんですけど(笑)。なんて言われたんだっけな。ちょっと忘れちゃいました。

西村:でもいいや(笑)。それぐらいってことですよね(笑)。

ちょまど:そうですね。いろんな人がそれぞれ何を思おうがその人の自由なんですけど、その人の哲学とかその人の正義感みたいなものを「お前もそうしろ」「こうするのが当然だ」と押し付けてくるのはあまり気にしなくてもいい場合が多いかもしれないというのはみなさんに言いたい(笑)。

何か始めるきっかけは絶対に煩悩がいい

西村:すてき。さっき課題みたいなところを聞きましたけど、課題だけじゃなくて、「でもこれからどんどんおもしろくなってくるぞ」みたいな話をしたいんだけど。

この話を事前にしたときに、今のちょまどさんの話につながる「気にしない」とか、そのオタクの持っている力が実はいろんなものを突き抜けていくんじゃないかという話がすごく好きでこのテーマにしたんだけど、ちょっとそこのところをちょまどさんに引き続き伺っていい?

ちょまど:オタクの力ですか?

西村:そうそう。

ちょまど:オタクの力。“オタ駆動開発”でなんでもできる……。あ、それで思い出した! ちょっと1個戻るんですけど、「言いがかりみたいなのを言われても気にしない」というので思い出したのが、「オタク発言をしないほうがいいよ」と、真剣にいろんな人からアドバイスをされるんですよね。「あなたは一応社名を明かしているんだからBLの話とかをするのはちょっと……」って。

それはすごくわかるんですよ。すごくわかるし、親切に言ってくれているからわかるんです。でも私からオタクを取ったら何も残らないので(笑)。

中村:おぉ! かっこいい!

ちょまど:本当にそれはアイデンティティが死んでしまうので(笑)。すごく自分のためを思って親切に言っていただけてるのはすごくわかるんですけど、その通りにするかどうかは自分で決めるというか。すごく感謝はしているので、そんなことを思い出します。

オタクのパワーなんですけど、人は誰でも何かやるときのきっかけは絶対に煩悩がいいと思っていて。

西村:かっこいい!(笑)。

ちょまど:煩悩というか、自分がやりたいと思う心や気持ちがあって、例えば私がプログラミングを覚えたきっかけが「自分のサイトを作りたい」「世界中の腐女子と交流したい」というのから自分のサイトを(作った)。

当時は10年ぐらい前なんですけど、pixivとかが今ほど盛り上がっていないのと、世の中の腐女子が……今はけっこうBL作品が普通にネットに流されているけど、当時はそんなものを隠した時代なんですよ。腐女子は日の目を見ないほうがいいのではないかとか。例えばネットで「(人気男性キャラA)(人気男性キャラB)」とググった人にBLの絵が出てきたらやばいじゃないですか。

だからいかにGoogleの検索エンジンから逃れるかというので、当時私は逆にSEOとGoogleの検索アルゴリズムをめちゃくちゃ勉強して、逆SEOをやってた時代なんですよ。逆SEO。

(一同笑)

ちょまど:あまり健全ではない絵をみなさまに見せてしまうのは大変よろしくないので、という。あとは私が英語を勉強したきっかけも『ハリー・ポッター』の原書を読みたいからだったし、フランス語3級取ったのも当時ハマって読んでたBL小説の推しがフランス人で、そのフランス人が何を言っているのかを理解するためだけにフランス語の3級を取ったので。

西村:すごい(笑)。

ちょまど:あとはさっきの二次創作もそうだけど、例えば私はSAOのユージオが死んでない世界に行きたいので、私の脳内では彼は生きててキリト君とすごく仲良く新婚生活を送っているんですよ。

西村:素晴らしい(笑)。

(一同笑)

ちょまど:世の中にはそういう人がいっぱいいるから、みんなで1つの世界を作るのってすごいことだと思うので、そういうパワーはすごいなって。なんか恥ずかしい(笑)。何言ってるんだろう(笑)。

「オタク」が持つパワー

西村:でもすごいよね(笑)。ちょまどさんから見ると、オタクの人たちってそれこそ何か情熱を持って本当にどんどん掘り下げていくパワーを持ってらっしゃるということなんだよね。

ちょまど:その通りで、オタクの人は……あ、私は知らないですけど、昔は「オタク」って蔑称だったんですよね?

西村:そうなの。ジェネレーションかもしれないんだけど、オタクって言っちゃうと「ごめん」とか思ったりしちゃう自分がいるのは、たぶんちょっと(世代が)違うんだよね。

ちょまど:そうなんですね。実際に私はアメリカとかに何人かオタ友がいるんですけど、彼ら曰く日本語の「オタク」ってなんかネガティブなイメージらしいけど、英語で「Otaku」と言うとめっちゃかっこいいというか、コスプレして「イエーイ!」みたいなアクティブな感じなんですよね。たぶん日本語のオタクって言うと「nerd」とかかな。「Otaku」とは違うんですよね。私の中でもそれなんですよね。

西村:なるほどね。

ちょまど:何かすごく好きなものがあって、それを掘り進んでいく人に、私は尊敬の意を持ってオタクと言っているし、自分がオタクであることにけっこう誇りを持っているタイプなんですよ。

