Web誕生から30年の変化

田中洋一郎氏(以下、田中):みなさんこんにちは。

会場:こんにちは。

田中:お疲れですか?(笑)。今日は「世界中の開発者と共にモノづくりをするために必要な6つのこと」。ちょっと多いですよね。今日はこれについて紹介をしていきたいと思います。

簡単に自己紹介をします。田中洋一郎と申します。ふだんはディー・エヌ・エーでソフトウェアエンジニア及びエンジニアリングに関するマネジメントや、どうやってエンジニアを採用するかといったことに携わっています。

もう一つの顔がありまして、Google Developers Expertというプログラムで認定をされています。そこでGoogleアシスタントとWebテクノロジーを担当しています。それについてはあとで簡単に触れたいと思います。

昨日からいらしてる方ってどれくらいいらっしゃいます?

(会場挙手)

あー、ほとんどですね。お疲れ様です。けっこう「世界は……」とか「日本のIT」みたいな、大きな話が続いたと思うんですが、今日の僕のセッションでは、あくまで僕個人がどういったことをやってきたかとか、あまり大きくない話ですかね。みなさんが個人で今日から始められること、その結果「世界を相手にいろんなことができるんだよ」というようなことを紹介していきたいと思います。

今みなさんがインターネットと聞いて想像することはWebの世界だと思うんですが、それが誕生してから今年で30年になります。これはけっこう意外だと思うんですよね。つい最近出てきたのかなと思っている方よりは、気付いたらもうWebがある若い方のほうが多いかもしれませんが、実は30周年です。

30年前の平成元年にWebの最初の論文のようなものが生まれました。これが一番最初のWebページです。

開発者の方は、ターミナルを緑の文字にしている方もいらっしゃるかと思うんですが、これがWebページです。本当にテキストとちょっとしたデザイン、そしてキー0とか1とかを押すとハイパーリンクに対応していて、別のページに飛ぶ。こういったものでした。これが最初のWebです。

ですが、みなさんは今、Webと聞いてぜんぜん違うものを想像するはずです。今ではインターネットでいろんな人とコラボレーションをして何かを作るということが当たり前の時代になりました。

じゃあ「昭和ってどうだったの?」となると、本当にこれです。

コンピュータなんてない。鉛筆削りとか黒電話とかありますね。本当にこれが会社の当たり前の状況だったんですが、今は違います。みなさんノートパソコンだったりタブレットだったり、いろんな物を駆使して、いろんな人とリアルタイムにコミュニケーションをしながら仕事をしています。

とくに、そんな会社にいなくても……例えば、これは僕の仕事部屋というか、僕がふだん家でパソコンをやっているときのデスクの写真を撮って来たんですけど、こういったところから世界中の人とリアルタイムでいろんなモノを作れる時代になっています。

これって昔から比べたら本当にすごいことです。みなさんは当たり前のように感じているかもしれませんが、(昭和のスライドを指して)前はこうだったんです(笑)。

海外向けにさまざまなアプリを作った結果

ただ、環境はあれど、じゃあ「グローバルでいろんな人とモノづくりをする自分になれるか」と言うと、実はちょっとした努力が必要です。ただ、それを乗り越えたあとはグローバルでモノづくりをするというのは、とても楽しい。僕も毎日楽しみながら世界中の人とモノづくりをしています。

ちょっと僕の経験を話してみたいと思います。Chromebookをふだん使っている方?

(会場挙手)

おぉ、手が挙がる。意外です。ただ、3人ですね。

日本はChromebookはぜんぜん売っていませんし、やっと教育の現場で少し使われてきたかなという状況なんですけど、アメリカやヨーロッパではけっこう学校にChromebookが導入されていて、生徒がそれを使ってITに関するいろいろな授業をやっているというのが普通になっています。

Chromebookが出た当初は、本当にChromeしか動かないノートPCなので、Googleが出していることもあり、Google Driveしか使えませんでした。ローカルストレージで8ギガバイトとか16ギガバイトとか、とても少ないのでGoogle Driveを使わざるを得なかった。でも今は多様化しているので、みんないろんなネットワークのサービスにファイルが点在しています。

「これはいかん」ということで、例えばDropboxをChromebookにマウントして、シームレスにDropboxのファイルをChromebookで扱えるようにするというアプリを作りましてリリースをしました。別にこれは誰かに頼まれたわけではなく、Dropboxを直接使えればいいのにと思ってカッとなって作ったものです。

これが幸い、とくに宣伝とかはしていないんですけど、ストアに上げて14万ユーザー。

多いときには……先月ぐらいは20万ユーザーを超えていて、今はちょっと減っちゃいましたが、これだけの方々に使えてもらえているという成果があります。この中に日本人はほぼいません。海外の方ばかりです。

Dropboxだけじゃなくて、WindowsのファイルサーバとかMicrosoftのOneDrive、SFTP、WebDAVといったものを直接使えるように作っていきました。僕が作ったものでほぼシェア100パーセントですね。

とくにWindowsのファイルサーバはプロトコルがSMB、Sambaと言うんですけど、仕様がほとんど公開されていなくて、パケットキャプチャを自分でやりながらどんな通信が行われているのかを紐解いて、3ヶ月ぐらいかけて作ったんですけど、結果そのあとに入院しまして、力尽きましたね(笑)。

やっぱりみなさん睡眠は大事なので、「睡眠は大事だ」ということだけを覚えて今日は帰ってください。

そのように作ったものを、日本語をガン無視して英語でドキュメントを書いて公開をします。そうすると、世界中から英語で不具合報告だったり、「こういう機能がほしいんだけど作って」といった機能要望が押し寄せてきます。

