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まつもとゆきひろ氏講演(全3記事)

まつもとゆきひろ氏がエンジニアたちに贈る、“不確かな未来”の歩き方

2019年12月19日、「シューマイカンファレンス」が開催されました。株式会社シューマツワーカーが主催する、“世界をテックリードする日本人エンジニアを多く輩出する”をビジョンに、 日本のエンジニアのレベルの底上げを目指す勉強会コミュニティ「シューマイ」。今回は、急成長中のITベンチャー3社のCTOが会場からの質問に答える「CTOセッション」と、Rubyの父、まつもとゆきひろ氏の講演という2部構成で開催されました。第2部のまつもとゆきひろ氏の講演では、「へびのように賢く、鳩のように素直であれ」をキーワードに、エンジニアのキャリアアップについて語りました。

どの技術を選ぶべきか?

まつもとゆきひろ氏:次に「素直さ」のほうですね。先ほども言いましたが未来のことも、将来何が流行るかもわからないわけです。

最近人気のプログラミング言語のこととか「これからはTypeScriptかぁ」とか、いろいろ話題の言語について言うわけですけど、実際にその言語が5年先10年先に流行っているかどうかは、なくならないような気はしますけど、ずっとその言語さえ勉強していれば将来安泰と言えるかどうかはわからないわけですよね。

そうするとどのテクノロジーを選ぶかは運みたいなところがあります。「当たるも八卦、当たらぬも八卦」と言う人もいますが、そうすると未来予測も当たらないので「自分はこれが流行ると思うからこれをやる」みたいな思考パターンはあまり望ましくないということなんですよね。

「今後期待できる技術は?」とか「次に来る言語は?」とか「きっとRustが来るよ」とか「TypeScriptが流行るよ」と言うのは簡単なんですけど、でもきっと当たらないんですよね。たぶん2年ぐらい先には新しい言語が出てきて、そっちのほうが流行るということが起きるわけです。

でも何かの技術を選ぶみたいなことが必要になってきます。私の次のプロジェクトは何でやりましょうか、というときにどの言語を選んだとしても、それも正解はないんですね。いろんな要素があります。例えば実績があるかとか、硬い言語であるかとか、ライブラリが揃っているかとか、相談できる人がいるかとか。

それから、過去のトレンドとか、勉強するための情報があるか、自分が知っているかどうかとか、いろんな要素があるんですが、そういったことをそれぞれ見ながら総合的に判断するしかないんですね。そのときに組み込んでいただきたいのが、本能、あるいは勘と言われているようなものです。その部分を軽視しないでほしいなと思います。

心に響く選択を

子どものような素直さというといろいろありますが、自分の内から発生するもの。野球が好きな子どもが「プロ野球選手になりたい!」とか、よく言うじゃないですか。私の子どもが小学生だった頃に参観日に行ったら、男の子の半分ぐらいが「サッカーか野球の選手になりたい」とか言い出すんですね。中には「サッカーの選手と宇宙飛行士になりたい」という欲張りな子もいました。

大人がそれを見て「きっとなれないよ」と思うかもしれませんが、それを言っちゃいけないんですよね。現実は厳しいので「野球選手になりたい!」と思った子から野球選手になる子は確かにほんの一握りですが、私にはそれはわからないし、それを決めてはいけないんですよね。

どちらかと言うと、将来の職業にするときに何かを選ばないといけないとしたら、好きかどうか。自分の心に琴線に触れるかどうかで選んでいただきたいなと思います。心に響く選択をしていただきたい。そうすれば、そこから外れても「でも学ぶことがあった」ということになって後悔しないんじゃないかなと思うんです。

私の友人にあんどうやすしさんという人がいるんですけど、彼はGoogleが「Wave」という技術を出したときに「これは絶対に来る!」と思って本を書いたんですけど、本を書いて出版された次の日ぐらいにGoogleが「Waveのサービスを止めます」という発表がありました。

(会場笑)

GOOGLE WAVE入門

今度はGoogleがJavaScriptによく似たDartという言語を出したので「次こそこの技術は来る!」と思っていたらTypeScriptが出てきて、そっちのほうが早くて「は?」と。だから「僕の選んだ技術はいつも外れる」なんて言っていましたが、でもFlutterという技術でDartも盛り返してきてたので、何が起こるかはわからないですよね。