西村:かっこいい! そうなんですね。すごいすてきです。

中村:中国はオタクというのがハイエンドの連中から入って来たんだって。つまり英語とか日本語が読めるインテリの大学生から広まった文化だから、オタクは最初からポジティブな印象だったんですよ。

西村:なるほど! 先ほどの北京大学の方とかがどんどん流行らせたとおっしゃっていたけど、そういうことなんですね。

中村:そういうことらしいんですよ。だから国によってオタクがどう育ってきたかがだいぶ違うんですね。

例えばトランプと習近平がケンカしますと。それをどうにかするとなるとどんなマッチョな人が出てきてもたぶん無理で、やっぱりつなぐのはオタクしかないってオタク研究の人たちが言っているんですよ。

ちょまど:すてき!

中村:一人ひとりが弱くても、ゆるくてグズッとしたオタクが実は全体をつなぐ柔らかい力を持っているって、この間イタリア人とかが言っていて、「なるほど、そういうことかもしれないね」と思った。

西村:なんかちょっとすてき。これからの分散化とか、そういう世の中的な文脈と同じく。

中村:そういうこと。

西村:考えちゃった。

中村:P2P型の。

西村:これからというところで言うと、本格稼働はこれからかもしれないですけど、伊知哉さんが今立ち上げている世界オタク研究所ってどういうものなのか。オタク研究所というものを目指しながら、ちょまどさんや今日見てくださっている方々で「漫画×テクノロジー」で新しい良い世界ができたらなって思うんですけど。

中村:さっきおっしゃったような、(オタクは)国によって見方がバラバラなんだけど実はどんな良い力を持っているのかとか、どうやったらそれを生かしていけるのかということをみんなでつながってやりましょうよという。今のところそこぐらいなんですけど、僕はもっと世界中の人たちがそのクリエイティブな世界に参加できるような仕組みができたらなと思いますね。

実はこんな偉そうなことを言ってて僕は何もできてなくて、前に里中満智子さんに叱られたことがあるんです。

里中満智子さんに「漫画家は実は1人で全部完結するものじゃないです」と。「絵を作る人もいればキャラクターを作る人もいて、ストーリーを作る人もいます、アイデアを出す人もいます。だからみんな漫画を作れるのよ。あんたも漫画を作りなさい」と何年か前に言われて「はい!」って言ったんですけど、まだできてないんですよ。

だから大きな宿題を持っていて、何か作らなきゃなとは思っているんですよ。そういうときに、初音ミクと同じでみんなで参加してできるように持っていけるといいなと思っています。

推しへの愛を形作れる企画を

西村:いいですね。ちょまどさんは、世界オタク研究所で世界とつながるというのと、今の里中満智子先生の話みたいにみんなで作るみたいなときに、どういうアプローチでやっていこうと思います?

ちょまど:そうですね……なんだろう。みんなで何かを作るんですよね。

西村:そうだね。漫画とか何かしらクリエイティブなものがいいかなと思うんですけど、分散型でいろんな国から参加できて、しかもオタクの力を使うというときに、ちょまどさんならどういうものが作り上げられそうかなと。

ちょまど:安直ですけど、もし各国とかだったら擬人化が一番……『ヘタリア』をご存知ですか? 国の擬人化漫画で、そのせいで私はやたら地理と少し世界史を勉強するようになったんですけど。

(一同笑)

ちょまど:その『ヘタリア』みたいのをやるのが一番……。

西村:これ?

ちょまど:そうです! 当然愛国心があるので、自分の国のキャラを超かわいくしたい、超かっこよくしたいとなるんですね。さっきのPythonちゃんもそうですけど、「ここをこうだ!」みたいに自分の国のアトリビュートとかをいっぱい入れたいわけであって。『ヘタリア』の中には日本という国のキャラもいて、やたらと空気を読んだりとか。

西村:おもしろい(笑)。

ちょまど:あとは日本は「善処します」でNOというのがあるけど、その辺はアメリカさんとかはよくわからなくて「よく考えてくれてるんだ」みたいな、あとは私はイギリスが好きでイギリスのご飯が大好きなんですけど、イギリス君はご飯がまずいとかそういう……。私はイギリスのご飯好きですよ!

そういうのとか、フランスおにいさんはナンパしまくってたりとか、あとイタリア君は砂漠で遭難したんですけど、そのときに持っている水筒の水でパスタを茹でたという(笑)。各キャラの個性がおもしろくて。もう『ヘタリア』があるからこの案はできないんですけど。

こんなような、自分が何かプロジェクトをやるときは、初音ミクもそうですけど自分の推しがいて……オタクは推しがあってなんぼなんですけど、推しへの愛なんですよ。だから推しがあって、その推しへの愛を何か形作れるような企画がいいなって思いますね。

国会を「バ美肉」で?