個人の経験ですが、日本語で日本人向けに出すよりも、こうやっていきなり海外向けに出したほうが、フィードバックの数と最大瞬間風速は桁違いですね。海外の人はどんどんアグレッシブに「これがほしい!」「これが動かない!」と言ってきます。

自分が作ったアプリを見知らぬ開発者に譲る

同時に5つも作っていたので、5つ全部にそういったフィードバックが来ます。なので、けっこう捌けずに大変な時期を過ごしていたところ、突然知らない外国人からメールが来ました。

英語で長々と書いてあるんですが、要約すると「すばらしいアプリを作ってくれてありがとう。リポジトリのコードをコピーして機能追加をしてみました」と。「これをリリースしたいんだけど、自分の別のアプリとしてリリースするか、君のコードにマージするかどっちがいい?」というふうに来たんですね。

「これはチャンスだ」と思いまして、「できればマージしてほしい。ただ、僕もいっぱい他の物を抱えているんで、これあげるよ。もう譲渡したいんですけどいいですか?」と提案をしました。

そしたら「ぜひください! がんばります!」ということで、その彼に僕が作ったソフトウェアを一式譲渡して今は彼の名義でリリースをされています。

僕はデザインセンスがほとんどないのでアイコンが格好悪かったんですけど、すごく綺麗なアイコンになっていて、あげて良かったと思っています。そのあげた彼は、実はオランダの方です。

もう1つのMicrosoftのOneDrive版も、僕が詳しくないOneDriveのエンタープライズ向けのユーザーでも使えるように機能拡張をしてくれた方がいて、「拡張したんだけど組み込んでくれない?」というメールが来たので、「いやいや、あげます」と言って、実はOneDrive版も会ったことのない開発者に譲渡しています。

それはイギリスの方だったんですが、このようにぜんぜん知らない人に自分が作ったものをあげて、引き継いでくれる体験は初めてでした。すごくうれしかったし、まだこの方々と1回も会ったことないんですけど、そういった方々が僕が作ったものを引き継いでくれる。この体験は、今でも涙が出るくらいうれしかったことですね。

実はこの活動を、Googleの本社にあるOpen Source Officeというところの人たちが見てくれていて、「君がやったことはすばらしい」ということで表彰されました。それで、ちょっとした気持ちと「Google Open Source Office」と書かれたブランケットがアメリカから届きました。

こうやって、自分が小さな島国でたった一人でやったことが、他のぜんぜん違う大陸の国の人に影響を与えて、それがまた別の大陸の人から「よくやった!」みたいな感じで称賛されるということが起きているというのは、僕が特別な人間ではなくて「一個人でもいつでもこういうことができるんだよ」ということを表したと思っています。

Google Developers Expertに任命

また話は変わるんですが、2016年のGoogle I/Oで「Google アシスタント」という機能が出ました。

「OK Google」ってみなさん言ってますよね? もしかしたらAlexaかもしれませんが(笑)。Google アシスタントが出たときに、僕はこの技術はすごいと思ったんですね。なぜかと言うと、今までのコンピュータは……みなさんスマートフォンを使っていると思うんですが、手と目で使っていますよね。でも、Google アシスタントがどんどん普及していくと、コンピュータを使うということが手と目ではなくて口と耳になります。

これって、コンピュータとの接点がまったく変わっていくので使い方も変わっていくし、そこに乗っかってくるサービスも絶対に変わってくる。結果として、みなさんの生活がまた違った良い方向にきっといくだろうと僕は期待しています。

Googleアシスタントはプラットフォーム化をしていて、自分のアプリを公開できます。それに僕は飛びついて勝手に解説記事を書いて公開したり、開発者コミュニティを勝手に作って人を集めていろんなディスカッションをしたり。

あるいはアプリ、Googleアシスタントアクションと言うんですけど、アクションを作るためのSDKが公開されていて、不具合や足りない機能があったので、勝手にプルリクエストを送って開発に参加したりしていたら、ある日肩を叩かれまして「やったことがすばらしいから面接を受けてGoogle Developers Expertにならない?」と。

面接が2回あるんですけどそれを受けて、晴れてGoogle Developers Expertに任命をされました。日本ではまだ僕だけです。アメリカでも、今はもうちょっと増えたかもしれませんがまだ1桁の人数です。

略してGDEと言うんですけど、GDEの方々と話すようになって、Googleアシスタントの未来を一緒に作ろうということで毎日世界中の方々とディスカッションをしています。今ではGoogle アシスタントについてGoogleの中の人と僕らGDEとともに1個のSlackチャンネルで会話を毎日しているんですが、そこで未来を語り合っているという毎日です。

ということが、きっとみなさんもできるはずです。僕はどこか特定の大きい会社に入ってその企業の力を使ってこうなったわけではなくて、あくまで、自分が楽しいと思っていることを個人的にやっていたら、こういったことができた。こういったことを、ぜひみなさんにも体験していただきたいと思っています。

そのために、日頃から意識をして自分の生活・仕事・開発をどう工夫していったか、ということが、振り返るといくつかあったので、それをみなさんに持ち帰っていただきたいと思っております。それは6つです。

「素振りを欠かさない」「居場所を探し続ける」「外部とのつながりを持つ」「何かを作って公開する」「カッとなったときにやる」「英語に屈しない」。この6つです。