自分が好きだと思った技術に追及して、それについて学んだことは、自分が選んだんだから後悔しない。でも誰かが、あるいはまつもとが「この言語は来るよ!」と言って「まつもとが言ったからそうしよう!」って、自分で決めたわけじゃないですよね。それで「外れたんだけどどうしてくれる?」と、私のほうに来られるのが怖いです。

「責任取れ!」とか言われても取れないんですよね。「今日の話でまつもとがこう言ったからこうしました」とか言われても困るので、全部話半分で聞いてくださいね。

(会場笑)

流行らないように見える技術でも、第一人者には居場所があったりするので、そういうことを考えると自分で決めて自分で進めることが重要じゃないかなと思います。

“自分”を棚卸しする

本能や勘に頼るには自己認識が必要です。自分がどんな人物であるかどうかを認識することが必要なんですね。私は学生の頃マクドナルドでバイトしてハンバーガー作っていたんですけど……今でもフィレオフィッシュぐらいなら作れるんじゃないかな。ちなみに一番簡単なのはエッグマックマフィンですね。

(会場笑)

マクドナルドでは毎日インベントリーというものをするんです。在庫がどのくらいあるかを必ずカウントするんです。凍ったハンバーグが何箱とか、冷凍のポテトが何袋とかをカウントするんです。お店にはどれくらいあって、毎日どのくらい出ていくから「来週の発注はどれくらいしようか」とマネージャーが毎日考えるんです。

自分に対してもインベントリーは必要なんじゃないかな、棚卸は必要なんじゃないかなと思います。自分がどんなことに興味があるのか。それから自分にはどんな傾向があるのか。自分を知っていると自分が向いていること、自分の好きなことがわかって、「好きだから」というところでモチベーションを高めることができるんじゃないかなと思います。

そしてそれは何よりも強い武器なんじゃないかなと思うんですよ。自分の好きを認識している、自分がどういうところが得意なのかを知っていること。ときどき好きと得意が一致しない人もいるんですけど、それを認識しているかどうかが重要なんですね。

スティーブ・ジョブズのスタンフォード大学での卒業式スピーチの中で「コネクティング・ドッツ」という話があります。例えば、彼の場合は字を美しく書くレタリングという技術を大学の頃に興味がありました。

個人をエンパワーメントするテクノロジーであるパーソナルコンピュータを作っていたとき、レタリングやカービングみたいな美しさについて興味があったので、ただ単にドットの文字が出ればいいというわけではなく、美しい文字を作らないといけないと考えていました。そこで、例えばアウトラインフォントを作ったり、当時できたばかりの会社だったにもかかわらずAdobeを契約してレーザープリンタを一緒に出荷して「Macみたいな小さいパソコンにレーザープリンタを付けるってまじか!」とか思ったんですけど、そういうこだわりがあったんですね。

そうやって自分が興味のあるドットをつないでいくことによって、Appleというプロダクトを作り出しました。彼は点と点をつないだんです。1点だと点なんですが、2点だと線になって3点以上あると面になります。つまり自分の持っている点、好きという点とあっちのこれに興味があるという点と、あっちに興味があるという点をつなげていくことによって、自分ならではの図形やプロダクトを作ることができるのではないかと思います。

私の場合は先ほども言いましたが、プログラミングに興味があったので、BASICを始めました。それから人工言語に興味がありました。それから人間の心理にも興味がありました。そんな興味を組み合わせることによって作ったポジションが、プログラミング言語デザイナーです。

そうやって、自分の方向性を決めていくことができる。自分の好きや自分の興味に素直に従うことによって、内なる衝動を定義できると思います。

周囲の期待には応えない

話は「賢い」に戻りますが、期待に応えないことが重要です。他人の期待というのは勝手な期待ですよね。「あなたはこういうふうにすべきだ」とか「こうなるべきだ」とか。でも、他から来る動機は弱いんですよ。「誰かに迷惑が掛かるから」とか「誰かがそうしろと言ったから」といった動機付けは、モチベーションとしては弱いんです。

だけど「私がこうしたいから」「私はこれが好きだから」というものは、「自分のわがままを持つと他に迷惑が掛かるからいいや」となりがちですが、それを突き詰めて「やるんだ!」と振り切ってしまうと、内から来る動機は非常に強いんですね。

キャリアの話はまったくしてないでしょ? 本当に。

(会場笑)