西村:すてき。今のすごくいいですね。今の『ヘタリア』とちょまどさんの話で、中国とアメリカとか、なんかマッチョな戦いじゃなくて、今の問題を擬人化してみるみたいな。

国だけじゃなくて問題点も擬人化してみて戦わせるときに、Twitterで言い合うじゃなくて、キャラを作って戦わせようよみたいなことをすると、ちょっと直接的な攻撃じゃなくなるというか、一歩引いて考えることができるからめちゃくちゃいい。しかもなんか良い言葉のコメントがありましたよ! 「擬人化外交」という言葉をいただいちゃった。

中村:いいですね。

西村:いいですね。

ちょまど:すごい思うのが、みんな「バ美肉」すればいいのにって思いますね。

西村:何?

ちょまど:バ美肉です。バ美肉はバーチャル美少女受肉です。そっか、えっとバ美肉は……。ちょっと画面をいただいてもいいですか?

西村:もちろん! 伊知哉さん、なんか今日は伊知哉先生じゃなくてちょまど先生だった!

ちょまど:違うんですけど(笑)。

西村:こんなの知らない!(笑)。

ちょまど:バ美肉は「バーチャル美少女受肉」のことです。この「受肉」というのは、キリスト教用語のほう (神が人の形をとって現れること) じゃなくて、「肉体」という「美少女の3Dアバター」を纏うことです。要するに3Dアバターに自分の魂を入れることを「受肉」って言います。「見た目美少女、中身は俺」みたいな……。

西村:すばらしい!

ちょまど:バ美肉おじさんはたくさんいて……(「バ美肉」の検索結果を見ながら)「バ美肉オーディション おっさんの推しメンはおっさん!」(笑)。

(一同笑)

ちょまど:声についても、ボイスチェンジャー使って女性声で喋る演者さんもいますし、一部のVTuberは普通のおじさん声のまま美少女をやっていたりするんですけど、けっこうカオスでおもしろい。のじゃロリおじさん(バーチャルのじゃロリ狐娘YouTuberおじさん)とかそうですよ。

西村:これ超いいね! だからTwitterでギャンギャン言ってるのも、何て言えばいいの? バ美肉化でいいの?

ちょまど:バ美肉です。バーチャル美少女受肉なので。

西村:バ美肉を使って(笑)。

ちょまど:バ美肉はあれですよ。NHKで取り上げられてましたよ。

西村:嘘!? ごめん、教養がなかった。申し訳ない。

ちょまど:違うんです違うんです(笑)。だからだんだん一般的になってきているんじゃないかなと思ってて。

中村:国会とかがこれでやればいいんだよね。

ちょまど:これこれ! 「首脳陣が美少女キャラになればもっと仲良くできるかも」。「これな!」って思った。

中村:それな!

西村:これな! これだ! ちょっと伊知哉さん、世界オタク研究所の中の1つのテーマとして、いろんな国際放送が起きるときにバ美肉もオタクの次に輸出できるぐらいに持っていけるといいよね(笑)。

ちょまど:そうですね。

西村:ね! すごい!

これからは「漫画とAI」

中村:あと西村さん、次はAIですよね。漫画とAIはどうするんだろうと思っていて、ITやデジタルは追いつきますよ。だけど今は一斉に世界中が引きこもってデジタルになっちゃったから、また次じゃないですか。

次のAIに遅れたら日本は死んじゃうので、漫画とAI、漫画とデータは今本当に真剣に取り組んでいかないといけない。そこはようやく、手塚治虫さんの漫画をAIで解釈して『ぱいどん』を作りましたというのがあるけど、まだまだ「やってみた」の状況だから、AIでキャラクターをどう作るのか、どうストーリーを作るのかとか、AIに漫画を作らせるのをかなりの研究機関を巻き込んでやらないといけないと思いますね。よその国とかが気が付いてない間にやらないといけないかなと思っていて。

西村:iUの大学の研究みたいなものや世界オタク研究所でも、例えば私とちょまどさんが「バ美肉とかAIで漫画を」みたいなかたちで持ち込みでプロジェクトもできたりする感じなんですか?

中村:もちろん! それはやりたい。もう理化学研究所のAIチームの人とかも引き込んで。

ちょまど:おもしろそう!

中村:「理研のAIのチームに漫才を作らせましょう」と、吉本興業と一緒に言ったことがあって、「M-1グランプリでAIがチャンピオンに出るぐらいのことをやりませんか?」と言って。

ちょまど:すごい! かっこいい!

中村:その吉本中の全部のDVDをAIに食わせて学習させるみたいなことをやり始めたりしてるんですよ。それこそ漫画でやったら、漫画のほうがストックというか蓄積がある。

西村:本当!

中村:何かできるだろうなと思うんですけど。これは他の国じゃできないからね。

西村:そうですよね。やっぱり日本にどんどん追いついてきたという話があったとしても、まだまだクリエーションのソースとかデータベースとしては日本が非常に多いのであれば、これをどんどんAI化して次の創作につなげていくみたいにね。それももしかしたらバ美肉にもつながるかもしれないし(笑)。

(一同笑)

西村:世界オタク研究所でこの話の続きもできればと思うんですけど、一旦ここで休憩を入れさせていただければと思っております。

ちょまど先生、伊知哉さん、第1部ありがとうございました。