みなさんも「これから先はどうするんだ」と考えるときが来ると思うんですが、例えば今はエンジニアとしてソフトウェア開発の仕事をしているけど、またぜんぜん違う方向に行くこともあり得るわけですよね。逆もあるかもしれません。

そう考えたとき、賢く・素直に振る舞うことが大事かなと思います。そのときには他人を動機にしない、それから他人を制約にしない。自分で決めるということをぜひ考えていただきたいなと思います。

私自身も会社の言うことを「はいはい」と聞きながらこっそりプログラミング言語を作っていたらこんなのことになったわけですし、会社の偉い人の言うことは話半分に聞いて、上司もわかってくれないのでそれはそれで置いておいて、自分の好きなことをやっていればいいんですね(笑)。

(会場笑)

だいぶ大人になったので、これを断言してしまうのは躊躇があったんですけど(笑)。他人の期待はキッカケでも、やるかやらないかは自分が決めるということです。他人が決めた制約は弱みになりますが、自分で決めた制約は強みになるんですね。「私はこのことはしない」と思ったらそれは制約であると同時に強みになります。

自分の内なる声に耳を傾ける

新約聖書の「蛇のように賢く、鳩のように素直であれ」は、私たちが生活でいろんな決断をするときに重要なキーワードになるので、覚えて帰ってください。

そのときに大事なのは、「コントロール意識」です。「コントロール意識」、このキーワードを持って帰ってくださいね。できることとできないことを区別して自分の制御下に置く、できることに集中する。

「素直さ」については、心に響く選択をしてください。モチベーションを外部化するのとは違います。モチベーションの外部化というのは子供を怒るときに「そんなことをしていると、あのおじさんに怒られるよ!」というやつですね。ですが、これは長期的にはうまくいきません。

むしろ、自分の心に飛び込んでいって自分の心をインベントリーすることで、自分は何が好きで何に興味があって、どういう傾向があって何が得意かというのががわかってくるんですね。それがわかっていると、それを生かすためには何をしたらいいかが考えられるようになります。

何が好きで何ができるか、それから何が嫌いなのか。そうして出てきた自分の好きや得意な分野をつないでいくことによって、自分自身の行くべき道を定義できるのではないかと思います。

誰かの期待には応えない。他の人の期待に答えない。モチベーションの外部化はうまくいかない。内なる衝動を見つけて、内なる衝動を育てることも必要です。

それがコネクティング・ドッツだし、道を作ることだと思うんですね。だから、自分の中から出てくるものに対して耳を傾けることがキャリア・アップの一番大事なことです。

ぜんぜんエンジニアに関係なかったですね。

(会場笑)

賢く・素直であるということ

僕の前に道はない。僕の後ろに道はできる。誰かの道を追うのではなく自分の道を選んでいただきたいなと思います。誰かの真似をしてもうまくいきません。

「昔はよかった」と話がありますが、大企業に入っていれば安心という時代もあったわけです。でも、そういう時代はもう終わったんですよね。むしろ大企業には制約があってやりづらいので大きな企業からは逃げ回って生きています。それよりも私は、自分の自由を最大化するためにフリーダムな環境に自分の身を置きたいと思っています。

「よらば大樹」時代は終わりました。むしろ今は「鶏口牛後」ですね。他の人とむしろ別のことをやって目立つんです。「エンジニアといえば東京」みたいなことは、二十数年前から言われていましたが、島根に引っ越しして島根にずっといたおかげで、島根に住んでいるソフトウェア開発者としてはダントツに目立っています。

そうすると市長さんがやってきて「名誉市民に」と言ってくれるわけですね。もしみなさんもすごい田舎に引っ越ししたら、どこかの名誉市民になれるかもしれません。そういう感じのことをぜひ選んでいただきたいと思います。外部制約を最小にして、内部自由を最大にしてということですね。

さて、だいたいそんな感じです。繰り返しになりますが、みなさんがキャリアを選ぶときに未来のことを知りたいという気持ちは本当によくわかります。私も知りたいと思いますが、わからないんですよね。ですので、自分でコントロールできないものは置いておいて、失敗するかもしれないし成功するかもしれないけど「自分はこれがやりたいからやるんだ」というやり方をしていただければいいなと思います。

それこそが賢く・素直であるということだと思います。今日はどうもありがとうございました。

(会場拍手)

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